061:女医の優しさのこと、ならびに“奉天”との再会のこと
『九尾』が老人の警備員に連れられ、
床一面に
電源ケーブルの流れは一部窓から外に出て、近くに駐車され
数人の白衣のスタッフが黙り込んだまま、
ピリピリとした緊張が、彼女の身じろぎと共にミリミリする白衣の下のはち切れそうなブラウスの胸ボタンにひとしく。
ノックの音がして、ガラガラと医療室の扉が引き開けられた。
ハッ、と部屋にいた全員が視線を注いだが、警備員に連れられた人物が革ジャケットを羽織ったモデル系な美少女と識ると、全員の興味が雲散する。
フゥ――――ッ。
長い煙を吐き、ひとつ舌打ちしてから女医は、
「ダレだい?その
年金だけでは暮らしていけないと見える老年の警備員を、ギロリと
「いえ、龍ノ口チューターが……その、ココに連れていけと……」
「あァ?
彼女は老人のボソボソ声に、イライラと声の
「アイツ!どのツラぁ下げてココまで来たんだィ?」
不機嫌というものを言語化した調子で、また一服。
そして煙を吹きつつ『九尾』のほうをチラリと見て、
「コッチぁ、これから
「イエ、でも龍ノ口さんが、こちらにつれて行けと――そのゥ」
ペコペコ頭を下げる老警備員。
チッ、と再び医療室に響く舌打ち。
「イキな。もう
「スミマセン……スミマセン――じゃその、わたしは、これで……」
老人は警帽を取り、
女医は、その背中を見送りながら(
「で?どしたのアンタ。ケガでもした?全体どこのキャバクラから来たんサ」
キャバ嬢扱いされたことで、かえって行動にキッカケが生まれた。
あの、先生!と彼は数歩あゆみ寄ると、
「アタシ『成美』――じゃなかった『九尾』です!」
――は!?
医療室が一瞬、完全な真空にでもなったかのように。
またもや女医の、ながいながい紫煙の吹き出し。
マニキュアをした爪がヤニで汚れるのにも構わず、灰皿がわりにしたウェッジ・ウッドのラウンド・ボックスに、口紅のついた吸い差しを「これでもくらえ」とばかりギリリと押しつけ、片目をヒクつかせて沈黙。
「……」
「ボク、候補生1016の、なる――じゃない!『九尾』だよ、アタシ」
殺すぞこのクソ
男の荒っぽい文句を使うのが、刻一刻と難しくなってゆく気配。
脳がジワジワと汚染されてゆく想像に、鳥肌をたてる。
今日中に何とかしなけば、本気で花嫁衣裳を望んだ
「ナニいってるのか、分からないんだがね」
白衣のスタッフの一人が、時計を見ながら靴をコツコツ鳴らし、
「こっちは君の遊びに付きあっているほど――」
「……まって、みんな」
女性スタッフの一人が彼に近寄ると、首すじをマジマジと見てから、
「このコ――『九尾』よ。クビのココに、見覚えのある小さい星型のホクロがあるもの。間違いないわ」
『九尾』も覚えていた。
こちらがギロチンに拘束され、全方位からのびる手で好き勝手に
部屋にいる全員の注目が『九尾』に集まって。
やがて、白衣の年かさな一人が、
「……『九尾』クン――なのか?」
コクリ、と黙ってうなずく時の、恥ずかしさ。
なによりも――いたたまれなさ。
医療室全体のおどろき、というより突然あらわれた珍獣を前にしたような反応。
「「「「ハァァァァァァァァ!!!!!???」」」」←やった!ラノベ的表現!イェ~♪
「うっそ!この子が、あの!」
「その声どうしたの?」
「キレイな肌……」
「ネェネェ、化粧品なに使ってんの?」
「そのアイシャドウいい色~……メーカーは?」
女性スタッフたちから持ち上がる質問を、年かさな一人がマテマテマテ!と抑え、彼を最終的にチェックする。やがて、どうも腑におちんのだがという顔をしながら、
「諸君!時間がない――とりあえず作業開始だ!!」
ジャケット、そしてブラウスや補正下着を脱がされ、『九尾』身体の要所~~に神経接着されたパットを外してゆく。たちまち医療室の中央に、
「女性化……されてる?」
「だいじょうぶ!
「血液検査!そして簡易CT!脳スキャンも!」
「念のため前回記録したバイタル・パターンと照合しろ」
“ギロチン”より先に、身体を拘束具のついた樹脂製のストレッチャーに、あわただしく固縛される。相次いで採取される検体。
「
「男性器の周辺にマーキング!」
「遺伝子手術の準備だな……女性器を植え付けるための」
「耳タブと乳首に施術されたピアス、どうします!?」
「化粧なんざ落としてるヒマないぞぉ!バイタルの確認最優先!」
(あぁ……なんて仔かしら……アタシのおまた、濡れてきちゃう)
(この男の娘にイタズラしたいわ……おチ○ポたべたい……)
すきあらば『九尾』の身体を
「諸君!あと2時間で何とかしないと!来年の
怒声が響き、スタッフの動きにカツが入る。
『九尾』の身体はストレッチャーごと、即席に設置されたシリンダー型・移動検査
「女性ホルモンの値、スゴいスね」
「脳CTみてみろ……
「ろっ骨を
「薬剤
教授――どうします?と、怒りのためか校内女医がいくぶん震える口調で、次々と報告される驚きのデータにメガネを光らせつつ、年かさの白衣に尋ねる。
教授と呼ばれた男も、顔のシワをさらに深くして、
「ハナシには聞いてましたが。これほどの改変をするとは」
「本日中に全部の修正は物理的にムリよ……
別の場所では、女性スタッフ数人が3Dモニタをチェックしながら、
「
「ウェストがダブダブでヒップ、パツパツね、きっと」
「体形をスキャンして、近似値のGスーツを本院から送ってもらって!バイク便じゃなくヘリコで!」
界面翼機動に関する全ての準備が整ったのは4時間後のことだった。
昼食返上で動いたスタッフたちの腹は、男女問わずグウグウ鳴りわたり、動線は
ようやく施術台から解放された『九尾』は、スーツのシャント・ポートから点滴の管を接続されたまま、点滴棒を支えにして身体をうごかし、空輸された借り物のゲシュタルト・スーツをギュッ、ギュッと鳴らしてフィット具合を確かめる。
ビキニの形に
ショッキング・ピンクにシルバー・グレーのツートンなデザイン。
『九尾』の今の体型では、女性用しかないのも「むべなる
しかし いまだ女性らしさを残す彼に、そのスーツはムチムチと、恐ろしいほどセクシーにキまって。クレンジングが間に合わなかった化粧がその魅力を倍加し、彼に微笑まれた白衣の男性スタッフ二、三人が“チンポジ”をなおすのが目のはしに留まり、『九尾』の胸に意味不明の勝利感をはこんでくる。
「『九尾』、大丈夫?薬液中和剤で血糖値が下がってる……つらいでしょう」
女医が、医療室のベンチに座り込んだ検査疲れの彼を、めずらしく気遣う。
「いえ、ダイジョウブですわ――ただ、お口が。おクスリ
「さ、これを……」
スーツの背中を撫でてやりながら、女医は自分の経験から、電子レンジですでに作ってあったミルク・ティーを運び、彼の口にあてがってやる。
濃厚な甘さとミルク、それにアールグレイの香りがありがたい。
食道をつたって温かさが7秒フラットで降りてゆき、キリキリとする胃の痛みをフワッと和らげる。利己的なプラグマティズムの犠牲となり、冷え性気味となった身体が、ユルユルと甦るような。
ゆっくりと、口中を洗い流しながら『九尾』は軽くなった耳たぶに触れた。
「いじらないで!――雑菌がはいる!」
女医の一喝めいたダメだしが飛ぶ。
「まったく。アンタがいなくなって
女医はジッポーをキン、と鳴らしてくわえた一本に火をつけ、ようやく一息といった風にゆるゆると長いため息を、煙とともにフゥ――っ、とついた。
「聞かされたのが数日前だったから、機材等のレンタルやら、人員の手配やら、セキュリティの準備やらで大忙しサ!残り少ない下期予算、
豊かなストレートの髪を疲れたようにかき上げる女医。
あのぅと『九尾』はスーツのこぶしをギュッと握りしめ、
「アタシの――いぇボクのウワサって、何かお聴きになりました――かしら?」
「なんだぃ?そんなヘンな口の利き方して」
「強制洗脳で、女の子言葉つかわないと嫌悪感で気持ちワルくなるように教育されたんです!――のよ」
「……まーいーや。で?あぁ、ハイハイ
他の白衣のスタッフが、データ整理や機材の
「いろいろウワサはあったよ?」
と――ここでまた一服。
女医の言葉に
「ウワサ!?ウワサって――どんな!?」
「ちょ、危ない危ない……おまえ、ホント可愛くなったなー」
「……」
「そんなコワい顔しなさんな。まぁイロイロよ?
――シモーヌだ……。
やっぱりバレてた、と思う。
最悪、映像も出回っているかもしれない。
と……いうことは。
あの悪夢の夜会。スープとソース容器にされた大皿の上。
アナルと膀胱、開発されて。
おチ○ポ撫でられて、びゅるびゅるッて射精して……。
――まさか、ミラ宮廷秘書官には。バレてないわよ、ネ……?
眼の周りに装着された古風なベネチアン・マスクの効用を信じるしかない。
きわめて――きわめて心細いなぐさめではあったが。
外から原付の音が数台、響いてきたかと思うと、岡持ちがいくつも持ち込まれ、疲労の空気が濃くただよう医療室に、ようやく生気に満ちはじめる。ただ、それと入れ替わりに『九尾』の迎えがやってきた。
「あぁ、ピーターお疲れ様。このコよ。
「え?女の子なんですかぃ?てっきり野郎かと」
「説明すると長くなるわ。とりあえずお願い」
ラーメンのどんぶりやチャーハンのれんげ、
滑走路の外れにある古いカマボコ型の格納庫前に、見覚えのあるVTOL機が駐まっていた。さすがに機首のマーキングと機体番号は違っていたが、雲海戦で使用されたものと、同型機だ。まだ作戦稼働して間もないと見え、どことなくエッジが効いている。
空技廠の、新型機。
――ということは探査院が、この活動に一枚噛んでるの……?
またもや汚い大人の都合が臭いはじめる予感。
気を付けなさい『九尾』、と彼は自戒する。
何に気を付けたらいいのかは、相変わらず一向に分からなかったが。
ひび割れたホーンを鳴らし、格納庫に車ごと滑り込むと、マクフィー主任整備士が相変わらず何やら怒鳴りながら“若い
コンプレッサーの騒音と、電源車の呻り。スピーカーがJ-popの
忙しげに整備員が行き交うが、見た感じアサインされるはずの機体は、どこにも見当たらなかった。
冬の空気に混じるディーゼルの排気と金属の灼ける臭い。いがらっぽさ。
はくちっ!と『九尾』は可愛くクシャミしてから、
「ぐすッ……あの、わたしの乗機って、どこです?」
案内人は(ナニ言ってんだコイツは)という雰囲気で不愛想にアゴをしゃくり、
「そこに駐機してるだろうが!」
近すぎて分からなかった。
目が慣れるにつれ、小山のような機体が自分にのしかからんばかりの威容で鎮座していることに彼は気づく。
――“
だがそれは、前回と見た感じ、形がまるで違う。
背面が新たに「こぶ」のように膨らむのは、
硬翼の収納ベイが前より雑に組まれ、さらに後付けチックな感じ。
機首に増設された、得体の知れない器機。
その場しのぎの
ただ、全体的な威圧感は、少しも変わっていない。
いつでもこちらを始末できる巨大な存在に値踏みをされつつ、
「オイコラ!そこォ!!ナニやってやがる!」
いきなり響く怒鳴り声。
「勝手に近づくんじゃねぇ!駄ァホ!」
とおくから怒りに任せた歩きで、ツナギ姿の
「機体に触ってねぇだろうな!エェ?」
「大丈夫ですわ、マクフィー主任どの」
初老の男のシワが、疑い深げに深まる。
「――!ダレだ……手前ェ?」
あぁ、もう。ナニもかもメンドくさい。
いちいちまた『九尾』です、と言ってドン引きされるのもイヤだ。
ガタイのいい案内人が説明を始めようとするのを制し、彼は思い切り
「はぢめましてぇ♪マクフィー・主任整備士どの☆彡アタシは『なるみ』――星野なるみ。本院所属・一級航界士候補生でぇす(キャハ。お話は『九尾』から聞いていますヨ?本日は、都合により来れなくなったカレのかわりに飛ぶことになった、愛され
マクフィーが目を白黒させるのにもかまわず、『九尾』は口から出まかせ、一気にまくしたてる。
笑いをこらえる案内人に(合わせてよ!)とばかり、ドンとヒジ鉄を一発。
マクフィーは、横腹をさする案内人を格納庫わきに引っ張ってゆき、
「ピーター。あのアホ女、大丈夫か?“
「本院(うえ)のヤルことァ、俺達には分からんよ。ただ一つ言えることは――」
「なんでぇ?」
「この世の中は――みんな狂ってるッてコトさ」
すこしでも不具合の可能性を減らすための、数えきれないチェック。
・ヘルメットを装着。網膜パターン、及び生体波を照合。
・各バイタル・システムを、PCSに提示。
・G・スーツの排泄ユニットと機体の処理システムを連結。
ふと――何のはずみか……。
『九尾』は自我崩壊をおこし廃人化した『ゾーロタ』の
・あなたは可能性や有用性について議論している。
・ところがあなたは既に機械の中に存在し、その部分を成している。
・あなたは機械に指を、目を、肛門を、あるいは肝臓を差し出している……。
長い長いシークエンス・リスト。
これらを経て、ついにパイロット『九尾』は機体と同化された。
“奉天”はグライダーの翼めく「硬翼」を展開したままVTOL機に
スタート前に、『九尾』はコクピットごしに上空を見上げた。
雲量1の青空が彼の頭上で、なにか誘うがごとく視界イッパイに拡がって。
各油圧、操作系統、界面翼・創出因子――最終確認。
そして、オール・グリーンのサイン……。