たがいに見合ったまま、
やがてしびれを切らしたか、男のほうが背筋を伸ばし、もう一度。
「第47!強行探査グループ所属だ!」
「――はい……」
「……第47……だぞ?」
「はぁ……」
ぬぅ、といかにも心外そうな
そこには次第に「憤懣やるかたない」という色が浮かんで。
やがて、この“上級大尉殿”は、
「キミねぇ?強行探査グループ、それも「第47」といえば、泣く子もダマる……ってもういい。時代は、流れたのだな」
いかにもガッカリな相手に対し、
「……スミマセン」
やれやれ、と『ホスロー』は手にしたボトルから、ひと口
だがその中身がとうに空なのは、『九尾』が先ほど確認したとおりだ。
チッ、と舌打ちの気配。
「――んで?どうするんだ、キミ」
「え?」
「もう“
「……はい、サー。もうこりごりです」
「
「でも……女の身体にされてしまった今となっては――」
『九尾』は
とたん、わき上がる、甘い感覚。
ムチで
鏡がないので何とも分からないが、顔つきも
なにより声が女性のトーンでは、自分が男子である認識が危うくなるばかり。
それに気づいたのか、ホスロー上級大尉は「しっかりしろ!」と声を荒げ、
「キミは『
「なんで――わたしの名前を!?」
「知ってて当然だろう!
「そうか。やっぱり探査院から助けにきてくれたんですね?」
「……」
「でもわたし――いえボクは……人を……」
心ならずも、すこし涙ぐんでしまう。
華麗なドレス姿で長いナイフを手に、口を血だらけとした自分の
『九尾』は首をふり、思い出すのもイヤな情景を、頭から
――連合警察に自首すべきか……。
しかし愛香の死体は、もう処理されてるかもしれない。
店の地下にある電気炉。あるいは水酸化ナトリウムのタンク。
それとも挽き肉機にかけ、残飯にまぜてブタさんたちの飼料か。
ビェルシカたちから聞いた、メゾン・ドールのうわさ話が脳裏に去来する。
だんだん肩が冷えてきて、自分が殺人を犯したのだという実感がヒシヒシと
罪の自覚と記憶がないのが、さらに恐ろしい。
命令とあれば何でもやる人形に成りさがってしまった。そしてそんな自分をよろこんでいる心持ちがあるのは、調教の成果なのだろうか。いまは共感ステージの効果で見えないものの、自分の
――でも、ヘタに自首をしたら。店の
彼は、自然と可愛らしく小首を傾けて考える。
ラウンジでの会話を聞くかぎり、メゾン・ドールは警察の上層部にも相当のコネがありそうだった。自分が殺され、それこそドブに蹴落とされても、航界士制度を
――だけど……その前に、なんとしてもあの二人を。
「あぁ、
『ホスロー』は、アゴで森のはずれを示した。
悲鳴。
また悲鳴。
えっ、と声の方を見ると、ゾーロタとシリブロが茂みを散らして飛び出てきた。
その後ろ。
彼女たちを追うように、なにやら奇妙にウネるものがあらわれる。
巨大なクラゲのような――あるいは透明な軟体動物の集合体のような。
バイコーンたちが白い尾をゆらし、一斉に逃げ出した。
マグナス伯爵の使い魔めくその戦車サイズなクラゲは、逃げる金銀に向け触手を延ばし、脚を
――そうか……。
瞬時に『九尾』は納得する。
おそらく自分を追って共感型ステージに入って来た二人は、ステージが装備する
たぶん『ホスロー』はメゾン・ドールとコネクションを持つ探査院の関係者で、店の空き広間を借りて網を張っていたのではなかろうか。性悪な女調教役ふたり組と店との関係が良くわからないけれど、結果オーライのようにも思える。
ラッキーだった、と一息つくも、いま見た
基本的に共感型ステージの映像は、実在の場所を多重・多角に、積層型・高解像アナログ撮影で作成されるものだと聞いていた。
ヒトやモノ、カネ。それに物流が
――と、いうことは……。
あのバイコーンたちや、巨大クラゲも、
なんです……アレ。と『九尾』は、うわずった声で、
「一体ココって、どこをモデルにした共感型ステージなんです?」
「……265.724.838.92の座標軸にある未開発の事象面だ。
溜め息まじりな相手の
よくわからない。
しかし、とりあえず理解した風でうなずきながら、
「そんな
「キミは――もしかしたらウチの
「
「そう、
ウィンクしてダメだしされ、グッ、となりつつも、
「テキ、って?」
「航界士の敵――すなわち
「なんです、それ」
「……キミは知らなくていい。まだ、な?たとえば――」
『ホスロー』はボトルを芝に落とし、ホルスターから拳銃を抜き出すと、身体を
清浄な高原の世界には不似合いな、乾いた銃声が冷たい空気を圧し響き渡り、
山々にこだまする銃撃音を背景に、
『九尾』は、見た。
森のはずれ。
幻獣が姿を消したあたり。
ボロをまとった
――ここまで
「何なんです――アレ」
『ホスロー』は、彼方に目を向けたまま、声ひくく呟く。
「あれがキミにも見えたか……そうか」
「あのドクロが敵ですか?航界士の――わた……ボクたち人類の敵」
へっ、と頭上からみじかく
「“
――え……。
『九尾』は、その言葉に絶句する。
冗談ごととは思えない、存外に重い意味が、そこには感じられた。
出来ることなら、聞かなかったことにしたかった――だが、もう遅い。
自分の横に儼然と佇立し、相変わらず森のはずれをにらむ、二重衛星を背景とした男の姿を『九尾』は不安げに、そして何となくまぶしく見上げる。
その存在がはなつ、強烈な
女の洗脳効果のためか、またもや“おまた”が濡れてしまうような、
「いや、冗談だ――気にするな」
『ホスロー』は、ぶっきらぼうにそう言うと、草原に落とした酒瓶の口をフッと吹き、執念深くボトルをゆさぶり、ウィスキーのしずくを、舌にふりおとす。
かすかに漂う放射線障害予防液の臭い……
「
男はウィスキーのしずくが垂れた舌を、口の中で
「神ノ
「……」
あまりに思わせぶり、かつ矛盾した言葉。
そもそも冗談なのか本気なのか、まったく見えない。
また相手のセリフには、深く追及されることを拒む調子がほのみえた。
あきらめた『九尾』は、かわりに『ホスロー』が手にする中型拳銃に注目する。
MOD.83 CAL.9という刻印がある
イツホクに会った時、みょうな懐かしさを覚えた拳銃と同タイプのモノだ。
「ずいぶん古めかしい銃ですね――いまどき金属製なんて」
「
「わ――ボクも見たことがあるし、使えますよ?」
「当然だろ。コイツを持ってきたのはオマエだし、使える気がするのは、おれが助けてやったからじゃねぇか」
「……え」
何かがおかしい……やっぱり何かがヘンだ。
『ホスロー』に気取られぬよう、『九尾』はさりげない風をよそおい、この世界を見回す。
遠くに移動して草を食むバイコーンたち。
雪を頂く山のほうから吹きよせる、清浄な風。
いくぶん力のない陽の光は、青みのスペクトルを帯びて。
足もとに咲く花も、薫り高い草も、美しいが一風変わった姿だ。
――気をつけろ……。
この美しい風景が、洗脳のプログラムの一環とも限らない。
油断させておいて、心的防壁の無防備な部分を突く――ありがちなパターンだ。
「うん――その心構えは、正しい」
いきなり『ホスロー』の声。
振りむくと、なぜか沈鬱な表情を浮かべている。
例えれば、危なっかしい遊びをする子供を遠くから見守るような大人の風情で。
「……つねに周囲にアンテナをめぐらせて自省を重ねるのは、いい心構えだ。だがそのサジ加減が難しいんだな、これが。早いところ「敵」と「味方」を嗅ぎ分けるようになれ。
『リヒテル』を思い出す『九尾』。
条件反射で湧き上がる、
やおら口をとがらせると、
「なら――サー『ホスロー』は、味方なんですか?」
不意に、男の厳しい雰囲気がくずれ、破顔する。
やおら近づくや、ああ……もう!と『九尾』の頭を抱え込み髪をワシワシさせ、
「キミはホント可愛いヤツだなぁ。今まで年増の女に言い寄られたコトないかァ?んぅ?」
こんどはサラ先輩の――『デザート・モルフォ』の
大聖堂の慰霊式で抱き寄せられた時の、あのムワッとした温かみ。安らぐような柔らかさ。包まれるような、思いやりのあふれる声。だが、すぐにそれは、
「アタシはどうなったのよ!!!!!!?」
と、横から出てきたミラ宮廷秘書官の鋭角的なイメージに流される。
「ほらみろ畜生!二人も!!なんか母性本能、直撃しそうなヤツだもんなぁ」
ズバリと『九尾』の心を読んだかのように『ホスロー』が
「若いってイイよなァ」
「サー『ホスロー』だって、お若いじゃないですか?」
「うン?オレはモウ駄目さ。
――え?
警報のような、神経に
高原が、バイコーンが、二重衛星が、風が。急速に現実味を
『ホスロー』が、またウィスキー瓶を逆さにしつつ舌を出して、
「気ぃつけろォ?キミの周りは、美味い汁を吸おうとするクズだらけだぞ」
「うまい……しる?」
「自分を強く持て。それだけでどんな嵐でも乗り越えられる……」
目の前の光景が乱れはじめた。
様々なイメージが、重層的に展開し、消えてゆく。
最後に、危うい子供を見守るような、『ホスロー』の不安げな
そして――すべてが分からなくなる……。