入電する外国語の音声通信に、イツホクは上機嫌で、応えていた。
ときおり相手からの会話に、笑い声すら混じる。
中年男はオールバックな髪を撫でつつ、同時に、スラヴ系言語の特徴である子音が長々と続く、聞きようによっては美しいシラブルで、早口に何ごとか込み入ったようにも思われる指示をとばす。
狂気じみた眼は、あいかわらずチラチラと。となりで
その『成美』は、リムジンの茶色な革張りシートの席上、ある
――もう、疲れた……。
あらゆる事象が、
こうなれば、
おおきな乳房と、曲線のある、なよやかな身体。
はしたなく
そんな存在。
意味ありげな
――
こんな事象面に生まれたのが、運のつきかも。
もともと、いいように
心からの喜びも、悲しみも、振り返ってみれば、まざまざと感じたことは無い。
かろうじて遺伝子的な繋がりのある親に「家を出て寮のある学校に行け」と言われたときも、弟を専属で可愛がりたい気配を発する両親と、その弟に対する負い目から、ハァそうですかと了承しただけ。
だれも、自分など必要としていない――目をかけてくれない。
打算的な、もくろみのある場合を除いては……。
けれど、
バイオ素材のウラに付けられた疑似感覚素子が、ウイッグに仕込まれたデバイスを通じて脳に疑似信号をおくると、
――だったら、いっそ……大切にされたい。
優しくされ、淫らなことをされ、メチャクチャにされたい。
大事に想ってくださる殿方と――人生を歩んでゆきたい。
――でも……。
そこで、また『成美』の胸に疑念がよぎる。
“メス”にされた自分は、はたしてそこまで大切にされるだろうか。
いいように使われたあげく、飽きられて。
まるで使用済みの
そのイメージは、いまよりも数段ひどく。そして
――飽きられ、棄てられるだけなら、まだいい。
もう遠い記憶のようになってしまったが、図書館で見た、あの映像。
人形化され、展示され、永久に恥辱のなかで固化される意識。
あるいは、使役されるだけの
つややかな球体関節人形の、
その奥に囚われ、封じ込められた――
――人形化されたイサドラの自我意識は、どれくらい残ってるのか……。
意識?と『成美』はわれ知らず、また小首を傾げた。
認識や判断。
考え方。
そもそも、なんで『自分』は、こんなに“メス”に成りたがっているのか。
豊満な乳房を、“
ほんとうに、この淫らな欲求は、
いつのまにか快楽漬けにされ、あるいは洗脳され。
男言葉が、気持ち悪いと思うまでになって。
考えてみれば、この変遷ぶりは異常だ。
なにか別の意志が、働くような。
あれは……何と言ったか。
――だめ……思い出せない。
人の心をあやつるシステムがあることを、誰かから、教わったような気がする。
感謝情動?モード?そんな単語が、切れ切れに浮かんで。
白手袋に包まれた人差し指を、かるく曲げ、
うつろな眼が、おぼろにされてしまった過去を探すよう、凝固して。
だが、あと少しで記憶にたどり着けそうに思ったとき、男にしては神経質そうな細い指が、いきなり『成美』の胸に延び、ブラウス越しに手荒くモミしだく。
「あッ、イヤ!――痛い!……」
ショーツが、すこし濡れてしまったような、そんな感覚。
「フフフ……こりゃァ、試験問題を、すこし難しく、しなきゃならねェか?」
謎のような事を言い、イツホクは先ほどとはうって変わった満足顔で、艶やかなブラウスを、やさしくなでた。触られるたび『成美』の身体には微かな電流のようなものが
――こんなコトをしていては……ダメ!
だが、そうは思いつつも、身体は意識を裏切り、どん欲に快楽を
なんて、はしたない
そんな考えを見透かしたか、この
「ふン――ダメ、ダメ、ダメ。いくらアガいたッて、あの三人にかかっちゃ」
「……三人」
おぼろになってしまった過去とは裏腹に、主任調教師の冷たい瞳。そして調教を補佐する役目の金髪と銀髪の性悪な二人組が、驚くほどハッキリと。
彼女たちの漂わせる香水。
そして振り下ろされるムチの、甘い
「なんで……夢の中じゃ。それじゃ、やっぱり……」
「お前ェは、もうとっくに、何度も女になってるンさ。男のチンポを、
「そんな……」
頭から血の気が引き、イツホクの声すらもどこか遠くに。
『成美』はリムジンの豪華な革シートに、フラフラと力なく身体を寄せた。
「
「オドロくこたァねェさ。お前ェはもともと“メス”の素養が十分なんだ。奴隷に……愛玩人形に、されることがお前ェの運命なんだヨ――さ、着いたぜ」
「え?ココって……」
悦子の “工場” と思いきや、そこはメゾン・ドールの裏手にある車寄せだった。
愛玩人形“素材”の搬入・搬出。
あるいは腹上死が出たときなどに、コッソリ使われる勝手口。
玄関には、黒服が数名。それに愛香が、いつもよりキワどいメイド・ドレスを着せられ、扉わきに控えている。ミニスカートから覗く性具、それに網タイツが、いかにも寒そうだ。
「いいか……よく聞きナ」
「お前ェは「テスト勉強」に集中してたと言ったな?――イイだろう。ただし現実世界じゃ、教科書なんざ屁の役にも立ちャしねェ……よぅし、ならテストだ。
「一体なにを……」
イツホクは、わざとジらして、なかなか答えない。
耐えきれず、『成美』はアップにセットされたプラチナブロンドの髪を、気もそぞろな手つきで撫で付けて。
いいか?と、このユダヤ人は一拍おいてから、
「今晩――お前ェに、ある重要な客の接待をやってもらう……エルジェーベトの間でな?ホゥ、顔色が変わったな。いいぞォ、そのとおり。
ダイヤを巡らす首輪代わりなチョーカーの下で、『成美』の喉が鳴った。
次いでイツホクは、ジットリと、まるで『成美』の身体を
「だがもし、バレなかったら?あまつさえ、お前が犯されでもしたら……」
「そんな!」
「手術は取りやめにしてやる。お前ぇのために培養している子宮も、瞳の色を変えるための新しい
と、ここでオールバックの中年男はニヤリと嗤い、
「なんでも好きな希望をかなえてやる。
口の端からかすかに泡がのぞき、この男の狂気が
「重ねて言うが、もしも!お前ェが男として、バレるようなら!」
女衒は、自分の言葉の効果が相手に十分浸みわたるのを待ってから、
「有無を言わさず!培養カプセルに放り込んでやるぜ!」
「……」
「そして六ヶ月後には、一風変わった高級公子のデキあがり、ってワケだ」
「……」
「そこに、おチンポが有るか無いかは……落札者の好み次第だがナ」
「……ひどい」
「つまり、そう言うこった!段取りァ、ウチのスタッフに通してある!けど身支度についての手助けは、ナシだ!ぜんぶ自分でやンな。とうぜんだよなァ?テストなんだから。だがオレも鬼じゃァねぇ!特別に “愛香” をつけてやる。助言が必要ならアイツから聞け。だがこうなると――いいか、忘れるな?『一連託生』あるいは『相互責任』って寸法よ。お前ェが男としてバレた場合、愛香にも相応のペナが行くことを忘れンな!?」
イツホクはリムジンのブ厚いドアを開ける。
冬の夕暮れの清澄な空気が、情念にドス黒く煮えたリムジンの車内にヒタヒタと流れ込んでくる気配。
「そんな……あんまりです」
力なく呟くも、イツホクの黒い背中は
ハァ……と『成美』は、
だんだんヤバくなっていきます……。