※この作品はR-18です。

玲瓏の翼【18禁版】   作:珍歩意地郎_四五四五

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063:           〃           (後

 

 どこか“ヴェールの舞”を始める前に似てるな、と思いつつ『九尾』は口唇(くちびる)を噛む。

 

 なにより精神集中!

 

 まずはゆるやかに上昇、バレル・ロール。

 雲海からの高度を稼いだあと、緩降下しつつ8の字を書くフィギュア・エイト。

 下の円弧で界面翼が苦しげにふるえて。

 x軸方向への転換がおくれ、下限は雲海ギリギリとなる。

 冷たい雲の粒が、カミソリの刃を砕いたしぶきのように意識をかすめて猛然と頬をかすめる印象(イマージュ)。

 雲面0でなんとか引き起こし。

 いま耀腕(ようえん)が出たら、ひとたまりもないだろう。

 

 ――あぶねぇ……でも、イイ感じだ。

 

 パワーに“意識”を凝らす。

 “奉天”の何だかワケわからない複雑な各種警報は、無視。

 インメルマン・ターンの予備起動。

 “認識”を最大限に効かせて、ズーム上昇。

 十分に位置を取ったところで、パワー・ダイブ。

 スプリットS(逆宙返り)から順面に移り、急激に引き起こす。

 

 ――ここ……ッ!

 

 認識の転換に耐える界面翼が、フラッターを起こしたように激しく震えて。

 雲海という目標物があるスプリットSに比べて、一面の蒼空に打ちあがってゆくインメルマン・ターンは自我意識の保持と実存の認識が初心者には難しい。しかも上昇中、弧を描きながら正確に機体をロールさせ、次の機動につなげるのだ。

これが普通(なみ)の飛行機なら初歩にあたるのだが、こと界面翼機となると、そうはいかない。

 

 視界一杯の蒼に突っ込んだ『九尾』の“認識”は、はやくも危うくなる。

 翼が一本ちぎれ、消えた。

 

 ――しまった!

 

 重量級の“奉天”は無残にもバランスを崩し、上昇しながら、スピン。

 位置認識のハーケンが飛び、全翼。ロスト。

 再起動しようとするが、翼形成プログラムは、沈黙。

 自動的に還元(リダクション)はレベル1まで引き戻され、感覚は肉体に戻された。

 

 もはや低級物理法則に支配された醜悪(しゅうあく)な金属の塊は、運動エネルギーを使い切ると、石のように雲海に落ちてゆく。

 

 ――はぁ……また落第かぁ……。

 

 こりゃ留年かもな、と機外の光景が“蒼”と“白”、交互に目まぐるしく変わる繰り返される光景を他人事のように眺めつつ、ホロ苦い思いで【非常翼形成】とコンソール(操作盤)にダクト・テープで固定されたボタンへと手を伸ばす。

 姿勢制御スタビライザーが自動シークエンスではたらき、スピンはゆるやかに止まった。

 ウィング・ベイからふたたび硬翼が現れ“奉天”はグライダー状となり、水平飛行に移る。無粋な物理翼がGを受け、ギシギシとしなって……。

 

             ――――――――

 

 「ここだな――もうイイだろう」

 「よし……やりたまえ。悪く思うなよ、『(・)成(・)美(・)』(・)チ(・)ャ(・)ン(・)?」

 「硬翼、パージします!」

 

             ――――――――

 

 ー【警報】ー

 

 ウィング・ベイ部の歪(ひずみ)ゲージ・センサーに緊急アラート。

 なに!?と『九尾』が冷や汗をかく間もなく、右側の硬翼ジョイントがイヤな破壊音をたて捥(も)ぎ取られた。

 たちまちバランスを喪(うしな)った“奉天”は、軸のぶれたロールをうつと雲海へのダイブを再開する。

 

 ――そんな!

 

 片翼だけ残っていても仕方ない。

 機体をゆすぶられる振動の中、反射的に操作盤(コンソール)へと手を伸ばす。

 バランスを取るため、残った片翼も翼納庫(ウイング・ベイ)ごとパージ。

 還元(リダクション)2へ!もういちど集中して創翼を……できない。

 

 ――なんで!!!?

 

 背面から落下してゆきつつ『九尾』は酸欠する頭の片すみでゾっとする。

 彼方に浮かぶ四発の随伴機。

 そこから注がれる、毒のような笑みと視線。

 肉体を離脱した今の彼には、まざまざと知覚されて。

 

 ――まさか……“奉天”の翼納庫(ウィング・ベイ)に工作? 

 

 臨終の人間が、時としてみせる脳の限界高速演算。

 彼は最近己の周囲を取り巻く要素を取捨選択し、推論を組み立てる。

 

 推論は疑惑へ。

 疑惑は可能性へ。

 可能性は必然へと。

 

 ミリ秒の間に精錬(せいれん)されてゆき、航空燃料が爆発炎上するような怒りが彼の意識を蹂躙(じゅうりん)する。

 

 脳の中で、枷(かせ)が外れるような、なにかが壊れる音がした。

 同時に意識が、ホワイト・アウト

 音がやみ、あとは純粋な、光。

 

 そこから先は、なにもおぼえていない……。

 

 

 ……気が付けば。

 

 『九尾』は独り  翼延(の)べ

 白海原(しろわだつみ)なる    雲の上

 己の認識    恃(たの)みとし

 空の青さに  溶け征(い)かん

 

 柢(そこ)をも識(し)れぬ   雲海の

 いずくかをやに  破裂音

 三度(みたび)響いて   その後は

 森閑(しんかん)となるも  あはれ也(なり)

 

 輝くばかりの   蒼(あを)と白

 その光景の   ただ中で

 裸体でうかぶ   少年は

 いまこそ浄福(じょうふく)  得たる哉(かな)

 

 いざや向かわん 何処(いづく)かの

 人の穢(けが)れの   ない世界

 向かう処(ところ)は  ただひとつ

 世界の涯(はて)なる  厳神(かみ)の庭  

 

 彼はいましも   生業の(なりわい)

 縛め(いまし)断ち切り  放擲(なげう)ちて

 迷いの小路(こみち)を くぐり抜け  

 自由の翼を   打ち拡(ひろ)ぐ

 

 

 《フライトNO.**-****『九尾』!》

 

 俗塵(ぞくじん)に塗(まみ)れ    深淵(しんえん)の

 

 《『九尾』応答せよ!クソったれ『九尾』!》

 

 野卑(やひ)なる人の子呼ばわりて……。

 

 (……………………………………………あ)

 

 などと土〇晩翠のヘタくそなマネしてる場合じゃない!

 頭の歯車(まみ)が噛み合い、暖かいよどみから彼は胸ぐらをつかまれ、引き上げられた。

 

 ――うひぃぃぃぃぃィィィ!エースマンだ!?

 

 感覚を遠距離(テレ)にして開放すれば、航界機群がこちらに向かってくる気配。

 長距離哨戒機(しょうかいき)と救難機を核として、通常翼タイプの武装した戦闘爆撃機が、つごう6機。

 

 

 すごい贅沢な編成だ……でもなんで……?

 

 『九尾』があたりを改めて確認すれば、

 雲海戦の終わった直後のよう。

 燃焼痕やミサイルの軌跡などが遺(のこ)って。

 また一度、雲海のはるか深度で爆発するような余韻(よいん)。

 

 また心のどこかで(危なかった……)と感じている自分がいる。

 

 “奉天”はいつのまにか4枚の翼を出していた。

 戦闘機動(コンバット・マニューバ)をしなければ、コレで十分イケるだろう。

 

《『九尾』応答せよ!このメガ・オカマ野郎!クソったれオカマ応答せよ!》

《主任教官どの、マズいッスよオープン・Ch(チャンネル)で。差別だナンだと横ヤリが――》

 

 通信に混じり、よこからボソボソ雑音が入る。おそらく副官のものだろう。

 だが、これが“主任教官どの”の怒りにガゾリンをそそいだらしい。

 

《だからどうした!オカマはオカマだろうが!オカマ野郎が!ちがうのかエェ!?この阿呆オカマが!!ったくどいつもコイツもフニャチンの『チキン野郎』な時代ンなっちまったなァ。おぃメガ・オカマ『九尾』!とっとと答えろ!!》※1

 

 アウアウ、と慌てながら意識操作で“奉天”の通信システムOPEN。

 航界機群にコンタクトしようとしたときだった。

 

 (そいつァ――辞(よ)しといた方がイイナ)

 

 どこからか聞こえたホッほっとするような、懐かしいような声。

 ハッ、とすぐに『九尾』は思い当たる。

 

 衝撃。

 

 彼は、メゾン・ドールの店長室で、悪夢の具現を経験している。

 だが、あの時よりも今回のほうが、驚きは大きい。

 しかし、すぐにそれは子犬がご主人に出会ったような、嬉ションめいた喜びに代わっている。暗迷から陽光の中にいきなり出たような、予期せぬ暖かいおどろき。

 

 ――『ホスロー』上級大尉どの!?

 

 狂喜する彼の意識には構うことなく、古強者の航界士は、

 

 (あのテの脳筋野郎は、テキトーに言うことを聞いておくに限る)

 ――どこです!?どのチャンネルから?……まさか雲海の中?

 

 いいか、よく聞けと、落ち着いた深みのある声が宥(なだ)めるように、

 

 (オマエが言うことは、こうだ。『自分は硬翼をロストしたあと意識喪失(アンコントロール)でした』これで通せ。さもないと――面倒なことになる)

 ――メンドウ?……って。

 (お前はア(・)ン(・)・(・)コ(・)ン(・)ト(・)ロ(・)ー(・)ル(・)に(・)な(・)っ(・)て(・)い(・)た(・)!……わかったな?)

 

 ゴリ押しするような、そんな声がしたかと思うと、自分の中から何かが出てゆく気配。

 自身がフワッとかるくなるような、不安定になるような……寒空に、着ているものを一枚脱いだ感覚。

  

 (ありがとよ……面白かったぜ――じゃ、またな?)

 

 そんな言葉を最後に、『九尾』は自分がポツンと独り、高空に遺(のこ)されたのを悟った。

 己が欠落してしまったような心もとなさ。

 いままで覚えたことのない、胸をしめつける寂漠。

 ヒシヒシと自身を押し包み、哀(かな)しくてやりきれない。

 洗脳で植え付けられた女々しさが、いまだどこかに残っているのか。

 あるいは何か本能的なモノが、ひとつの別離(わか)れを知覚したのだろうか。

 還元(リダクション)MODE・2状態にもかかわらず――泪(なみだ)が。

 

 戦爆機群が到達し、高速で周辺空域の警戒をはじめた。

 爆装している機体と空対空の装備をしたものが半々に。

 

《『九尾』生きてるか!――クソ出来損ない!生きてるか!!?》

 

 エースマンの怒鳴り声が響く。

 

《クソ死んでたら――クソ承知せんぞ……!!》 

 

            * * *

 

《宜しいのですか?本当に》

《案ずるな。“蘭のお方”からも、投棄の許可は頂いている》

 

 再び、作戦室

 あの制服組の林が、再び。

 

 画面が二つ、大型の3Dで同時進行

 一方はVTOL機

 もう一方はTU-95からの画像だ。

 

 雲海を征(ゆ)く2機と1機。

 この映像がしばらく続いて。

 

《西の方との手打ち、機体の廃棄、流出情報の始末、一石三鳥ですな》

《我々に口出ししてきたネイガウス上級大佐への見せしめのもある。四鳥だ》

《否、あのクソ生意気な“百合”にも、ひと泡ふかせてやれるから、五鳥だて》

 

遭難記録映像の背景から流れる不遜(ふそん)な調子に、視聴覚室の事務方や制服組の顔が、苦々しげに歪(ゆが)む。かすかに舌打ちの気配すら。

 

《あのダイヤ、作戦終了後回収して宜しいですね?ウチのセクションの予算に》

《映像の版権は、ウチのものだよ?“店(メゾン)”とも話がついている》

 

 機内会話の記録に、居並ぶひとりが肩章をきらめかせ、

 

「ダイヤって――なんのことだね?」

 

 すると、部屋のどこかから、

 

「知らんのか?ガラスを切ったり、金銀パールが当たる※2アレだよ」

「……」

「――というのは冗談で、あの坊やがTS改装されて婚約が決まったとき、贈られたんだと」

 

 べつの方角から、ちがう声が、

 

「ピンク・ダイヤの逸品だそうだな」

 

 モニターの近くにいた代将はアゴをなでつつ、

 

「ワシは、西の“あの家門“からの贈答品と聞いたが、情報は合ってるかね?」

「しかり。次期頭首(若ぎみ)が、だいぶゾッコンでいらっしゃるらしい」

「この事がバレたら、西との関係が一気に険悪化すると考えなかったのかなぁ?」

 

 中高年たちのヒソヒソとした会話。

 

「叱(し)ッ――はじまるぞ?」

 

 “奉天”が貧弱な2枚半の界面翼で規定機動を開始する。

 フィギュア・8で、すでにいっぱいいっぱい。

 雲海スレスレで機体を引き起こし、高度をなんとか稼ぐと、それでも果敢にスプリット・S

 逆落としに再び雲海面で引き起こしてインメルマン・ターン。

 

 画面が停止。

 

 “奉天”にズーム――さらにズーム。

 

「みたまえ――コレだ」

 

 レーザーポインタの輝点が示す先。

 硬翼を格納したウィング・ベイの根元から、何かが脱落している。

 

「マクフィーのヤツは何をやってたんだ!」

 

 整備部隊の徽章をつけた一人の制服組が怒声をあげる。

 タイトスカートの少佐が手元のタブレットでチェック項目を確認しながら、

 

「機体のファンダメンタルに工作された可能性があります。見破(みやぶ)るには非破壊検査でも行わないと……」

 

 再び機体はアンコントロールのまま動き出す。 

 惰性(だせい)で上死点まで登った後、背面から自由落下。

 

 雲海に落ちようとした、まさにその時。

 “奉天”が発光し、いきなり延びた界面翼。

 それが通常の翼の形から、禍々(まがまが)しい変化をみせる。まるで輝腕(ようえん)のように腕状となり、それが四発の二重反転プロペラを持つツポレフの片翼を、痩せさらばえた骸骨のような手で握った。

 

 《メーデー!メーデー!メーデー!当機は――ッ》

 

 機体から断末魔の悲鳴のごとく、データー圧縮自動送信(スキュアーズ)が起動。

 次の瞬間、『九尾』の“耀腕”に握りつぶされ、二基のエンジンが爆散。

 炎と黒煙を上げ、純白の雲海を穢(けが)しつつ、機体がゆるやかに落下してゆく。

 

 曳航機である『カロン』の判断は素早かった。

 緊急遭難信号と、AAM(空対空ミサイル)のパラージ(弾幕)を張り、マニューバを「緊急」モードにして現場空域からの離脱を図る。

 熟練のパイロットらしく、“奉天”の初撃をかろうじてかわし、疑似界面翼を限界まで展開して、機体を軋(きし)ませながら雲海へとパワー・ダイブ。

 

 だが、そこまでだった。

 

 “奉天”から延びた“耀腕”状の界面翼が『カロン』の胴体部に追いついた。

 曳航役の機体から、正副どちらかのパイロットの悲鳴。

 

 あとは『カロン』のスキュアーズ・データが消えていて、わからない。

 ただ一瞬、『カロン』のコクピットに炎がまわり、それが骸骨の嗤(ワラ)いめく光景となったところで映像はブロック・ノイズに変化して、止まる……。

 

 モニターのもう一方。

 ツポレフの画象は、すでに機体が雲海に落下したらしい。

 窓の外が異様に暗く、ときおり紫電が。

 激しく揺れる機内で腰を抜かし、顔面蒼白な次官補たち。

 なにやら叫んでいるが、マイクが死んだらしく無音だ。

 

 すると、突然。

 

 非常灯に染められたキャビンに、黝(くろ)みを帯びた数人の異様な人かげ。

 重力加速度をモノともせず、直立に佇んで。

 奇妙なことに、彼等のまとうと見えるのは、年代も様々なGスーツ……。

 

 突然、音声が復活し、ザラついたノイズの奥から、

 

 《――あい……た……カったゼ……パウ ヱルぅ……》

 

 かすれた言葉の切れ端を捕らえたのを最後に画面は暗転し、あとは無音となる。

 

 将官たちは暫(しば)し、石化したように、何もうつらないモニターを眺めていた。

 

「なんだ……なんなんだコレは」

 

 事務方だろうか。筋金の入っていない耳障りな震え声が、ひとことまじって。

 

 相当な間の沈黙。

 

 だれしも今見た光景を、自分の中で消化しようと必死になっている。

 重苦しい雰囲気を祓(はら)い、制服組の一人が「そういえば」と、いかにも場を救うような調子で、

 

「第二王女殿下ご自身が“奉天”の封印解除を認めたというのは本当か?」

「書類を通すために作戦二課が使ったフカシだろ?」

「……あるいは」

 

 ややあって、一人の上級大佐(補)が、喘(あえ)ぐように、

 

「もしや、こうなることを見越して、殿下が不(・)忠(・)者(・)を処分するために……」

 

 

 作戦室の雰囲気は、さらに重いものとなった。 

 

 

            * * *

 

 




※1:時局に鑑み不適切と思われる表現がございますが、キャラクターの意思を尊重致しました。
※2:キャンペーン終わったそうです。
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