※この作品はR-18です。

玲瓏の翼【18禁版】   作:珍歩意地郎_四五四五

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066:光散乱めいた間奏曲(Ⅰ)-γ

 

 メゾン・ドールを囲む広大な庭園ギリギリまで近づけて、『九尾』は自動タクシー(オート)を捨てた。

 [公務]という文字の腕章をチラリと一瞥(いちべつ)。

 これを見てもエントランスの黒服たちは、まだ自分を受け付けてくれるだろうか。ハズそうにも、この腕章はイヤらしいことに安全ピンをシール(封蝋)で止めてあり、留め金をいじれば分かる仕組みとなっている。当然その場合は懲罰だ。しかし残り少ないかもしれない人生の時間を反省房などですごしたくはない。

 

 いつか見た軽自動車のキタない街宣車が、今日も懲りずに神の救い云々(うんぬん)とやらをピーガーと鳴る割れた拡声器から抑揚(よくよう)のない調子で延々と唱(とな)えつづけている。

 

 ――まだやってんだ……ごくろうさん。

 

 彼は夜の闇の中で苦笑しつつ、漫然と歩む。

 

 あいびき用に暗がりをワザと散在させてると言われる夜の庭園。

 緑の気配が濃く香るヒンヤリとした夜気。

 そこかしこに蠢(うごめ)くひとの気配。

 声ひくいささやき……。

 

 公園の芝生の中をショートカットで横切り、メゾン・ドールの近くまできた時だった。

 

「――失礼」

 

 そんな声がしたかと思うと、左右からいきなり捕獲される。他愛(たあい)なくも両腕を取られたのは、遠くの街宣車の演説に気を取られ、まわりの注意をおろそかにしていたせいだろう。

 両わきを見上げれば、もはや馴染みとなった黒メガネが二人――背後にも一人、いるらしい。

 

「一級候補生『九尾』だな。あ(・)の(・)店(・)に近づく場合は確保せよと指令(オーダー)が出ている」

 

 跳ねつく心臓に声がふるえないよう、どうにか抑えながら彼は、

 

「そんな!……きょうは自由行動を許されているはずですッ!」

「単独行動で危険が予測される状況が生じた場合、これを実力で保護せよとの命令だ。これは最優先行動となっている」

「タノむぜ『九尾』くん、キミのおかげで我々はエライめにあってる。こんどキミを“失尾”したら、始末書じゃ済まない」

 

 もう一人が、情けない声を装って、泣き落としに。

 しかし、そんなことでゴマかされる彼ではない。

 

「約束が、チガうでしょう!探査院の“情報部”に問い合わせますよ!?」

 

 と――コレは精一杯のハッタリだった。

 ミラ宮廷中尉とのコネクションは、絶えて久しい。

 

 背後の人間が、何かのスイッチを入れた気配。

 かすかに高周波な電子起動音をたてて。

 まずい、と『九尾』は緊張する。

 

 屈強な男たちの体臭。

 フランス製オーデコロンの香り。

 

 条件反射か、彼の頭は素早くまわった。

 言葉つきを微妙に変えて、上客にしなだれるように、

 

「つまり――単独行動でなければ、OK?」

「……あ?」

「今日、あそこに行くのは渡し物があるからだよぉ?べつに踊(おど)りにいったり、奉仕したりするワケじゃないのに……ナンだったら上に問い合わせてみれば?」

 

 声音をかえ、媚(こび)を売るビェルシカのように彼は身をくねらせる。

 気のせいか、また自身からただようフェロモンの気配。

 

 男たちの沈黙。

 

「どぅ?もし、これがリジェクトされるなら――ボクは雲海にはいかないよぉ?」

 

 意識の脱・洗脳処置が終わった次の日。

 中央医療センターから直行する形で、『九尾』は瑞雲(ずいうん)の校長と同道し、探査院の会議室に呼ばれた。

 そこで彼は、正式に『盟神探湯(くがたち)65B』の打診を受けたのだった。

 Tの字テーブルの下端に校長と座り、ほかを各省の高官や歴々が占める中、彼の態度にヒヤヒヤする信楽焼(しがらきやき)のタヌキめいた校長をよそに、切り口上で彼は言ったものである。

 

 1.作戦遂行中の判断は自分が決定すること。

 2.状況悪化の場合は雲海深度に関わらず直ちに転進すること。

 3.降下時間は九○を超えないこと。

 4.作戦決行日までは、完(・)全(・)な(・)自(・)由(・)行(・)動(・)を(・)保(・)証(・)す(・)る(・)こ(・)と(・)。

                           etc.etc.……。

 以上の無(・)条(・)件(・)な(・)約(・)束(・)を確認して、『九尾』請(う)け負(お)ったはずだった。

 

「認められない。上位命令は『キミの安全』だ」

 

 無常に、黒メガネの一人が言い放つ。

 背後の三人目がボソリと

 

「前方42.5m、2時方向。ゴミ入れのわきにかくれている男たちが分かるか?いや!――直接顔を向けるな。視界の端(はし)で見ろ……」

 

 細かい測距値を示されたところをみると、黒メガネは暗視装置と各種電子デバイスを兼ねているのだろう。それとも眼球か、あるいは視神経を手術ずみなのか。

 言われたとおりにすると、街灯の光から逃(のが)れるようにして、物陰に佇(たたず)む二人連れが辛(かろ)うじて見分けられた。

 

「キミを待ち伏せてる。人気(ひとけ)のないところで、拉致(らち)って西に送るつもりだ」

「分かったろ?キミは――またしても間一髪だったのサ」

「性懲(しょうこり)りもなく“少年奴隷”にされて、女尻にされた腰を振りたくなきゃ、我々と一緒にもどれ」

 

 かァっ、と『九尾』の、いや『成美』の身体があつくなる。

 おもわず股をスリ合わせ、条件反射的に“お情け”をねだるような。

 

 ――この男(ヒト)たち、どこまで知ってるんだろう……。

 

 自分が拘束されて調教されたり被虐にアヘ顔をさらす画像。あるいはイヤらしい衣装を着せられ奉仕する映像が、すでに出回っているのだろうか?

 そこまで探査院(あそこ)は、裏世界を使役しているのだろうか。

 そのとき、ふと浮かんだ疑惑。

 

 逆も、また真なり……。

 

 裏社会が、探査院を隷属させている、という図はどうだ?

 さもなきゃ、あんなに豊富に人形の素体を用意などできまい。

 きょうの自分の行動も、ヒョッとして……。

 

「……でもサ?」

 

 彼は傍(かたわら)らの黒メガネむけて攻勢に出た。

 

「なんでボクの居場所が分かるんだろ?今日の外出が、バレてたってこと?」

 

 黒メガネたちは顔を見合わせる。

 

「ボクのおしりに入れた道具に発信機ついてる?それを辿(たど)られた?」

「暗号処理しているから大丈夫なハズ――だと思う」

「じゃぁ、おおぜいの人員をつかってボクをずっと追けてたの?」

「……そんな大規模な情報系は確認していない」

 

 ホラ、とカマをかけた『九尾』は勝ち誇ったように、

 

「今日のボクの『特例外出』がバレてた。処理された信号の暗号コードをかいくぐってキャッチできてる……ってことはハッキングで情(・)報(・)筒(・)抜(・)け(・)か、情報コードを復元できる内(・)通(・)者(・)が(・)イ(・)ル(・)ってことぢゃん!」

 

 男たちはおし黙った。一人がコートの内側からデバイスを出し、イソイソとどこかに連絡を取る。

 

「それにボクは、探査院長官(代理)からじきじきに許可もらったんだ。今日の行動をジャマされるなら直訴(じきそ)しちゃうよ!?」

「聞き分けのないことを言うんじゃない!」

 

 黒メガネの一人がとうとうキレる。

 

「君がヘタにうごくおかげで、どれだけ組織に迷惑をかけているか――わかってるのか!!」

 

 それを聞いた『九尾』は、いったんプィッとフクれてみせる。

 やがて頃合いをみはからい、サビしそうな素振りで、

 

「ねぇ、おねがい……メゾンにいかせてよぉ」

 

 ネコのようにからだをしならせ、ビェルシカ仕込みの経験で素早く三人を品定め。いちばん発言権のありそうな相手のコートにすり寄ると、からだをヨヂヨヂさせつつ相手の胸に「の」の字を書いて物欲(ものほ)しそうな目とくちびるで、

 

「ねぇん、ねぇん――ねぇってばァん……」

 

 うっ、と擦り寄られた黒メガネがタジタジとなる気配。

 黒メガネごしに視線をからみつかせ、相手の「お情け」をおねだり。

 コートの前をあけ、コチラの匂いを相手にマーキングするように。

 

 すりすりすり……。

 

「こっ、コラっ!どこ触ってる……おそろしい仔(ガキ)だな」

 

 見かねた一人が『九尾』を同僚からひきはがし、もう一人が後ろ手に拘束する。

 

「いやぁん……」

「ダメなものはダメだ!」

「これ以上オマエを野放しにしていたら、こっちのクビがいくつあっても足らん」

 

 すると、スーツのズボンを擦(さす)られていた黒メガネが、

 

「まぁ……我々が同道する分には」

 

 えぇっ!?と残る二人の驚き顔……。

 

「イイんですか少s……チーフ!?」

「殿(でん)……いやコマンダーから、くれぐれも寄せ付けるなと!」

「我々3人では――兵力不足で心もとないとでも?」

 

 うっ、と押しつまるあとの二人……。

 そんなコト言ったってナァ、と顔を見合わせゴニョゴニョ。

 

 結局、黒メガネ3人を従えて、『九尾』は既にどこか懐かしく感じるメゾン・ドールの豪華なエントランスをくぐった。

 あとから分かったのだが、もし『九尾』独りだったら、入れなかっただろう。入店できたのは黒服の一人が持っていた探査院のエージェント用カード、通称“鬼札”のおかげだった。

 

 メゾン・ドールの温かい空気と柔らかい絨毯(じゅうたん)が、あの淫らな衣装を着せられた時の心的構造を、当時のままに運んでくる。

 

(今日のチップ、いくらぐらいかな……)

(あまりオチンポいぢられなきゃイイけど……)

(季節のメニュー、変わったんだっけ。覚えるのメンドクサ)

(きょうもまたあの衣装が支給かな。オバサンばかり寄ってくるからなぁ)

(あの催眠まがいのダンス・レッスン。もうカンベンなんだけど。またやられちゃうのか)

 

 ここでの時間観念は完全にあやふやなもので、自分が通算でどれくらい調教を受けていたのか、まったく分からない。

 条件反射か、自分の肌や秘められた器官が疼(うず)いてくる、ような。

 広壮なホールに入った時、フロントに居たパンツ・スーツ姿の女性が「お待ちしておりました」とカウンターを回って歩み寄り、ニコやかな笑みをうかべる。

 

「こちらへどうぞ」

 

 ナイフのように研ぎ澄まされた気配を発散する黒メガネたちをしたがえ、『九尾』は見なれない女性の案内で、勝手知ったる豪華な店内をあるいてゆく。

 フロント係や各方面スタッフなどの、もの問いたげな視線。『パピヨン』や『ビェルシカ』たち高級公子の、おどろきを交えたヒソヒソ声。そういったものをかいくぐり、四人は女性受付の後ろについて店の舞台裏ともいえる従業員通用路に導かれ、しばらく殺風景な廊下をあるく。やがてふたたび表舞台の来賓用庭園に出るや、中央に建てられたガラス張りの大きな温室に導かれた。

 

 背の高い扉を開くと、中からムワッとする熱帯性の暖かさと共に、湿った土の匂い。エキゾチックな木々の気配や草の香りが吹き寄せ、色濃く匂う。

 冬用コートの前をひらき、高い天井を仰げば、周囲に生い茂る熱帯性の木々の葉を透かし、ガラス張りの天井から月が小さく顔を覗(のぞ)かせているのが観(み)えて。

 

 彼方から、葉巻の匂いがだだよってくる気配。

 闇をすかして見れば、赤い小さな火が蛍のように明滅している。

 

 両わきと背後を固められながら『『九尾』は進み、男の影の前に立った。

 そこは小さな広場となっており、このガラス張りな温室庭園の休憩場所ともなっているのだろうか、二、三の木製ベンチも設置されて。葉巻の匂いに混じり、もはや嗅ぎなれた感のある中年臭いオーデコロンの匂いも。

 女性の係員は男の近くに立ち、『九尾』の護衛に対して警戒の配置につく恰好。

 

「――来やがったな……?」

 

 彼方の明かりをすかし、オールバックの中年男が口の端(はし)を歪めるのが辛うじて伺えた。

 

「本当は会うつもりなんか無かったんだが……」

「いちおう、ケジメをつけるために参りました」

 

 しかし“影の店長”は、そんな彼の言葉など聞こえなかったかのように、

 

「イサドラ……『ゾーロタ』……『シリブロ』……ハッサン。おまけにお前ェん瑞雲(トコ)の極道どもからボコボコにされたメゾン(ウチ)の護衛(ガード)たち……」

 

 指折り数えたイツホクは、ヤレヤレと首を振る。

 

「疫病神(やくびょうがみ)じゃねぇか、お前ェは」

「……」

「挙句(あげく)に、オレまで狙われるようンなッちまって……」

 

 疲労がにじむ声。

 闇に眼が慣(な)れてきたせいか月の光が主張を増し、トップライト気味な空間の薄暗い光景の中、イツホクの顔が、まるで骸骨のように白々とうかんでいる。

 

「そしてナンだ?お前ェが……」

 

 ながいため息ひとつ分の沈黙。

 

「お前ぇが、あ(・)の(・)『(・)九(・)尾(・)』(・)だ(・)っ(・)て(・)……?エェ?」

「……」

「耀腕扼殺者(やくさつしゃ)――蒼の殺し屋(ブラウ・アサシン)――アナニー・マスター」

 

 聞いたことのあるような二つ名を、中年男は列挙する。

 最後のモノは意味が分からないが、おそらくウワサに尾ひれがついたのだろう。

 

「シャレんなってねぇっての……ワルい冗談だゼ」

 

 グッタリと、中年の男の肩が落ちた。

 次いで、どこか捨て鉢(ばち)な口調でこの“影の店長”は、 

 

「で?今日はナンの用だ。後ろの兄サンたちゃ、オレを殺(バラ)しにでも来たかい?」

「いいえ、今日はメゾン・ドールを退店するご挨拶です」

 

 凛、とした『九尾』の声。

 一瞬、影の店長はキョトンとして。次いで、

 

「ハ!」

 

 中年男は手を敲(う)ちならした。

 

「アキれたヤツだなぁ……コレだよ。コレだから調子がくるっ了(ちま)う」

「自分としての、ケジメです。僕は『成美』じゃない!メス奴隷でもフェラ人形(ドール)でもない!一級・航界士候補生、『九尾』です!」

「わァった、わァった」

 

 少年の生真面目(きまじめ)な口調を耳にして、世故(せこ)に長けた老獪(ろうかい)な女衒屋(ぜげんや)は、もはや苦笑を隠そうともせず、

 

「とりあえず、探査院とのパイプが出来ただけでも、ヨシとするさ。それにナ?」

「それに?」

「お前ェのケモミミに細工をして客どもの会話を聞けるようにしたのはオレなんだが……」

 

 えっ、と『九尾』は思う。

 だが心のどこかでは(やはり……)とも。

 

「なんで、そんなことを?」

「お前ェの反応を見たかったから、かな。あるいは――」

 

 そのとき急に真顔になり、遠くを見たイツホクの目が彼方の灯りを受けて冥(くら)く輝いた。

 

「この糞(クソ)みたいな世間を知って絶望したときの、お前ェの行動を知りたかったのかもしれねェ」

 

 中年男は、うしろで控える女性係員に首をふって合図する。

 女性は、どこかに向けて短く指図した気配。

 

「にしても――まだまだ甘ェよ」

 

 イツホクはさらに続けて、

 

「探査院から、あのお三方が来た時ナ?お前は初めのうちこそリッパに聞こえないフリしてたが、あの頑丈づくりな爺さんのカマにウッカリ乗っちまったぢゃねぇか。笑わせてもらったが、気ィつけな」

 

 『九尾』はイツホクが手を叩いて爆笑した時の事を思い出す。だがさすがに前後の会話まで覚えてはいなかったが。

 

「気をつけろよ?ヤツぁ――“(・)組(・)織(・)”(・)に(・)隷(・)属(・)す(・)る(・)人間だぜ」

「組織に……なんですって?」

「主客の転倒さ。法律屋なんかによくあるだろ?人間のために法律ってなァ、あるもんだ。しかし法匪(ほうひ)どもは、法(・)律(・)の(・)た(・)め(・)に(・)、人(・)間(・)を(・)犠(・)牲(・)に(・)す(・)る(・)。組織も、同じさ」

 

 ここでイツホクは一拍おいてから、

 

「組織ってなァ、ある程度デカくなると――それ自身の力学で動き出す。人間を呑みこんでな。そこに私情や理念はモチロン、正義や道徳すらねェ」 

 

 『九尾』は『リヒテル』に対する漠然とした反感と不安をよみがえらせた。

 

「ヤツって――あの上級大佐のことですか?」

 

 背後の護衛がひとり、イツホクに警告するごとく咳払い。

 

「――おっと」

 

 そこでイツホクは言葉を止め苦笑する。そしてややあってこの女衒屋は口調を幾分冷たくし、言葉を彼の背後に投げかけて、

 

「兄(・)サ(・)ン(・)が(・)た(・)も気ィつけな。組織ってナァ、平気でヒトを裏切るぜ?なぁ、『成る……じゃねぇ『九尾』サンとやら。お前ェも考えなおしたほうがヨかねぇか?少なくともコッチの世界に居りゃァ――お、来たようだな」

 

 イツホクは背後を振り向いた。

 この小規模な温室で少しばかり空気が動いたかと思うと、彼方からチリチリ、鈴の音が近づいてくる……。

 

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