※この作品はR-18です。

玲瓏の翼【18禁版】   作:珍歩意地郎_四五四五

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059:           〃             (後

 ――それもウソね……。

 

 『九尾』は長手袋をはめられた自分の指に耀く、婚約の証であるピンク・ダイヤを凝(ジッ)と見つめ、考えに沈潜する……。

 

(前話まで)  

 

 

 まるで『ホスロー』上級大尉がそばにいるように、冷静さが戻ってきた。

 

 もし探査院が、本人も知らないうちに対・洗脳用とはいえ、現実に人格の改変をおこなっていたら、本当にメゾン・ドールと変わらないことになる。予算(バジェット)の分捕りあいや、打算ずくの無意味な作戦で生徒を危機に陥れることはあっても、そこまではするまい……生徒の人格が変わったり、行動パターンが露骨に変化したとすれば、それはウワサとなって、マスコミが嗅ぎつけ、黙ってはいないだろう。

 “組織防衛”だけにはビンカンな奴らだ。国は亡びても、自分の組織だけ生き残ればいいと思っているにちがいない、と彼は先日の歌劇座で見た小役人を思いだす。

 

 自分が受けた女体化調教なるもの……。

 

 いったいどこまでが現実で、どこからが仮想だったのか。

 イツホクに聞いても、たぶん洗脳効果の減少をおそれ、教えてはくれないだろう。きっとあいまいにされるに決まっている。

 いずれにせよ、すべてが共感型ステージ中の出来事だとしても、あのとき味わった感覚や光景は鮮明で、忘れることはできなかった。

 

 ありがたいのは、犯されている光景や、他人を嬲(なぶ)っているシーン、それに愛香を殺している場面が、ぜんぶ傍(・)観(・)者(・)の(・)視(・)点(・)だったことだ。性奴隷に堕ちた状態での主観的な目線は、なにひとつ無い。

 

 ガタイのいい数人の男に四方から嬲られる一幕。

 美少年たちをはべらせた情景や、大型犬を相手にヨがる様子。

 四肢を切断され、ダルマ女用のゴシック・ドレスを着せられ、愛玩(あいがん)される有様。

 花魁(おいらん)の衣装のまま磔(はりつけ)となり、白々(しらじら)とあらわにされた下半身を責められる淫景。

 

 思い出せばキリがなく、いちいち脳裏に焼きついてイライラするが、タチの悪い映画を見たと思えば、何とかガマンできなくもない……ような。

 

 そして最後に見たあの風景。

 

 清浄な高原。

 幻想めく白馬の群れ。

 悪夢のような巨大クラゲ。

 こちらを窺(うかが)う骸骨めいた姿。

 二重衛星を背後にして佇(たたず)む上級大佐……。

 

 ――認識こそ現実。それ以外は、他人がつくったノイズ……。

 

 よし、何とかイケる、とメス化願望の発作じみた衝動を乗り切った『九尾』は、胸の中で安堵(あんど)の息をつく。

 

 そう――これは航界士の、初歩の初歩だ……。

 

 コートの中にコッソリと入れた変装用の黒いサングラス。

 ジットリ弄(もてあそ)びつつ、彼は心の整理をつけ、ホッと小さく息をついた。

 

――スケルチ(雑音消去)をいれて、判断する。ただ、その精度を常に上げなくては……。

 

 そまで考えて彼はふと、あの老いぼれ羆(ヒグマ)が力説していたものと、言葉こそ違っているがソックリなことに気付き、クスッと可愛く笑ってしまう。

 

 大ぶりのサングラスを毛皮のポケットから抜きだし、しばらく考えながら漠然(ばくぜん)と弄んでいたが、イヤリングをゆらしておもむろにかけると、具合をリムジンの窓で確認する。

 

「おッそろしいホド似合(にあ)ってるじゃねェか……」

 

 じっと『九尾』を観察していたイツホクは、対面から面白くなさそうに、そして呆れたような口ぶりで、

 

「まるで、ホンモノのハリウッド・スターみてぇだ」

「瑞雲校にもどった時の、変装用ですよ」

 

 サングラスをかけたまま、どぅ?と対面座席に軽くキメて。

 

 万一、知った顔に会っても――こちらが分かるとは思わないが――念のため。

 

 なるべくコッソリと修錬校にもどって、飛行の手はずを整える。ゲシュタルト・スーツを着装するとき、店が身体に仕込んだイヤらしいアイテムも、除装されると見当をつけていた。

 

 そのあとは『リヒテル』に店からの“足ヌケ”の件で相談し、進行性の思考障害も瑞雲のコネでなんとかしてもらう。もしダメなら――預金を引き出して……ほかの事象面へと高飛びする。

 行き当たりばったりだが、仕方ない。それに我ながら少しムシがよく、図々しいような気がしたが(……知ったことではないわ?)と『九尾』は開きなおる。

 

 ――図々(ずーずー)しさこそ、生き延びるカギよ!

 

 いざとなれば金持ちのパトロンを見つけ、少しぐらい身体を任せても良いとまで思っている。共感型ステージのおかげで“お口”や“お尻”の技術(テクニック)にもヘンに自信がついて。

 高飛びと決まったそのときは、雲海降下の件も龍ノ口先輩にはあきらめてもらうしかない。いや、むしろサラ先輩には、そのほうがいいのではないか……。

 

「そう、変装用ねェ……」

 

 イツホクの笑みが、拡(ひろ)がった。

 

 満面の――笑み。

 だが『九尾』はそこに、なぜか邪悪なモノを感じる。

 ややあって、この女衒(ぜげん)屋は、

 

「お前ェんトコの修錬校からな?じつは連絡があったんだ」

「れんらくですって?――どんな?」

 

 小首を可愛くかしげる仕草が自然に出てしまう。

 あぁ――また、とそんな自分に嫌悪しつつイツホクの方をチロリ、と見て。

 

「お前ェを連れてく場所を、シベリア事象面・専用離床港の「ブヌコボ・Ⅴ(ファイブ)」にしてくれってヨ?あそこにァ、新鋭の航界機ぃテストする専用の試験場もあるとか。お前ェに、なンかヤバいコトさせるつもりだったンだぜ」

「……まさか」

「そのマサカ、よ。チョイ調べさせたんだが、なんでも宝殿(ホーデン)?とかいう、キ〇タマみてェな名前の機体を運び込んだらしい」

 

 ――“奉天(ほうてん)”ね?と『九尾』はすぐにピンとくる。

 

「コイツがな、一部じゃ伝説的なシロモノらしく、ナンでも“人(・)喰(・)い(・)宝(・)殿(・)”とか……」

「――え」

「ウワサじゃ、旧(フル)い「いわくつき」の機体でナ?無敵を誇る代わりに、パイロットの魂を喰うんだと」

「まさか――イヤですわ?脅かそうなんて」

 

 そう応えるはしから、あの機体にまつわるイメージが、次々と。

 跨乗型(こじょうがた)コクピットの床に拡がっていた、茶色い染み。

 あれは、やはり……。

 

「いやマジだって!空技廠(くうぎしょう)の“奥の院”ってわかるかィ?」

「ウワサだけは……」

「外象人の親玉である女王の直轄(ちょっかつ)組織らしいンだが、このヨボヨボのバァさんキモ入りで建造された“妖機(ようき)”とか。もっともこのバァさん、アルツハイマーで歩行器使ってるぐれェなんだと。代わりに航界関係の指揮を執(と)っているのが――」

「蘭(らん)の……王女」

 

 キッ、と『九尾』は眦(まなじり)をけわしくする。

 巡界艦の乗船エリアで、こちらに感情促進波を浴びせかけてくれた張本人。

 なにかが、細い線で繋がりつつあるような……。

 

 ――それでは。やはり人格改造を、探査院は本人の知らないうちにするの?

 

 すこしの間、『九尾は』考えに沈むが、

 (うぅうん!?でもでも!)と、またもや可愛く彼はイヤイヤをして、

 

 

 だとしたら『ホスロー』上級大尉の言葉が分からない。

 『未開発の事象面』

 『本(・)院(・)に(・)も(・)報(・)告(・)は(・)さ(・)れ(・)て(・)い(・)な(・)い(・)極秘番地』

 

 ――そもそも、『ホスロー』上級大尉って……だれ?

 

「ンだよ、知ってんじゃねェか。とまれ、蘭の王女(コイツ)が見た目は穏やかなんだが、やることが結構エゲつないってハナシでな?だもんで危険を感じた俺ァ、あらためて瑞雲(ずいうん)なんて線香クサい名前の学校を、はじめの予定通りお前ェの遠足場所にしたんさ。どうだィ、ちったァ感謝してくれてもイイんだぜ?」

「……どうも」

「え、それだけかィ?」

 

 不満げなイツホクのふくれツラをよそに、

 

 ――いずれにせよ……。

 

 彼は車窓の風景をニラみながら、自分の直感を信じるだけだ、と覚悟を決める。

 

 

 いつのまにか、リムジンは、『九尾』が見おぼえのある通りを走っていた。

 仰々しい車列が注目を浴びるのか、信号待ちのたびにスモークをはった中央のコワもてな一台が、とくにチラチラ見られる。

 

「それに、だ。感謝される理由は、ほかにもある……」

 

 イツホクの容貌(かお)が、また邪悪さを増してきた。

 ヤな予感に、『九尾』はふたたび胸を重くする。

 

「あのステージは、サイコーだったよなぁ……」

「――ステージ?」

 

 とぼけなさんな、とイツホクは、まるで相手を焦らすように。

 

 車内の奇妙な沈黙。

 

 しだいに修錬校が近づいてきた。

 瑞雲の体操服を着てロード・ワークをする一団を追い抜く。

 と、その一団が駆け足の合図をされたものか、一斉に車列を追ってダッシュ。

 そのありさまを、なぜかひとつ頷いて満足げに見やりながら、ようやくイツホクは口をひらき、まるでリズムをとるように、

 

「魅惑の、踊り子が、繰り広げる――“七つの、ヴェールの、舞い”……」

 

 末世に降臨した舞姫“『成美』”爆誕ってワケだ、と中年男の目は細められ、

 

「つまり……今回は“凱旋(がいせん)報告”ということサ。冴えない候補生だった『土鳩』の」

「それは……ご丁寧(ていねい)に」

 

 ――この姿を見たら、教官たちはどう思うか(・)し(・)ら(・)……。

 

 『九尾』は暗澹として考えをめぐらす。

 リヒテルには、ビェルシカ姿を見られてるから、まだいい。しかしエースマンや、あのメガネの女医は。それに、この声……。

 

 早くも“クソの特盛り”だ、“メガ・オカマ野郎”だと怒鳴り声が聞こえるような。

 そんな『九尾』の憂鬱そうな表情(かお)に、ふふッと対面座席の中年男は、まるで何かを期待するような、ふくみ笑い。

 

 錬成校「瑞雲(ずいうん)」の正門が見えた。

 

 昔の駐屯地を連想させるような、赤レンガの門柱。そして立哨(りっしょう)小屋。

 車列の先頭から、ガタイのいい黒メガネが出てきて守衛と交渉を。訪問予定者の確認が済むと、なんのためか瑞雲校に唯一のこるオンボロな対テロ用(セキュリティ)・小型戦車(オブイェークト)の『亀ちゃん』がディーゼルの排気も勇ましく姿をあらわした。

 やがて、車列は小型戦車を最後尾として、ふたたび敷地内を進みはじめる。なぜか『亀ちゃん』の持つ37mm砲のレーザー・ポインタが先頭車両に向けられて。

 

 『九尾』は毛皮から、またサングラスをとりだすと決意を秘め、それをかけた。

 

 ――知り合いやクラスメイトには、絶対にバレないようにしなくちゃ……。

 

 すると、ゆるやかに校内敷地を進むリムジンの道路わきから、リスのように生徒がチラホラ見えかくれして、

 

(きたきた!)

(たぶんアレじゃね?)

 

 そういって、スモークの窓に向けて手を振ってくる。

 フフフ……と深まるイツホクのふくみ笑い。

 歓声がして後ろを向くと、

 

「よっしゃぁぁぁ!追いついたァ!」

「カメラもってンだろな!カメラ!チ(・)ャ(・)ン(・)と(・)し(・)た(・)ヤ(・)ツ(・)だぞ!?」

 

 さきほど抜いたロードワークの一団が、腕を振り回しながら追いかけてくる。

 『亀ちゃん』の警笛。なにやらスピーカーで怒鳴る声。

 さらに広がるイツホクの笑い。

 

 イヤな予感が増してゆく『九尾』は、ついに耐え切れず、向かいに座る男に、

 

「あの……なんか注目、浴びてるみたいなんですケド?」

「そりゃぁ第一、貧乏な修錬校にこんな車(リモ)が来るんだ。目立つわな」

 

 ですよねぇ?と彼は大きく安堵の息をつく。

 だが次の瞬間――その息は止まった。

 

「そのうえ“女体化”処置を受けつつあって、しかも政治家や財界の人間も行きつけにする一流の料理屋に囲われて、挙句にいまや超人気の舞姫となっている“元”在校生が来るとあっちゃァ、ご学友の皆サンが御注目なさるのも――」

 

 

 あとの言葉は『九尾』の耳に入らなかった。

 

 

 ガン、とまたもや一発どやしつけられたような衝撃。

 対面に座るイツホクの姿が、ズームレンズを激しく回すように大小する。

 なにか喋ろうとするものの、口がパクパクと動くだけ。

 耳の中では小さなジェットエンジンが始動をはじめたように、キーンとなって。

 

 この衝撃は、愛華を殺してしまったと誤認した時より大きいかもしれない。そして、そんな自分を詰(ナジ)る自分が頭のどこかにいる――と冷静な自分がさらに分析。

 

 無意識に首を激しく動かしためか、大きなサングラスがズッこけ、アイシャドウが粧(よそお)う魅惑的な目を露出させたまま、『九尾』はあえぐように辛うじて、

 

「なんで……なんでそんなことを」

「“凱・旋・報・告”って、言ったよナ?」

 

いまやイツホクは、ニヤニヤとあざけりを隠そうともせず、

 

「感謝してほしいモンだなぁ。今まで『土鳩』よばわりでお前ェをバカにしてきた連中を見返してやるチャンス!コレを与えてやるってンだ。きょうは、そのエロい体をガキどもに魅せつけ、ヤツらの“今晩のオカズ”になってやンな」

 

 ――勘違いしている!

 

 『九尾』は心の中で悲鳴をあげた。

 一年時のW/N(ウィング・ネーム)は、茶化したものが普通なのに、それを店長は「いじめられていた」と誤解しているのだ――いや、まぁ半分はアタっているが。

 

 「車寄せ」のはるか手前で、静かにリムジンは停まった。

 

「ホラ、みなさんお待ちかねだ」

「え?――うッ……」

 

 彼は絶句する。

 

 見れば、そこは東校舎の翼棟で、4階建てのそこには窓と言う窓に在校生がギッチリと詰まって携帯や撮影機材を手に、こちらを見下ろしているのだった。

 車列の後方で抗議の叫び。

 ロード・ワークの一団が、『亀ちゃん』の応援要請に駆けつけたらしい警備員の一個小隊に阻まれている。

 

 冬の午前中のさわやかな晴天。

 耀く陽光と白く光るアスファルト。

 そのあかるさと、現在の“羞恥の出待ち”ともいえる状況のギャップが、『九尾』には地獄のようなコントラストとなって感じられた。

 

「さぁ、メゾン・ドール専属メス奴隷『成美』!ダンスのお時間だ!」

「イヤですよ!」

「メス化した自分の姿を見られるその【恥の焼印】が、女体脳の定着剤となる」

「それが……目的だったんですね!?」

「うるせェ!メス奴隷候補生・『成美』。命令――いま履いてる靴ゥぬいで、コレに履き替えナ」

 

 イツホクは、シート下の収納スペースから箱を取り出すと、『九尾』に放る。

 空けてみれば、毒々しい光沢を放つ赤いトウシューズが、したり顔に現われて。

 

「そんな!やめ――あッ!あッ!」

 

 彼は口では嫌がりつつも、呪いに操られているようにピン・ヒールをゆるゆると脱ぐや、ピッタリと吸い付くような、そのバレエ用シューズをストッキングが包む足に履き、サテンのリボンを足首にシワの出ないようキッチリ巻いてから美しく蝶結びで留めた。

 

「こんなことって……アタシの恥ずかしい容姿(すがた)……みんなに見られちゃう」

「観念しろぃ。メス奴隷候補生・『成美』。命令――車ァ出て、お前ェをみんなに披露しな。これはプロモーションだ。そのつもりでやりねェ」

「やめて!……後生ですから!!」

「たっぷり踊りを披露したあとは、ストリップ・ショーだ!」

「――あぁっ堪忍(かんにん)!」

 

 身体が勝手にリムジンのドアノブを引く。

 

「ゆるして頂戴(ちょうだい)!」

 

 ブ厚い後部ドアが両開きになると、まず真紅のシューズを履く脚を、思わせぶりなしなやかで外に出した。

 光沢のあるストッキングが陽に照り映え、メリハリを造られた脚の美しさをイヤがうえにも、倍加させて。

 

 ワッ!という校舎からのどよめき。

 『亀ちゃん』のピケット・ライン(制止線)からは悲嘆と「ふざけるな!」との叫び。

 

 スルリと『九尾』はリムジンを滑り出る。

 

 トウシューズの具合を試すように、二歩、三歩。

 陽があるものの、ピリッと寒い空気に毛皮のまえをかき合わせ、大ぶりなサングラス越しに校舎を見上げる。

 『おぉっ』というどよめき。カメラの設定をまちがえた者が焚くフラッシュが、4~50一斉に閃めいて。

 

「どうした『成美』!セクシー度をガンガンあげて、ガキどもをマゾッホにしてやンな。ヤツらをオ(・)ナ(・)ニ(・)ー(・)猿(・)にしてやるンだよッ!」

「そんなこといわれても……」

 

 イツホクが焦れったそうにリムジンの座席を移動し、校舎の窓から見えないギリギリの位置までやってくると、

 

「メス奴隷候補生・『成美』!命令――“七つのヴェールの舞い”プレリュード3番!」

 

 リムジンに装備された警告用スピーカーから大音量で楽曲が流れ出す。

 

 全身に、快感の戦慄(せんりつ)が奔(はし)った。

 ご褒美の愛撫(ムチ)を受ける、パブロフ的なイマージュ。

 ピアスとディルドー、それに緊縛の“淫象”が、血管を熱く駆けめぐる。

 表情筋が一転。

 自分でも分かるくらいにイヤらしく、媚びて。

 ルージュの口もとにしまりがなくなり、色呆けた風情。

 

 毛皮の前をあけ、腕を頭の後ろで組み、校舎を見上げる。

 ボリュームのある胸を、はち切れそうに包む艶やかなシルクのブラウス――下に着るボディ・スーツのレース柄も明瞭(ハッキリ)と。

フラッシュの瞬きが一段と増した。

 

 冬の磨かれた陽光が、あたかも壮大なトップ・ライトの如く、

 

 白いうなじを。

 金髪のベリショを。

 ふくらませた豊かな胸を

 ピッチリと張り付くスカートを。

 すんなりと延びた脚を包むストッキングを。

 きゅっと締まった足首に枷(かせ)めいた、紅いトウ・シューズを。

 

 耀かんばかりな調子で照らし、若い幾多の初心(ウブ)な瞳に焼き付ける。

 

 新ベルリンフィルが奏でたオーケストラの出だし。

 まずは――オーボエの、ソロ。

 

 『九尾』は命令された通りユルユルと、七つの舞のうち、序曲の三番目。アダージェットーアレグロを舞いはじめる。

 

 重い毛皮(ファー)をヴェール代わりにするので、トウシューズと路面状況も相まってバランスの取りかたが難しい。おまけにタイト・スカートなので、即興的なアレンジが必要になる。だが反面、その不安定さが舞いにユラユラと、1/fのような微妙さと“危うさの美”すら与えて。

 

 ゆるやかに――次第に速く、快活に!

 殿方の、シャンパングラスの泡が消えぬ間に!

 毛皮の重さを軸に背をそらし、回転――また回転。

 純金のブレスレットが燦(キラ)めく長手袋(ロング・アーム)の腕をさしのべ、

 紅い口唇を物欲しげに、あるいは挑発的に舌で舐め、誘う。

 

 ――そう。お兄サマたち……メスにされた惨(ミジ)めなアタシを見て!その視線でアタシを嬲(なぶ)って!そして淫らな陰核(さね)を……お口と舌でやさしく苛(いぢ)めて!

 

 ――視姦(おか)して――――視姦して頂戴(ちょうだい)――――ッッッ!!

 

 身体をナヨらせ、かがめ、突きだして。

 薄い革製なタイト・スカートが覆う艶めかしい尻。

 そこに、下着とアナル・プラグの跡をムチムチと浮かびあがらせる。

 校舎に鈴なりとなった顔からは、声はおろか、しわぶきひとつ、聞こえない。

 

 調子を早め――せつなげな表情(かお)で。

 太陽のトップ・ライトが、校舎の生徒(兄サマ)たちが、クルクルと回る。

 

 雲海。耀腕。ブラン・ノワール組の散華(さんげ)。

 

 探査院。宮廷秘書官。界面翼。航界機。

 

 慰霊式の王女たち。狂った先輩。作戦計画書。

 

 街角のアリス(少女娼婦)とスラム街の幼女。

 

 洗脳と調教。

      緊縛と――快楽。

            手術(オペ)と奴隷化。

                  結婚と――妊娠。

 

 

 

 

 回転(まわ)っているのは自分?――それとも世界?

 

 

 

 最後の長い跳躍――!

 ザッ、とポワントがすべり、一、二歩ズレた!

 

 ――くッ!

 

 何とか踏みとどまり、

 毛皮を肩に引っかけて、

 崩れたポーズをごまかすや、

 アレンジとして校舎に振りむくと、

 空いた片手で横V(ピース)目隠しに、キメポーズ。

 

 『わぁッ!』とも『轟(ゴゥ)ッ』ともつかぬ、騒擾(とよもし)。

 

 今回のフラッシュの閃光は凄かった。

 拍手。時ならぬ嵐のような拍手。

 一丁前に「ブラボォー!」の声。

 

 汗を――とどろく動悸(どうき)を、気合いで抑え、揃(そろ)えた指に口づけをするや、手のひらを上に向け「ふゥっ」と校舎にむけて投げキッス。

 

 ワァッ!――ワァッ!――!

 

 閃光の嵐。

 休み時間の終わりを告げる鐘を圧しての歓声。

 もう手が着けられない。

 止まっているリムジンから、自分の方にむけ、

 

「ヤルじゃねぇか『成美』!」

 

 いつのまにかイツホクが、リモに備え付けの冷蔵庫から出したラムレーズンのアイス・バーをかじりながら苦笑して。

 

「やっぱ手放したのは……失敗だったかなァ」

「いやだ。結婚式(おしき)のハナシ、ホントなんですか」

「まぁイイや。メス奴隷候補生・『成美』……」

 

 イツホクの顔が、今まで見たことがないほど残虐に歪む。

 まるで、仮面の下から素顔を現わしたかのように。

 

「命令――サングラスを取りな。そして、そこで脱ぐんだ」

「……そんな!非道(ヒド)い!」

 

 抗うすべもなく『九尾』の手は、右肩に引っかけていた豪奢な毛皮を躊躇(ためらい)もなく滑り落とすと、本人の意志にさからい、サングラスに手を伸ばす。

 

「いや!やめて――お願い、お慈悲(じひ)を!」

 

 そのとき――校舎に動きがあった。

 

 えっ、と二人は只ならぬ気配のほうを向く。

校舎の窓に、あれほどひしめいていた顔は、もはや無かった。

 代わりに何やら地響きのような物音が、人の奔流(ほんりゅう)が、建屋全体を揺るがして。

ガサッ!と近くの茂みから、偽装網(ぎそうもう)をはねのけ、ギリー・スーツ(狙撃用擬装服)に大型カメラ機材を抱えた《放送部》と腕章のある二名が立ち上がり、口々に、

 

「候補生『九(・)尾(・)』!生徒の一部――いや全部か?がトチ狂った!」

「コッチへ殺到している。早く逃げたまえ『九尾(きみ)』!離床エリアへ」

 

 銃声――また銃声。

 そして怒鳴り声。

 

 ――えっ……?えぇっ?

 

「どう致しましょう――店(・)長(・)」

 

 困り声で『九尾』が振りむけば、イツホクは食いかけのアイス・バーを、ボッキした股間にボトリと落としたまま、痴呆のようにアングリと彼を見ている。

 放送部の二人はイライラともどかしげに、

 

「『九尾』!ここは我々に任せて、いそいで!」

「ヤツら発情期のサルだぞ!キミの“舞い”の幻惑が強力過ぎたんだ!さぁ早く!」

 

 『九尾』はトウシューズを鳴らし、とまどいながら歩きはじめる。

 うしろを向いても、イツホクたち一行は何かに呪縛されたように動かない。

 

 ――あ……。

 

 そのとき『九尾』は、この非常時にもかかわらず、駆け足をとめた。

 

 リムジンが、停まっていた。

 そして自(・)分(・)の(・)方(・)か(・)ら(・)、(・)車(・)を(・)見(・)捨(・)て(・)て(・)離(・)れ(・)て(・)ゆ(・)く(・)。

 

 構図の――逆転。

 

 いま、ハッキリとポイントの切り替わる音を、彼は耳にする。

 

 それは未来へとつづく確かな道のりのように、彼には思えた。

 フラつく脚に力をこめ、硬いトウシューズの及ぶかぎりの早さで、『九尾』は「離床エリア」の方に向けコトコトと、女の子走りで駆けてゆく。

 

 

 

 




「あぁっ堪忍!」とか
「ゆるして頂戴!」とかは
我々より年代が上の世代の様式美ですねぇ
今はなんて言うんでしょうか……。
「らめぇぇぇぇぇぇ」
も今となってはクラシックな感がありますしねぇ?
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