※この作品はR-18です。

玲瓏の翼【18禁版】   作:珍歩意地郎_四五四五

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067:光散乱めいた間奏曲(Ⅰ)-δ/Ver.Ⅱ

 

 

「ホラ、呼んでやったぜ」

 

 イツホクはソファーの背越しに、ニヤニヤとアゴをしゃくる。

 

「そちらのオッ怖(かな)い兄サン方も、若いお二人の邪魔をしないよう、それぞれ遠まきに張ったら如何(いかが)スかねェ?無粋なマネなんかせずに。俺ァ、気ィつかってココで失礼しますよ?ナニせ貧乏ヒマなしってナもんでして。忘年会には、ウチの系列の居酒屋を使ってくれるとうれしい。サービスしとッから――シャンパンを一本つけてもイイや」

 

 そういい捨て、どことなく投げやりに、蹌踉(よろよろ)した足取りで去ってゆく。

 秘書役とも思える美貌の女性は一礼すると、静かに中年男の後を追った。

 

 嗅ぎなれたコロンの匂い。 

 ほんの数日前なのに、はやくも懐かしくおもえる気配が、背後に。

 

 おそるおそる振り返ると、この度(たび)は格式ばった黒いメイド・ドレスでキッチリと身を包む愛香の意外にかたい表情(かお)に出会わせた。

 高級使用人だけが着衣をゆるされる、格式のたかい奉仕着。

 バッスルで形を整えた、オーソドックスかつ古風なスカート。

 大きく膨(ふく)らんだ肩口と、胸を強調する立体裁断。手首と襟元のカラーの白さが印象的に。そしてウェストは、あい変わらず砂時計のようにオソロしいほど絞(しぼ)られて。

 微妙な光沢(こうたく)と艶(ツヤ)やかな照りをみせる生地は、よく見れば薄い革製なのか。コロンの気配に交じり“なめし薬”の香りが幽かに漂っている。

 全体的に、ともすれば妖(あや)しい気配になりかかるそのドレスを、シルクかサテンと見える白物(エプロン)や、高級なレースが救っていた。

 

 イツホクに言われた所為(せい)でもあるまいが、黒メガネの護衛たちはスッ、と影のように音もなく後退し、やがて完全に気配を消す。

 やがてこの闇に塗りつぶされた数十m四方と思われるガラスの温室には、あたかも『九尾』と『愛香』の二人しか存在しないかのように……。

 

 黙然と見つめあう、彼等。

 すると、どうしたことか。愛香がフィと冷たい顔をそむけた。

 

 ――えっ?

 

 『九尾』はあわてて数歩。近寄り、彼女の顔色をうかがう。

 

「あ、あのさ――」

「何しにいらしたのです」

                      

 思いもかけない愛香の反応。

 冷ややかに――まるで凍った硝子(ガラス)のように、硬く。

 それは微塵(すこし)の潤(うるお)いも感じさせない、仇敵(かたき)にしゃべるような声で。

 

「ボクは……」

「ここは、もう貴方(アナタ)の来るような処(トコロ)ではありません」

 

 お引き取り下さい、と頭上なる月の光にメガネを光らせ、にべもない。

 

 ――洗脳!

 

 一瞬、彼は胃の底をヒヤリとさせて相手を窺(うかが)う。

 だが、すぐ相手の瞳に意思の力が閃くのを診(み)て、とりあえず息をついた。次に彼は“影の店長”の、みょうにカラむような口調に思い当たってオズオズと、

 

「イツホクから。アイツから何か言われたの?――ね、そうなんだろ?」

「……」

「ボク――いや自分は――私(・)は(・)、ね?」

 

 『九尾』は重々しいコートのポケットから、昼間の高級百貨店で手に入れた小さな包みを取り出した。

 全財産をかけた必殺のアイテム。幼年校から積み立てた彼の預金と有価証券の類(たぐい)は、もはやゼロである。

 

 作戦が失敗したら、そもそも金など意味がなくなるのだ。

 丁度いい自分へのケジメだと、なかば自虐的な気持ちで。

 なにより、このプレゼントに自分の運を賭けてみたくもあった。

 受け取ってもらえたら、負に回り続ける運命の歯車。それが逆転する――ような。

 

 

「今日来たのは……キミに、これを受け取ってもらおうと思って……」

 

 リボンのかかった包装を、彼はオズオズと相手に差し出す。

 

 ――あぁ、どうか!

 

 『九尾』は息をつめる。

 

 人生で初めての、渾身の一撃。

 彼自身も信じられない。己(じぶん)が、こんなことをするなんて。

 まるでラノベの主人公にでもなったような、そんな面はゆい感覚。

 

 彼の想像では、プレゼントを受け取った愛香がとまどいながら包装をあけ、中身をみて金額を聞き、驚いてから涙ぐんで自分にキスをして――抱き合う、までがワンセットとなっていた。

 

 だが……。

 目の前の少女に、動く気配はない。

 気のせいか一瞬、瞳を輝かせたようにも見えたが直ぐにそれは消えて、差し出された包みに冽(つめ)たい一瞥(いちべつ)をくわえたあとは顔をそむけ、腕を軽くかかえたままあらぬ方を見る風。

 

 ――え……。

 

 はやくも想像の段取りが狂った彼は、プレゼントを差し出したまま、いまだキスを期待するような間抜けな顔で固まって。

 対して愛香の面差(おもざ)しは能面のように静謐に、焦点をどこか遠くに結んでいる。

 

 凝固した、沈黙。

 

 そんな中、頭上の樹間から差し込む皎々(こうこう)とした月の光は、包みを十字に結ぶリボンの光沢、それを夜目にも美しく輝かせ、喜劇と化しつつある此(こ)の一幕の情景を辛(かろ)うじて救っていた。

 すっかり“ピエロ”となってしまった彼は、泣くに泣けない思いで手元の包みを(こんなものナンでもないサ)とでも言うように、打って変わって雑に扱いながら、なるべく気安い調子をよそおって、

 

「ボク――いや私は、数日後ある重要な作戦に参加するんだ。雲海の……」

 

 ゲホン!ゲホン!と、暗いしげみのどこかで咳(せき)払い。

 

「……その作戦は、けっこう難しくて。でも参加して帰投した暁(あかつき)には、ある程度の保証がもらえる事になってる」

「……」

「メゾン(ココ)を出てから、いろいろなコトを考えたよ。航界士のことや、生活のこと。自分の未来のこと。でも、いまでも愛香(キミ)のことが気にかかるんだ」

「……」

 

 それでも、相手の沈黙の壁は、厚かった。

 差し出した美しい包みを手に取ろうとする気配すらない

 仕方なく『九尾』は、わざわざ包装料をはらったラッピングを情けない思いで自(みずか)ら破る。

 

 現れた天鵞絨(ビロード)の紫なる小箱。

 

 発条(バネ)の効いたフタを開けると……。

 月光のもと、真珠色の純白に艶(つや)やく台座。

 そこに鎮座する純金とプラチナ――それにダイヤが組み合わさったブローチ。

 月光のもと、まるで自身が白熱するように光を放って。

 

「今持ってるボクの全財産で手に入れたんだ」

「……」

「500ギニー以上したんだよ?」

「……」

「キミが待っていてくれるなら、作戦だってきっと成功すると思うんだ」

「……」

「作戦が終わってボクが還るまで、これを身に着けて待っててほしい」

「……」

「どうかな?それでこんなトコ出て……その」

「……」

「その……ボ(・)ク(・)と(・)一(・)緒(・)に(・)な(・)っ(・)て(・)欲(・)し(・)い(・)!!」

 

 ようやく絞り出した詞(コトバ)。

 引きつったようなノド。それを無理矢理ひらき、あえぐように。

 頬は赤熱するように火照り、あたまの中は熱い炭酸水がわきたつかのごとく。

 

 今度の沈黙は、さらに長かった。

 

 どこかで扉がキシむ音。

 樹間をわたり、夜の冷たい香気が軽く吹き抜けた、ような……。

 

 ふいに愛香が、やや引き攣(つ)ったような声で、

 

「馬鹿にされたものですわね」

「……え?」

「おハナシにならない――と、こう申したのですよ?」

 

 『九尾』は泣き笑いの顔で愛香を見つめた。

 彼女の言葉が耳を素通りして、まったく理解できない。

 

「わたしが日ごとに(時によっては殿方への“ご奉仕”が果てたあと)着替えるこのメイド服(ドレス)……お幾らだかご存知?」

「……」

「35ギニーですわ。奉仕の内容によっては“お情け”(スペルマ)で汚されて使い捨てとなる基本着のこれが2週間分。それで800万円以上。さらに特殊な奉仕服(スレイブ・ドレス)や、装具も加えるとなると、1100ギニーは楽に届きますのよ?」

「……」

「ネイルサロンや、エステ、化粧品。肌(スキン)ケアに“奉仕者用”マッサージ。殿方や淑女を悦ばせるための、インストラクターがついた各種の特殊なトレーニングやエクササイズ……」

「……」

「専用のシャワーやジャグジー。バイタルを維持・管理するのが目的の、展(・)示(・)を(・)兼(・)ね(・)た(・)ウィンドー付きの休憩台(クレードル)。それらを含めますと、いったい幾らになりますことやら」

「……」

「お分かりになりませんの?わたくし、一般航界士の安手当などでは、とても賄(まかな)いきれない女ですのよ?ましてや候補生だなんて――バ(・)カ(・)バ(・)カ(・)し(・)い(・)!」

 

 語(ことば)を継ぐうち次第に激してきたのか、愛香は瞳(ひとみ)に炎を、唇(くちびる)に毒をふくませ、

 

「よくもまぁ、廉価(やす)く値踏みしてくれたモノものですわねェ!この私(ワタクシ)ともあろう者を!チョッと可愛いからと目をかけてあげたら、ツケ上がって。えぇ、思い上がりも甚(はなは)だしいですわ!――どうせ、どこぞの安アパートで、ミジメったらしい生活(くらし)を強いるのでしょう?」

「……」

「口にするのは放出レーション(軍用食)か、半額シールを貼られた惣菜店の見切り品。マッサージはおろかジャグジーすらもない、トイレと一緒になったようなお風呂や、電気代を気にしてのエアコン。質の悪いカーテンや品のない安出来の家具!温調すら入ってないウォーター・ベッド!アンティークですらないテーブル・ウェア!――たまりませんわ!!」

 

 話せば話すほどに愛香は激し、眦(まなじり)険しく柳眉(りゅうび)をつりあげる。

 だが何かに思いあたったのか、ふと顔色をやわらげ、

 

「――あぁ、もしかして私の作り話を聴いて、同情したとか?」

 

 アッはは、と愛香は手を打ち鳴らして笑いくずれた。

 

「おッかしい。あんなのウソに決まってるじゃないの。“場の雰囲気”を盛りあげようとしただけよ……どう?感動的だったでしょ。演技が巧(うま)いのは、アナタだけじゃなくてよ?」

 

「そんな――」

 

 『九尾』の口は、ようやくそれだけ動いたようだった。それを見た愛香は、蓮(はす)っ葉な、やさぐれた嘲(あざけ)りを口のはしに浮かべ、

 

「さァ、そんな縁日で売ってるような安(や)ッすいガラクタ引っ込めて、さっさと自分の居場所におかえりなさい。そしてもう二度と来ないで!アナタみたいな貧乏臭(クサ)いストーカーが一番イヤなのよ!」

 

 苛々(イライラ)とヒステリックな声が、闇の空気を震わせた。

 

「脂(あぶら)臭(クサ)いけどお金をたくさん持っている、そして真珠をいれたお(・)チ(・)ン(・)ポ(・)で(と、ここで彼女はニンマリと淫(みだ)らな声をだし)コリコリと私のマンコを、おしりを、イヤらしく責め立てて、奴隷となったメスの歓(よろこ)びを、ぞ(・)ん(・)ぶ(・)ん(・)に(・)与えてくださる逞(たくま)しぃぃい、オジさまたちのほうが、数百倍、数千倍アナタよりマシだわ!!」

 

 カッ!と彼女は赤いヒールを踏み鳴らす。

 足首を縛(いまし)めるストラップについた黄金(きん)の南京錠がゆれて。

 

「サァ、さっさと出てお行きなさい!不心得(ふこころえ)ものが!」

「……」

 

 ムッツリとうつむく『九尾』の沈黙。

 それを見た愛香の癇癪(かんしゃく)が、またも爆発した。

 ドレスと同じく革製と見える、薄手の白い手袋がはまる腕を出口に差し伸べて、

 

「こ(・)の(・)わ(・)た(・)く(・)し(・)をバカにして……無礼な!もうそのツ(・)ラ(・)を二度と見せないで!!」

 

 最後は、半(なか)ばヒステリックな怒鳴り声で、

 

「私(・)の(・)視(・)界(・)か(・)ら(・)消(・)え(・)な(・)さ(・)い(・)!!」

 

 喝然と響いたあとは重い沈黙が、このガラスの建屋を圧して。

 

 いかなる仕組みか、不思議と『九尾』は表面上の平静を保つことに成功した。

 男としてのプライドが成せるワザか。

 それとも今まで経た経験が、曲がりなりにも彼のうちに甲羅(こうら)をつくったのか。

 あるいは、あまりの出来事に、感覚が凍ってしまったのかもしれない。

 

 心は、冷たく――硬く――澄明になってゆき、

 まさかこんな“腐れブタ”を相手にしていたとは、と自嘲(じちょう)の気すら湧(わ)かない。

 眼差(まなざ)しの先は、もう愛香を見ていなかった。

 かわりに在るのは遥(はる)かなる蒼空――そして雲海の、神々しいまでの輝き。

 

 だが――この胸の痺(シビ)れはなんだろうと『九尾』は考える。

 冷たい鋼線(ワイヤー)で胸をかたく、かたく巻かれるように。

 

 彼は視線を転じ、手にした哀れなブローチを観る。

 拒まれた美しい宝飾品は、あいかわらず月光に悲しいほど冴(さ)えていた。

 

「そう、か……」

 

 己(おのれ)の方寸(こころ)の具現たる、そのブローチがはいった小箱を、音を立てて彼は鎖(とざ)した。

 沈鬱とした青白い闇の中、柔らかいその音は意外に大きくつたわった。

 

 ややあってから――。

 

 『九尾』は痺(シビ)れたような胸を押しひらき、深呼吸した。

 そして天鵞絨の小箱を固く握りしめる。

 次いでやおら腕を振りかぶると、声を限りにして、

 

「わが“想い”の滅ぶるがごとく――この想いの“証(あかし)”も共に亡ぶるべし!」

 

 そう叫ぶや彼は渾身(こんしん)の力をこめ、小箱を闇に放擲(なげう)った。

 肩とヒジと、そして何より胸の痛み。

 こめかみがビクビクと脈打つ感覚。

 

 期待したガラスの砕ける音はしなかった。

 それどころか葉擦(はず)れの音すら立たない。

 彼の“想い”は文字どおり闇に吸いこまれ――消えた。

 

 決然、踵(きびす)を返し『九尾』は高級奉仕用ドレス姿の少女に背を向ける。

 

 ふと――。

 背後に愛香が忍(しの)び嗤(わら)いをもらす気配。

 最初は、きわめて密(ひそ)やかな調子で。

 次いでささやかに――そして次第に明瞭(ハッキリ)として。

 やがて勝ち誇るがごとく、一種躁(そう)的な高揚(たかぶり)を伴い、このガラスの建屋に鳴り響く。

 

 最後は哄笑(こうしょう)となった彼女から逃(のが)れるかのように、彼はガラスの扉をよろめき出た。

 

 愛香の嘲(あざわら)いが、どこまでも自分を追ってくる。

 

 足早に――見方によっては満身創痍(まんしんそうい)の態で、高貴な衣装をまとった来客はもちろん、廊下のパピヨンやビェルシカ、エントランス・ロビーのスタッフたちが驚きに目を丸くするなか、『九尾』は店(メゾン)の扉を押し開くと、磨かれた玄武岩の幅広な階段を、脚の縺(もつ)れるまま駆けおりた。

 

 火照った頬(ほお)。

 煮えたぎった思考。

 外界の冷気は刺すように彼を包む。

 頭がグルグルと回り、目が焦点を結ばない。

 いくつものイルミネーションが丸い形のまま視界を乱舞して。

 

 神経に触るカップルの笑い声。

 なにかのレーザー光が闇を一直線に。

 リニア・トラムの警笛と、危険を内包した叫び。

 ガソリン・エンジンで走るバイクがスターターをかけて。

 

 卒然、世界は乱反射して、粉砕(くだ)かれた“少年”に襲いかかった……。

 

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