「お話は――うかがいました」
愛香は、施術用ベッドに『成美』をうつむけの姿勢で寝かせ、身体にビッタリとへばりついているバイオ・パーツを、特殊なリムーバーを使い「除装」してゆく。
頭に装着されていた重いウィッグのロックが外され、慎重に下ろされた。
スースーと涼しく、霧がかかったような頭の中が、急に
そう――今回の試験。
なにがなんでも合格を認めさせねば。
そんな想いが、改めてヒシヒシと身を包んで。
「でも、これは……カンタンな話では、ないかも知れません」
愛香はキラリとメガネを光らせて。
「え?」
「
彼女の口からそう言われると急に不安となった『若梅』は、心細そうに身を乗り出した。
「なんで――どうして?」
「つまり、わたしにも責任の一端を負わせ、『成美』さまに負い目を感じさせようという
「汚い手を使ってくる、ということ?」
「いえ。お館サマは、基本的に賭け事にはズルをされない方です。でも……」
薬用ローションを使い、愛香は『成美』の全身を、押し延ばしてゆく。
以前に比べ、みょうに柔らかになった肌。
マッサージが、これほど気持ちいいとは。
「キレイ……」
「え?」
「いえ……なんでもありません。さ、あお向けになって」
「え!……前は、いいよぅ」
「ダメですよ!?さ、チャンとあお向けになって!」
いきなり口調をかえる愛香。
しぶしぶと『成美』は施術台の上で寝返りをうち、おチンポを両手でかくす。
店専属の整体師にやってもらうのとは違い、彼女だと、どこか気恥ずかしい。
「ナニやってるの?『成美』!」
愛香の檄が飛んだ。
「チャンとポーズとって!お姉ちゃんゆるしませんよ!?」
「うぅ……」
「そう……いい
愛香は、あくまで事務的に。それでも手つきは、どこか
絶妙の強弱とリズムが、ローションの
しかし、不思議なことになぜかチンポは勃起しない。むしろ気持ちよくなればなるほど、
ほおがポぉッと熱い。
天井を見上げる視界がクラクラする。
そして自身の身体が、サクラ色に染まってゆく。
そんな恥ずかしい状態になるのが『成美』にはわかった。
おまけに、それはけっして薬液効果のためだけではないことも。
敏感になった胸を、
「あっ、チョッ――と!」
「ダメよ!動かないで……
あぅんッ!と『成美』は思わずよがり声を漏らした。
豊かな
それに下半身についている“モノ”が汚らわしく――ジャマだ。
――ジャマ?
太ももを、リンパの筋に沿って、ゆっくり――ゆっくり。
微妙な強弱を付けつつ、グィッ、グィィィィ……ッ、と。
時としてその指は、ヌリュン!と、うらすじやアヌスの辺りを探って。
『成美』の全身が、思うままに
「ホラ、もっとチカラ抜いて……お姉ちゃんの指を信じなさい?」
「おねぇチャン、って。わたしより年下でしょ?」
「さぁ……どうかしら」
しばらくローションのピチャピチャ音が満ちる、沈黙。
だが、その空白は――妙に、重い。
「……なにをご用意、致しましょうか?」
「何って?」
「今夜の、あなたの
「あぁ、そっか……極めて重要な客、って言ってましたよねぇ」
「……そうね」
「相当な権力者だったり?」
「おぢいちゃんかしら……なら古風な衣装もイイわね」
「古風、って?」
「
「そんなもの。ストックにあるの?」
「このお店の財力を、甘くみては
彼女は施術台に装備されているデバイスを操作し、かたわらに等身大の
気恥ずかしい感情が表に出るまえに、愛香はシステムを操作し、
「こんなのは、どう?」
識別番号とともに、『成美』の裸体は一転、
目も覚めるような、鮮やかな青と金。
房付きの懐剣や、末広。
引きずるスソと、色物の掛下着からチラ見える、白足袋。
ぼってりとした
キツいアイシャドウに色ボケしたような目つきが扇情的に。
「いいけれど……これで大丈夫かしら」
「大丈夫って?」
「エルジェーベトの間って、宮廷風の洋広間なんでしょ?ミスマッチというか」
「……そうねぇ」
「それに相手の方が、ソノ気になってくれないと……」
「じゃぁ、バニーガールにでもしてみる?……ポチっとな」
不満そうに愛香は、映像を変える。
ボーンの付いた、正統派の固いバニーコート。
メリハリのついた身体を、ウェストでギッチリと8の字にくびられた姿。
ソバージュ系のウィッグが、目新しい。
「うーん……」
「じゃぁ。
ますます不満げに手もとを操作すると、これまた
淫具や、淫鎖、ピアス。全身を縛めるハーネス。
まるで、夢の中で受けている調教・馴致の再現だ。
「……やだ、こんなの」
「でしょう?それにお金持ちだったら、こんなの見慣れてるかもネ」
手元のデバイスで、愛香はポンポン画像を変えてゆく。
そのたび『成美』の衣装は、様々に変化して。
前世紀ロシア事象面の宮廷衣装。
古代ペルシャの踊り子。
中世修道院の尼僧服。
スペインの舞姫。
和の比丘尼。
ふと、彼女の手が、とまった。
等身大の映像は、一個のウエディング・ドレス姿を映し出している。
ふたりは、しばらくそのホロを、声もなく見つめて。
「……これにする?」
愛香が、画像から顔を動かさずに、『成美』に。
そのこえは、どこか
「でも……お誘いモードじゃ、ないですよね」
「初花を
「あー。なぁる……」
「それに、エロ系ウェディング・ドレスなら、いっぱいあるわよ?露出は少ないけど、フェチっぽいのとか。キッチュなのとか。ほら」
画像がかわり、フェチな光沢や道具立てがアチコチに付いた、結婚式で着るには、かなりというか、だいぶ気恥ずかしいドレスを『成美』の3Dがまとう。オプションで大きなヴェールとブーケを持たせると、その印象はだいぶ薄れ、清楚に。
出来上がった画像を、愛香と『成美』は
かかりつけの医療スタッフが呼ばれ、改めて『成美』の身体をバイオ・パーツで、ふたたび肉付けしてゆく。
尻まわりを豊かにさせた反面、愛香の希望で、
医療スタッフが退出すると、つぎに着付師たちが呼ばれ、衣装が何万着もストックされている、店の地下に備えられた広大な自動倉庫から、呼び出しコードに対応するドレスと付帯装具一式が、せり上がってきた。
着付師は見事な連携プレーで、
コルセットで、ウエストを細く締め上げられるのも慣れてきたな、と身体を手あらく揺すられながら『成美』は自嘲的に想う。はかされたロング・ガードルのクロッチ部にスリットが開いているのは、何のためか……。
バッスル型のパニエで、半ば透けたスカートをふくらませ、白いハーネースで、光沢のあるドレスの上から、さらに乳房を強調するごとく
白いチョーカー。手甲型の絹手袋。
メイク担当が呼ばれ、若々しい
今回は
妙に大ぶりなイヤリング。指先に、口唇と同色のネイル。
セットされたウィッグが慎重にかぶせられ、ダイヤのティアラ。最後に、ヴェール。
豪勢なブーケを持たされて、『成美』は椅子からようやく立ち上がる。
おしまいにドレスの
それを愛香が見上げたときだった。
ふと、彼女の眼に、みるみる涙が吹きこぼれる。
ハンカチを出そうとするも間に合わず、ほおにつたわるひと筋。
「『成美』……ナルミ……」
「愛香、サン――」
「……ね。お姉ぇちゃん、って言ってみて?」
「――おねぇちゃん」
「……もう一度……」
「お姉ぇちゃん」
「もう一度!」
「お姉ェちゃん!」
もう一度――もう一度――もう一度!
「お姉ぇチャン!」
ぐふぅッ、と愛香が背中を丸め、肩をふるわせ
ある粛然たる空気が、部屋には流れた。
すすり泣きだけが伝わる中、沈鬱な気配に充たされて。
着付師ふたりとメイク担当も何事かを察するのか、ハンカチで目尻をおさえる姿。
だが、そんな清澄な
「準備できたンかァ!……んぉう、『成美』?」
ブーケを手に、オズオズとイツホクの方を向く花嫁。
続く、「チッ、化けやがったな」という舌打ち混じりな独りごと。ついには何故かブスッとした声で、
「……ナニやってやがンだ。お客サン、おまちかねだぞ」
啼泣する愛香の背を
中年男の後に続くと、通りすぎのスタッフがニヤニヤと、あるいは眼を丸くして。
(アレって『成美』?化けたなぁ……)
(いよいよパピヨンに?)
(ひょえぇ……ヤるもんだねェ)
(なにあの格好?もしかして一足飛びに“輿入れ”?)
(だとしたら、飼い主ダレだろ)
(いいチョイスだなぁ。SMチックにエロいようで、それでいて品もある)
(ボクも、はやくご主人様欲しいな……)
(アレ、
高級公子やビェルシカ、手すきのコンシェルジェ。果てはその日の料理長まで。
ウワサを聞き駆けつけたか、ハッサンの低い口笛。
あまりに恥ずかしいので、ヴェールがあるのを幸いに、高いヒールに気をつけながら、静かに
それが、また一層の“しおらしさ”と気品をよび、『エルジェーベトの間』に向かう業務用・裏通路で行きあった人々の、
「あの……」
「なんだ」
なぜかイツホクは、不機嫌に。
「今夜のお客さん、って、お金持ちの老人なんですよね?」
「“重要な客”と言ッたろうがヨ。テストは……もォ始まってら」
店の表廊下の赤
あちこちで、カメラの気配。
見とれるエスコート役の彼氏をつねるイヴニングドレスも珍しくない。
やがて建物を宙でつなぐ渡り廊下をすすむと、あたりは
「いいか、お客さんの言うことは、絶対だからな?」
「なにを命令されても、ですか?」
「ナニをされても、だ!」
首をふったイツホクの合図。
片方の衛士が頑強な手甲で、扉の真鍮部を二度、間を開けて叩く。
もうひとりが高らかに、
「
扉が両側から開けられると、中から何かが燃えるような、
『成美』は踏むのも怖い敷物をブライダル・シューズであゆみ入り、ヴェール越しに
聞きしにまさる広間だった。
近世の富裕な王族の私室ですら、これほど豪勢ではないだろう。
絵画や彫刻。重厚な調度品。
壁には大きなマントルピースがしつらえられ、なかでは
間接照明だけが使われ、ほの暗い気配に充たされている広間だが、女性の秘部を確認するのは苦労しても、高級品が識別できないほどではない。それが証拠に壁の大画が『サルダナパールの死』であることは容易に
うす暗がりの中、
ブーケを持つ手が、汗ばむ。
ヴェールがチラチラと、ジャマだ。
問題の老人は、どこに居るのだろうか。
と――暖炉から少し離れた場所にある、
「――ご主人サマ?」
『成美』は怖じるように、ソッと語りかける。
反応はない。
うす闇の中、炭の軽く爆ぜる音にまじり、蒼古たる大きな柱時計の振り子が立てる、規則的な息づかいが聞こえるだけだ。
「もし――もし、ご主人サマ?」
すると、バタリと脚が大儀そうに動き、やがて、ソファーから人影がフラフラ上半身を起こすと『成美』の方を振り向く。
ヴェールごしに見ても、まちがいはない。
“瑞雲” 練成校チューター。龍ノ口のやつれた姿が、そこにはあった……。