※この作品はR-18です。

玲瓏の翼【18禁版】   作:珍歩意地郎_四五四五

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058:          〃           (後

 

 

 ……とおくで、誰かが泣き叫んでいた。

 

 身体が生暖かいゲルに包まれている。気持ち悪い。

 口腔(くち)に――ノド奥に感じる違和感。

 身じろぎしようとしたとき、後ろにも太いモノをズップリと挿入(いれ)られているのに気付いた。目が見えない……苦しい。一瞬あの巨大クラゲのイメージがうかんで、自分はもしかしたら取り込まれてしまったのかもと焦(アセ)って。

 

 泣きわめく声がだんだんハッキリとなる。

 体のあちこちに繋がり、身体を絡めとるホースやケーブルを取ろうと、『九尾』はヌルヌルする手ざわりで充たされた暗黒の世界で苦しむ。

 電子音が鳴り、身体を包むゲル自体が微振動をはじめた。

 

《緊急――緊急――警報(アラート)06。警報06。被験体のバイタルに異常。これより非常排出(イジェクト)を実施。係員、ならびにスタッフは感染症、および高電圧に注意。くり返します……》

 

 悪夢のような中、そんなこもった声が響いたかと思うと硬質な振動音がつたわり、いきなり身体が持ち上げられる。

 ノドからズルズルと太い触手のようなモノが出てゆき、ゲホゲホとむせた。とたん、ミント臭のあるエアゾルが、喉のおくに噴霧される気配。

 

 ――おげぇ……。

 

 呼吸が楽になり、身体がうごくように。

 悲鳴はますます身近に聞こえるようになる。

 目と口の周りに圧迫感。

 どうやらゴーグルと給気マスクが装着されているらしい。

 むしり取ろうとして、手の可動範囲がせまいことに気づく。

 またもや手枷で、どこかにつながれているのだ。

 身体をかがめ、手の届く範囲まで首を曲げてゴーグルとマスクをむしりとった。

 

 ――う……。

 

 まぶしい。

 耳に装着されていたデバイスも、一緒に抜けてしまったらしい。とたんに悲鳴の音量(ボリューム)が大きくなり、何を叫んでいるのか分かるようになる。

 

「あああああああああああああ!!!!ゾーロタぁぁぁああああああああああアア!!…………………シリブロォォオオオオオオおおおおおおお!!!!」

 

 ながい息継ぎが分かるほどの肺活量いっぱいな悲嘆(なげき)。

 なんだ?と『九尾』は力のはいらない上半身を酷使して起き上がり、多少めまいのする目をチカチカしばたくと、まず自分の状況を確認する。

 

 透明なジェリーに充たされた、全身を格納するタイプのシリンダーから、半身を起こした姿勢。ジェリーに浸かったままの下半身には、ブルマ―型の貞操帯をハメられているのが、ゆがんだ液面ごしに分かる。アヌスと尿道の違和感は――たぶんそのせいだ。

 ボディをひし形にイヤらしく縊(クビ)る、ボンデージ状の紅いハーネースとウェスト・ニッパー。だが胸には、あれほど存在感を主張していた乳房(オッパイ)は無い。

 

 手首と足首にも、おなじ色調の紅い拘束具。窮屈(きゅうくつ)さを感じた喉(のど)もとをさわってみると、鋲つきな首輪の手ざわりが。

 シリンダーの上半分はグラス・キャノピーのようになっており、全開状態(フル・オープン)のそこからは、床のレベルからだいぶ高い位置ともあって、大規模ICU(集中治療室)を思わせる室内の造作がよく見えた。

 

 しかし……なんというICUだろうか。

 

 ・消毒液の臭いが満ちる空間には、3Dのバイタル・ボードが何種類も浮かんで。

 (それも心電図の波形モニターだけで、両手の指をかるく超える数)

 

 ・ストレッチャーに拘束された、もだえ動く怪しげなラテックスの包みが幾つか。

 

 ・ヒト型をした「たい焼き機」めいた、車輪つき運搬具のように思えるモノ。

 

 ・改造途中と見える女性のボディが中にうっすらと窺(うかが)えるシリンダーの列。

 

 ・切断した美しい腕――あるいはボディ・ジュエリーを纏(まと)わされた胴体(トルソー)。

 

 ・声帯オルガンのパーツと見える、目を閉じた美少年の生首がならぶ棚。

 

 ・床はパンチング・メタルとなっており、その下は絶えず消毒液が流れているらしい。

 

 すべてがサージカル・ステンレスの輝きを放つ明るさと清潔さで広い空間一面に展開されており、人体を高機能、高精度で管理している雰囲気がヒシヒシと空気を充たしている。

 

 『九尾』は、改めて自分の周囲を確認。

 

 左右には、おなじようなシリンダーがふたつ。

 いずれも空で、中身が搬送された跡だろうか、ジェリーの流れがキラキラと床を引きずられたように続いている。

 跡を目線で辿(たど)ってゆけば、さほど遠くない位置に並べられた2つの人体。その周りを、白衣の一団が囲んでいた。

 

 金髪と――銀髪。

 

 まるでローションまみれのようにテカる全身を、死体のように長々とのばす姿。

 その2体に、黒髪の女が取りすがり、先ほどから何やら泣き叫んでいるのだ。

 泣き咽ぶ女に見覚えがある。

 金銀から「コマンジュ(隊長)」と呼ばれていた人物だ。

 ふいに、その黒髪の女が振りむき、目覚めた『九尾』に気づくといっそう声を張り上げ、彼を非難がましく指さすや、

 

「あぁッ!アイツよ!あの悪魔が――わたしの可愛いプ(・)ッ(・)シ(・)ー(・)ち(・)ゃ(・)ん(・)たちを、こんな木偶(デク)にしやがッたのよォォォッッ!」

 

 白衣の一団が割れ、数名が『九尾』のところにやって来るや、ゴム手で彼の拘束を解くと、身体に挿入していた装具などを手荒に抜きはずす。

 身体を縛(いまし)めるハーネースに付くDリングを使い天井クレーンから吊るすと、そのままゲルの滴を垂らしながら白衣の一団の上空近くに運ばれた。降ろされる途中で紅いピンヒールをはかされ、ゆっくりとフロアに。

 

「ちきしょォォォッォッッ!畜(ち)ッき生(しょ)ォぉぉぉぉォォォっっッッつ!」

 

 すぐ横で掴(つか)みかからんばかりに暴れる黒髪の女。

 記憶にあった、取り澄ましたような気品は、もはやみじんもない。

 眼を三角に血走らせ、乱れた黒髪を口のはしに噛み、指をカギ状にして。

 周りの制止がなければ、怒涛(どとう)のごとく襲いかかって来ただろう。

 

 黒髪の罵声をよそに、白衣のスタッフは黙々とうごいた。

 首輪付きの赤いボンデージ・ハーネスとウェスト・ニッパー。手枷・足枷。それにピンヒールだけの姿となった『九尾』の身体を突きとばすような手つきで、彼の身体にまとわりついたゲルを荒々しく拭き清める。

 

「うぷっ!ちょっと!痛いです」

 

 相変わらずの女声で『九尾』は抗議する。声帯の拘束も早く解いて普通の声に戻してもらわねば、と考えた。また、あの喉頭鉗子(こうとうかんし)をノドに入れられると思うとゲンナリするが。

 

「ホラじっとしてなさい!」

「これ以上手間かけさせないで!?」

 

 身体を何本もの手とバスタオルで翻弄(ほんろう)されている間、彼はアレほど自分を弄(もてあそ)んでくれた“金銀”の様子を偸(ぬす)み見る。

 

 二人は死んでいるのではなかった。

 

 銀髪(シリブロ)のほうは視線をフラフラと、それにくわえて痴呆めいた顔つきで口もとをゆるめ、ニタニタ笑う風情。床に転がった身体をクネクネと意味なく動かし、まるで落ち着きがない。そしてよく見れば銀色の髪はうすくなり、そこに白髪が、かなりの量で混ざっているのだった。

 

 金髪(ゾーロタ)のほうといえば、視線を一点に集中させ――ほとんど凝視(ぎょうし)といっていい――あたかも呪文を唱えるごとく、何やら間断なしに呟いている。

 耳を澄ませてみれば、このような言葉の羅列(られつ)がきこえただろう。

 

『科学的に厳密に分析しようとすればするほど神は逃げてゆくこれは円周率の相互性に他ならない曲線を理解するのは微分であるがそれはあくまで微分でしかないつまり《モデルQ》は存在しない感覚こそ万能の尺度でありヒトはその感覚を上位に引き上げねばならない――※1』

 

 喚(ワメ)き疲れたか、黒髪の女は二人の手下の身体をゆるやかに撫でさすり、マスカラの流れた目もとの奥から、黙って『九尾』のほうを睨(ニラ)むだけとなっていた。相変わらず目を硬く凝視させた金髪(ゾーロタ)のイミフ(意味不明)な呟きは続いて……。

 

『人間が機械を使用するかそれとも人間が機械を使用されるかは大きな問題ではない重要なのはどのように人間と機械のコミュニケーションが成立しどのように人間が機械の部品になるかと言う事である※2あなたは可能性や有用性について議論しているところがあなたは既に機械の中に存在しその部分を成しているあなたは機械に指を目を肛門をあるいは肝臓を差し出している――※3

 

 『九尾』の身体を拭きつつ、バイタルのデータを取りながら周りの白衣たちが口々(くちぐち)に、

 

「店主の判断は?このビェルシカ、どうするんですって?」

「なにも聞いてない。どうするんだか」

「イサドラさんにつづいて、彼女たちもか……疫病神だなコイツ」

「“剥製(はくせい)屋”送りにしたほうがイイんじゃないの?キミ悪いわ」

「“人形師”のほうがイイわよ。高価(たか)くつくでしょうけど」

「Negative。買い手が、すでについてる。しかも相当な競り合いで」

「うへぇ。ドコよそれ?」

「西のほうとも――奥ノ院とも」

「愛玩(あいがん)品か、実験体か――That is the que(ソレガ問題ダ)stion」

「いずれにせよ、我々が関知するべきでない、はるか雲の上のハナシだ」

 

 口々に飛び交う、決して自分に対して友好的ではない会話。

 声の調子に、いちいち敵意とトゲを含んで。

 

 ――まただ……。

 

 『九尾』は堂々めぐりの感覚に、胸をふさがれる。

 前回(まえ)は瑞雲の医療室で、はじめてゲシュタルト・スーツを装着された時だった。

 陰嚢(タマタマ)や肛門(アヌス)、尿道(ユリスラ)を遠慮なくイジられ、侵(おか)されて。

 今またメゾン・ドールのあやしげなICU(?)で、身体をいじられている。

 果てのない、悪夢のような環状路線。

 

 ――「分岐(ポイント)」があるとしたら……一体どこに。

 

「さ――どうするの?店長ンとこ連れてく?」

「しかたないよ。このエロ~いイヴニング・ドレスを着せてこいとサ」

「この仔(コ)にはお似合いね。この前のベビー・ドールだってコワいくらいピッタリ」

「オシリもすっかり開発されちゃってさ?イヤらしい“お道具”をズップリいれられて、アンアン言ってたもんネェ……」

 

 白衣の人間からの、悪意を含んだことば責め。

 『九尾』の頬が、カァッと熱くなり、粘着質に交わされる視線もふくめ、彼の心にグサグサと刺さる。

 

 そのとき、この物騒な人型格納容器がならぶICUの頑丈そうな入り口を開け、入ってきた者がある。折りたたんだ大判のバスタオルと思われるものを腕にかけ、もう片方の手にはクリップ・ボード。

 

 品の良い、整った顔立ち。

 ひざ上のまでの、きわどいメイド・ドレス。

 歩くたびにおまたの奥からチリチリと鈴が鳴って……。

 

 『九尾』は目を疑う。そして何度もまばたき。

 

 間違いない……。

 

 全身の血が、ふたたび暖かく流れはじめる気配。

 それと同時に、今まで自分の心がどれだけ冷え固まっていたか、この時にしてようやく思い知った感がある。

 

「――愛香!」

 

 彼は、そう叫ぶや否や、白衣の者たちの制止をふり切り、囲みを飛び出した。

 履かされたピンヒールがフラつくのも気にせず彼女のもとに駆け寄った時、愛香はフルチンで駆け寄る彼から顔を赤くしてそむけ、手にしたバスタオルをひろげ彼の前をかくす。だが『九尾』は、そんな彼女の仕草はもちろん、自分が全裸である事すら気付かない。

 

 ――愛香だ……間違いない、生きている愛香だ!

 

 『彼女が生きている』という喜びと『自分は殺人を犯していない』という安堵。

 どちらが大きいかを精査するのは、野暮(やぼ)というものだった。

 おどろく彼女を無視し、もういちど目のまえの存在が“実物”であるのを確認すると『九尾』は涙目で、あたりをはばからず、彼女を強く抱きしめる……。

 




※1:珍歩意地郎
※2:ジル・ドゥルーズ『器官無き身体』より
※3:ドゥルーズ+ガタリ『アンチ・オイディプス』より
(ネタをあかせば「ゲシュタルト・スーツ」の理由付けです)

なんか哲学パートに戻ると読者諸氏の反応がニブりますねぇ……。
さ、次からまたエチーな回ですよっ!
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