「あぁ……行った行った」
マクフィーは、連れ立って離床してゆくニ機を、腰に手をやり、眼を細めて見送った。
――“奉天”かァ……。
そして、ふと、コチラの視線に気付いたように、
「なんだ――ナンか用かい?……あぁ、アンタ読者か。えぇ?あの
撫で付けた薄い白髪の上に探査院整備士の略帽を載せた頭を、持っていた「スナッポン」の年季が入ったツイスト・コンビネーション・レンチでコリコリ掻いて、やおら首を振り、
「知るかィ!コッチのほうが聞きてぇや……ただナ?PCやスマホのまえにいるアンタらに、ココだけの話で言うけど……ありゃぁ、よくねぇ
彼は、青空の彼方に小さくなってゆく二機連れをしばらく観ていたが、
「……マァ来ねぇ、茶ァぐれぇ出すわィ」
マクフィーは、騒音の満ちる整備場に戻ると、コンクリート敷きの広大なエリアで【
一見、安出来な温室めいたブースだが、ガチャリ、と扉が閉まると騒音はほとんど聞こえないまでになる。
かわって耳につくのは、ブースの中央にある電気ストーブの上に置かれたヤカンがシュンシュン鳴る音。オイルの臭い。古い紙の書類の気配。
マクフィーは棚の上にあるコーヒー・メーカーのポットから、ステンレス製のマグカップにコーヒーを満たして、あなたに差し出した。
「砂糖とミルクは、そこの冷蔵庫うえのカゴにあるから、好きなだけ使いナ――おっと、そのパイプ椅子はダメだ。若い
初老の男は、あなたに座る場所を指示すると、自分は棚から、抹茶茶碗――おそらく桃山時代の瀬戸黒・沓茶碗――をとりだし、なんとそこに自分用のコーヒーを注ぐ。
やがていつもの居場所らしい、整備関係のファイルや帳簿がのった机に椅子をキシませて座ると、両手を使い、ゆっくりと茶碗をかたむけた。
休憩室は、他にひと気がなく、静かだった。
“若い連中”の休み時間にはまだ間があるらしい。
見わたせば、整備帳や、ファイルの並んだスチールラック、多種多様の工具箱。床にはメンテ中のモーターやバイク用(?)のヨシムラ・FCRキャブ。壁には水着の女性――ではなく、新型機のプロモーション・ポスターや、エンジンメーカーの外事象面風景を捉えたカレンダー。果ては“ビェルシカ”や“パピヨン”といった、アイドル級・少年性奴のブロマイドすら。
「ンなに珍しいかィ?整備屋の休憩所なんて、どこも似たり寄ったりだろ?」
マクフィーは、あなたが物珍しげにあたりを見回すのを微笑で見守りながら、
「いつの時代だって、どこだって同じさ。オレも視力の関係で航界士ヤメて整備畑に移ってから、もう30年近くになるが、代わり映えしなねぇ風景だ」
30年……ですか、とあなたの応えに、
「そうサ……つくづく早ぇモンだなぁ、って思うよ」
マクフィーは、コーヒーを満たした茶碗を、ゆっくりとすすりつつ、
「アンタもサ?若ェうちに、いろいろヤッといたほうがイイぞ」
ため息一拍ぶんの間。
「……オレなんざ世間的にはもうジジィと見られる
頭上をターボ・プロップ機の金属音が通り過ぎた。
窓越しに、この老整備長はチラとウザそうに見やり、
「ケッ!王宮直属の修錬校だ。ときどきワザと
アナタは先ほどの女性に見える候補生が『九尾』であることを知らせる。
彼が、探査院にとって少なからぬウェイトをもつ存在であること。それが、他の修錬校に少なからずの
しかし、この老整備士長は、ハ!と鼻で笑い、一顧だにしない。
「アンタ、気ァ確かか?アレぁ
マクフィーは目じりのシワを深め、少し顔を曇らせて、
「もったいねぇよなぁ。あんな女を“奉天”に乗せるなんざ、二重・三重のイミで」
あの飛行機、“
マクフィーの沈黙。
場を持たせるために、あなたは
やがて、主任整備士長は、微妙な視線をコチラに向け、
「マ、あんたらは少し離れた事象面に居るから、イイか……」
そう、独り言のように呟くや、
「“奉天”ッてのは――俗称だ。本来の名前は別にあるらしいんだが、記録が秘匿扱いになってて分からん。なんでもずいぶんと
と、おっしゃると?というあなたの問いにマクフィーは、
「他言無用だが……アレをいじっててどうにも異様な感じが否めん。まるで別の世界の機体をいじっているような、そんな気分になる……笑うなよ?」
笑ったりなんかしません。
「そうか?ナラ心強いや……あの機体は、な?」
そういうや、この男はあなたのほうに椅子のキャスターを近づけ、声をひそめ、
「“
――詳しいんですね?
駄ァホ!と、あなたに向かい、もはやよほど気安くなった口調で、
「コレ調べるのに、エラく
女王の肝いりというのは、
マクフィーは
「
――でも、もうアルツハイマーの“おばぁちゃん”なんですよね?
「本人は
マクフィーは、さらに声をひそめ、
「もともと、現女王のアルツハイマーだって、今の二王女が
――王女たちと“女王”の関係って、ドウなんです?
「そこまでは知らねぇよ……ただ、女王と三王女の間に血縁関係は無い、らしい。しかもその三王女それぞれも、血縁関係が無いとか。これ以上は分からん、知ってても教えられネェ。なにせヤベぇハナシなんだ。もともと並行世界の移民そのものが、いまだ不明な点が多いし。そんな連中が、こんど日本の政府と“政務統合”とかいって国の中枢に食い込んだろ?水と安全がタダな『古き良き日本』は、もうオワったのかもしれねぇ」
――この世界も、大変なんですね。
「あんたの
――ヤバくなる仕事……?
マクフィーは、もうすっかりヌルくなったであろうコーヒーを、抹茶茶碗から含んだ。
「なんせ人手は少なくなる一方だろ?整備士ってなァ、繊細なセンスと感覚が必要なセクションなのに入ってくる連中は、ガサツな奴らばっかりだ。人手が足りないのを国外事象面から穴埋めしようと政府のバカどもの政策で隣国事象面から研修生いれたら……」
ここでマクフィーはハァっ、とため息をつき、
「メモリー・ユニットに整備のノウハウと極秘の機体情報を引き出されてトンズラこかれたよ。さいわい境界ゲートで検挙できて、情報は回収できたから良かったが……それにな」
――それに……?
いや、
――なんです?そこまで言って、そりゃないですよ。
「……
――ワラうだなんて、そんな。
ふん。
キュッと音を立て、マクフィーは蛇口を締めると、茶碗を棚においてから、
「おれぁナ?前にも言ったが航界士、それも大型強襲揚界艦・
もと居た椅子にギシリとすわり、手近にあったトルクレンチを
「ある大失敗に終わった航界作戦でな?帰還率は60%を切ったコトがある……全滅一歩手前の大損害さ。オレ自身も、よく帰還できたモンだ。部隊は作戦の続行を断念、転進を決定したその晩のことよ。ガラガラんなった駐機スペースで、オレは甲板員の手伝いをしながら――艦も大損害を受けて人手不足だったンでね――戦闘で疲れた身体にムチうって、使わなくなった予備機材をパレットに積んで「ビシャモン」で動かしていたんだ。轟沈した他の艦の艦載機を
あなたは被害を受けた揚界艦で、目の前の人物が若い姿のまま、奮闘する姿を思い浮かべる。
「艦の電力も不足していてな。格納デッキがやたらうす暗かったのを覚えている。ところが……広々としたデッキの片隅で、妙な人影が車座になって座り込んでいるのさ。で、オレは怒鳴った」
『ソコでナニしてる!もうじきほかの連中が着艦するぞ!手ェ空いてンなら手伝え!』
「ビシャモンに片足でのり、甲板を鳴らしながら走ってゆくと、その連中の雰囲気が尋常じゃない。まるで影のような、3D映像のような……それでも一団の中に、G・スーツを着た北沢編隊長の姿は見えたのさ。なんか――もの凄く青白い顔をしてな」
ストーヴに置かれたやかんのシュンシュン鳴る音が有難かった。
さきほどから、隙間風でも差し込むのか、みょうにゾクゾクしている。
「オレも戦闘でボロボロんなってて、こらえ性がなくなってたんだな。『北沢ァ!母艦、墜とされた
マクフィーは微笑を浮かべ、
「……もう分かったろう?北沢の隊は、その日の作戦で未帰還の中に入っていた。だがその当時は、そんなこともあるもんだなと、大して気にも留めてなかったんだ……ところが、つい最近、似たようなことがあった……」
――どんな……?
身を乗り出すあなたの問いに、整備士長は、
「“奉天”だよ……あの機体だ」
――あの古めかしい飛行機が?どうしたって言うんです?
うん、とマクフィーは手にしたトルクレンチを弄りながら、応えない。
しかし、ややあってようやく決心したのか、
「航界機は……パイロットと密接に接続するために、各種のバグやウィルスはもちろん、物理的なウィルスの消毒にも気を使わなきゃならないんだ。今回、急な日程で“奉天”のフライトが組まれただろう?最初はロシアの境界と近い『ブヌコボ・Ⅴ』基地が選ばれたんだが、ダメだしくらって急遽、
――ハナシは、聞いてます。
「当然、工程表はキツキツなワケだ。機体の移動、プログラムのチェック、各部動作の点検……結局、薬理的な処置は、一番最後になった……それが昨日の晩さ」
やかんのシュンシュン言う音が、みょうに耳につく。
「若いヤツらはこのところ残業させ続きで、もう法定上限一杯だ。しかたなくオレがヤミ勤務で、機体の洗浄に当たることンなった。時間は02時を回ったところサ……コクピットで、オレは消毒作業をしていたと思いネェ」
冷たい空気。
真っ暗な格納庫。
わびしいスポットライト。
ときおり吹く冬の風にガタつく窓。
ひとッ
と――どこかで電子起動音のような高周波の
「オレはナニげに“奉天”の下を見た……すると……驚くじゃネェか」
マクフィーは、グッとあなたのほうに顔を寄せ、
「機体の尾部のほうに、ボンヤリとした人影が見えるんだ……それも何人も。しかも雰囲気的に、全員
――よその部隊のヒト?
「そんな時間に居るけェ!それに旧いG・スーツは、オレがガキのころに見たタイプにソックリなんだよ。思わず持ってた薬剤の噴霧ボトル、落としそうになっちまってさ。いいトシこいて、ひさびさにビビッたんだ――
――ソレで!?ソレで!?
「これが異様な雰囲気でな。じっと見ようとすると、消え
――結局、なんだったんです?
「知らねェよ!……ただ、こんなこと言ってたな」
――なんて?
『ホスローは……どこにいった……』
「ってヨ?しかも声が
マクフィーはトルクレンチをアゴに押し当て、まるで自分に言い聞かせるように、
「とにかくヤツらは……あの機体に
きょう、『
「あの機体は、なるべく触っちゃなんネェ。封印されていたのも、多分そこらへんに
ドカン!と扉をあけて、ドヤドヤと若い奴らが入ってきた。
それまで部屋に漂っていた雰囲気は一掃され、生の気配にあふれる。
あなたは急に忙しそうなマクフィーに別れを告げると、休憩ブースの外に出た。
よく晴れた冬の午後。
思わずぶるっと襟元をかき合わせたのは、吹き渡る風のためか。
それとも今聞いた
筆まかせで何気なく書いてたら、王宮の血縁関係など、作者の私も知らないことがドンドン明らかになって(へぇぇ、そうなんだ?)と思いながら愉しく書きました。
※……ところで視野の端になんか居る、ってありますよね?
(エッ!?と、そっちの方見ても、誰もいないパターン)