ほの暗い空気の中、腕を上に、両足を開いて「人」の字に拘束された姿。
また自分か?――と思うが、拘束されている人物が、すこし小さい。
足で抑えられた髪の
――愛香……?
彼女の
スソの広く
「ちょっ――いったい何を!」
「黙って見てらっしゃいな」
「コレから面白くなるのサ」
観る者にレーザー・メスじみた刃の切れ味を思い知らせたそのナイフを、ドレスの女はボロボロなキャミソールを
ネットリと――まるでB級シネマの演出を思わせるような手つきで、いかにも『下女をさいなむ悪役令嬢』よろしく
そして口づけをしたまま――。
長いナイフを愛香の背にまわすと、いきなり彼女の右肺に突き刺した。
ゴフッ、と身震いするキャミソールの体。
腕の動きから、この女がナイフの刃を愛香の体内に刺し込んだまま、むごたらしくも一度ひねるのが分かった。
それでも女は
やがてそこから、おびただしい鮮血が吹き出して。
「やめろォ!」
髪を踏む足がどいたのを幸い、『成美』は立ち上がるや部屋に駆けこむ。
濃くただよう、錆びた鉄めく鮮血の気配。
ドレスの
拘束されたままの愛香は、長方形の拘束枠からダラリと下がり、断続的に
大きく開かされた
顔面を蒼白にした『成美』は、すぐに傍らの下手人に向き直った。
実態型3Dとは分かっていても、殴らずにはいられない。
「
『成美』が映像に詰め寄ろうとしたとき、血まみれの白い長手袋にナイフを握る女が、つと背中越しに振りむく。そして一仕事おえた吸血鬼のように、朱に染まった口もとを微笑ませた……。
――!
視野が細かくふるえる。
かるい吐き気が一度、二度。
見間違えようもない。
VOGUE誌から抜け出てきたようなドレス姿で、ナイフを握る腕をダラリと下げる、氷のような薄い笑みを張り付かせた女。
光のやどらない瞳をした自分の目が、
背後から歩みよる“金と銀”が
「よく分かったでしょう……?」
冷ややかな声が小部屋につたう。
「ね?貴女は
「よく分かったろ?アンタはマン毛一本、マ○汁一滴まで、完璧な奴隷になったんだぜ!?」
しつこいムチが、また一声。
背中を打たれ、性懲りもなく女の合わせ目がふたたび
その半面、あたまは
沈黙。
「愛香は――死んだのですか」
「そうよ?
「誰が――そのように私に命令したのですか」
「ダレもォ?お定まりの、メス奴隷を従順度チェックする「出荷前検査」だモン」
「質問をかえます――「出荷前検査」の対象に
またもや沈黙。
かわりに背後で、拳銃の
それが――答えだった。
緊張感が
拳銃を腰だめにするゾーロタと視線を切り結んで。
かたや、調教役二人組。
かたや、全裸に腕と脚のみ黒ラテックスで
薄暗い廊下と相まって、四肢を切断され、ダルマ娘にされた女のイメージが、ふたたび。
調教役の
「リップマンを――読んだことがありますか?」※
ハァ?というシリブロの反応。
「一度、自分が操られていると知ったパーソナリティーは……二度と――えぇそうですとも。二度と!その
“金と銀”が顔を見合わせた。
やがて気の短いシリブロが、HA!と声高に、
「なにワケのワかんないコト言ってるんだィ!」
「で、信用しなかったら、どうなるのかしら?」
「わたしは――ココを出てゆきます」
「はぁ?デキると思ってンの?」
「
「Oui……Oui, mon capitaine」
――そんな!
だが、洗脳され、性具として刷りこまれた身体に命令は絶対だった。
ほとんど自動的に、『成美』は立ったまま片手で胸をモミしだきはじめる。
脚の付け根の奥を中指で
胸も敏感に反応し、ピアスが飾る乳首を恥ずかし下もなくさらに
一度、二度。
熱い波が全身をはしりぬけ、ヘタヘタと“彼女”の体はすわりこむ。
しかし頭だけは、ますます冴えて、彼女らへの憎悪をいや増しに。
「よろしい。メス奴隷候補生・『成美』。命令――扉を順番にあけなさい」
イったばかりで力の入らないと思われた身体は、モーター仕掛けの人形のように、無理な姿勢から難なく立ち上がると、廊下にならぶ扉を次々にためしながら歩みをすすめる。
そんな『成美』のあとを、ふたりの調教役が口々に、
「おぉ、
「わたしは――出て行きます」
「アレだけハレンチなコト刷りこまれて、まーだ強がってる」
「わたしは――出て行きます」
いかなる快楽も、胸の内に
扉を開けるたび、その“ハレンチ”な己の行為を、強制的の目の当たりにさせられるという、変則的羞恥プレイ。
己の痴態を観せられれば観せられるほど、背後の女ギツネ二匹に殺意がますますつのって。
自分が愛香を
――だが、まずは……!
この金銀ふたりの糞ビッチに相応の
それが済んだら、はじめて悲しんで。悔やんで。自分をのろって。
そして――巡礼でも自殺でも。何でもできる気がする。
いまはどうやってこの場を
『成美』のそんな気配を敏感に感じたのか、ゾーロタは金髪をかきあげ、
「メス奴隷候補生・『成美』。命令――私たちに対する
「Oui, mon capitaine……」
自動的にそう返答した、そのとたん……。
あれほど冷たい炎が燃えさかっていた『成美』の心から、憎悪が消えた。
愛香を殺してしまった、という後悔と
代わって湧き上がるのは、背後の女ギツネ二匹にたいする、敬意と
似たような感覚を味わっている分、驚きもすくなかった。
すでにミラ秘書官とのデートで第二王女から経験済みだ。
――【特定シナプス促進システム】……か。
ニコやかな顔で、『成美』は金と銀とを振りかえる。
なるほど憎しみの“感情”は消えた。
だが、目の前の女たちを殺さねばという“意志”は消えない。
“輪郭”を消された殺意。
“焦点のない”行動要因。
――へぇ。ヒトの心ってのは、こんな風になるんだ……。
バラバラにされ、無惨に
「……ガンコな仔だネェ。いいかげん認められないのかィ」
「メス奴隷候補生・『成美』。命令――現行動を続行しながら宣言をなさい。いまの貴女は――いったい何?」
「Oui, mon capitaine……わたしは……」
意図せず、口が勝手に動く。
そうそう、と背中でほくそ笑むふたつの気配。
扉を開ける――四つんばいになり、後ろの責めにヨガる自分――扉を閉める。
「わたしは……」
扉を開ける――美少年を性具で責め、乳房を吸わせる自分――扉を閉める。
「わたしは……」
ふと、そこではじめて立ち止まる。
――わ
男?
候補生?
メス奴隷?
店舗の備品?
殺人もする
自分の存在の不確実さ。
己を取り巻く世界の不安定ぶり。
身体どころか心まで改変され、それまでの経時的な連鎖から暴力的に切り離された現在。愛香を手にかけ、その上もう二つの殺しまで平然と画策して。
そんな事象に
「どうしたの?メス奴隷候補生・『成美』。命令――宣言なさい!」
「アンタは、もう『
ソーロタから投げかけられた『
そこに、強烈な違和感をおぼえる。
リダクション・モードが不発に終わった時のような。
あるいは……。
湖の訓練で緊急浮上したとき、冷たい水を手ひどく飲んだ時のような……。
主のいない机に咲く、一輪挿しのイメージが、どこかで。
「さぁ、『成美』!宣言なさい。それで
ゾーロタが期待を抑えきれないのか、珍しく上ずった声でうながした。
次の扉を開けようとする――だが、鍵がかかっているのか、開かない。
「言いなさい『成美』!貴女はもう人間なんかじゃないの!単なる性具……」
――ちがう……!
そゥら!とシリブロのムチが、豊かなヒップに。
薄暗い通路に、残響まじりに鳴りわたる。
切り裂く痛みが、隔絶された快感とともに。
そしてそれが過去の光景を切り貼りに喚び覚ます。
先輩候補生たちの遺体。
巨乳上級生の柔らかさと匂い。
壮大なステンドグラスと
「モウいっちょォ!そらそら『
――ちがう……ちがう!
取っ手を回し、ゆさぶり、鍵のかかった扉を懸命に鳴らす。
――ちがう!
トラムの
ブラン・ノワール組。
遠ざかるリムジンの赤いテール。
フェラーリで夜の街を疾走した高揚感。
「もう『土鳩』なんてキタない名前は捨てておしまいなさい!」
「人殺しにぁ、ほかに行き場所なんか有りゃしねェんだから!」
「ちがう!――ちがう!」
まるで何かを振り
蒼空を背景に雲海から浮かび上がる巨大なフリゲート艦。
トゥ・シューズのジャンプで流れる汗とフット・ライト。
白い滑空機の編隊と、稚なさが見える幼年校操縦者たち。
ピンクの部屋でネグリジェをまとい、ベッドで愛玩される姿。
雲海下にダイブ中のコクピットから目撃した
自らの膣と肛門をも同時に犯すデイルドーを装着し、稚い少年たちを嬲る自分。
「――『成美』ィ!」
ムチが、今までにない鋭さで振り上げられた。
「!」
そのとき――頭の中で、不意にすべての歯車が噛み合った。
どうしてこんな簡単なことに気付かなかったのか。
目の前にあった答えに、いまようやく気付いたように。
「ボクは――『
ついに、彼は叫んだ。
声を限りに“彼”は身体の奥底から、うねるように全身の力をこめ、
「
とたん、ロックが外れ、内側から扉がひらく。
ヨロヨロと踏み出した足裏が、なにか柔らかい気配を伝えて転びそうに。
いきなりの
乳房とお股を隠した姿勢で数歩つんのめるように進めば、そこには高原の傾斜地めく光景が、眼前にこれでもかという規模で雄大に展開する。
彼方には、雪を頂いた高山の連なり。
近くには森林の末端――その切れ目には湖すら見える。
なにより驚くのは、天空に大小ふたつの衛星が、
長い尾をした見たこともない巨大な鳥が、そんな大空を
――広域・同時共感型3Dステージ……?
すべてが、おそろしいほどリアルだった。
五月を想わせる微風の香りに、つい『九尾』は目を細めて深呼吸。
森の端では、野生馬らしい白馬の一群が、おもいおもいに尻尾をふりながら、こちらを窺っている。おまけになんと、その白馬たちの額には長い角が。
――ユニコーン……いや、角が二本だからバイコーン、か?
見れば見るほど、アルプスの高原のような。
どこからか車イスの少女と野生娘。大型犬、それに傭兵あがりの爺さんがパイプをくわえて出てきてもおかしくない風景――ただし、頭上に浮かぶ二つの月と、見たこともない動物たちを除けばのハナシだが。
金銀の二人組はどうしたかと見渡せば、姿が見えない。
傾斜した芝の地面には、小川が流れ、木造の小さな橋がひとつ。
ところどころに、巨大な岩が、まるで取り残されたように転がっている。
――ココは……いったい……。
「やっと来やがったな?このクソ
そばにあった、そんな岩のひとつから声がした。
えっ、と声のした根元を見る。
ひとりの男が長い草をくわえながら草の上にひっくり返って。
曲げた脚を組み、片手に酒瓶をにぎる姿。
くわえた草の茎は、なぜかイライラと上下していた。
「あのぅ……」
見知らぬ男は、
立ち上がった相手を見ると、なんとゲシュタルト・スーツ。それも見た感じ、ずいぶんと古い型のものらしい。歳は……30代なかばといったところだろうか。
はぁ、と言うように相手は溜め息をつき、腰に手をあて『九尾』をニラむ。
そこには、拳銃を収めたらしいホルスター。すると前線部隊の航界士だろうか。
よくみれば、スーツには階級章や、部隊章らしきものが。そして一目でミリタリー・スペックと分かる――ただしずいぶん古風な――携行機材。
――もしかしたら、助けてもらえる?かも……。
そんな彼の考えをよそに、この人物は、
「オマエなァ!作者はエロ苦手だッて言うのに、さんざっッぱら余ッッ計なトコ、ウロウロしやがって……」
イキナリ妙なことを言われた『九尾』は、すこし
「一体、なんのコトで――」
「あぁ、まァいい!ハナシが余計ヤヤこしくなるだけだ!」
「えと……ココって共感ステージの部屋ですよね?」
「あぁ!?」
「……あの、失礼ですが。貴方はいったい……?」
「ホントとに失礼な奴だな!?」
相手は一喝してギロリ、
「まず
失礼しましたァ!
と、『九尾』はエースマンに叩き込まれた条件反射で、
「自分は瑞雲錬成校・一級航界士候補生1016!――『九尾』であります!」
ふン、と鼻で嗤う気配。
「やりゃぁ、デキんじゃねぇか……クソが」
挨拶が終わり、自分の秘所をまた隠そうとして、『九尾』は驚く。
そこには、もはや乳房も、恥丘の茂みもなかった。
ツヤやかな光沢。渋いカラーリング。
いつの間にか彼もまた、ゲシュタルト・スーツを装着していたのである。
「オレは『ホスロー』……」
上背のある姿がフン、と嗤う。そしてえらくスゴみのあるオーラを発しながら、この男はさらに続けて、
「未認可事象面・第47強行探査グループ・第3大隊所属。独立探査級航界士『ホスロー』上級大尉だ」
※ウォルター・リップマン、ね?