※この作品はR-18です。

玲瓏の翼【18禁版】   作:珍歩意地郎_四五四五

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069:『盟神探湯65B』作戦のこと、ならびにサラ候補生が気をもむこと

 

 

                 * * *

 

 あれから――ミラ秘書官に会うことはなかった。

 

 静かな控えの間で、凝(じ)っと『九尾』は考える。

 

 マスコミの忖度によって銃撃戦は“なかった”ことにされていた。

 わずかに、車が放火によって炎上したことがベタ記事で載っただけ。

 その車の写真も、対戦車ライフルで撃ち抜かれ、爆発したたような痕跡(あと)はなく、適当に焼け焦げた軽自動車の不鮮明な写真が使われていた。

 

 瑞雲校長の力を借り、『ミラ宮廷中尉』の名を探査院の秘書官名簿や第三王女近辺の近習リストにあたってもらったが、本院からは“該当者なし”との返答が返ってくる。

 うす暗い校長室で、信楽焼のタヌキから文面のコピーを渡されたとき、『九尾』が即座に考えたのは、以下の5つ。

 

1)校長(タヌキ)のチカラなど全然足りず、ハナから情報を開示されなかった。

2)そもそもこの文章が、瑞雲校の贋作(ニセモノ)である。

3)ミラの所属するセクションが秘匿(ひとく)性の高い部署で、部外者には開示されない。

4)自分に渡された名刺が、そもそも工作用のダミーだった。

 

 ――そして……。

 

5)銃撃戦時の死亡(K. I. A.)により、すでに名簿から抹消された。

 

 彼は、最初のデートで“蘭(ラン)の王女”に謁見した時のことを思いだす。

 

 第二王女の集団に対して、ミラ・アレクサンドラと名乗ったあの口上。

 王女の近習にぶっ叩かれたときの、周囲の違和感のなさ。

 そう考えると“一段位(くらい)の低い”第三王女秘書官というのは、間違いなさそうだった。

 

 ――できれば1)か2)か3)のどれかであって欲しい……。

 

 でも――絶望はしていない。

 

 あの日。あの晩。

 

 人生で一番大きな買い物をし、一見客である女社長の幸運を祈り、初めてフラれ、贖(あがな)った品を放擲(なげう)ち、しまいには銃撃戦に巻き込まれたジェットコースターのような一日のあとに、一度だけ。それも『盟神探湯(くがたち)65B』当日に、ミラ秘書官らしき姿を、遠くに見かけたのだ。

 

 確かじゃない――だけど、そうであって欲しい。

 

 『九尾』は控えの間の高い天井を見上げ、『盟神探湯(くがたち)65B』を、あの運命の雲海大深度探査を思い出す……。

 

                 * * *

 

 

 強襲揚界艦“吉野”は万葉型の旧式二等艦ではあったが、ウェルドックの広さでは定評があった。その広い面積を一杯に使って、一機の大型航界機を中心にキャプタイヤ、各種ホース、ケーブル等が延び、白衣や作業職種別の色ベスト、迷彩服の人々が忙しく動いている。

 

 ケロシンや機械油、放電によるオゾンなどの臭いが充満するその空間で、内科部長と肩書きのあるIDカードを首から下げた目つきのキツい中年の女医が、

 

「ええどすか?このG・スーツのリアクターは東宮サンの安モノとは違いますえ?[生技研]の最新試作型ですさかい。本来ならアンタはんのような候補生風情に支給されるものじゃ無いんどす。気ィつけて扱わんとあきまへんえ?新型の人工筋肉、付いてるぶん、情報逆流も増しますケドな、情報遮断デバイスが種類(手)ぇ変えて幾重(いくえ)にも――」

 

 はんなりとした嫌味な口調で次から次へとレクチャーされ、辟易(へきえき)気味の『九尾』だった。

 サルコファルガス型G・スーツと呼ばれるそれは、全身にうすく外骨格を貼りつけたような、銅色とも玉虫色ともつかぬ代物で、説明によるとこの一着で航界用連絡機が楽に一機買える価格らしい。 あごの一部と耳のうしろまで隠れる仕様は、うなずくのにも一苦労だ。

 

 実際、三日前からの食事制限。前日からの無菌室生活。

 そして専用ルームの中で、無菌スーツを着用したスタッフ達の助けを借りて、装着するのに六時間以上という手数のかかるシロモノだった。当然、シリンダーから出たあとは外気から隔離され、呼吸補助機のエアを吸うことになる。

 

 文字通りの化け物スーツ。

 全体に、どことなくギーガーをイメージしなくもない。

 そこへ、先に同型のG・スーツを付け終わった龍ノ口が、白い衝立(ついたて)を蹴飛ばして現れた。スーツのスピーカー越しな怒鳴り声。

 

《ハナシなげぇンだよババァ!……ッっきから、外で聞いてりゃネチネチと!》

 

 様々な補器が積まれた大きめのカートを引き、そこから雑多なコードやパイプが延びている。脈動するカテーテルは、人工筋肉の動力補給用か。各種の作動ランプやインジケーター。低いコンプレッサーの唸(うな)りも、併(あわ)せて。

 

《『九尾』!終わったんなら行くぞ》

《はい、サー『ド(・)ラ(・)ク(・)ル(・)』!》

 

W/N(ウィング・ネーム)で呼びかけられた龍ノ口の唇が、ニッとひきしまり、すこし背筋も伸びたような気がする。表情さえ、いまは上級生らしく自信に満ち、落ち着いたものになっているような。

 

 修錬校に戻ってから数日後。

 

 探査院本部に校長と呼ばれた『九尾』は、目の前のデスクにずらりとならんだ探査院の上級執務官たちから、盟神探湯65Bのメイン・パイロットを打診される。

そこでオタオタする校長(タヌキ)をよそに、切り口上で彼が出した条件は、

 

 一、作戦遂行中の判断は自分が決定すること。

 一、状況悪化の場合は雲海深度に関わらず直ちに“転進(たいきゃく)”すること。

 一、降下時間は九○を超えないこと。

                    等(など)、等(など)、等(など)……。

 

 そしてもちろん、RSO(航空機偵察装置担当官)は、龍ノ口を任命すること。

 

 だがすべてが承認され、錬成校に帰って、たまたま残務整理のために居た龍ノ口を見つけ、結果をフライングで伝えたときの相手の表情は微妙なものだった。

 不思議なことだが、どちらかといえば、狼狽(うろた)えたようにも。

 しかし今日の龍ノ口――『ドラクル』に、怯(ひる)んだ様子はみえない。それどころか、静かな諦観にも似たたたずまいを見せている。キレやすいところは、相変わらずだが。

 

 ブツブツと何やら言いながら医療機材をかたづける中年女医の背後から、こちらも通常タイプのG・スーツに身を包んだ『デザート・モルフォ』が赤い目をした顔をのぞかせた。

 

「――はァぃ♪」

 

 そして『ドラクル』が引くカートから延びたチューブをさばいたり、分からないなりにスーツのチェックをする。彼女も“吉野”の護衛群に志願し、対・大型耀腕用に指向性・純粋水爆を弾頭にした防空核ミサイルを抱いて飛ぶのだ。

 

 『九尾』!アンタわかってンだろうね!?と、金色の瞳がニラむ。

 

「ちゃんとこのバカ、連れて帰ってくンんだよ?」

 

 手始めにそういうや、つけつけと、

 

「こないだも、高ッかい香水の匂いつけて明け方に帰ってきたと思ったら、寝言で「ナルミ……」とか言ってるの。もう信じらンない!」

 

 カァッ、と『九尾』の顔が赤くなる。

 龍ノ口の方を見れば、彼はサラと『九尾』に背を向けて。

 

「――ハァ!?」

 

 “女の勘”というものは恐ろしい。

 

「なんで『九尾(アンタ)』までそんな態度とるのサ!……龍ゥ?――アンタこのコまで、その“いかがわしい店”に連れてったンだろ!」

《ちがァう!――逆だ逆!……あ》

「逆ゥ?どういうコトだィそれ!?あ、ってなによ!」

 

 ムキー!と“彼女”はさらに“彼氏”を問い詰める。 

 雲海探査の話が伝わったとき、『九尾』を問い詰めた彼女の剣幕もすごかった。

 どうして龍ノ口を、RSOなどに指名したのか。

 作戦遂行にあたって本当に危険はないのか。

 中央医療院で精密検査の予定日も決まったのに、なんで余計なコトをするのか。

 

 見方を変えれば、その剣幕は自分など眼中に無いことの証左であり、『九尾』は怒られるほどに、やるせないホロ苦さを味わったものだが。

 大丈夫ですよ、と彼はG・スーツからくるぎこちない動きで、心ひそかに憧れていた褐色の上級生をなだめすかし、

 

《先輩に、X’masプレゼントの準備でもしておいて下さい》

「なっ!……なにナマイキいってんだィ!」

《いい加減によせ、サラ》

 

 一転、おだやかな口調で『ドラクル』は彼女をたしなめる。

 

《コイツは俺にチャンスをくれたんだ――最後のチャンスを、な》

「そんなこと言ったってぇ――!」

《これが終わったら……手術でもなんでも受けるよ》

「ホントかィ!?」

 

 パッ、と目の下にクマをつけたサラの顔が明るくなる。

 さらに彼女が何か言おうとしたとき、ディーゼルの唸(うな)りがして、警笛(ホーン)。

 機体周辺の動きに、あわただしさが増してきた。

 

 作業統括長がホィッスルを吹く。

 とたんに緊迫感を増すウェルドック。

 

 専用トレーラーが、各種AAM(空対空ミサイル)やABM(対事象面ミサイル)を装着し終えた護衛機から順に、エレベーター上昇位置まで牽(ひ)いてゆく。

 

 王宮直属部隊にのみ配備が許される、勅許(ちょっきょ)・特種戦術兵器『確定連鎖起発型・指向性事象面中和弾』。その疑似・界面翼ミサイル弾頭を護衛するのが目的の内務省特殊部隊も、ガシャガシャとゴツいブーツで甲板を踏み鳴らしつつ、ウェルドックを撤収していった。

 零号ABMと呼ばれる、かかる物騒なシロモノはといえば、“彗星”の大型ウェポン・ベイに納まっている。

 様々な色の胴衣(ベスト)で識別される作業員も、役目を終えた順に、どことなくソワソワした足取りで待避エリアへと移動して。

 

 ――え……?

 

 『九尾』は目を細めた。

 チタンH鋼の柱の影。

 電源車のわきに、宮廷秘書官の制服が、一瞬。

 

 緊張に冷え切った彼の血が、一気に沸騰する。

 

 ――ミラ秘書官……どの?

 

 自分のせいで彼女を危険な目に合わせてしまったという自責。

 眠剤のちからを借りなければ、眠れなかった数日。

 それが一気にすすがれるような――。

 

 冷たい胸の痺(しび)れが一気に消え、彼は自分がいかに気に病んでいたを識(し)る。

 

 頭上の電磁カタパルトから、ズシン、と早くも硬翼型護衛群の一番機が射ち出された気配。続いて、二番機……三番機。

 それに気をとられ、一瞬、視線をそらした彼が再びその場所を見れば、もう黒い制服の姿は、ない。

 

 ――あぁ……やっぱり。

 

 また胸にしみこむ、鉛めいた重苦しさ。

 そんな『九尾』の落胆をよそに、褐色の上級生はムチムチなパイスー(パイロット・スーツ)を、先輩の化け物G・スーツにすりつけ、彼氏の感触を覚えておこうとするのか、いつまでも抱きしめていたが、やがて思い切ったように、

 

「――じゃ、あ(・)と(・)で(・)ネ?」

 

 涙目で笑ったサラは、『ドラクル』のヘルメットに素早くキス。

 機付き長にうながされ、肉感的な尻を振り立てながら、自機の方へ駆けてゆく。

 ふぅ、と上級生は息をついて『九尾』の方を向き、マイクごしにヤレヤレと、

 

《それでは――我々も行こうか?》

 

 二人は、巨大な“彗星”の前後座席に、医療班、専門整備員たちの総ががりで“据え付け”られる。ホイストを使い、センチ単位の正確さでコクピットに。

 それはまさしく“安置”といったほうが良かった。

 後方の座乗型RSO席に対して、操縦席は跨乗型に換装されており、『九尾』が扱い易いようになっている。

 

 ちょっと見には、人力車スタイル。

 その巨大戦闘爆撃機バージョン。

 

 いつもより大きい多機能ヘルメットを二人がかりで装着され、コンコンと最後に軽く叩かれたあとはコクピットが閉じられて、さらにその上から特殊合金の装甲板で密閉された。裏側の全面モニタが息を吹き返し、デッキの光景を示すとともに3Dワイプで艦外の光景を映し出す。

 

 視界良好。事象震予報〇。

 重力波乱流、及び耀腕出現反応、ともにナシ。

 

 ブリッジの事象観測班は、刻々と状況を知らせてくる。

 絶好の探査日和だった。

 さまざまな航界機の翼に混じり、艦名そのまま、巨大な白クジラめく高速巡界艦(フリゲート)が。

 あの艦上でのデート。

 先ほどの幻影。

 何だかんだで幸せだった日々。

 手からこぼれ落ちたあとに、大事な物って気付くんだなと。

 否(いや)、もしかしてあの幻影は“あの世”から自分を迎えに来たのかも……。

 

 巡界艦に見とれる彼を、先輩からの通話が現実に引きもどす。

 

《『九尾』、準備OKか?ウェルデッキからの離床にあっては当初ワイヤ降下。干渉域を抜けたのちに界面翼を起動。展開深度は一○○○を予定。よろし?》

「諒解(りょうかい)。降下開始時にカウント・スタート。きっかり九○で上昇に転じます」

《……アワてるなよ?ゆっくりしてってもイイんだぞ》

 

 笑いをふくんだ声が伝わってくる。

 冗談じゃない、と神経につながった各種デバイスを、イライラと動かし確認しながら、『九尾』はムスッとふくれる。

 

 ――こんなのサッサと下降(もぐ)って。上昇(のぼ)って。それでおしまいサ。

 

 機体背面に牽引用ケーブルを付けられ、背中からぶら下げられたような感覚。

 そのまま誘導員のホイッスルとともに天井クレーンでウェルデッキを移動し、黄色と黒のペイント・ラインで囲まれた投下エリアへ。

 管制からの指示。

 

 《パイロット。ギア格納、ジェネレーター一番・二番、スタート》

 

――あーぁ。やーれやれ……ッと。

 

 物理スイッチを操作しながら、こみあげる緊張を、そんな想いでまぎらわせる。

 

「航空灯点灯。IFF(敵味方識別装置)作動。武装(ウェポン)システム、および関係デバイス。セイフティ・ピンの解除を目視チェック。インジケータ・就航モードへ」

 

この数日間、学校の別室に隔離され、本院から派遣された専門技官から受けた講義を正確になぞる。

 

「D/Aコンバータ同調感度、リセット確認。事象面歪率レーダー・作動開始」

 

 ウェルドックから関係要員がすべて退去した。

 

 回転灯とサイレンが鳴り、轟音をたててデッキが減圧されてゆく。

 足元の甲板が、ゆっくりと両開きに口をあけた。

 “吉野”の影となり、冥(くら)く彩られた雲海が、はるか足もとで渦を巻くのが見える。

 

 地獄の門が、貌(かお)をのぞかせた気分。

 

 吹き込む気流。

 機外温度計が一気に下がってゆく。

 G・スーツが反応し、わずかに収縮。

 

 《――Tマイナス六○》

 

 官制(コントロール)からの声。

 覚悟を決めてたとはいえ――さすがに怖い。

 口の中が乾きすぎ、オェッと喉(のど)がえずく。

 

 《『九尾』。そんなに緊張するな。大丈夫だ――俺(オレ)がついてる》

 

 通信に、後席からの声が割って入った。

 余裕のない『九尾』は、腹立たしげに、

 

「ちぇっ、わかってます。先輩こそ、コントロール乗っ取らないで下さいよ?」

《インメルマン・ターン如きで翼を喪(うしな)うようなヤツに、スティック(操縦桿)任せるコッチの身にもなれ》

「あの時は、調子が悪かったんです!」

 

《――Tマイナス三○》

 

 ほんとかぁ、と『ドラクル』はわらい、

 

《どうだァ?すこし機動をまかせてくれれば、こっちの腕前を見せてやれるんだがなァ。こう見えても、俺だって昔ァ――》

「ダメですよ?ぜったい。生きて還るんだから。『モルフォ』先輩に責任があります!」

 

《――Tマイナス十五》

 

《アイツは関係ないだろう!もう一人前だ。ひとりで生きていくさ》

「またそんなコト言って……あとで『モルフォ』先輩に言いつけますからね」

《ほほぅ?オマエもやっぱり、アイツが気になるとみえるな》

「なんとでも!ボクは、僕の義務を果たすだけですから!」

《ちぇッ……コイツ、言うようになりやがって》

 

 《――Tプラス六、七、八……おいキミたち。降りるのかヤめるのか、どっちなんだ?》

 

 いけね、と『九尾』は機体の同調に集中し、

 

「作戦名・盟神探湯(くがたち)65B。使用機体“彗星Ⅱ”。機体識別コール「タンホイザー02」。作戦担当者『ドラクル』、『九尾』!」

 

 ひび割れた唇をカサつく舌でなめ、大きく息を吸う。

 

「――降下します!」

 

 

 

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