※この作品はR-18です。

玲瓏の翼【18禁版】   作:珍歩意地郎_四五四五

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068:銃撃戦のこと、ならびにミラ宮廷秘書官の退場のこと

 

 

「あぶない!」

 

 どこかでそんな女性の声がした。

 灼(や)けた鉄の臭いが、鼻先をかすめた印象。

 とぉくで響く、「手持ち式削岩機(ドリフター)」の連続したハツり音。

 爆竹が、あちこちで炸裂して――爆竹?

 

 突然、彼は後ろから突き飛ばされ、ハデにコケる。

 つぎに上からドサッ、とイイ匂いのする柔らかいものにのしかかられた。

 チューン!という体のそばで何かが勢いよくかすめる音。

 

 次の瞬間。

 閃光、轟音。

 あまりの大音量に一瞬、思考がマヒしてしまう。

 クラクラと星が舞うなか、のしかかってきたものは俊敏に立ち上がると、むりやり『九尾』の襟(えり)くびをとって引き起こす。

 

「!!――!!!」

 

 なにか言っているようだが光に目がくらみ、耳もよくきこえない。

 だが嗅覚は――匂いの記憶は、鮮烈だった。

 必死めいた気配もよく伝わって。そして何より生存本能が、

 

 (――死ニタクナケレバ急ゲ!)

 

 身体のうちから鳥肌まじりに非常モードでせきたてる。

 

 手を引っぱる相手におくれまじと、ワケも分からぬまま、彼はコケつまろびつ走りだした。

 周囲で交錯するレーザーポインター。

 茂みのあちこちで見え隠れする都市型迷彩の人影。

 

 彼方で自動タクシー(オート)が急に進路を変えるや、こちらに突っ込んでくる――と、間髪をいれず背後で対戦車(アンチ・マテリアル)ライフルめいた轟音と爆風がして、モーター・ユニット部にとつぜんドカリと大穴が開き、火を噴いたかと思うと急激に進路を変えてちかくの電柱に激突・擱座(かくざ)した。旧式のマグネシウム・超電導バッテリーが、まばゆい閃光を派手に噴きあげたかと思うと、次の瞬間、盛大に燃え上がる。

 

「!!!!――!」

 

 手を引く者がふり向き、『九尾』の頭をつかんで低くさせた。

 これが間一髪!

 横あいから火花のようなものが悪意をもって頭上をかすめ飛んでくる。

 

 ――曳光弾(えいこうだん)!

 

 ふたりの動きに活(カツ)がはいった。

 この非常時。

 『九尾』の視野には、すべてがペキンパー映画のごとく、ゆっくりと流れる。

 案内者は何かのピンを抜くと、火線の流れてきた方角に投げつけた。

 アスファルトと擦れあう金属音がスキップしながら遠ざかる。

 

 爆発音。

 ヒトの吹ッ飛ぶ気配。

 悲鳴と、怒声。それに合図。

 背後からの援護射撃が、それに続いて。

 

「!**キミだわ――ク*が!」

 

 案内者は短機関銃(SMG)より一回り小さい個人用防衛小火器(P D W)、その発射モードを3点バーストにして着実に、そして恐ろしいほど巧みに制圧射撃を繰り返す。

 

 キン!と言う音とともに弾が尽きた。

 

 カラになったマガジンをコートのポケットに入れたのは証拠や痕跡を残さぬためか。

 よく看れば銃からも薬莢が飛んでいない。

 

 ――ケースレス・カートリッジ!

 

 案内者は流れるように予備を取り出すと、送弾口に差し込んで。

 練(ね)れた動きで遊底(ボルト)を動かし初弾を送り込むや、また連射。

 

 羊飼いの出すような、抑揚のついた鋭い口笛。

 

 闇を切り裂いて二度、三度。背後から。

 それを“安全確保”と受け取ったか、姿勢を低くする『九尾』の背をバシバシと叩いて、移動を合図。

 

 コルダイト火薬と緊張と女物のコロン、そして何より死の匂い。

 

 身をひそめ、あたりを窺いつつ、互いに安全を確認しあいながら。

 ふたりは物陰づたいに、騒音の巷(ちまた)から落ちのびてゆく。

 

 どれくらい来ただろうか……。

 

 『九尾』の聴覚もようやく復活したころ。ふたりは息を切らせながら、メゾン・ドールよりだいぶ離れた場所にある小さな公園の、丸いトンネル型をした遊具の中へ底に溜まった砂を蹴散らして駆け込むと、ノドをあえがせながら身をひそめた。

 

 銃が発散する硝煙の臭いが濃く漂う、せまい空間。

 案内者のコロンの匂いを嗅ぐのは久しぶりだ。

 しばらくはゼーハーと、ふたりの苦しそうな息。

 

 呼吸がおちつくころ、相手の影が手にした銃のマガジンを抜き、残弾を遠い街灯の明かりでチェックするのが見えた。

 するどい舌打ち。

 ついで銃の連射にしびれたのか、利き手を忌々(いまいま)しげグーパーしてから、

 

「――アっキれたわねぇ……」

 

 向かいでうずくまる彼女は、次にその手で自身の髪の乱れを気にしてうしろに撫でつけながら、忌々(いまいま)しげな口調でズケズケと、

 

「アンタみたいに、ゆく先々でご丁寧(ていねい)に全部の地雷を踏んでいくヒトって見たことないわ。デキのわるいラノベじゃあるまいし!」

 

 開口一番、怒り声でそう言うや、すぐに脱力しグッタリと肩をおとす。

 

「ウチの部局がどれだけ苦労したか、分かってる!?」

「そんなこといったって……」

「はっ!ソンナコトイッタッテぇ、か!」

 

 うつむいたまま、バカにしたような口マネで。

 

 『九尾』の目が慣れると、コートの前を開けた案内者の重武装っぷりが分かるようになった。

 ダブル・π(パイ)スラとなったスリングが×字になってよぎる身体の前面。そこには、手榴弾用のDリング。ブラ下がっているのが防御用手榴弾ひとつだけということは、他の3つは投擲ずみなのだろうか。

 

 左手に便利なように、右肩口のあたりに拳銃用の予備弾倉。

 同じく右腰には手にしたPDW用の予備マガジンが並んで。

 反対側に拳銃のホルスター。戦闘用ナイフ。手錠ケース。

 

 つまりは本気モードの――ミラ宮廷秘書官。

 

 ふと、相手の掌がすりむけているのが見えた。もしかして自分に覆いかぶさったときに、路面に手をついてケガをしたのかもしれない。

 

 『九尾』は、コートのポケットから小型のアルミ・ケースに入ったファーストエイド・キッ(救急箱)トを取り出して彼女の手を取ると、相手が驚くヒマも与えず小型の容器に入った消毒液を霧吹き、傷口を洗浄。幅広の滅菌パッドでおおう。

 

「……そういうトコだけマメねぇ。いつも持ちあるいてんの?」

「規則ですから」

 

 手当がおわっても、彼女は手を引っ込めなかった。

 

「?」

「はい」

「え?」

「あるんでしょ?」

「なにが?

「なにがって!プ・レ・ゼ・ン・ト」

「え?」

「え?ぢゃないわよ!500ギニーも出してマント留めにも使える女物のブローチ買ったんでしょ?当然 “ 彼 女 ” である私のモノよね?だから――はい」

 

 はやく頂戴(ちょうだい)よ!と言わんばかりに彼女は、ひらいた手をグィとさらに前へ。

 う、とさすがに『九尾』はつまる。

 まさかそんなところまで情報が伝わっているとは。

 

「――どうしたの?さぁ!」

「あれは、そのぅ……ムダになってしまいまして」

 

 自分でもワケのわからない説明を、しどろもどろに。

 

 アホだ、とおもいながらも、どうしようもなかった。

 こういうところがダメなんだなと、この非常時に自分を罵倒して。

 ところがミラは意に介する風もなく、またも「ハ!」と嗤い、

 

「プレゼントする相手を間違えるから、そんなコトになるのよ」

「え……」

「だいたい、あ(・)ん(・)な(・)女(・)のドコがいいワケ?」

 

 彼女は狭い空間のなか、『九尾』の方に身を乗りだした。

 硝煙の臭いの奥から、ふたたび懐かしい彼女の気配。

 

 スカイラウンジの送迎コンコース。

 あるいは雲海上のフリゲート艦で。

 互に身を寄せ合った、あのひと時。

 

 彼女は、豹のような爛々(らんらん)たる瞳を復活させ、

 

「身分?――だったら私のほうがダンゼン上だし」

「女らしさ?――私だって負けてないわ」

「オッパイの大きさ?――ホルモンで大きくした胸がナニよ」

「料理のウデ?――フグを含めた調理師免許、持ってますケド?」

「あなたへの愛?――あ(・)ん(・)な(・)重(・)そ(・)う(・)な(・)女(・)より、私のほうが……」

 

 あなたを愛シテル……と最後の方はしりすぼみに。

 対して『九尾』の注意は相手のセリフの別の部分をとらえた。

 

 “あんな女”……“あんな重そうな女”……。

 

 彼は土管状なトンネルの冷たい丸みに背中をぐったりと預ける。

 

 一世一代にふりしぼった勇気。

 それを手ひどく裏切られた悔(くや)しさが蘇ってきた。

 間抜けなザマが、すべて筒抜けだったという訳だ――彼女には。

 

 まさか自分がストリップまがいな“七つの舞い”を終えたあと、ステージの上でフルチンのまま、ドヤ顔で大歓声に応えていた事や、大皿の上に拘束され、膀胱(ぼうこう)と腸に腹ボテになるほどソースを仕込まれて、料理といっしょに美しく飾られたことまで、本当は知っているんじゃなかろうなと首すじのあたりをヒヤヒヤさせつつ、

 

「じゃぁ、さっきの――見てたんですね」

 

 彼は、男たち三人の黒メガネを思い出した。

 あれが中継器となっているなら、自分のピエロっぷりも100%そのまま彼女に伝わって、たっぷり笑われたアトというワケだ。まったくいたたまれない。

 

 ふくれっ面で『九尾』はブスっと、

 

「……さぞ面白かったでしょうネ」

「なにがよ」

「私が入れあげた子がトンでもない代物で!手ひどくフラれたザマがです!」

 

 微妙な空白。

 ややあって、彼女は(はぁっ……)とため息をついて。

 

 倦怠をふくんだ沈黙。

 とおくの街灯が投げかけるとぼしい明りで、ミラは『九尾』のかおをマジマジと見る。彼もまた声もなく“自分の彼女”の面差しを見かえした。

 

 不思議なことに、そこにはいつか彼をドキリとさせた“高潔な美”が、まぎれもなく浮かんでいる。

 

 何かを言おうか、言うまいかと逡巡している顔つき。

 凝(じ)ッと“彼氏”の瞳を見やって。

 

 やがて――言わないことに決めたらしい。

 

 ふいにこわばった表情をゆるめ、脱力する。

 ついで顔を寄せるとそのまま不意打ちに、軽くキス。

 しかもオデコに。まるで悪戯(いたずら)っ子に「ダメよ?」と口づけをするかのように。

 

「宥(ゆる)すわ――アナタ、まだまだお子チャマなのね」

「なっ!ボクがどうして子どもなんです?」

 

 フフッ、と余裕の笑みをみせ、

 

「いろいろ経験つんで、少しはカシコくなったかとおもったんだケド。まだまだねェ……でもそこがカワイイんだから、アタシも救われないワケだわ……」

 

 ヤレヤレというように首をふると彼女の匂いが、また。

 

「ね、教えてよ。なんであの娘(コ)は良くて、私じゃダメなわけ?」

「ダメってことはないけど……」

「じゃぁ、なんでよ?」

「だって。ミラ宮廷中い……」

「あァ!?」

「いや、ミラは……」

「よろしい」

「怒らないでね?」

「場合によってはオコるわよ、そりゃ」

 

 う……と相変わらずな彼女の勝手さに振り回され、しばし絶句しつつ。

 ようやく“彼氏”は意を決して「あのね?」と口をひらき、

 

「なんかサ?怖いんだ……まるで闇の中の黒い豹みたい」

 

 相手の反応をうかがいながらオズオズと、

 

「眼だけをランランと光らせてサ?こっちを観察してるカンジ。なんのために観てるのか、ソレがまた分からないからコワいんだ。利用価値ともとれるし、単に珍しいネズミを捕まえたから弄(ナブ)ってるとも思えるし。あるいは将来を見越した布石(ふせき)あつかいかも。ボクへの愛?――ホントにそうなの?」

 

 ミラの顔に驚きがうかぶ。

 しばらくしてから、こんどはゆるゆると苦笑いめいたものが浮かべ、「まいったワネ」とでもいうように。

 

「アキれた……そういうとこは、ホントにスルどいのね。航界士の本能?」

 

 折り曲げた指を唇でかるく噛み、なにごとか想うようだったが、

 どうせ、あと数日でアナタは居なくなるカモだから、言ってあげましょうか、と汗のひいた身体をコートで包みなおし、

 

「あなたが言ったこと、すべて本当よ。利用価値、物珍しさ。将来に向けての投資……」

 

 でも忘れないで、と彼女はいそいで後をつづけ、

 

「貴方(アナタ)への愛も、ちゃんとソコには入っていたわ」

「……」

「今日まで姿を見せなかったのは、アナタの前に出す顔が無かったからよ。あれだけ雲海探査を忌避しろと言っておきながら、けっきょく探査院はアナタにパイロットをさせるハメになって。わたしの力不足だわ。本当にゴメンなさい……」

「……」

「情けないわね。けっきょく私のチカラなんてこの程度。アナタをダシにして敵対勢力を炙りだし、根こそぎにするくらいしかできない。アナタは探査院にずいぶん貢献(こうけん)してるのよ?知らないところでネ。さっきも言ったけど、ワナをぜんぶ踏んでくれるんですもの。何かお礼がしたかったけど――もうダメね」

「そんな……イイですよ」

 

 急にしおらしくなるミラ。

 こうなったら、男としては相手を元気づけるしかない。

 『九尾』はワザと明るい口ぶりで、

 

「それに。どうコロんでも、結局こうなったような気がします。ボクって間抜けだし、人に助けられてばかりで。だけどそんなボクでも、最後に好きって言ってくれる人に会えてよかった」

 

 沈黙。

 

 この度(たび)のそれは、ちょっとはかり知れないほど、重い。

 

 はるか彼方でタイヤの悲鳴。

 モールスのような、意味ありげなクラクション。

 上空をゆく回転翼の響き。あるいは飛行船の重低音。

 都市の夜の吐息のをおもわせる、さまざまな生業を証す低弦のざわめき。

 

 ふと、彼女は眉をひそめ、顔をうつ向けて耳のインカムに手を当てる。

 表情が一転、ぬきさしならぬほど真剣なものに。

 一瞬、“高潔な美”めく表情が、その面(おもて)によりいっそう強くあらわれた。喉頭マイクでも仕込んであるのか、ノド首に手をあて二言、三言なにやら低くつぶやくと『九尾』の方に顔を向け、

 

「……ありがと。やっぱりアナタ、やさしいのね」

 

 良かった、好きになって。といった彼女の言葉。

 そこには、不意に永訣(えいけつ)の響きをふくませている。

 

「ミラ?」

 

 彼女は、ちょっと目元を払ったようだった。

 

「どうやら、お別れの時みたい。残存勢力が、こちらに向かってくる。いま手駒が少ないから、ワタシもちょっとばかし頑張ンないと」

 

 ――ジャカッ!

 

 ミラはPDWの遊底(ボルト)をうごかした。

 俄然(がぜん)、緊張感が湧きおこり、ヒシヒシと狭い空間を満たす。

 彼女は『九尾』の腕にポケットから出した銀色のブレスレットを巻くと、

 

「発信機のキャンセラーよ。一応、念のため。イイこと?ここで別れたら真っすぐ寮に帰るのよ?ヘンなトコうろついて、こちらの手数を増やさないでね――さぁて……」

「どうするの?」

「どうもコウも」

 

 フッ、と彼女は不敵な笑み。

 

「惚(ホ)れたオトコのために、もうひと仕事よ」

 

 そう言うや、公園遊具トンネルから身を乗り出し、あたりを伺う。

 ふたたび仲間と連絡をとるのか、符丁だらけの呟き。

 あっという間に彼女は見知らぬ世界の住人になったかのよう。

 だが、ふいに一度だけ雰囲気を柔らかくもどすや、

 

「オッと、忘れてた」

 

 ミラは身をひるがえして帰ってくると、『九尾』の唇に短いキス。

 

「じゃね?元気で――というのも、オカしいか」

 

 ニッ、と照れたような表情(かお)。

 そしてあの黒豹のような身ごなしで、闇に出てゆく。

 

「ミラ!」

 

 『九尾』の必死なささやきに、ふと彼女は立ち止まり、ふりむいた。

 

「フフッ、ようやく本気で呼んでくれたわね」

 

 それじゃ、と黒い影は、あっと言う間に闇に消えた。

 いつかの光景。

 大聖堂の身廊から身をひるがえし、姿を消した黒豹のように。

 練(ね)れた動作とは思っていたが、まさかこんなコトだったとは。

 

 ミラ!とふたたび呼ぼうとして、彼は唇をかみしめる。

 

 ここはまだ、戦地なのだ。うかつなことをして、彼女の足手まといになってはならない。いくらナンでも、そこまで間抜けになりたくはなかった。

 

  ポツンと残された『九尾』は、腕に巻かれたブレスレットを見る。

 そうだ。自分の居場所は、ここじゃない。

 

 ――ボクも与えられた仕事をしなきゃ……。

 

 なにか胸のモヤが晴れたような思いで“候補生”は拳(こぶし)を固める。

 たとえそれが――死ぬことであっても。

 

 彼も窃(そっ)と遊具を出ると、一度、辺りの気配を偵(うかが)って。

 

 やがて意を決し、遠くの光をめざして走りだす。

 

 

 

 

 




「最終回だ、みんな死んでゆくのだ」と言ったのはトミー芦田氏でしたか。

物語も終盤に近付き、登場人物たちが次々と姿を消してゆきます。
次回、いよいよ『盟神探湯(くがたち)65B』編です。
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