※この作品はR-18です。

玲瓏の翼【18禁版】   作:珍歩意地郎_四五四五

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072:『九尾』無双のこと、ならびに零号ABM射出のこと

 

 ――『ポンポコ』……『ポンくん』……。

 

 メーター・コンソールの奥。

 

 自爆装置の透明なアクリルカバーは、親指でハネあげたはずだった。

 

 気が付けば、いつのまにか意識がGスーツをはなれて、『九尾』は全裸のまま“彗星Ⅱ”の機体上部に浮いている。

 

 ドロの詰まったようなダルさ。

 視線を動かすのもおっくうなほどの倦怠感。

 候補生のあいだで密かに出回る“裏モノ”特攻錠の離脱症状じみて。 

 

 一瞬、死んだのか?と考えたが、見れば機体が原型を留めている。

 自爆スイッチを押す直前に、失神してしまったのだろうか……。

 

 ――いや……ボタンは確かに――確かに押したはずだ。

 

 現に、「死ね!」とばかり勢いをつけたので、親指の爪が痛い。

 自爆用のシステムが衝撃で不具合をおこし、不発となったに違いないと『九尾』は推論する。

 もうすこしまともな電装の引き回しをしてくれよ、と情けない思いで歯噛みする。予算、予算と騒いでいた探査院の中枢がよみがえってくる。作戦機体である“彗星Ⅱ”まで予算を削られたとは考えたくなかった。

 

 だが、次に浮かんだ考えは……。

 

 まさか――と『九尾』は一蹴した。

 いくらナンでも、探査院がそんなことをするはずが無い。

 

 【自爆スイッチ】が、た(・)だ(・)の(・)飾(・)り(・)だったなんて。

 

 安っぽい陰謀論めいて、考えるだにバカバカしい。こんな緊急時にもかかわらず被害者意識が丸出しの自分が、哀れでクズで仕方なかった。これも“あの店”(メゾン・ドール)でさんざ神経をすりへらし、やさぐれてしまったせいだろう。

 

 認識を上に向ければ、ほの暗い広大な空間の中、ミイラたちの注意はAIが創りだした疑似界面翼の方に向いており、まるでウエハースを囓(かじ)るように蚕食(さんしょく)している。幸いにも航界機の本体には関心をもっていないらしい。

 

 ――ポン……くん……。

 

 ふたたび意識が流れてくる。

 先ほどから自分の近くをゆるやかに廻る意識。

 軽やかで、敵意などもなく、それでいて小動物のように怖じた気配で。

 

 ――だれ?……。

 

 その繊細そうな声は、どこかで聞いたことがある、ような。

 頭がぼんやりしていて記憶を辿(たど)れないのがもどかしい。ただ、どことなく……金髪碧眼な少女のイメージが。

 

 ――界面翼の意識……刃物……想いだして……あなた前に……よ…えんを……。

 

 チューニングが合っていないラジオから流れる音声のように、途切れ途切れ。

 それでも何かを必死に伝えたい想いだけは、こちらの神経(アンテナ)に感じとれる。

 

 焼けた髪のキナ臭いにおい。

 金属の焦げる気配は……これは墜落現場の印象。

 ふと首を横に向ければ、顔面を両手で隠したボロボロのミイラ。

 それがすこし離れた空間に、悲壮な雰囲気をまとったまま、漂うのを感じる。

 近いようで、遠い。それでいて、つねに身近に感じられた存在。親しく交われなかった哀しみ。

 

――でも……ブレーカ……解かなくては……三時方向……耀腕……みどりの……根もと……。

 

 憐(あわ)れっぽい気配が、スッと空間を移動して――遠ざかってゆく。

 考えをまとめようとする間もなく、緊急表示のフラッシュと人工的な女性のエマージェンシー音声が邪魔をした。

 

《第七節~九節D/Aブレーカー破損。離脱せよ――離脱せよ――》

 

 

 「警告します――警告します。

    貴官の乗機は作戦活動・危険領い、域にぃぃい

        は、いりり――マーしーィィゐぃぃ……いいいいいいいいい」

 

 女性の合成音が、警告を発しながら間のびした野太い声となり、とまる。

 慄(ゾ)っとしながら、機体の上で腰をかがめ、四方を、そして彼方を見やった。

 次いで囁(ささや)きに教えられた方位に意識をこらす。

 

 ――三時方向の耀腕……アレか!

 

 

 それは、壮観な眺めだった。

 

 全周でこちらを伺うのが分かる、黒い煙のようなミイラの群れ。

 そしてさらに奥に控える、重力源の密集体めいた耀腕の集団。

 オイデ……オイデ……をするような仕草でこちらに意識らしきものを向けて。

 

 あの運命の雲海戦。陽動で『黒猫(シャ・ノワール)』ごとまんまとヤラれたその悔しさ。

 そこで、さきほどの声のイメージが合焦した。

 

 ――まさか……オフィーリア? 

 

 植物状態の女性を保管し、航界艦の部品とするために下ごしらえを行う“エイジング・ルーム”。そのチャンバーの中でみた黒猫の変わり果てた姿。長い艶やかな黒髪は剃り落とされ、坊主頭には認識コードが打たれて。その彼女のウィングメイトであり、雲海戦で戦死した北欧系の美少女の姿が、この緊急時にもかかわらず、明瞭(はっきり)と思い出される。

 

 さらに教えられたとおりの方向をよくよく見ると、たしかにエメラルドグリーンに光る一本の耀腕を擁した巨大集団が邪悪な印象で黝(あおぐろ)い陽炎のごとくゆらめいている。

 

 ――オフィーリアさん?……オフィーリアさん!

 

 だが、もはや返事はない。

 

 目を転じ、『九尾』はコクピット内に拘束される自分を見おろした。

 早くも身体にはダメージが来ている――だが、しかたない。

 いやいやながら意識をふたたび肉体側に移す。

 とたんに襲う、ひどい頭痛。

 口の中に変な味が。

 腐敗臭すら。

 

 もう機動用エネルギーも、残りすくない。

 

 ――これで、最後だ。

 

 自爆装置とは反対側の、コンソール・パネル片隅にある小さなカバーをひらき、赤いノブを引く。さぁて、と唾を飲み込もうにも、ノドが感染症にかかったように痛い。このサルコファガス型G・スーツの開発中に、劇症型・溶血性連鎖球菌の発症が相次ぎ殉職者が続出したという、作戦前の講義で教わった余計な知識が浮かぶ。

 『九尾』はクソっ!と一度つぶやくと、かすれた声で、せいいっぱいに、

 

 「防御(ガード)システム・オールカット!すべての――操作系を――リニアに!」

 

 とたん、突入電流が一気に流れ込んできた。

 後頭部のつけ根を何か所もドリリングされる感覚。

 文字通り電気椅子にかかったように、全身が焼かれる印象。

 

 痛みに絶叫しながら『九尾』は、翼を三時方向にある空間のゆがみに展開。しかし耀腕の群れが、まるで彼の意図を察したようにそれを押しもどす。

 翼を伝って、どす黒いものが波濤のように寄せてくるのが分かった。

 

 ――使役ミイラ!

 

 意識を強く持っていても勢いが強く遮断できない。

 身体が、洗脳調教された時のようにのけ反って。

 必死な操作の中にもチラッと意識の片隅に浮かぶ、過去に見た候補生の死にざまが、幾重にもフラッシュ・バック……。

 

――だめだ、負ける……!

 

 そう思ったとき。

 肛門と尿道に、またもや電撃の激痛。

 カッ、と頭に血がのぼり、殺伐とした感情が全身を支配する。

 

 ――このクソ忙しいのに……ふざける、な!

 

 その「な!」のところに怒りを乗せて、あたかも巨大な太刀をふるうイメージで、ほの黶(くろ)いモノの浸食が向かってくる自らの光の翼の一本を、他の翼で断ち斬った。

 

 かたちの見えない憤懣(いかり)。

 煮えたぎる溶岩のように、頭の中で二次曲線的にわき上がってくる。

 そしてこれが引き金だったように、彼の中で耀腕を屠(ほふ)ったときの記憶が、どうして今まで忘れていたんだろうと不思議に思えるほど鮮明によみがえった。

 

 一本の巨大な耀腕が、機体下方から襲いかかってきた。

 彼は界面翼を使い、文字通り「ガッシ!」とそれを受け止める。

 

 ――えッ、へへへぇぇェェェ……捕まえ、たァッ!!

 

 雑巾を絞りちぎるイメージで、その耀腕をバラバラに。

 

 さらに、もう一本!

 こんどは火炎放射器の心象をうかべ、盛大な火炎めく事象の揺らぎ。

 炭化させたようなボロボロの状態にして、相手に引導をわたす。

 今度は二匹同時に。だが慌てず騒がず、翼の二本を槍にして。

 

 背中が。“風門”のあたりが、異常に熱い。

 

 そこを中心として、この事象面を破砕する無数のヒビが奔り、光学的な刃物のように、群がり集まる耀腕を空間ごと切り裂いてゆくイメージ。

 臨界に達した怒りが爆発的な連鎖反応をおこし、それが勢いを増せば増すほど、世界を引き裂く力が強まる印象。

 

 憤怒(いかり)と、憎悪(にくしみ)。

 破壊衝動からくるカタルシス。

 報われなかった運命へのルサンチマン。

 

 まるでタンボールの箱を引き裂く動作に歯止めがなくなるように、事象面を耀腕ごと、

 

 砕き、        断ち斬り

                   剥(は)ぎ取り         熔解させ

    ねじきり             突き破り

叩き潰し      打ち割り                爆散させ

        変形させ       膾(なます)にし

                        ――へし折った。

 

 

    討ち毀(こぼ)ち            砕き捨て  

          斬り伏せ                 

                  握り潰し       刺しつらぬき

     蹴り放し             焼き滅ぼし

           引き千切り            摺り裂き

                   分断し   削ぎ落とし

        ――剔(エグ)り取った。      

           

 『九尾』は胸いっぱいに哄笑した。

 今までの鬱積を、借りを、この一瞬で解放するような。そんなイメージ。

 そのわらいは、この混沌とした空間いっぱいに響き渡るかと彼自身、理性を遠く離れたどこかで感じている。

 

 “彗星Ⅱ”の状態が完全でないのが、いかにも惜しい。

 翼面形成にエネルギー不足からタイム・ラグがでて、狙いが不正確になる。

 相手を殺るときの打撃感とカタルシスが、いまいちパワー不足だ。

 

 せっかく狩り放題な“自分の戦場”なのに、弾薬(アモ)がすくない感覚。

 それでも彼は手当たり次第な熱狂で、虐殺じみた翼面操作を繰り返す。

 

 ――これが完全な状態だったら、どんなことになるんだろう……。

 

 沸騰するような脳の思考野。

 その片隅で、彼はチラッと考える。

 おそらく居ならぶ耀腕など、鎧袖一触。

 そして龍ノ口先輩が無事で、協力して応戦できたとしたら……。

 それこそ無双どころか“面攻撃”が可能なレベルだったのではないか。

 

 また人の焦げる臭いがして、どこかであの囁(ささや)き。

 

 

 ――ポンくn……じゅうぶ……このままだと……アナタ……もどレ……。

 

 三時方向の重力源は、この様子を虎視眈々と窺いさぐるかのように。

 やがて件のエメラルドグリーンな耀腕が、まるで挑むかのように立ち塞がる。

 鏖殺(おうさつ)を繰り広げ、なかば精神崩壊状態の『九尾』は、流れるヨダレも気にせぬまま、それでもさすがにちょっと“彗星Ⅱ”の勢いを止めて。

 

 ――ふン。やるッていうのか……上等!!

 

 まわりに展開する事象面のヒビをさらに拡大させ、この耀腕に向かってゆく。

 

 両者のあいだが極限まで縮まった刹那(せつな)。

 この耀腕は己の色を輝かせ、まるでフラクタル文様の万華鏡めく広がりで、空間いっぱいに爆発的な膨張をみせる。

 劈開面という劈開面が石英をこすり合わせたときのように軋(キシ)み、ビリビリと電子を放出して。

 あたまのネジがトんだ『九尾』も、その時さすがに顔色をかえた。

 

 (こいつ!耀腕じゃ……ない?)

 

 わずかに残っていた彼の理性が、異変と危険とを察知。

 

 だが――もうおそかった。

 

 波形が互いに打ち消し合うように、エメラルドグリーンの耀腕と“彗星Ⅱ”の界面翼は規模を縮小させてゆく。最後に残るのは、周囲に待ちかまえる黒々とした腕の群れ……。

 

 ――クソ……。

 

 おびたたしい落胆が、鉛のように周囲から押し包んできた。

 冷や水をかけられたように、彼は“深追い”であったことを認める。

 彼方の耀腕の群れから、パイプオルガンの低音で創った暴風をおもわせる嘲(あざけり)が一斉に。

 

 (こいつら……やっぱり知性が!?)

 

 負ける……と覚悟した、その時。

 

 

 ――よくやった……『九尾』。

 

 

 RSO席から意識が流れてくる。

 

 (だれ?……まさか!)

 

 ――意識を閉じてろ……いま“零号”を強制起(・)発(・)させる。

 

 最大緊急時にもかかわらず、心が光のような喜びに包まれた。

 カタコンベめいた暗いトンネル状の迷路で、先に出口がみえたような。

 助かった!!!!!という思い。

 

 ――センパイ!……先輩!せんぱい!センパイ!

 

 まるで仔犬がはしゃぐように。陽の印象が復活する。

 それにつられて縮小しつつあった『九尾』の界面翼が一瞬、よみがえり、エメラルド・グリーンの耀腕を一部フッ飛ばした。だがそれも相手はすぐに修復する。

 

 ――大丈夫だったの!?――ケガは!!

 ――わ(・)た(・)し(・)の事はいい……。

    ただ、零(ゼロ)号の安全射圏がわからん。

      まともに食らったら――済まない。

 ――どうなったって同じです!もう保たない!よろしく!

 

 機体下部の大型(メイン・)兵器槽(ウエポン・ベイ)。

 そこから、戦闘型航界機が持てる最大級のAB(対・事象面)M(ミサイル)が射出された。

 母機と分離すると、複相となった疑似界面翼を展開。

 息を吹き返すや狂奔する空間の重力ベクトルを自動修正。

 やがて猛然と耀腕の群れに飛び込んでいった。

 

 目標到達時刻が減ってゆく。

 二人の眼が、かたずをのんで見守って。

 

 やがて彼方から、地響きのような轟音。

 すぐにそれは連続的な衝撃波となる。指向性の破界面が創られた証。

 

 ――零(ゼロ)号の存在面崩壊陣が造られた……衝撃波、くるぞ!

 

 まるで複雑な魔方陣のように、幾何学型をした事象面の破断が複雑な輝線となって全空間に奔(はし)った。

 

 存在空間がひび割れ、破片が互いに軋みながらゆっくりと、それぞれの存在質量によって“近似因果面”に引かれ、散ってゆく。さながら壮大なステンド・グラスの崩壊をスローモーションで眺めているような、もはや感覚にあまるスケールで意識をつつむ。

 

 瞬間。

 

 全周囲すべてが爆発粉砕したように白熱し、完全にホワイト・アウト。

 

 

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