――うっひぃぃぃぃぃぃぃぃぃィィィィィイイイイッッ!!
心拍数上昇。
発汗、規定値突破。
警告。
CFITに向け一直線のヤバい状況
通常なら、ここで機体から副交感系のサポート。
だが、もちろんそんなモノは、望むべくもない………。
暖炉の炎の色で看る、ヴェールごしの龍ノ口先輩。
これでバレたら、本当に
イツホクのニヤつき――コレだったのか。
強制・女体化手術のイメージ。
子宮。乳房。口唇。女陰。
黒革に、ラテックス。
心臓のバクバクが止まらない。
一歩間違えれば手術台に直行という恐怖。
さらに怖いのは、そんな
華麗・
エスタブリッシュメントの権力をかさに、チヤホヤされる
だが、それには少なからずの代償が必要になるだろう。
遺伝子手術。物理的施術と思考馴致。強制改変。
だがその苦痛すら、いまは甘美に思えて。
調教師の
『成美』の酸欠気味な頭に、イツホクの妙に自信ありげだった顔がうかぶ。
あの脂ぎったオールバックが、値上がり確実のジャンクボンドを
あのクっサいオーデコロンと、テカらせたオールバックのムカつきも、
――ちくしょう、なにがオーナーだ、
あの
鎮静剤を静注されたように、波騒いでいた『成美』の胸は
口中に含んだミントの香りがする深呼吸ひとつ。
胸の中も涼やかに、戦闘態勢を整えて。
ヴェール越しに相手を
こちらの動揺など、まるで知らぬげに超然と広間のどこかを眺めている風。
なぜか『成美』はイラッとする。
「いかがなさいましたの?――そんなにコワいお顔で……」
施術の効いた女声で
先手必勝。
相手の
たわわな胸を揉みしだかせる格好で、航界士時計を巻いた気のない手首を動かしていると、ふと、ミラの――宮廷秘書官の顔が遠くにうかぶ。
熱のない相手の態度を、着火させようとする
プライドを賭けた、女としての――意地。
彼女も、こんな心持ちだったのかなと『成美』は今にして思い当たる気味で。
龍ノ口は中途ハンパな姿勢で立ち上がろうとするも、不自由な片足が耐えきれなくなったものか、『成美』の身体をいいかげんにふりほどくと張られた革を鳴らし、もとのソファにドッと身を落とし込んだ。
全音符ふたつ分の、ながいため息。
――沈黙。
広間に据えられた、
背丈の倍ほどもある柱時計が奏でる、
ゆったりとした振り子の伴奏。
先輩チューターの気のない素振りに業を煮やし、『成美』は相手の琴線をさぐるべく、コケティッシュな媚びを含んだ女声で。
「今宵のご主人様は、なんだか難しそうなお方ですこと……」
「……」
「お待たせしてしまったのが、イケなかったのかしら」
「……」
「ごめんなさいね?マネージャーから、ずいぶんステキなお客サマがいらしたと聞いたので、装いに
「……いや、ついさっき来たばかりさ」
ふぅん。
そのわりには、『SALON』のボトルが2本。
空いたシャンパンクーラーの脇に死物と化して。
ブリンのうえにクリームとキャビアなカナッペが載る、
それも、食い散らかしのまま。
龍ノ口は、傍らの小卓にのるボトルからシャンパングラスに泡を注ごうとする。だが「S」のエンブレムがついた緑のボトルからは、もはや何も出ない。
「飲み過ぎは――お身体に
「料理屋に飼われる女が、それを言うかネ」
「そんな――ヒドい……」
『成美』は、あからさまな非難をこめ、
「この
ツン、と背をそむけ数歩、自分のチューターから離れる。
手近にあった大理石のキューピッド像を腕輪を
「もう、お
ヘッ、と自虐的な気味を含んだ一拍が湧く。
「たかがシャンパン2本で
龍ノ口は、チェアに立てかけたあった片手杖を取るや、フラフラ立ち上がると『成美』に歩み寄る。マズい。やり過ぎたか、とヒヤリとするまもなく、龍ノ口は『成美』にちかづき、顔を寄せると、
「ガキが――あんまナメんな」
おぉ怖い、と『成美』は、なかば
しかし、内心では自分の
これも、メス奴隷としての洗脳の効果だろうか。
「でもそれだけ元気なら、わたくしも
「よせやい。酒が不味くなる……と、もうねぇか」
「佳いではありませんか。お酒なんて――もう十分」
『成美』は相手の首に、うでを巻き付けて、しなだれかかる。
おいおい、この反応はなんだと思うまもなく、己の口は勝手に動き、ささやいて
(きょうは……大丈夫な日、なのよ?)
「ネイガウスに――言われたのか」
予想に反し、龍ノ口の言葉に蒼い炎があった。
殺意にも似た気配に驚いた『成美』は、ツイと身をはなす。
いつだったか、校舎裏で目の当たりにした感情の爆発。
それがふたたび相手の瞳に
これも“進行性の脳障害”のためなのか。
「ヤツに言われたのか……誘って、相手をしろと!用済みになった航界士・候補生くずれを!なぐさめてやれと!」
「まって――まってよ」
さすがに『成美』はあわてて“素”の態度で、
「ハナシがゼンゼン見えないんだケド!?なによ、いきなりキレて!」
「ネイガウスに言われたんじゃないのか!」
「ダレよ!ねぃごぅす?って」
「店に来たんだろ?こう、クマのようにデカい、頑丈作りな初老のジジィだ」
「あぁ……『リヒテル』のことか」
し ま っ た ァ ァ ァ !!!!!!と、冷や汗。
言ってしまってから『成美』は全身の毛を――脱毛されているが――逆立てる。
手術台と、レーザーメスが近づいてきた印象。
無影灯のもとで、オンナにされた裸体を、白く、なよやかに……。
内からの情欲の
だが、そんな『成美』の心配も
「ホラみろ、あのクソ
「え?えぇ、他のお客サマと御一緒にネ。なんでも――大事な話とか」
先輩がニブくてほんっっっと良かった。
その先輩はといえば、
へぇェえ?と、面白くなさそうな声で、柱時計の方を見ながら突っけんどんに、
「オレのハナシでもしてたんだろ、チューターを
「……クビに、なったんですか?」
「あぁ。こないだ盛り場で、ヤクザ相手にケンカをしたのがバレてな。もうすこしで相手をシメてやれたのに」
――ウソつけ、この。
『成美』はゲンナリする。
自分がいなきゃ、用水路に浮かんでたかもしれないのに。
そもそもこの先輩があんなところで大立ち回りしなきゃ、自分だってこんなイカれポンチな格好をせずに済んだのだ。
「お仕事のハナシらしかったですよ?
「スークぅ?なんだそれ」
やっぱり龍ノ口は知らない、か。
ドサクサにまぎれ、聞いてみたが大学生の情報網でも引っかからないらしい。
それに考えてみれば、この広間は盗聴されているだろう。
ヘタに
あいかわらず、ゆったりと合いの手をいれる柱時計。
広間に什器として置かれた年代物の像たちは、こちらを窺う。
森閑とした気配は、過去の亡霊を呼び覚ますような。
壁のサルダナパールは、
過去の怨念や呪いが漂うような『エルジェーベトの間』。
その
「りひて……ねいがぅすサマが集まられたお席でのことですか?」
「……」
「皆さま、むずかしいお顔をなさってましたけど」
「……」
「わたくしは、お仕えするときは耳を封じられ、お話は聞こえませんので」
「……」
「申し訳ありませんが、どのような方がご参集なさったかも、
ふぅん。と、龍ノ口は、広間をぐるっと見回してから、
「ま、イイや……おい嬢ちゃん、酒だ」
「イヤですわそんな。仕事帰りのサラリーマンみたいな」
「そうさ。教官から、サラリーマンになれと言われたよ。嗤《ワラ》えるゼ」
「アラ。おつとめに?」
「誰が地べた
「まぁ……そんな」
「でも『このご時世、仕事があるだけでも有り難いと思え』だとよ」
「……キビしいんですのね」
「そりゃぁそうさ。知り合いの先輩女子候補生なんだが、食い詰めて風俗に沈んだと聞いていたけど、このまえ街で禿デヴが乗る「ブガッティ」のオープンカーな助手席にいるとこ見つけたゼ。そんなことする人じゃ、なかったんだけどな……ま、貧すれば鈍する、というか」
『成美』は前もって教えられたとおり、用事のあるときは使えと言われた小卓の小鈴を、マニキュア輝く指先で取って涼やかに打ち振った。
耳に下がる大ぶりのイヤリングから反応がある。
このイヤリング。やけにゴツいとおもったら。
《こちらコントロール、フロイライン》
「ワインの赤を。ヴィンテージものが、佳いわね」
《マデラ酒で、イイのが入ってますが》
「イヤよ。そうねぇ……シャンベルタンもので、グラン・クリュ。それもヴィンテージ物を
《ご予算は》
「知るモンですか――ツケは店長に回しなさい!」
《えっ……いいんですか?》
「それと、マリアージュする
《……本当に大丈夫でしょうね?足がでると……》
「いいから言うとおりになさい!
ダン!と苛々、ヒールを床に踏みならす。
鈴を放るように小卓に措いたあとは、フン、と
被るかづきは
「へぇ。姉ェちゃん、たいしたモンだ」
「なんですって!?」
「いえ……その……ゴニョゴニョ」
『成美』のヴェールごしな、ひと
龍ノ口が
もともとこの先輩が、あんなところで「ストリート・ファイト」などやらねば、自分がこんな苦境におちいることはなかったのだ。
――ほんとにモウ、余計な手間ヒマかけさせて!
そう思うと、いっそう腹だたしく、情けない。
「あの、お嬢ちゃん?」
「『成美』――と、お呼びなさい?」
“彼女” は怒りが収まらぬまま。
静かに、かつ相手を
「え……」
「なぁに?その不満そうな顔は……」
「いえ。あの、『成美』、サマよぅ?」
「なんでしょうか」
「アンタ、お店の “姫” なんだよな?」
「姫って、なによ?」
「あ……」
ヤバい、という龍ノ口の表情。
地雷を踏んだともとれる「やっちまった感」が相手から漂う。
「まさか……そうなんだ。自由意志・
“候補生くずれ”は目を白黒させて『成美』をマジマジと見つめる。
「はじめて見た……というより、ネイガウスが、ここまでしてくれたのか……一体幾ら、経費をかけた?というよりオレにまだ、その価値が……あるのか」
「ナニをぶつぶつ言ってるの?アナタはアナタじゃないの!?」
「『成美』……さん」
「ナニよ」
「その、失礼だが、お
一瞬、今宵の
ややあってから、ようやく決心がついたように、
「――えぇ……よくってよ」
しおらしく“彼女”は顔をよせ、己の胸を抱きしめて、自身を鼓舞した。
だいじょうぶ。
心臓のオーヴァー・レヴが、再開した。
――勝負。
己の
「さ――ご覧なさいな……
龍ノ口の震えるような指が、『成美』の
「――あぁ……」
すいません。
仕事がいそがしくて……。
更新が遅いな~と感じたら珍歩のヒをご参照方。