※この作品はR-18です。

玲瓏の翼【18禁版】   作:珍歩意地郎_四五四五

85 / 117
064:光散乱めいた間奏曲(Ⅰ)-α/Ver.Ⅱ【ちょい18禁版】

 

 めずらしく晴れた冬の街は、買い物客の雑踏であふれていた。

 高級百貨店や、高層ホテルが立ち並ぶ繁華街。

 午後の陽光が、幸せそうな人々を特別に照らし、浮かび上がらせるように。

 そんな中、『九尾』は道ゆく人々の注目を、自分が少なからず集めていることに自意識過剰のレベルではなく気付いている。

 

 カップル――カップル――家族連れ――またカップル。

 

 様々な人々が自分を見て、いわくありげに、また思わせぶりに、

 目くばせ。

 ヒソヒソと笑顔で耳打ち。

 微笑――あるいはニラみつけるような敵意。

 

 道をゆきながら、ショー・ウィンドーを歩みを止めずに、ナルっていると思われないよう横目を使い、注意深く『九尾』は己(おのれ)の姿を観る。

 

 一級航界士候補生の重苦しい一装制服。

 おまけに腰には、意味不明な装飾した短剣。

 さらに黄色に黒字な《公用》の腕章がダメ押し。

 

 これが、雲海降下調査を数日中に控えた候補生の、特別に外出を許可された格好だった。もし、この姿でヘタに映画館やコンビニでも入ろうものなら、ヒマをもてあました年金生活者が加入し、生きがいとしている『税金の無駄遣(づか)いを監視する市民団体』とやらに通報され、修錬校に予算減額というペナルティーが課せられる寸法と聞いている。

 

 また――手をつないだ同年代ぐらいのカップルとすれ違う。

 黒ずくめな自分とは、あらゆる意味で対照的に……。

 ひととき、彼らの注目とヒソヒソ声を浴びて。

 

 

【挿絵表示】

 

 

 なにか自分の居場所を間違えているような――そんな気配。

 いつかの色街を思いだすが、きょうの方が闇のヴェールが無いぶん、いたたまれない。

 ハァっ、とため息。しかし、胸の重さは少しも減らなかった。

 

 ――早いとこ用を済ますか……。

 

 彼は足どりを急がせた。

 

 もし――雲海探査から無事帰投することができたら、次の日がクリスマス・イヴになる計算だ。ゲンをかついで、自分も誰かに贈り物の準備をしようと考えた『九尾』だった。

 

 つまり――是が非でも、帰って来たくなる理由。

 

 俗世間と自分とをつなぎとめる、強固なアンカーが欲しかった。

 還(かえ)って来た時の“ご褒美(ほうび)”や“愉(たの)しみ”、あるいはモチベーションというもの。

 もしかしたら、それが土壇場(どたんば)で生きるチカラとなるかもしれない……。

 そんな想いで『九尾』は雑踏に流されながら、「今日」と言う自分にとってはもしかして残り少ないかもしれない貴重な日の午後を歩いている。

 

 規模の大きなリニア・トラム用ロータリーの隅に、見たことがある古ぼけた軽ワゴンが駐まっていた。屋根につけたスピーカーを使い、車の傍(かたわ)らに立つヨレヨレなスーツを着た貧乏な大学教授といった雰囲気の男が、遠くを見すえたイっちゃってる視線でマイクをにぎり、何やら熱のこもった口調で喋(しゃべ)っている。

  

 「見よ――ついにそのときは来た!

 理(ことわり)に沿(そ)うものと沿わぬものは、神によって選(え)り分けられるだろう。

 奢(おご)るもの、虐(しいたげ)げるもの、貪(むさぼ)るものは、崩壊によって裁きを下される。

 深き淵(ふち)に墜(お)とされれば、這(は)い上がる術(すべ)は無い。

 審判(さばき)の日は近い――災殃(わざわい)の刻(とき)は近い。

 その時になり慌てふためかぬよう、悔い改めなさい。行いを改めなさい。

 神は観(み)ている――神は視(み)ている」

 

 男の連呼するキーワード。

 軽ワゴンに貼られた『神は見ている』というスローガンに、彼は先日のある光景を思い出し、胃に冷ややかな痛みを覚える。

 

             -・-・-・-・-・-・

 

 “技能審査”から護衛機に囲まれ、ヘロヘロの態で帰投したあの日。

 

 滑走路の灯りが、まるで温かいものに包まれたときのように、全身をつつむが(イヤイヤ最後が肝心)と気を引きしめ、ズシン、と接地してホッと一息。

 タイヤの滑走音が、崩れ落ちるほどに有難かった。

 

 ――かえってきた……。

 

 機体を停止させたあと、しばらく身体はスイッチひとつ、動かせなかったのを覚えている。

 しかし、いつまでも滑走路を塞いでいても仕方ないので残存電力を使いモーターを駆動し、駐機スペースまで自走(タキシング)で来てみると、待ち構えていたらしい武装した憲兵隊・治安処理部隊の一群に、いきなり機体を取り囲まれたのだった。

 

 コクピットを外から開けられ、乱暴に機外へと引きずり出されるや、ただちに手錠をはめられた『九尾』は身柄を拘束され、理由(わけ)も聞かされずに一晩を連合政府・憲兵隊本部の留置場ですごすことなったのである。

 

 吐瀉物(ゲロ)と血の臭う、コンクリ張りの独房。

 何かで執拗(しつよう)に繰り返し引っ掻(か)いたような標語。

 あるいは自分の血で書いたようなスローガン。

 そんなものが、独房のあちこちに。

 

 ・万事象の無政府主義者(アナーキスト)よ団結せよ!

 ・聖戦を戦い抜き!弥勒菩薩(みろくぼさつ)をお迎えしよう!

 ・打倒!物質主義!拝金主義!

 ・ネ(・)コ(・)は見ている……。

 

 ウワサに聞く拷問のことを想い、消されない白々とした照明のなか、とうてい納得できないまま一晩中を悶々(もんもん)と過ごしたが、明け方には探査院の中央医療センターに移される。

 

 そこで二泊三日というあいだ、数えきれないほどの検査、あるいは埋設されたバイオ・プラント除去などの手術。三日目の夕方にようやく釈放されると、両側を護衛で挟まれ、タクシーで懐かしのマンション寮に軟禁されたのだ。

 連行される最中、あるいは移送中の車内で『九尾』は、自分がこのような扱いを受ける理由をさんざん尋ねたのだが、いずれも黒メガネの頑強な沈黙に突き当たるばかりで、その理不尽さに彼は憤慨したものだったが。

 

 見覚えのあるマンションがタクシーの窓から見えたとき、彼は長い旅からようやく戻ってきたような感慨を味わう。

 

 裏口から滑り出て、月を見上げたあ(・)の(・)日(・)の夕暮れ。

 

 なにか大冒険がはじまる予感に、あの時は胸を躍らせたものだが、現実は予感をはるかに越えたものとなってしまった……。

 

 『九尾』はタクシーのビニール・シートで太ももをコスり、心ならずも性的な余韻(よいん)の名残(なごり)を惜(お)しむように身を密かにくねらせ、まだどこかメス奴隷の気配を遺(のこ)す己(おのれ)の身体を撫(な)でさすり、儚(はかな)い情欲を慰めてしまう。

 

 ――こんな事になるって知ってたら……外出なんてしなかったろうな。

 

 ながい髪を掻きあげようとして、もうそんなものは無いことに気づくと、初めてうすく苦笑を浮かべる。

 両ひざを上品にそろえ、優雅に車から降りて空を見上げても、今日の淀(よど)んだ下界からは月が見えない。

 左右を相変わらずい(・)か(・)つ(・)い(・)男に挟まれて、連行されるようにマンションの入り口に進み、寮の自動ドアを開く。

 

 古いカーペットの匂い。

 まばらで貧相なシャンデリア。

 大量生産的なデザインの長ソファー。

 ひとめで模造とわかる背の高い観葉植物。

 

 初めて見たときは、高級そうに感じたマンションのエントランス・フロアも、『Maison d'or』のビェルシカ勤務で目が肥(こ)えた今となっては、すべてが洗練(せんれん)にほど遠く、どこか哀(あわ)れで廉価(やす)っぽい。

 

 部屋に入れられ、外側から鍵をかけられて独りとなった彼は、ジェット・バスの準備をしたあと湯の溜まるあいだ、あの日のように全裸となり同じ鏡で確認する。

 

 まだ――どことなしに残る子宮の疼(うず)き。乳房(むね)の感覚。

 チ○ポがずいぶん小さくなり、体つきもいくぶん丸みを帯びて。

 とくに尻からももの辺りにかけては、ムッチリ具合が色濃くのこる。

 顔つきも、ルージュを刷いたらさぞかし映えるだろうと思われるほどに。

 

 いま目の前の鏡に立っているのは、さまざまな思惑の波に翻弄(ほんろう)され、使役(つか)われ、穢(ケガ)された成れの果て。まるで湖の汀(みぎわ)に打ち上げられた、ペシャンコのビニール袋。

 

 鏡の中、裸身(ハダカ)の見知らぬ“存在”が、小さくなった胸の頂に窃(そ)ッと触れる……。

 甘いさざなみが、全身を奔(はし)りぬけた。

 

            -・-・-・-・-・-・

 

 演説をしていた男が小休止にはいり、汚い軽ワゴンの中で弁当を食べだしたのを機に、『九尾』はその場をはなれ、近くの高級百貨店に入った。

 ムワッとした香水くさい暖房にむかえられ、一階の化粧品売り場を見渡しながら、吹き抜けのエスカレーターをのぼる。

 階層を断ちわり、各階の断層が一望に開けた光景から目につくのは、やはりカップルや、よそ行きの恰好をした子供連れの家族。

 総じて、しあわせそうな空間にあって、自分の厳(いか)めしい制服姿が、いかにも黒く浮きまくり肩身がせまい。

 

(あ、航界士の候補生だ)

(いやぁん、KAWAII!――超美形~)

(女の子?……男装してる?)

(どっちかな。公務中?だってサ。なにしてるンだろ)

 

 エスカレーターですれ違う、女子大生ともみえる一団がヒソヒソとはしゃぎながら過ぎて行った。

 複雑な気持ちで、彼は声が遠ざかるのを背中で聴(き)く。

 

 彼は婦人用の高級サロン・フロアで降りると、ふと傍(かたわ)らにディスプレイされる、磨(ミガ)きたてられたショー・ウィンドウを眺めた。

 

 天井の電飾や様々な反射。

 

 そぞろ歩きに行き交う客が交錯(こうさく)して映り込む大判のガラス。

 

 その奥には、女性用の華やかなイブニング・ドレスを背景にバッグ、小物、宝飾品が並べられて。

 ディスプレイの壁には、着飾ったモデルがファッション・ショーでフラッシュを浴びつつ、キャット・ウォークを征く大判の写真が飾られている。

 

 ガラスという存在を介し、それらと二重写しとなる、第一装制服すがたの自分(いま)。

 

 否応なく、彼の脳裏に“イツホクの店”で受けた“洗礼”がフラッシュバックする。

 

 ビェルシカとしての躾(しつけ)。

 七つのヴェールの舞い。

 客の財布を緩めるための媚態(びたい)。

 

 ――あるいは。

 

 緊縛された女体に受けた甘美な教え。

 拘束衣装を纏わされ、注入された快楽洗脳。

 金髪(ゾーロタ)と銀髪(シリブロ)から受けた恥辱(はじ)と惑乱(とまどい)。

 

 ――さらには。

 

 市場(スーク)での競りを兼ねた夜会での騒動。

 華やかな大皿上に料理と共に盛り付けられ、ソース・サーバーにされた苦痛。

 次々と顕(あらわ)れる扉の向こうに現出した、さまざまなに形を変える自分の恥態……。

 

 正直、まだいくらかの不安が残る。

 

 中央医療センターのアクティブ脱洗脳プログラムによって、異性倒錯的な欲求――つまり結婚したい欲望(のぞみ)、あるいは子供を産みたい願望(ねがい)のたぐいは抹消されたと聞いていた。

 

 淫らな衣装をまとい、衆目を浴びたい衝動。

 女体化調教され、同性にレズの手ほどきをうけて蹂躙される妄想。

 さらには、ガチムチの兄貴たちや美少年の群れから執拗(しつよう)に嬲(なぶ)られる自分。

 突き出される幾本ものオチ○ポを、嬉々としてノドの奥まで呑みこむ情景。

 あるいは包皮を除かれた婦(おんな)の核(さね)を、舌で転がされ、責めぬかれた時の喜悦。

 はては大型動物に“アツ――”される念望(のぞみ)なども、同時に消滅したと信じたい。

 

 ――だけど……。

 

 こうして高級百貨店にきて、ウィンドウ奥に飾られるモデルの等身大写真を見た時、ふと敵愾心(てきがいしん)にも似たものが湧くのは、どうしたワケだろうか……。

 

 自分(ワタシ)の方がキレイだ。という妙な競争本能。

 注目を浴び、フラッシュを焚(た)かれていることへの羨望(うらやみ)。

 あるいは、彼女が身にまといひけらかす高級品にたいしての嫉妬(ねたみ)。

 

 ともすれば、自分がいまだ被虐(ひぎゃく)に情けなく濡れてしまうオマ○コと、恥ずかしげもなく勃起させたピアス付きの乳首を頂にする巨乳を付けられたまま、この百貨店に一糸まとわぬ姿で立たされているような……そんな妖しい陰覬(かげねがい)めいた妄想すら、湧き起こってくる。

 

 帰寮してシャワーを浴びた時の、驚くほど湯をはじいたキメの細かい肌。

 その肌が、みるみるサクラ色にほ(・)ん(・)の(・)り(・)と染まってゆく有様。

 

 「七つのヴェールの舞い」で浴びた注目と賞賛。

 自分の身体に対する欲望と駆けひき。値(あたい)の競りあいと奪いあい。

 

 ――ウッカリすると……。

 

 それは甘美な幻想をともない、彼の方寸(こころ)に妖しげな淫火(ひ)を灯(とも)した。

 まるで自分のうちにが「ギュスターヴ・モロー」の絵画に観られる、詩人たちの血を吸い、美しく咲きほこる画面中央の女性のように、あわれな男の犠牲で美貌をいや増す本物のクルチザンヌ(・)めく心根を植え付けられ、それが胸のなかで妖しい根をみ(・)っ(・)し(・)り(・)と張ってしまったような……。

 

 だから、そんなおりに、

 

「閣下――なにかお探しですか?」

 

 と話しかけられて、彼が文字通りピョン、と飛び上がったのは無理なからぬことだった。

 

 胸を轟(とどろ)かせ声の主(ぬし)をみれば、売り場の主任とも見える品のよい中年の婦人店員が、ニコニコと笑みを浮かべている。銀鎖や装飾短剣をくくりつけた喪服めく自分の仰々しい姿が、あまりにウィンドウを見つめすぎていたので、いきおい目立ってしまったのだろう。

 

「プレゼントで、お困りですか?」

 

 彼は当初の目的を思いだす。

 

「実は――そうなんです」

 

 とっさに『九尾』は店(ドール)で身に着けた、客殺しの困り顔をさりげなく浮かべ、

 

「時間がないので、こうしてコッソリ公務の合間に……ね?」

 

 まぁ、と婦人店員は彼の表情(かお)にアテられたような同情を示すと、次いで秘密を共有するウキウキとした悪戯(イタズラ)っぽい笑みとなり、すっかり打ち解けた風で、

 

「お手伝いしますよ?オバさんに任せて!それでどんな品が――佳(イ)いのかナ?」

 

 言葉が、声も含めてふつうに喋(しゃべ)れるようになったのは有り難かった。

 これで少女のままの声や、言葉使いであったとしたら、完全にボクっ娘(こ)な扱いを受けていただろう。

 

 彼は婦人店員をコンシェルジュ扱いにして、ブランド物の宝飾エリアをめぐり、例のピンク・ダイヤなども見せびらかしつつ、さんざん比較検討したあげくに趣味の良い小品をひとつ選んだ。

 その金額を払うことに同意した『九尾』に、婦人店員はもちろん、いつのまにか彼の風情に惹かれ、周りをとりかこんで品定めに同行、助言をしていた一般客のギャラリーたちも驚く。

 

 ――540ギニー。

 

 タネを明かせば、なんと言うことはない。

 

 あと数日で、金など要らなくなってしまうかもしれないのだ。

 ここが最後の使い時、というところだった。

 

 ほぼ全財産をはたき、店員たちの最敬礼に送られ、またギャラリーたちからメルアドの交換や、晩餐(ディナー)の、あるいは妖しげなデートのおさそい諸々(もろもろ)を丁重(ていちょう)にお断り申し上げてフロアをあとにした彼は、早くも夕暮れの色を見せはじめる街に出る。

 

 一日の喧騒のなごりをのこす空気。

 ヒトの生きる脈動と生気。騒擾(とよもし)。

 

 『九尾』は、複雑な航界士用の腕時計をチラ見する。

 目的の場所に行くには――まだすこし早かった。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。