「候補生『九尾』。今週の寄り道のワクは、使いきってますよ?」
護衛役がイライラとたしなめる声が、背後から。
「えぇッ!そんなァ……ほらほら、あそこのコンビニで限定発売の「ちゅぱレロくん」がまだ売ってるよ?」
「
尋問と監禁状態から解放されたのは、日本事象面に帰還して一週間ほど後のことだった。
その間に、彼の体重は5キロほど落ちた。
ややコケた
瞳には、いつしか険がやどり、胸には反抗精神と得体の知れない暗い情動が膨らんでいる。
このおかげで女性的な面影は少しばかり退潮し、“やさぐれた”ような雰囲気となって彼自身としては
大作戦をこなしたにもかかわらず『九尾』の階級に特段の変化はなかった。
探査成果が不十分で、なおかつ殉職者が出たからだろうと彼は勝手に解釈している。
そして錬成校は――この“
講義は別室をあたえられ、監視つきの映像授業となり、クラスメイトとの交流は注意ぶかく断たれた。休憩時間に飲みものを買いに行くときも探査院から派遣された
最初に護衛役の紹介をうけたとき、『九尾』はすぐにピンとくる。
――あの晩に会った人だ……。
メゾン・ドールを訪れて『愛香』に手ひどくフられた夜。
そのとき自分をガードした黒メガネ三人チームのうちの一人。
あの夜、メゾン・ドールに入ることを許してくれた人物が、奇しくもふたたび自分の専属な護衛となり“何か”からガードをしてくれる恰好。ウワサでは、その時の行動がアダとなり、三人とも
「……ずっとそうやって
「指令が出ています」
中年、というには少し若い黒メガネは、無表情にそう言いはなった。
「それに――これは
陶器を連想させる冷たい面持ちをしたこの大柄な男は、昼間に見れば、以前の“領収書つき晩メシ”をがっついたな珍妙きわまる二人組とはちがい、全身からある種のスゴみを発している。すこし前、この人物のふとした仕草からスーツが広がり、わきの下に吊られた拳銃のグリップがみえた。
なにか質問しても、最低限の受け答え。あるいは沈黙。
やっぱりボクのせいで処分受けたことを怒ってるんだろうな、と『九尾』は相手のぶっきらぼうな対応を、仕方ないものとして受け入れている。
錬成校には見合わない凸凹コンビとなった彼らが廊下をゆくと、すれちがう生徒たちが距離をおき、あたかも「好奇心は旺盛だが怖じやすい草食動物の群れ」が怖いもの見たさに遠くから眺めるような。しかし、それもはじめの数日だけで、あとは汚いものを避けるように
『牛丼』はもちろん、『
あの『エースマン』に至っては白い目で、どこかよそよそしい雰囲気。
理由を尋ねようにも、黒メガネが他人との会話をゆるしてはくれなかった。もし、これをやぶれば相手ともども
登下校は、黒メガネが運転するリニア駆動ですらないボロいセダン。
あらたに指定された寮に帰ったあとは、部屋の外から鍵をかけられ、コンビニに行くにも護衛を呼ばなければならない。しかも――回数を制限されて。
『九尾』は、あわただしく引っ越しをした今の部屋を見わたした。
四畳半ほどの、なかば独房めいた隔離部屋のふんいき。
窓は――例によって
貞操帯が外されたのでトイレはふつうとなったが、なんと風呂トイレが合体したユニットバス。浴槽は泡風呂ですらなく、そのうえベッドは軍用の
Maison d'orで手配された、都市を眼下にする超高層ホテルのエグゼクティブ・スィート・ルームでの快適な体験と、どうしても比べてしまう。
ジャグジーつきの大きな円形風呂。
革張りの豪華なマッサージ・チェア。
クィーンサイズの温調付きウォーター・ベッド。
ふかふかのガウンと、肌ざわりのよいシルクのランジェリー。
さすがに最後のイメージには(ブルルッ)と頭をふるが、女体化・メス人形奉仕と引き換えだったとはいえ、懐かしく思ってしまうのも事実だった。
――なんか……一気にあつかいが粗末になったような……。
監視も当然予想されるので、おもいきりくつろげないのが何より窮屈だ。
携帯や情報端末は、最初の帰寮で没収され、「男お○どん」めいた部屋には回線はおろか端末もなく、むかしの仲間に連絡も取れない。それどころか拷問から死守したサー『ドラクル』形見のメモリー・ユニットすら、どんなものが入っているのかすら読みだせない現状。
内容が分からない情報を、得体のしれない相手にわたすのはイヤだった。
とくに――あの
明確な
修錬校から帰り、リアルで読むものといえば、講義のノートと教科書・参考書。それに部屋に備え付けの本――
パンツ一丁で、ひび割れたどんぶりから、薄い味のラーメンを晩飯にすすりつつ。
“
――こんな時こそ、
うすいナルトを噛みながら彼は、ひそかに肩を落とす。
あれから、なんの音沙汰もなかった。
やはり、銃撃戦で死亡してしまったのか。
貞操帯は外されて、バイブによる連絡も受けられない。
王宮と探査院のムチャクチャな作戦。
東宮と西ノ宮のあらそい。官僚たちの
ミラ宮廷秘書官のふるまいと、なぞめいた微笑。
黒い牝豹のような、しなやかな気配。高潔さにみちた顔。
白い牙のかわりにPDW。その遊底をうごかし、走り去る最後の姿。
――
尋問を受けたとき、長身のパイプ男から、しきりに訊かれた彼女の名前。
どういう
気を付けろ、と『九尾』は自戒する。
あやつり人形を操作する
『九尾』は古いバクロム装の聖書を手に取った。
『ホスロー』上級大尉の墓参りにも行きたい、と彼はおもう。
雲海探査のまえは、忙しくて――というのは言いワケで“死”に関連する場所に近づきたくなくて――行かなかったのだが、あの謎めいた豪胆な航界士は、思い出深い「慰霊大聖堂」に奉られているという情報を、フトしたことから彼は得ていた。
イスラムか、ペルシャ系のヒトだろうから、本当は“コーラン”なのかなと、彼は
――待てよ?……でもサケ呑んでたよな。んじゃイスラム教徒ではないのか。
なにげなく開いたページをたどれば――。※
*
なんじゃこりゃ、と『九尾』はいったん厚い本を閉じ、適当に他の
*シオンの
眼にて
本をとじ――ひらく。
*求めよ、
尋ねよ、さらば見出されん。
門を
すべて求むる者は得、たづぬるものは見いだし、門をたたく者は開かるるなり。
本をとじ――ひらく。
*
羊の
その果によりて彼らを知るべし。
――ふン。
『九尾』は聖書をかたわらに置き、目を閉じて
錬成校にもどって数日。
彼女は、この時期にしては珍しい転校生を校舎案内していたらしく、ひとけがない廊下でバッタリ出会ったのだ。
彼を見失った護衛役は、遠くの廊下でウロウロとしている――ザマァ。
いきなり彼は二人連れに近づくと、
「『ファッジ』……みんなシカトするんだけど、なんでだよ。なんか“通達”でも回ってるの?ボクを
はぁ?と元は同じクラスだった彼女は、緑の髪をした転校生との会話をやめ、スカートをひるがえして向きなおるや、
「あんたセンパイ見棄てて単独で帰投したクセに――よくもヌケヌケと!」
えっ、といきなり意表をつかれた彼は、怒り顔をした同級生をギョッとした面持ちで見つめた。
「見棄てたって――ダレを?」
「センパイって言えば、一緒に出撃した龍ノ口先輩にキまってるじゃない!」
「え……」
「雲海の探査に
『九尾』は絶句した。
まさか、そんな風に伝わっているとは――それになんで?機密なハズの雲海降下作戦が、いつのまにか公然と知れわたっている……?
「おまけにナニ?その体つき!アナタ謹慎処分中に『
「あれは!――そんなんじゃなくて……」
彼女は髪をうっとおしげに払い、
「ハナシかけないでくれる?……けがらわしい!」
ゴミでも見るような冷たい
転校生をうながし、彼女はその場を去ってゆく。
遠ざかる女子候補生ふたり連れの背中。
自分のアタマを指してクルクルまわす『ファッジ』。
そのとなりで、転校生がチラっと『九尾』の姿を確認するようにふりむいて。
あっけにとられ、呆然と見おくる彼のよこを、廊下をゆく候補生たちがヒソヒソ耳うちしながら通りすぎてゆく。視線にまざる侮蔑を痛いほど感じた『九尾』の中で、もはや馴染みぶかくなった身体の冷えをともなう絶望が、肩から足もとからゆっくりと全身をひろがってゆく……。
――すべてが、ムダだった。
試験にあけくれて、イイ生徒を演じた毎日も。
あのメゾン・ドールの屈辱の日々も。
雲海で先輩を喪った絶望も……。
「そんな。なんでそんなデマを……いったいボクがナニしたって……」
「デマが、なんですと?」
頭上から、お目付役の低い声が降ってきた。
「営倉行きですよ?わたしの目の届かぬ範囲に行かぬように。今回は見のがします。それと――この廊下は通っては
「なぜですか!」
裏切られた思いのまま、ぶすっとした声の『九尾』に、男は廊下の窓から校舎の近くにある小高い丘の連なりを、
「外から丸見えの位置にある」
と、この男はボソリと呟く。
「命がおしけりゃ――わたしの言うとおりにするんですな」
いきなり監視役は『九尾』の首根っこをひっつかみ、廊下を引き返すと階段ホールへ向かわせた。それが、あの葉巻くさい尋問官と尻肉にひびくゴムの警棒。それに良いように
もう知った事か!とのヤケクソな思い。
ある日の午後――。
映像講義を終えた彼は、決意を秘めて視聴覚教室を出た。
トイレのフリでお目付け役の目を盗み、校舎の窓から外へ忍び出る。
内ポケットに入っているのは、『ドラクル』の遺品であるメモリー・ユニット。
目的地は――下級生用・図書館。
電波
監視カメラの守備外から個人ブース・エリアに入れば、こっちのモノだ。
すでに使用予約表をしらべ、図書館に生徒がいない講義時間帯を調べてある。
――あの“上級大佐”のパスで、メモリー・ユニットの中身を確認すれば、あるいは。
脅迫的な使命感とともに、いつかのようにトイレから図書館に入ろうと茂みを回ったときだった。木立の陰から、見なれない制服を着た女子生徒が彼のまえに立ちふさがる。
ながい緑の髪。
うすく化粧を刷いた美人。
大きめの胸と、みじかめのスカート。
そこからのびる、メリハリの効いた黒ストの脚
――まえに『ファッジ』が休み時間中、案内していた転校生だ……。
『九尾』は、なんでこんな講義中の時間帯にと不思議に思いつつも、やぁ、と外交的な笑みを浮かべる。
だが相手は、そんな彼のあいさつなど眼中にない勢いで、いきなりズバリと言い放つ。
「
えっ?とまぬけな微笑のまま、彼は固まる。
つり眼な美少女の手には拳銃“らしきもの”が握られていた。
らしきもの、というのは他でもない。
全体が小さく、やたら不格好で、先端には妙なふくらみが付いている。
――
ギョッとして身構える。
パニクる間もなく彼女は、
「出しとくれやす――そうすれば、命だけは助けてあげますえ?」
「なんで?キミ転校生なんだよね?」
「アンタのために、ワザワザこんな
西ノ宮!と『九尾』は身構える。
「仏サンさぐるンは趣味やおへん――さっさとお出し」
「いったい何でこんなコトするんだ。銃でオドしたりなんかして」
「うっトコの組織がワヤになってもうて。ちっと手柄たてんとアカンのどす」
「きみのところの組織ぃ?ボクになんの関係があるのさ?」
これがなぜか彼女の逆鱗に触れたらしい。
目の上を幾度かヒクつかせたあと、
「……おしゃべりな
相手の銃口が、グッとあがる。
『九尾』は現状を確認しようと、それでも余裕のあるそぶりで、
「またァ。そんなこといって、
缶コーヒーを開けたような音。
灼けた鉄の気配が頬をかすめる。
ミラ中尉を
腹の底が冷えてゆくような、存在の危機感。
アナル・プラグをハメられていない肛門がゆるむ。
――
頭はフル回転。
雲海の、メゾンの、そして過去の様々な知識を総動員して彼は推論する。
『命だけは助ける』とか何とかいっても、そんな気はないんだろう。内ポケットのメモリー・ユニットを手に入れれば、あとは用済みというのが言葉のはしからチラチラと感じられる。
――わざわざ西から来た殺し屋、と言うワケだ……。
じぶんと同い歳くらい?それとも
『オフィーリア』の、『黒猫』の、『ミラ』の。
そしてなにより『ドラクル』の遺志を受け継ぐ
――なら、どうする。武器は?反撃は?手持ちのものでソレっぽいものは?
眼を光らせ、背中から緊張を煮え立たせる『九尾』。
それを見て、この転校生は“殺し
「そう――ええどすナ。アテは気合の入った殿方が好きどすえ?」
チェッ、殺気をよまれたかと彼は心ひそかに警戒する。そして泡立つような頭で、とぼしい可能性を懸命に考えた。だが、いずれの案も思いつくはしから相手の冷たい瞳にあい、
この女子候補生。相当の
※聖書占いですね。