機体が、暴力的な挙動で増速し、急降下の姿勢に入る。
地獄に
な・に・し・ろ・パワーがスゴい。
ちょっと意識を動かしただけでもブッ飛んだ挙動をみせる。
まるで三輪車にF1のエンジンでも積んだような印象。
おまけに新技術である“空戦補助モード”が実装されており、事象劈開面の乱れと重力バランスの狂いによる界面翼のゆがみを自動で補正してくれる。
圧倒的なパワーと人類が入手できる最先端の技術。それに
――こりゃひょっとしてイケる……かも。
だんだんと『九尾』はノッてきた。
機体との応答性はリニアを超えてシンクロの域に。
軽やかなモーター音が響き、機体下部にある武器庫の扉がひらいた感覚。
両サイドのサブ・ウェポン・ベイに装備される各三発のABM。そのうち左右の一本ずつが疑似界面翼を展開すると、軌跡を白く輝かせ、前方で待ちかまえる耀腕の群れに挑んでいった。
到着時間が減ってゆき、彼方で閃光。
だが耀腕群は、さほどコタえた風もみせず、それどころかコチラに気づいて勢力を増したような気配すらある。
さらに二本発射――だがそれも結果はおなじ。
チッ、とどこかで『ドラクル』の舌打ちする気配。彼もまた機体周辺のどこかに居るらしいが、操縦がいそがしくてそこまで“念”が回らない。
彼我の距離は、戦闘速度でみるみる縮まった。
ドラクルの好戦的な叫び。
――七時方向に抜けるぞ!コントロールをこちらに!一瞬、翼縮するから、そないだに腕の群れをやりすごす!いいか?
彗星は、さらに怖いほどの増速を魅せる。
思考が措いて行かれそうなほどの加速感。
一瞬!
翼を消した機体は
機体をつかもうとして空を切った耀腕の指が、『九尾』の翼をかすめた。
ほおを冷たい手が撫でる感触。
最大速度を使ってその場を逃れる。
しかし耀腕は、明滅を繰り返しながら追ってくる気配――はやい!
――チッ!『九尾』!タノむ!
――アィ、サー!
『九尾』は思考操作でスロットルを“レッド”の更に奥。“ブラック”へ。
累積30秒しか持たない“最終緊急”モード。
増速用の創翼ジェネレーターが起動し、界面翼がさらに先鋭化。
“彗星Ⅱ”は
ビリビリと機体が振動し、キチキチとコクピットのあちこちが鳴る。
轟音をたてて2基のAK601-K(AE1P)が唸り、界面翼をさらに拡張して翼体そのものを白熱させるかのように
パワー・ジェネレーターたちは事象面を切り裂き、その
速度4.35。
それでも沈降率はなかなか増えない。
事象面のリゾームがもたらす“存在粘性度”が、メーター振り切れで強固なことを知らせている。
機体の
ナミの航界機なら、とっくに空中分解してもおかしくないところだ。
“人類の叡智”と“自然の猛威”との、「がっぷり四つ」な真剣勝負。
雲海の負荷にあらがい、最新鋭の強行偵察機はカタログデータにも載っていない限界機動を披露して、誇らしげな雄叫びを上げつつ最終的にどうにか耀腕を振り切った。
――あッぶなかったァ……。
許容時間を25秒ほど過ぎたころ、ようやくスロットルを戻し、『九尾』がホッと息をついた時だった。
――いや、まだだ!
先輩候補生から2時の方向にアタマをわしづかみにされ、無理やり向けられたような。その視線の先に見たものに「ぅわ!」と彼は絶句する。
――ははっ……♪
もはや涙目の域すら越えて、ヘンな笑いが出た。
はるか彼方、見たこともない巨大な重力源が
そこから数十本の様々な耀腕が、飢えた気配を丸出しにしてこちらに殺到してくる。その間も機体は身ぶるいしながら、雲海深度計の表示をジリジリと下げて。
――機内時間、Tプラス八五。深度五九五○○。
『ドラクル』の声が気味の悪いほど沈着になり、何かにむかって吹き込むような調子で伝わってきた。
――先輩!?
――ただ今より
使用機体“彗星Ⅱ”タイプ四三改。識別コード『タンホイザー〇二』。
パイロット、東宮所属・『
RSO、王立航界大学三年・暫定復帰候補生、龍ノ口。
バイタル・精神波・オールグリーン。
テスト・パイロットが、墜落死の寸前まで冷静に機体状況を報告するように。
『九尾』は上ずったふるえ声で、
――まさか、アレを……
――いま使わんでどうする。さすがにあれだけの群れは
瞬間、存在空白帯を通過する。
機体はエアポケットに入ったようにストンと落ちた。
――雲海深度六○○五○!耀腕も出たし、もう十分ですよォ!
――まだだ!メイン・ウェポン・ベイ解放。ゼロ号射出用意!セイフティ・off!
予想目標到達時刻……セット。
――龍ノ口センパイ!
操舵優先権を主張し、離脱しようかと
だが……ダメだ。ひとりでこの機体はとても扱えない。
――
背後では、まるで獲物をまえに舌なめずりするような気配。
あぁ人生終わった、と脳のシナプスが極限まで昂進しているいま、『九尾』のなかで記憶の断片が走馬燈のようにはしる――のだが、考えてみればイイことなんて一つもなかった。
テスト勉強。
イジめられ嫌われ。
拷問じみた洗脳と女体化。
強いて言えば、サラ先輩のオッパイに顔をうずめたぐらい。
(なァんだ。たいした一生じゃないや)
そう思うと、みょうにクソ度胸がついてくる。
そのオッパイも、いま後ろでムチャ振りしている“危険狂”のお手つき済みだと思うと、ヤケクソ感に「ターボ」と「スーチャ」が「ニトロ」もオマケにつけて最大
――あぁクソ!もうどうにでもなれ!
――そうだ、その意気だ!発射カウント・ダウン!四、三、二――
あとは、声にならなかった。
いきなり6時方向から事象面を割って具現化した耀腕。
回避行動を取る間も与えず、二人の翼に襲いかかる。
飽和状態の記憶野で、チラッと『九尾』は黒ネコの最後が浮かんで。
衝撃。
界面翼の一本がヘシ折れた。
機内から各種アラート音の大斉奏。
――先ぱ……。
機体に瞬間的なインパクト。
金属が熱を持つときのキナ臭さ。
身体に響くような崩壊音が断続的に。
目の前で星が舞い、『九尾』の目の前が暗くなる。
意識が薄らぐ瞬間、体練の授業で鉄棒の大車輪をやったとき、頭から砂場に落ちたときのような、ノド奥の血の味。
――ダメだ!気をシッカリ持て!
彼は自分に“喝”をいれる。
しかし、なにも見えない。なにも聞こえない。
ベクトルの一定しない、みょうな重力加速度。
自分がどこかに運ばれてゆくような。
真っ暗な視界をゾウリムシが這うようなイメージ。
フィード・バックを少し食らったらしい。
脳の奥がズキズキと痛む。
なにかが極めて――極めて小さな
――いや……本当に聞こえる……?
――男?
――女?
何を言っているかは、判らない。
そのうち、その“囁き”の数が増え、だんだん混沌としたものになって。
いきなりわき腹を、冷たいものになでられた。
首筋に枯れ木のようなものが触れる。
有機的な異臭。
骨の中央から冷えてゆくような寒気。
鼻のおくに、焦げたような感覚。
やがて、体を触られる感覚が増え、ついにはそれらが体の中に入ろうと先をあらそう気配。
もはや混乱の極みとなった状況で――されるがままに。
遠く――はるか遠くで誰か叫んでいる気がする。
哀しげな、急き立てるような口調。
しきりに繰り返される、ひとつの言葉。
――ポンクン?ポンくん……ぽんくん、って……なんだ?
なんだってイイや、と、黯く、冷たく、
――ひぎぃっ!
下腹部で火花が散った。
続いてもう一発。
アナルと尿道の激痛で、『九尾』は我にかえる。
暴力的に認識を引きもどされると、すぐまえに黒い霧のようなモノが
――うわッ!
『九尾』が叫んだとき、黒い霧で出来たようなそれらの群れが、
“悪霊”という単語が頭の中に
状況を確認。
ブラック・アウトするモニターが目立つ中、生き残ったメータに目を奔らせて。
機体は黒い霧に包まれて宙づりになり、かろうじて落下が止まっていた。
装甲が脱落したコクピットの防弾グラス越しに餓鬼の顔がベタ一面、デキの悪い心霊写真のように貼り付いている。
こんな時、どうすれば。
――頭の皮膚がシビれる感覚のなか、後席に機内有線で呼びかける。
「龍ノ口先輩――先輩!?くっそ、メィデイ!メイディ!メィデイ!」
遭難をしらせる雲海用通信を叫ぶ。
息が微妙に苦しい。
思考がハッキリせず、遭難ボタンを連打する指の感覚すらヘンだ。
無意識のうちにG・スーツの稼働をチェック。レッドは出ていない。
エアの供給量を手動でアップ。
スーツの温調も、同じく。
「龍ノ口先輩――センパイ?」
一瞬、血が冷えたように彼は呆然とする。
RSO席の
[
『ドラクル』からの応答は――もちろん無い。
――第一次アクチュエータ
絶望的な、今まで見たことの無いような表示が、次々にならぶ。
雲海の深部。
“彗星Ⅱ”損壊。
周囲に蝟集する悪霊(?)。
そして見たことがない数の耀腕。
『九尾』はグッタリと跨乗型コクピットの中でひれ伏し、脱力する。
――オワった……。
さまざまな思考の切れはしが酸欠気味な頭の中をグルグルと回って。
(だから言わんこっちゃない……こんな深雲で、無茶な作戦の犠牲になって!)
(西側との取引だァ?知るか!『リヒテル』の爺ィに、うまうまと乗せられてこのザマか)
(ミラまで死なせて発動した作戦の結果がコレかよ!)
(あーぁ、こんな事ならサラ先輩と、もっと話しとくんだったな……いや待て。かりに今、無事に帰投できたとしても、うしろの戦闘狂と一緒でないんじゃ、怒り買うだけかぁ)
(だいたい、なんでこんな事になったんだ)
(あのクソ耀腕がいちばんムカつく)
(両想いの彼女作りたかったナァ……ド派手にふられて!バカか
(尿道とアナル。掘られ損だよ!)
(せっかくメゾン・ドールから生還したってのに)
(こんなことなら、いっそ女の子にされて
(どうせクラスのやつら、オナニー野郎が雲海で死んだって、休み時間に笑い話にするんだろ?ワかってんだ……畜生!)
(サラ先輩は……どう思うかなぁ?やっぱりオレのせいだと考えるんだろうか。龍ノ口先輩が戦死しなきゃ、まだ希望があったのに!)
(クソクソクソ!……よくも!)
死のまぎわに惑乱し、われ先に浮かび上がる重い。
それが収まると、彼の胸のうちで
あきらめは、胸のなかで過去の“負”な経験を
エタノールの炎めく冷たい怒りが彼自身も驚くほどのいきおいで、血管という血管。神経という神経を通じ、全身に野火のごとくひろがって。
まるで特攻剤を静注されたように、とめどなくテンションが上がり、それに応じるようにG・スーツも脈動して止まない。
――もう、どうなったっていい……だがどうせ死ぬなら!
血走った目で状況を再確認。ミイラを透かして空間を確認すると、まわりに耀腕の元となる重力源が過剰に集まっているのがわかる。
――よぅ、し……。
重力源が密集すると言うことは、それだけ事象面のバランスが
(相討ちにできるかも……)という“蒼白の勝利”を得る希望が、『九尾』のほおに引きつった薄い笑みをうかべた。
――さぁて、地獄へ道連れだ……いや、ひょっとしてココがそうかな?
雲海深度・九七一五○の地獄。
再度、リダクション・モード2へ。
事象面の歪みが、さらに見えてくる。
密集した耀腕は、組みつけの悪い足場のうえに立ち、集団で暴れようとするのに等しい。
彗星が一瞬機体を希薄化させて、その周囲の空間に、さきほどとは異なった色のヒビを迸らせてゆく。
様子をうかがっていたミイラたちは一斉に蝟集し、見る間に巨大化してゆく『九尾』の翼に、まるで餓鬼の群れのごとく喰らいついた。
流れこむ感情。
そのとき『九尾』は悟る。
――こいつら、喰らいついているんじゃない……
翼が広がれば広がるほど、彼らの
そして距離をおいて、文字通り手ぐすねをしている耀腕の群れ……。
そこには完全な隷従関係が成り立ってるようにもみえた。
界面翼をつかまれると情報逆流で脳が
脳下垂体のあたりでひびく警告音。
《第一次
――どうする……どうする。
耀腕に次々と翼を絡めとられながら、『九尾』は酸欠状態のアタマで必死に考える。
どうせなら、やれることをやって――死にたい。
だが発射許可コードは規則のため、
もう一度だけ意識を完全に体にもどし、貧血気味の視野でグリーンの照準をヘルメット内に投影されるシーカーに合照。指のうら側にかかるレリーズが心地良い。
ウェポン・ベイに残った二発のABMを12時方向の重力源に向け発射。
長い航界跡。
彼方で閃光が二回――それだけ……。
《第四~六節D/Aブレーカー破損。G・スーツ維持機能低下。
防御用AIがどんどん
エアも心なしか供給がすくない。
目の前に星のようなものが舞い始めた。
――ぼくも、もう終わりだ……。
だがタダでは死なないぞ!と『九尾』は最後の意識をふり絞って鉛のような腕を動かす。
プラカバーで囲まれた、コクピット奥の【自爆スイッチ】。
チカチカと星が舞うまたたく視野の中で
――コイツラ全部、道連レニシテヤル……。
黄色と黒のトラ模様で囲まれた、その赤いボタンに彼は手をのばした。