※この作品はR-18です。

玲瓏の翼【18禁版】   作:珍歩意地郎_四五四五

78 / 117
059:思考の女性化進行のこと、ならびに修錬校へ帰還のこと(前

 

 おどろく彼女を無視し、もういちど目のまえの存在が“実物”であるのを確認すると、『九尾』はあたりをはばからず、彼女を強く抱きしめた……。

(前話まで)

 

                * * *

 

 

「そう、彼女を強く抱きしめる……すると、あの娘(こ)も抱き返してくれる。自分とまったく異なる“宇宙”が!自分を認め、受け入れてくれる……こんな嬉しいことは無いんだ!」

 

 広間の片隅でヒソヒソと語り合う数名の候補生。

 フランス貴族の小姓めいた制服を着た候補生が、アツく語っていた。

 ほかの少年候補生たちは、話半分に聞いている風。

 

「なぁ、分かるだろ?」

「……ハイハイ、と」

 

 この時もう一人、遠くから日本の中世武官風な装束(しょうぞく)の候補生が、

 

「でもサ、これから我々は……ヤバい橋をいくつも渡るんだぜ?」

「だから?」

 

 分からないかナァ!、とこの候補生は苛立たしげに、

 

「自分が殉職(じゅんしょく)したとき、彼女を悲しませたくないな」

「じゃぁ、キミは別れるというのかね!」

「……まだ決めてない」

 

 このとき、少し離れた別の場所から、また声がかかった。

 

「でも確かに、残された彼女も可哀想だな。子供がいるなら、なおさら」

「本職の航界士は、みんなドウしてるんだろう……」

 

 『控(ひかえ)の間』には、ちょっとした論争が起きていた。

 

 いわく《この試演が終わったら、彼女に告白するか、否か》

 

 ようするに、彼等はヒマをもてあましているのだ――ひとりを除いては。

 

 次の試演の案内もなければ、サモワールを補充するメイドもやってこない。

 茶はあらかた飲み干され、ビスケットに至っては『二番星』がほとんど喰ってしまい、今になって当人は胃のもたれに苦しんでいるというしまつ。

 

 実況中継もいつのまにか無くなり、広間のモニターは、ただ事象震が荒れさかる、鉛色をした天空を映すのみとなっていた。

 会場であるグラス・ドームでの余興(よきょう)や、スタジオからの毒にも薬にもならないトークがOA(オンエア)されることもない。ときおり画面をよぎる耀腕(ようえん)が、次の餌食(えじき)をダラダラとさぐっているのを観るばかりである。

 

「みんな、『S-852(特例保険)』は掛けたんだよな?」

 

 近衛の制服を着た候補生が広間を見まわした。

 そして――ややあって、若干(じゃっかん)の照れをみせながら、

 

「アレは特約でかなり戻ってくるから、自分は、その――彼女との結婚資金にしようと。みんなも彼女に、なんか買ってやるんだろ?」

 

 ヘッ!と『二番星』が、またトゲトゲしく横ヤリをいれ、

 

「オレにぁ、そんなもの居やシねェよ!」

 

 (だろうな)という、みごとなまでの広間の空気。

 

「でも修錬校の方で掛けたらしいから、戻った保険金でカジノでも行くさ」

 

 (このバカが……)という、またもや完全一致な広間の空気。

 

「でもナァ、確かに……」

 

 中世の傭兵隊長のような、飾りのハデな制服を着たひとりが、やがて思い切ったように周りを見まわしながら口をひらいて、

 

「なんかサ?いちどは諦(あきら)めた命だから、なんか新鮮に感じるよな――わたしもバカやって彼女とケンカ別れしたけど、もう一度やりなおしてみようと考えてる」

 

 オイ!と別の候補生が、目線で次が順番となる幼い候補生の方を示す。

 一瞬、傭兵隊長はバツの悪い顔になるが、ふいに顔を明るくし、

 

「でもサ?これだけ次の案内が遅れてるんだ。もしかして、もう試演はないかも」

 

 パッ、と幼い候補生の顔がもち上がる。

 はずみで、またも大きすぎる制帽のひさしがズッこけて。

 それを持ち上げたとき、ベリショな男の娘めく表情に、おさえきれない生気と喜悦(よろこび)が動くのを診(み)て、広間の少年たちは傭兵隊長に(罪なことを……)と、暗黙の非難を投げかけた。

 

「そ、そういやさ?“耀腕殺し”サンは、彼女居るんで?」

 

 いきなり傭兵隊長から話をフられた『九尾』は、迷惑そうに眉をひそめる。

 

「あぁ……?」

「いやその。“二つ名”を持つ有名候補生ともなれば、やっぱチーレムかな、と」

 

 広間の雰囲気が、こんどは全体で聞き耳を立てる風。

 

 いや、と『九尾』は首をふる。

 『二番星』のオッ!と言うような顔が嬉しそうに――そして追従(おべっか)な口ぶりで、

 

「そうですよねェ?お忙しい身体ですモンねぇ?」

「捨ててきたんだ、そういうの」

「え……」

「彼女とか、そういうの。もう興味ないんだ……」

「えぇッ!勿体(もったい)ねぇ……彼女とデートしてシッポリしたくねぇスか?――ンだよお前ェら!笑うなよゥ……」

 

 必死な『二番星』の物言いに広間がすこし、なごんで。

 それをよそに『九尾』は片頬をつき、過ぎ去った日々の事を考える。

 

 ――彼女、ねぇ……。

 

 

                * * *

 

 

 (いい?これでアンタ……私の彼氏だからね!)

 

 “押しかけ彼女”の勝ち気な声が、脳内に当時の勢いそのままによみがえる。

 ミラ宮廷秘書官の、肉食獣めいた爛々(ランラン)たる瞳(ひとみ)の輝き。

 うれしさを必死に隠そうとコワばった、若々しいリップの口もと。

 

――あのデートから、どれくらい経ったのかし(・)ら(・)……。

 

 瑞雲校に向かう、三台の車列。

 その真ん中に位置する重厚なストレッチ・リムジンの車内では、『九尾』が本革シートに装備されたマッサージ機能を最大に効かせながら、ドアの内装に付けられたクッションつきのヒジかけ台に半ば身体をあずけ、窓の外を流れる街の光景を、虚(うつ)ろな眼差しで見入っていた。

 

 シリンダーから強制排出(イジェクト)されたのが昨日の夕方。

 何ヶ月も調教されていると思っていたが、じつは、ほとんどが共感型ステージ内の出来事で、実時間はホンの数週間だった――らしい。

 今日は先日の夜会で約束した瑞雲の訪問に、逃亡防止のためかイツホクじきじきの付き添いで、仰々(ぎょうぎょう)しくもリムジンの車列を従え修錬校に向かうところだった。

 

 

『クルチザンになる前に、奴隷の性(さが)を植え付けられる前に!一度。一度だけ修錬校に戻ってらっしゃい。そして自(・)分(・)の(・)翼(・)で!もう一度だけ、飛びなさい……』

 

 

 『リヒテル』の――ネイガウスというのが本名だと知った羆(ヒグマ)の声が、彼の耳の中に何度もこだまする。

 いちど退職した、年金暮らしの貧乏な非常勤講師とみせかけて、じつは権勢バリバリの現役上級大佐――とんだ食わせモノの、爺(じじ)ィ。

 そう考えると、“瑞雲”はもちろん「探査院」すらもが、メゾン・ドールに負けず劣らずの魔窟に思えてくる。

 

 ――修錬校、ね……。

 

 道路は朝のラッシュ時間を抜け、ようやく空きはじめていた。

 ふと、彼は先輩女子候補生があやつるバイクの後部席(タンデム)を思い出す。

 

 そう。それは、ほんの半年とすこし前のこと。

 

 それまでの自分は、目立たず冴(さ)えない、フツーの存在。

 彼女いない歴=年齢な、一介(いっかい)の三流候補生だったハズなのに……。

 

 滑走路の終端で見た先輩たちの死体。

 あれから、全てが変わってきた感覚。

 いいえ、と、そのとき『九尾』はふいに感覚を研ぎ澄ませ、

 

 ――もしかしたら……もっと前。

 

 技術査定でインメルマン・ターンをミスった、あのときから……?

 

 輝腕との遭遇戦。

 雲海にうかぶフリゲート艦でのデート。

 アンテナ・マスト先端でイチャついた一幕……。

 

 思い出した。

 

 あのときも、ミラ秘書官に貞操帯のプラグを悪戯(イタズラ)されたっけ。挙句の果てに、こんどは彼女の目前で、膀胱に仕込まれたソースを精液(お情け)と一緒にびゅるる~~って。

 

 ――あぁ。どうかあのときの大皿(プレート)が『九尾(わたし)』って、気づかれてませんように……。

 

 リムジンがトンネルに入った。

 

 規則正しく、トンネル内の照明が車内を滑ってゆく

 冥(くら)い鏡と化した防弾ガラスの車窓に映る己の容(すがた)。

 コマ送りのように、浮かんでは消えて……。

 彼は、黙然と自身を見つめる。

 

 金髪に染められ、アップにされた髪。

 ヨーロッパ・スタイルな、やや濃い目の粧(よそお)い。

 銀色の毛皮袖からスッと延びる天鵞絨(ビロード)の黒い長手袋(ロングアーム)。

 その毛皮がつつむ身体は、補正下着とコルセットに縛められる。

 さすがに、これから古巣に向かうのに首輪はマズいので、チョーカーに。

 緩(ゆる)やかなリムジンの挙動に、耳につけられた大ぶりなイヤリングがゆれて。

 

 ふと対面の座席から、端末を操作しながらイツホクがチラチラと自分の方を窺うのに気付いた。そこに彼は、守銭奴の骨董屋が所蔵品をうっかり廉(やす)く売ってしまったような、あるいは株式投資で利確をしたのち、その株がさらにグングン上がってゆくのを見るような、後悔の目つきにも似たものを読み取る。それが、いつのまにか身につけた『九尾』のナルシズムを、少なからず満足させて。

 

 ガーター付きの光沢ストッキングに包まれた、メリハリのある脚。

 ひざを合わせ、品よくななめに揃(そろ)えてしまうのは、もうクセになっていた。

 タイト・ミニな革スカートの奥に、オチンポ・ブラ付きな紫のショーツ。

 メゾンの“影の店長”に覗(のぞ)けるよう、太ももの角度を計算して微妙に腰かけて。

 

 ――ヒールにも、いつの間にか慣れてしまって……。

 

 まるで鞣(なめ)された革で作られた“婦(おんな)”という繭(まゆ)に、自分がヒシヒシと取り込まれ、ギッチリと、有無を言わさず改変されてゆくような――そんな印象。

 繭から出されたとき、そこには……。

 

 ――そういえば……今朝、起きたときも。

 

 なにか厭(イヤ)な、そして記憶に残らない夢をみて、汗だくで目覚めた0930時。

 

 もの憂(う)げに天蓋(てんがい)つきなシルクのベッドからネグリジェ姿のまま素足で滑り出て、大理石の浴室で純金のシャワー・ヘッドから行水をすれば、朝の輝く光にコルセットに締め上げられた胴は、哀しくも8の字なりに、美しく歪められてしまっているのを発見する。

 

 イヤらしく調教され、恥知らずにも淫らに感じてしまう、鋭敏となった肌。

 ワックス掛けの終わった機体のように、キラキラと水玉をよく弾いて。

 尻も、腰つきも、豊かに。からだ全体の雰囲気も、どことなく婦(おんな)の脂(あぶら)がのったように、ムッチリとしたものに。

 

 不覚にも、浴室に据えられた等身大な姿見に、己の容姿を映して惚(ほ)れぼれとしてしまい、悪戯心(イタズラごころ)で思わず鏡にキスしてしまったことを、『九尾』は心ひそかに顔を赤くして思いだす。

 共感ステージで埋設された仮想子宮が、まだ残っているかのように、疼(うず)く。

 ヴァギナから、恥ずかしいローションが滲(にじ)む気配さえ、感覚が鮮明に。

 

 ――敏感になったチクビをコリコリ甘噛みされて……

        大きな白いベッドの上で、やさしく愛されたい。

 

 ――うしろから造りたての“女陰”を激しく突かれ……

        オッ〇イを揺らしながら恥(はぢ)知らずにアンアン喘(アエ)ぎたい。

 

 ――そして“お人形”にされてしまったら……

        エッチな服を着せられて、イヤらしい“お道具”を身体に

        挿入されたまま、お服屋さんのショー・ウィンドウに飾られて。

 

        そんな自分を、街なかを往(ゆ)くみんなに蔑まれなから……。

 

 そこまで想像を漂わせたとき、『九尾』はふいに我にかえり、自分の妄想(もうそう)の淫(みだら)らさ、下劣さ加減に唖然(あぜん)とする。

 

 

 ――なんで……こんな……。

 

 思わず美しく整えられた眉根をひそめた。

 嫌悪感が、霧のようにユックリと押し寄せて。

 そもそも、なぜこのような変態的嗜好(しこう)が浮かぶのか。

 

 先日の共感ステージで、自分は『九尾』だと宣言したハズなのに。

 

 顔面(かおおもて)が火照(ほて)る。

 体が身悶(もだ)えし、欲情しているようで悩ましい。

 うしろとまえに挿入された“お道具”も、妙に気になって。

『九尾』は、モジモジとふとももをすり合わせ、艶やかなボディ・スーツ(補正下着)でタイトに締め上げられ、見目よく形作られた胴を、艶(ツヤ)やかなシルクのブラウス越しにまさぐり――愛撫(あいぶ)して――密(ヒソ)かに快感をむさぼる。

 

「だいぶ……ナジんできたようじゃねぇか……」

 

 対面からの声にイツホクを見ると、中年男の目つきが一転、いつのまにかイヤらしい“ヒヒ爺ィ”のソレになっていた。

 見透かされた!と、さらに面(おもて)は赤らむが『九尾』は強いてツン、と平静を粧(よそお)い、

 

「なんの――コトでございましょう?」

「フフフ……それよ、それ」

「えっ……」

「お前ェ、自分のカラダ。変わってきたと思わねェか?」

「それは……あれだけ責めを受ければ……」

「その男好きのするカラダだけじゃネェ……考(・)え(・)方(・)も(・)、ヨ」

「えっ……」

 

 まぁイイ――いずれ判(わか)る、とイツホクは思わせぶりな事を言って、いったん口を閉じ、手元のデータに目を落としつつ、

 

「きょうは、あの日のご褒美(ほうび)で遠足としてお前ェの修錬校訪問だが、帰ってきたら新しい調教師と面通しだかンな」

「もちろん――承知しておりますわ?」

「逃亡防止に、お前ェの胎内にゃマーカー挿入してあるし、その化粧は特別製だ。店(ウチ)専用にブレンドした薬品(リムーバー)でないと、落ちねェよ」

 

 『九尾』はコンパクトを取り出し、上品なものの、若干(じゃっかん)濃いめな己(おのれ)の粧(よそお)いを確認する。

 そういえば今朝の美容担当の女性員たちは、みょうに上機嫌だった、ような。

 

「ッたく。『イサドラ』につづいて『ゾーロタ』に『シリブロ』まで……おめェにゃどんな防衛人格が仕込まれてンだい……」

「……防衛人格?」

「『土鳩(ドバト)』、なんて冴(サ)えねェ名前(W/N(ウィング・ネーム)ってのか?)だろ?どんな学校生活を送ってたンかと調べさせたら、部活は日本舞踊に、お茶、お花か……モトから上等なメスの素養(スジ)は、あったらしいな」

 

 ウソよ、ウソ!と『九尾』は考える。

 

 『土鳩』は、たしかテニス部だった。

 両手使いのバックハンドからくるコーナー狙いの強烈なリターン・エースが持ち味だったはず。

 いちど、体練のテニス授業でサービス・ゲームをブレイクされたからよく覚えている。

 それに瑞雲には「日本舞踊部」など――ない。

 

 自分の知らないところで、また澱(よど)んだ力が、巨大なうねりをみせるような。

 操り人形を動かす巨大な“手”が、自分はおろか、イツホクすら包みこむ気配。

 

 彼は、ひそかに肩を震わせた。

 これを影の店長はなんと取ったか、

 

「オドろいたかィ?メゾン(うち)の情報網に」

 

 えぇ。もちろん、と『九尾』はうなずく。

 

 ――そのツカえなさップリに、ね……。

 

「おめェも、もうすぐ奥(・)サ(・)マ(・)になるんだ」

 

 何気ない口調で、イツホクはしれっと、

 

「カラダは大切にな?だから今日は飛んだりするンじゃねぇぞ?もうお前ェひとりのカラダじゃねぇんだ」

 

 奥サマ?と『九尾』はイヤリングをゆらして小首をかしげ、

 

「なにをおっしゃいますの?わたくし――男のコですわよ?」

「じゃぁ、その口ぶりは、ナンなんだい?」

「これは――」

 

 イツホクに言われ、はじめて彼は自分の言葉がおかしいことに気づいた。

 

 言葉だけではない。

 身振りや仕草――モノの考え方も。

 

 むねが、ドキドキしはじめる。

 

 黒い長手袋におおわれた腕を、白い毛皮の奥に差しこんだ。

 光沢のあるシルクのブラウスごしにバイオ・パット付きの補整下着(ボディ・スーツ)で強制的にメリハリを整えられた身体をまさぐる。革のタイト・スカートを履かされるため、オチ○ポの存在を確認できないのがもどかしい。彼の手はひそかに己のFカップをもみしだき、脳にせつない快感をおくる。

 

 『ゾーロタ』と『シリブロ』の最後ッ屁ってトコか、とイツホクは嘆息。

 

「お前ェの思考野に、進行性の女体化・願望因子(いんし)を仕込んだらしい。マァ言ってみりゃ、進行性のある精神的な認識展開ウィルスだ。それが徐々に効いてきてるッてワケさ」

「一体なにを言って……」

「女体化の拒否はできねぇよ?お前ェとは、最初は自由契約だったが、ここまで金をかけたんだ。やめるなら違約金5000ギニーってトコだな。もっとも女になることに喜びを感じるよう、お前ェは洗脳済みなんだ。おあいにくさま」

 

「そんな……あんまりです!」

 

 あまりのことに、彼はヒステリックな甲高い声をあげた。

 声帯に再手術はされず、あいかわらず女声のままで“彼”は非難がましく、

 

「だって!あの夜に男のコだとバレなければ、自由にするって――」

「静かにしねェ。状況が変わったんだ……ウチの店のちからをもってしても、どうにもならねぇほどな。仮付けの女(メス)ンなったお前ェを、ある2方面が市場(スーク)で競り合ったのよ。結局、西に本家がある外象系の名家が落札(おと)したんサ。なんでも子胤(こだね)を播(ま)く、優秀な子宮(ハラ)がほしいんだと。どうしても女の子供が欲しいそうナ。外象の奴らはホレ、女系だからヨ」

 

 驚きのあまり、言葉もない。

 

「安心しろィ。嫁(とつ)ぎ相手は成金風なエロ爺ぃじゃぁなく、外象系・名家の若サマだ。もっとも、コッチも相当のHENTAIらしいが、ナ?」

 

「ちょっと待って……」

 

「お前ェがハメてるその指輪は、その若サマからの贈り物だと。なんでも小さい航界機が一機、楽に買える値段らしいぜ?」

 

 『九尾』は二の腕までおおう黒い長手袋、その左手の薬指に耀く、キツめに嵌められたピンク色な大粒のダイヤモンドを、茫然(ぼうぜん)と眺めた。

 ジワジワと、見知らぬ男から愛撫される印象。

 思わず指輪を外そうとするが、長手袋が邪魔をして――抜けない。

 

 ふひひっ、とイツホクは下卑(げび)たわらいを見せ、

 

「大丈夫だ。いまウチでチャンと、お前ぇの遺伝子つかった専用の子宮を培養してる。半年後には手術して、お前ェのハラに埋め込んでやるサ。したらコマされて、腹ボテになって――ひり出(出産)して――ママになって。お前ェそっくりの可愛ィ赤ン坊に、オッパイをあげるッて寸法だァ」

「赤ちゃん……」

「よかったナァ――『(・)成(・)美(・)』(・)マ(・)マ(・)?」

 

 冷やかすような、なぶるようなイツホクの口調。

 

 『九尾』の身体がカァッ、と熱くなり、心臓が熱く脈うった。

 汗ばむような気配。理由もなく体がフワフワと、心もとなく。

 思わずモモをすりあわせ、まだ子宮が無いことを味気なく、もどかしく感じてしまうような。

 

「結婚式にァ、よんでくれよ?名家の奥サマ――ウチのいい宣伝になる」

「お式だなんて……そんな」

 

 なにをバカなと思うが、そのはしから衣装はウェディング・ドレスがいいか、それとも白無垢(しろむく)か、色打掛(いろうちかけ)かとウットリ考えてしまう自分に愕然としてしまう。

 

 ――お式は大聖堂がいいかしら。それとも神前?……いいえ!いいえ!

 

 『九尾』は眉をしかめて思いなおし、

 

「いったい、ワタシ――ボクに何をした!ワタ――ボクが入れられたあの変なシリンダーは!一体何なんだ……のです」

 

 ムリをして男言葉を使うが、話してゆくうち嫌悪感にくわえて胸の痛みを感じ、最後はノドの奥で消え、女言葉になってしまう。

 

 なにか自分が、とんでもなく汚いセリフを口にしている印象。

 赤く染められた唇を、悔しげに噛んで。

 上目で、恨みがましくイツホクを睨(ニラ)む。

 

 よしよしと、この様を見たメゾン・ドールの“裏店長”は、満足げに頷(うなず)いて、

 

「あのシリンダーかィ?アレはナ?強制・意識改変システムだ。もとは工作員を寝返らせ、二重スパイに仕立てるのが本来の使い方――らしい。店では、高級奴隷に仕立てる調教の仕上げに使ってるがナ。被験者の入るスレイブ・シリンダーの両脇に、マスター/サブ・マスターのシリンダー置いて、並列で意識つないで両方から強制的に被験者の思考を誘導、改変させるンさ」

 

「そんな……ヒドい」

 

『九尾』はイヤイヤと首をふった。

 大ぶりのイヤリングが頬をつつき、隷女に堕ちたいまの境遇を彼に識(し)らせる。

 

「なるほどお前ェは特殊な防衛人格を植え付けられて、洗脳がむずかしくなってるらしい。けど、それも多分きょう明日で変わる――人格が、決定的に。あともどり出来ねぇほど、メス化馴致(じゅんち)がお前ェの脳に根を張ってサ?時限式・洗脳だ。ケッコウ手間ァかかっちまったが」

 

 ――きょう明日……。

 

「本来なら、チッとはオレもシャブってもらうんだが……」

 

 いささかも悪びれる風もなく、イツホクは、ギンギンにテントを張る自分のスーツのズボンを指さして、ドウだぃと言わんばかり。

 

「だが、名家サンも。外象系のコネで同じような機械使えるだろう?ンでもって、お前ェをもう一度走査(スキャン)にかけて、オレが商品に手ェ付けたのがバレでもしたら、店(ウチ)の信用問題、ってワケだ」

「そんな……わたしを商品みたいに」

「イマさら、ナニ言ってんだィ!まァ頑固な疑似人格の方は、嫁(とつ)ぎ先のほうで何とかしてもらうサ。向こうのほうが強力なキカイ持ってるだろうから」

 

 植え付けられた、疑似人格……。

 だが、ここで不意に『九尾』の冷静な性格が顔をもたげる。

 

 ――それもウソね……。

 

 『九尾』は長手袋をはめられた自分の指に耀く、婚約の証であるピンク・ダイヤを凝(ジッ)と見つめ、考えに沈潜する……。

 




ハーメルン様はコチラの意図した文字装飾ができるので
非常にありがたいですね。
むかし投稿していた場所では、とうてい望み得なかった仕様です。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。