「どうして……ボクが、ここに来ることが分かったの?」
とりあえずの時間かせぎ。
ザッと考えて、いま手持ちで武器になりそうなのは、金属製のボールペンぐらいしか思い浮かばない。ラノベじゃあるまいし銃を手にした相手にはムリゲーだろう。
ハァっ、と女子生徒はため息をつき、腕時計をチラっと見て、
「アンタはんの居場所、
「えっ……どこに?」
『九尾』は自分の制服をタパタパと探った。
それらしきものは、着いていない。
「アホ。そんなモンで見つかりませんわ。それに図書館の予約状況、つねに監視してますからなぁ?カンタンでしたわ」
あとは
どことなく大人びた雰囲気がするのは、この場のイニシアチブを完全に掌握した余裕からだろうか。
冬の終わりの、ガランとした木立ち。
小鳥のさえずりと、落ち葉を焼く匂いがそこにまじって。
黒ネコが一匹、こちらをチラチラ見ながらゆっくりとよぎってゆく。
干した布団を叩くような音。遠くで
これら平和な光景と、目の前で冷然と銃を構える女子生徒とのアンバランスが、心象的にどこか磨りガラスを引っかくような狂気さで。
「さ――時間切れどすな。はよ、しておくれやす」
グイ、と銃が持ち上がる。
「分かったよ……」
背に腹は代えられない。
ブローチを闇に放ったときのように、思い切りメモリーユニットをぶん投げよう。そのすきに相手との間合いをつめて格闘に持ち込む。あとは自分の憑依人格が、何とかしてくれるだろう……。
覚悟を決め、彼は内ポケットからそろそろとユニットを取り出した。
女の瞳が一瞬、
だが、すぐにそれは、鉛色の乾いた目つきになり、
「――ごくろぅはん」
女が銃を持ち上げる。
暗いトンネルが、正確に自分の顔を狙うのを見て『九尾』はパニックになる。
――くそっ!
ユニットをぶん投げるのは諦めた。
近くの茂みに飛び込もうと、ふくらはぎの筋肉に力を溜める。
マイクロセコンドに凝縮された思考が、断片のまま幾千にも浮かんだ。
これが走馬灯と言うヤツか。だが今は、この殺し屋に負けたくないという気持ち。
その――
女子生徒の頭が、いきなり消失した。
後には赤い霧と、舞い散るわずかの肉片……。
たっぷり2秒の
糸の切れた操り人形のように、手足をあらぬ方向にまげ、女子生徒だった
「え”……」
思わず声がでた。
スカートがまくれ上がり、ガーター・ストッキングで包まれた脚の奥。
肌色のショーツに、みるみる濃い濡れ染みが広がって。
――狙撃……!?
素早く中腰になり、あたりを見回す。
だが、死を司る兇手の気配は感じない。
視線を戻し、中腰な姿勢のまま、信じられない展開にボンヤリとする『九尾』は、ちょっと前まで少女だったものを、乾いた視線で眺めやったた。
ズタズタな首の切断面。
食道と気道、それにギザギザとなった頸椎。
白い断層が、あの日の墜落現場でみた死体そっくりに。
こみ上げる吐き気を、プライドを賭けてガマンした秋の始まり。
しかし――。
あれから数か月。
晩冬に見る今回は、体に拒否反応が起きなかった。
胃はむかつきを覚えず、神経にはなんの嫌悪感も感じない。
それどころか、ペトリュス・ボレルなみに視線は精密に死体を犯す。
小鳥はうたい、生命の気配を帯びた土は香り、布団を叩く響きは続いて。
とおくからノンビリと、
彼は、ゆっくりと死体に近づくと、無機質な標本を観るように観察した。
銃を握っていた少女の手は、きれいにピンクのマニキュアがされ、訓練を重ねた痕なのか、人差し指の内側が固くなっているのを発見する。
あおむけのため、いくぶん平らになった胸。
ペンの刺さるポケットには、エンブレム。
――どこの修錬校のものだろう……?
いかにも線香くさい、西ノ宮側らしいデザイン。
なにげなく、『九尾』は死体から胸ポケットのペンを抜いた。
持ち重りのするそれを仔細にみれば、極小の単発銃になっているらしい。
どうやら訓練を受けた“本職”の
顔はフッとばされて分からないが、ひょっとして
無意識にペンを自分の胸ポケットに刺しつつ、彼は
いまは、制服をまとったボロくずのような肉塊。印象は――ただそれだけ。
ふと、足もとに赤い液のついた玉がひとつ転がっている。
おそらく“彼女”のものだろう。
しゃがみこんで、さらによく観察すれば、眼玉は精巧な義眼で、なかに記録用の高精度カメラを内蔵しているらしい。うすい膜を通して、光学機器特有の雰囲気がうかがえる。
拾いあげて、もっとよく見ようと手を伸ばしたその時――。
「
鋭い語気で制止する声がとぶや、近くの茂みから例の護衛が手勢を引きつれて姿をあらわした。男たちは一様に
護衛は配下に声ひくく何ごとか命令すると、彼らはどこかに連絡をとる様子。
やがて護衛は首をふりながら、『九尾』にちかづくと、
パァ……ン!
いきなりの平手打ち。
はずみで彼は横によろけ、力なく尻もちをついた。
だがそれも豊かな尻のおかげで、あまり痛くない。
「フラフラ出歩くなと言ったろう!一歩間違えれば、
死体を指で示し、仁王立ちとなる護衛。
頬をおさえ、横すわりな姿で上半身を起こし、うつ向く『九尾』。
まるでDVを受けた妻が、夫の足もとでナヨナヨと倒れた姿そっくりに。
「キミは周囲にとって触発信管のついた爆弾みたいなもんだぞ!かってな行動は
遠くからパッカー車が、ロー・ギヤのまま、全速で近づいてきた。
やがて、ゴミの臭い一つしない、その古ぼけた車は一団のわきに停まる。
護衛の配下が、女子生徒であったモノの手足を上下からふたりして
回転盤がうなり、バキバキと死骸の骨を砕きながら呑み込んでゆく。
「指令で注意されたコトは、本当だったな……」
路面の冷たさにうながされ、フラフラとイジメられた女のように立ち上がった『九尾』の目のまえで、きれいに整えられた指先をもつ腕が、機械の動きにふるえつつ砕かれ、最後に見えなくなった。
「キミは、地雷という地雷をふむキャラだと。この女のまえに二人、瑞雲校内にモグりこんでた西の
イライラした口調で、男は最後にとどめを刺した。
「この
自分の言葉が残酷に『九尾』の内面精神へ沁みわたるのを十分に待ってから、護衛はアゴで背後のレンガ作りとなっている古風な建物をしめす。
「さ……ホラ。行きたいんだろ?図書館」
パッカー車のテール・ゲートがガラガラと閉められる。
そこには吹き出しに[ゴミは許さないよ!?]と書かれた可愛いうさぎのキャラ。
護衛の配下がひとり、運転席に手をあげた。
了解、の合図にハザードが一回。
少なくとも三人の死体を
ひと気のない図書館は森閑としていた。
以前は高齢の司書がひとり、窓口として常駐していたのだが、書庫で孤独死していたのを機に、経費節減のいみもあり、貸出業務と警備をシステムに移管し、完全に無人となっている。
相変わらず暖房に蒸されたようなカーペットと電子機器の臭い。
護衛は配下にまわりを見張らせ、『九尾』とともに入り口ちかくの室内庭園へと進んだ。雲海戦のまえ。『牛丼』や『
[お勉強は――イイのかよ?]
『早弁』の冷やかし声もいっしょに。
[医療棟だァ?――オ〇ニーだよなァ!Q.B!]
なにも知らなかったあのころ。
ただ座学と実技をこなしていれば良かった平和な時間……。
歩いてゆく途中、カーペットに点々としたシミを見る。
ちょうどSM撮影会で、『タチアナ』が“バービー伍長”をはじめとする下衆な男たちに責められていた場所だ。彼はおもわず自分が腹ばいで
拘束され、みじめに嬲られ、女としての辱めを受けながら、コッソリその様を撮影していた自分を、彼女はどう思っていたのだろうか。
警察に通報しようとした自分を彼女は身を挺して助け、現実を教えてくれた。そしてあの盗撮データは、幸いなことにかつての寮から回収できて、いまも手元にある。
なんとしても“ふさわしい部署”にリークして、下劣なバービー伍長一派をはじめ、あやつり人形を動かす“巨大な手”に
――運がよければ、『タチアナ』をすくえるかもしれない、いや、なんとしても機会を見つけて助けねば。それとも……数か月たった今。もう
強制奴隷化の手術を受け、
高価な愛玩人形となった彼女の姿。
いやらしく女の部位を飾り立てられ、理知的だった彼女の面差しが、洗脳された挙句、トロンと色ボケに、男の精液を貪るだけのミルク人形と化してしまう光景。
――はやく、何とかしないと……。
だが、そのリーク先がまったく見当もつかない。
『ドラクル』のデータ。
そして『タチアナ』の映像記録。
『リヒテル』は――あの得体のしれない上級大佐は、ダメだ。
本能がそう告げている……なぜかは分からないが。
「どうした――座りたまえ」
護衛は『九尾』にラウンジのソファーを示すと、自分はガラスのテーブルを
「死体を見たワリには、意外に
いいコトだ、と護衛は上から目線で
『九尾』は
「なんだ?
「いえ、なんでもありません」
「そうか……身ごなしがヘンだったのでね。心配した」
「あれ?」
「なんだ?」
「今日は、ヤケに話すんですね。いつもはブスッとしてるのに……」
『九尾』の言葉に護衛役は苦笑し、
「実をいうと、私がキミにそっけなかったのは、遠距離盗聴を心配したためでね。校内では規則で親しくできないし、公用車の中にはレコーダーが仕掛けられている。余計な会話をしてキミからボロを引き出したくなかったのだ。電磁処理をされているこの図書館ならば――その心配はない」
男は、今までとは打って変わってくだけた口調で、
「さて――ところで候補生『九尾』。キミにひとつ、吉報がある」
「吉報……ですか」
胡散くさげな顔で『九尾』は相手に対し
現場の人間にしては仕立ての良いスーツ。
ネクタイの趣味も良い。Yシャツも同様。
「ペリカン」の限定ボールペンに、
――けっこう“ボレる”客だ。
の目で、品定めをした『成美』の感覚が、奉仕の段取りを組み立てる。
【準一級】のスィート席。
ビェルシカのヘルプを2人ばかりあてがって。
少年趣味がないなら、フロアのバニーガールさん達を添えてもイイ。
シャンパンは「SALON」を頼めるだろう。
辛らつに考えながら、彼は男から言われたセリフを
テーブルの向こうで眼を光らす少年に、男はフッとみじかく嗤い、
「興味ないのかね?――あぁ、それと。キミが持っているそのデータの読み出しは、諦めたまえ」
いきなりズバリと、この護衛は核心をついた。
「通常の情報リーダーでは読み出せないプロテクトがかかっている。たとえそれを突破したとしても、暗号の羅列だよ」
「……」
「それにおそらく生データを見たとこで、その重要性の判断は、キミにつくまい」
いいかね?こういうことだ、と護衛はテーブルにやや身を乗り出し、
「キミが“彗星Ⅱ”から持ち出したメモリー・ユニット。これをいまだ手もとに置いている事こそが重要なのだ」
「……と、いうと?」
男が得たり、と
思わず反応した『九尾』は(しまった)と唇を噛むが、後の祭りだ。
「ほぅ、ようやく食いついたねぇ?つまり、そのデータが【どこにも行っていない】こと、そして【誰にも解析されていない】ことが、東と西との、そして東の中でも複雑に絡み合う各セクションの
空調機のかすかな音。
いいかげんクタびれたソファーの座り心地の悪さ。
もものウラにかいた汗と、ジットリと凝固する雰囲気。
彼の頭は通常生活でのレヴ・リミッター限界まで高速回転し、言われたことを考える。
1)大前提として、“おおきな手”はいくつもあるようだ。
2)“手”同士は、おそらく
予算か、利権か、影響力にしのぎを削って。
3)そして全ての“手”が、現在の
4)あるいは、メモリー・ユニットが持つ情報。
その性格。また希少度が現在のところ未知数――らしい。
こんな中では、情報のいちばんいい引き取り手をさがすのは――困難……。
――いや、むしろ誰も引き取りたがらないんじゃないのか?
そう考えた彼は「お返し」とばかりゆさぶりをかけた。
手持ちのカードからスペードのエースを相手に差し出すように、
「コレがソレですよ――ホラ」
何気ない手つきでユニットを取り出し、ガラス・テーブルの上にコトリと置いた。
いきなりの反応に、こんどは護衛のほうがギョッとした
しばらく空調機の音だけがながれた。
ややあってから、相手はカスれた声で、
「これが……捜索対象:C5-ユニット65b……」
あえぐような声で言ったあとは動かなくなる。
それを見た『九尾』は切々と、あたかも訴えるように、
「この記録は、ボクとサー『ドラ……先輩が、文字どおり自分を切り刻んで、命をギセイにして持ち帰ったモノです。まっとうな引き取り手を、コイツは望んでいます。護衛さんは、その
『九尾』は相手を
純粋な想いを、彼は視線にこめた。
ウソいつわりのない、ほんとうの回答を。
何のごまかしもない“護衛”ではなく、この男
沈黙があった。
やがて、ドッと護衛はソファーに背を投げた。
「このユニットのために――何人死んだか、知ってるか?」
「……」
「私に言えることは、ただ一つ。
「え”」
「
「ひどい……」
護衛の男はやれやれと首を振って、
「なにがヒドい、だ……ハナシには聞いていたがキミってヤツには驚かされるなァ。こう言っちゃ失礼だが、いままで疫――いや、なんでもない」
うふっ、と『九尾』は
「“疫病神”ですか?ありますよ。ボクにむりやりオッ〇〇と、お〇んこ、付けようとした洗脳・調教係が、たしかそんなコト言ってましたっけ。それにあの店の……」
なぜだかあまり他人には知らせない方がいいような気がしたからだ。
護衛の男は手をヒラヒラと打ち振って、
「……まぁいい、自分の危うい立場が分かったろう。以後は突発的な行動はひかえてくれ――そうそう、話が脱線しすぎて、すっかり忘れるところだったぞ?さっきの吉報の話だ」
男はスーツの前ボタンをかけて姿勢をただし、
「おめでとう、一級航界士候補生・『九尾』。このたびの雲海探査の功績を評価して、宮殿より[金枝付[王賜]翼十字章]の授与が決まった」
ふぅん、と『九尾』は
いまさらナンだぃ、という感じ。
それに何だか、またもや“大きな手”の気配。
「勲章ですか……」
しらけた表情が彼の顔に浮かぶのを看た護衛は、
「どうした。うれしくないのか。翼十字章だぞ?しかも金枝付き、おまけに“王賜”だ。ここ十年がトコは、授与のない勲章だ」
「先輩と――サー『ドラクル』といっしょなら嬉しかったかもしれません。自分だけもらうのは、気が引けます。それになんだか翼十字章なんて現実感がなくて」
「いやいや、もちろんキミの先輩も受章の対象だ」
と護衛は驚いたようにあとをつづけ、
「さらに彼は二階級特進で正式に航界士となることにより、墓所は中央慰霊大聖堂扱いとされた。もうレリーフと遺品は、収められたはずだ」
「え……」
「キミには済まないコトになったが、尋問をうけているあいだに直葬が済んでいるのだ……雲海で行方不明になったものは、葬儀が簡略化されるのが暗黙のきまりでね。このまえのような盛大な慰霊式は特例なんだよ」
――龍ノ口先輩の……サー『ドラクル』の、墓。
なんだか全然ピンとこない。
それよりも『九尾』は、中央慰霊大聖堂といえば、別に行きたいところがあった。そして自分は墓への供物を買う金にすら不自由していることにも思いあたる。
彼は、いくぶんテレながら、
「なんか……
「余禄?」
「お
「なんだ?……いきなり
ハッ、と『九尾』は、次にあることに思いあたり、
「勲章は、
「なんだ?急に」
「殿下の供回りについていた秘書官のことで、ひとつお聞きしたいことが……」
「さて?直々の声掛けは――許されていたかなぁ」
護衛は首を傾げるが、
「――ま、それも行けば分かるだろう……」