※この作品はR-18です。

玲瓏の翼【18禁版】   作:珍歩意地郎_四五四五

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054:          〃            (後

 貴石を幾重(いくえ)にも飾る、首輪めくチョーカー。

 

 それが――最初に見えたはずだった。

 

 初々(ういうい)しいピンクに染められた艶(つや)やかな口唇(くちびる)。

 白いほお。そして品のよい鼻筋。

 長いまつげ。

 その奥の、アイラインに縁取られる、瞳(ひとみ)。

 整えられた眉毛に、セットされた艶やかな髪。

 金剛石(ダイヤモンド)のティアラが、ヴェールに隠れて。

 

「――いかがでしょう?」

 

 龍ノ口が、息をのむ気配。

 やがて、ようやく絞り出したような声で、

 

「……きれいだ……とても」

 

 その言葉は、『成美』の耳に、心地よく響いた。

 付けられてもいない女陰と、乳房の疼(うず)きがよみがえる。

 かろく、己(おのれ)の身を、内から炙(あぶ)るように。

 甘く全身を湯のように包む、ムチの痛みの快楽も併(あわ)せて。

 

「そ――そう?おきに召して……なによりです。」

 

 面沙(ヴェール)がとりのけられると、古色蒼然の気味を横溢(おういつ)させた『エルジェーベトの間』の意匠も、さらによく分かるようになる。

 什器ひとつひとつの、驚くばかりな存在感。

 時代を閲(けみ)した、もはや静物(せいぶつ)とはいえぬ生物(せいぶつ)たち。

 

 ラファエロ

 ミケランジェロ

 おまけにマルセル・デュシャンすら※ 

 

 偶然手に触れるチェリーニの小物。それすらどこかホンモノくさい。

 そしてなにより我がチューターの、あらましも。

 

 やつれたような龍ノ口の面差(おもざ)し。

 無精髭(ぶしょう)と、削げた頬。荒れた肌。

 目の下のクマと、歳に似合わないシワ。

 その度合いは、学食で観たときより、荒廃の度合いを昂進(こうしん)させて。

 

 擦過傷と打撲の跡。

 あ(・)の(・)夜(・)のものだろうか。

 面沙を除いたのに、先輩チューターの上ずったような反応は変わらない。

 それにいっそう自信をえた『成美』は、SMチックなウェディング・ドレス、その豊かな胸の下で組んでいた腕組みを解くと、おもむろに相手の頬へ、おそるおそる整った指をすべらせた。

 

 ――しばらく見ない間にやつれたなぁ、先輩……。

 

 そのとき急に愛おしさのようなモノが湧き出て心がしめつけられ、思わず胸に抱きしめたくなってしまったのは、どうしたわけだろうか。

 

「アキれた……若いのに、このすさみよう!」

「……」

 

 恨みがましいような眼が、『成美』を見上げる。

 

「なぁに?そのフテ腐れたような表情(かお)は!ホントにもう……」

 

 調子(ノリ)は、分かった。

 いまや自分は、この広間を統(す)べる王女だ。

 臣下は、目の前で座り込む尾(・)羽(・)う(・)ち(・)枯(・)ら(・)し(・)た(・)候(・)補(・)生(・)く(・)ず(・)れ(・)がただ独《ひと》り。

 今までの貸しを取り立ててやるということで。

 この店を、“臣下”を、佳いように遣い、今宵(こよい)は愉しんでやる。口調(ことばつき)と語勢(いきおい)は、あのサドっ気のある宮廷秘書官のものを借りればいい……。

 

「チャンと食べてる?バランスのいい食事しなきゃ……」

「……」

「野菜とかもとらなきゃダメよ?せめて野菜ジュースでも」

「……」

「適度な運動と睡眠。お酒ばっか呑んで、うたたねしてるでショ!?」

 

 恨みがましいような眼が、『成美』を見上げ、

 

「あーもーホっといてくれよ!」

 

 龍ノ口が、ついにキレた。

 

「アンタはオレの寮の管理人か!言うことがソックリだぜ!……です」

「羨ましいコトですわねぇ?」

 

 『成美』はすかさず反撃。

 

「――寮母さんから、後輩から、教官から、みんなに想(おも)われて。大切にされて」

 

 ふたたび豊かな胸の下で腕を組むと、ふと、どこか遠くを見るように、

 

「わたしは――両親にすら、棄てられたクチですから」

 

 ウッ、とヤサぐれた元・候補生は言いかけた言葉をのみ込んでワキをむく。それに追い討ちをかけるかのごとく“一夜の女王”は、

 

「貴方(アナタ)は恵まれているわ。貧民救済のスープの列に並ぶこともなく、ワタシみたいに性的奉仕の職につくことも、ましてや実験用の素材にされることもない」

「……でも、航界士という未来を鎖(とざ)されたよ」

「それがナニか?」

「オレにとっては!欠くべからざる将来だった!!!」

 

 沈黙。

 

 柱時計の、規則正しい振り子の重々しさ。

 重苦しい思考にからみつくように、一拍。一拍。

 

「ひとつ聞きたいわ」

「……なんです」

「貴方は、なんで航界士になろうと思ったの?」

 

 

         * * *

 

 

「なんで航界士になろうと思ったか、だってェ?」

 

 もはや、完全に緊張のほぐれた、控えの間だった。

 順番待ちの候補生は、思い思いの姿勢でリラックスしている。

 ひとり、最後の犠牲者である『若梅』をのぞいては。

 

 『二番星』が、サモワールの隣においてあった、大ぶりなビスケットジャーを丸抱えに、中のクッキーを荒らしながらサクサク、モグモグと口を動かしつつ、

 

「そりゃぁ、『九尾』サン、愚問(ぐもん)、ってヤツっスよ」

「――ほぅ?」

「なんつっても、この試験に出れば、それまで手前(てめ)ェがやってきたコトすべてチャラにして、そのうえ成績カサ上げしてくれる、ってンですから」

「……破格の待遇(たいぐう)だな」

「校長のウスノロが、いやにネコ撫で声で勧めてきゃがるンで、なんかあるナとは思ったけど。でもヨ?これほどヤバいとは」

「ふぅん……ほかのみんなは、どうだ?」

 

 『九尾』の問いかけに、そばに居た “水天宮” の制服を着た候補生は、

 

「自分は、所属校の名誉のためですかね。やはり特典がいろいろありましたが」

「オレもだァ」

「ボクも」

「言うに及ばず」

 

 あとは黙したまま、同意のような視線。

 

 ヤレヤレ、と『九尾』は控えの間の交差ヴォールト天井を仰ぎ、ため息をつく。

 どいつもこいつも――算盤(そろばん)ずくってワケか。

 そして家門の犠牲となる者が、約一名、と。

 『九尾』は椅子の上でヒザをかかえ身体を小さくしている『若梅』を見やる。

 

 モニターでは、相変わらず事象震が荒れ狂い、耀腕が一本、ダラダラと地上を探っていた。

 奇妙なことにグラス・ドームの観客や歓声は、すでに画面に映らない。

 合間に演じられるランジェリー・チアの演舞や芸人のコント。ショートアニメなどがOAされることもなくなった。

 ただ、橙色の静脈をうかべた薄紫の腕を思わせる電光が、墨を流したような雲間(うんかん)から、閃き、瞬き、延び、かつ縮みしているのを、広角ぎみに映しているだけ。

 

 沈黙の中、柱時計の音だけが広間を縫(ぬ)って……。

 

 

        * * *

 

 

 しばらくは、『エルジェーベトの間』に振り子の音が聞こえるだけだった。

 場所をうつし、二人は小卓を挟んで座っている。

 マントルピース奥の薪(たきぎ)が一度爆(は)ぜ、瞬間、広間をあかるく照らし、そしてふたたびあたりは薄暗がりとなる。

 やがて龍ノ口は『成美』の問いかけに、重い口を開いた。

 

「なんで、航界士に、って?」

「えぇ」

 

 薪《たぎぎ》が、また爆《は》ぜる音。

 火の粉がマントルピースのうえにおかれた小立像(クサンティス)まで飛んだ。

 

「そうだなぁ……はじめのころは、自分で自分を限界まで試すのが好きだから、と思ってた。でも、なんか違うんだよな。単に、外の世界を観たいってワケでも……ない。しかし自分の存在理由(レーゾンデートル)であったことは確かだ。そのハシゴをはずされた。さて、じゃぁこれからどうするか」

「……」

「……練成校のチューターを馘(クビ)ンなってから、よく考えたよ。幾晩(いくばん)も、幾晩も」

 

 龍ノ口の目に冥(くら)い炎が灯る。

 だがそれは、いつか観た、学食での陰惨(いんさん)な色合いを伴ってはいなかった。

 かわりに、どこか乾いた諦観(あきらめ)の色合いをみせて。

 

「ウォッカのボトルをコートに突っ込んで。夜の街を足の向くまま、フラついて」

「……」

「あるいて、あるいて、いっそ自分なんか、このまま擦り切れちまえ、ってぐらい、あるいて。気が付けば、世界は蒼くなって……」

 

 誰もいない横断歩道の点滅。

 翼を喪った自分を嘲笑う鴉の群れ。

 エンジンを吹かす新聞配達のバイク。

 明け方の風に吹かれて足下に転がる空き缶。

 

 自分が潜り抜けてきた心象風景を、龍ノ口は淡々と語った。

 

「そして――ある晩のコトさ」

 

 とうとう煮詰まってな、と囁(ささや)くような声で。

 それは、まるで自分に言い聞かせるように、

 

「都市(まち)の夜景、見おろせる高台にいったンさ。ふところに自決用のナイフを抱えてな。前の晩に、寮で砥石をつかって。カミソリみたいに研ぎ上げたヤツだ……」

 

 振り子の音が、粘ついたように響く。

 大ぶりな姿見の柱に据えられた真鍮の天使像。

 ニヤリ、と醜悪(しゅうあく)な嗤(わら)いを洩らした。ような。

 

「あぁ。もともと、どこかでヒッソリと頸動脈をハネ切ろうと考えていたんだが、その高台に立ったときは“もう、いっそこのまま”と思ったね。で、脚が動くまま、フラフラと断崖(がけ)のふちへと進んだ……」

 

 足もとから彼方にむけては、宝石をぶちまけたような都市の灯り。

 あたりは墓場の土塊(つち)のような、湿った腐臭。

 木々の鳴る音。ほおを切る冷たさ。

 唇のひび割れ。身体の節々の痛み。

 耳鳴り――こめかみをヒクつかせる脈打ち。

 世界から完全に孤立してるという、ノド元に突きつけられた事実。

 

「……でもな、やっぱり死ねネェんだ」

 

 龍ノ口は、遠い眼のまま、大きく吐息をついた。

 

「あの一歩は……無限の隔たりがあったナ。認識と、存在との。それに……」

 

 ややひさしい沈黙。 

 先が待ち望まれた『成美』は、それに?と続きを促(うなが)す。

 

「それに、そんなことしたら完全に“航界士失格”の烙印(らくいん)を押される気がしてサ」

「航界士――失格……」

「吹き上げてくる風がコートを通して、やたら寒かったのを覚えている。おまけに持ってきたウォッカのボトル、一本カラにしても酔いがホロリともこねぇんだ」

「……」

「そのとき、どこか――ほんとうにどこか遠くから、真夜中の鐘が鳴るのが、響いてきてな」

「真夜中の鐘?」

 

 

 あぁ、と元・候補生はうなずく。

 

「それは透明な、寂しい音色……ちょうど東欧事象面にある教会の鐘みたいな」

 

 『成美』は眉を顰(ひそ)める。

 よく磨かれてた、ピンク色をする自分の爪を見つめながら、

 

 ――真夜中の鐘だって?

 

 幻聴だ、と“彼女”は想う。

 除夜の鐘さえ、クレームでほとんど消えた昨今、真夜中に鐘を鳴らすなんて酔狂な教会が、今どきあるはずがない……。

 

「それ聞いたら、なんか胸ン中が、急にガランとして。すっかり軽くなって。今までのモヤモヤがウソのように、せいせいした気分になっちまった」

 

 エルジェーベトの間を、ふたたびび振り子の音が支配する。

 “神聖な凝固”ともいえるひととき。

 龍ノ口の譚(かた)りに、広間の陰影(かげ)に佇む什器たちも聞き入る風。

 

「それで……どうなさったの?」

 

 それで、だって?と、ここで不意に元チューターの自虐的なわらい。

 

「どうもこうもねェさ。寮の部屋に帰って暖房を入れたとたん、身体の奥からアルコールが湧き出て来やがって、バタン・Qさ。翌日の試験も間に合わずだ。これで留年も決定。ただし、もう一年続ける学費はないときた」

「まぁ……そんな」

「本当なら、イチかバチかの勝負に出る手段があったんだがな。」

「どんな、手段ですの?」

 

 答えを知っていた『成美』だったが、あえて先を促(うなが)す。

 キッ、と眦(まなじり)を強め、悪戯(いたずら)っ子をたしなめるような調子で、

 

「きっと、アブない手段なんでしょ?」    

「詳しくは、機密事項で話せないが、どエラい作戦(オペラシオン)さネ。それに自分も参加するはずだったが、肝心(かんじん)のパイロットが……ブ(・)ル(・)っ(・)て(・)逃げちまった。散々おじけづいていたから、ヤバいなとは思ってたんだが」

 

 ……イラっ。

 

 しかし洗脳調教の成果か。

 “彼女”は、どうにかそれを押し沈め、まぁ!と、いちおう驚いたような顔をしてみせる。ブルって云々(うんぬん)の下りは、むかッとくるが、まぁその通りなので仕方ない。

 かわりにツンケンした口ぶりで、

 

「その子が、そんなに怖がるだなんて!よっぽど危険な作戦だったんでしょ!?」

「ん?……あぁ、そりゃまぁ。危険っちゃキケンだが、航界士には付きもンなリスクだ。それほどたいしたモンじゃない……それなのに……あの野郎」

「あなたの趣味に!お付きあいするその子もイイ迷惑じゃないの!」

 

 さらに声のトーンが高くなる。

 

「そんな無理強(むりじ)いして!その子の気持ちになって、考えたことあって!?」

「……」

「みんながみんな、貴方(あなた)のように好戦的ではないのよ!?」

「う……ん」

「すこしは後輩のことも、考えてあげなくては……」

「え……まぁ、な」

 

 そこで、ふと(後輩?)と表情(かお)を怪訝そう改めて、

 

「あれ……オレ、貴女(アンタ)にパイロット役のコト話したっけ?」

 

 




便器のアレです(w)
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