【Jean-Baptiste Lully 『Ballet de la nuit』】 をggったあたりで。
You tubeなどで聴きながらお読みください。
19世紀に描かれた“歴史画”とよばれるジャンルの大作。
その大判な絵画とよく似た壮大な光景を『九尾』は目の前にしていた。
豪華、広壮きわまりない宮殿。
古風な衣装にて着飾った、王宮の人びと。
ちがうのは自分がその画面の中に入り込み、勲章だらけの豪奢な殿上服を
大礼服と呼ばれる、仰々しさここに極まれりといったデザインの礼服。
三流校である瑞雲では、いまだかつて誰も纏ったことがない衣装と聞いている。
その暑さと堅苦しさ、なにより重さに耐えつつ、三歩――また三歩。二歩――また二歩。
礼法にのっとり、面を伏せたまま、
うつ向いたまま背後の気配をさぐれば、担当の護衛が部下とともに、これまた随行役の重々しい宮廷服を着せられ剣をささげつつ、
だが、このとき居ならぶ大勢の人びとのなかで、抑えきれぬヒソヒソ声。
(……『成美』?
……『成美』!?
……『成美』!!)
ザワザワとした声が、次第に大きくなってゆく。
――やばい……。
『九尾』は首すじに冷や汗。
もしや“
瑞雲校の仲間たちにバレたらイヤだな、とも思う。
フルチ〇のまま、ステージでドヤ顔する自分を知られるのは、なんとしても。
だが、シモーヌたちの口が軽ければ、もう知れわたっているやもしれない。
そんな彼の
時を同じくして、謁見する広間が述べられた建屋の両隣なる鐘楼から、高らかに澄んだ音が響きだした。
慰霊大聖堂の陰々たる響きとはちがい、明るく、華やかな音色が、冬の名残を雲の形に残す青空に吸い込まれてゆく。
――いけない。集中しなきゃ……。
規定に従い、拝謁者たちは歩みをとめて片膝立ちに平伏する。
「
遠方から、王女の
「苦しゅうない――
王女の静かな声が、儀典用の指向性・音響波にのってやってきた。
あれ、と『九尾』はうつ向いた
――この声は……。
背後につきしたがう随行役を礼法どおりその場に置き去りにして、彼は単身、玉座の前で佇立する王女の御許へとちかづく。
「
おそるおそる顔を上げると……謁見用ドレスをまとった“蘭の王女”のやわらかい微笑。
『九尾』は教わった通り、すぐに顔を伏せてイヤイヤをした。
この礼法に彼は助けられた。
なんとなれば失意の
ふたたび顔を上げろとの老侍従の声。そのたびに、
(なりませぬ!あまりに恐れ多く、お
という大仰な身振り。
決まりどおり、
「
このように声がかかった時には彼も心の準備ができ、失望を注意深く隠すことができるようになっていた。
あいも変わらぬ
柔らかな
「そち、変わらず息災そうじゃの。こたびの帰還、なによりである」
「は、殿下のおかげさまを持ちまして――」
決まり切った向上をのべながら、彼は不意に気づく。
目のまえに威風堂々、佇立する第二王女。
顔は穏やかにほほ笑んでいるが――眼が笑っていなかった。
肩から背後から、厳しい気配をオーラのように煮えたたたせて。
顔つきは以前と同じなのだが、受ける印象が異なるのは……
相手から漂う雰囲気。そこには優しさなどない。
あるのはただ、
冷徹。
峻厳。
荒涼。
尊大。
そして――
『九尾』は、そこにまぎれもない“大きな手”を
妥協のない、数理学的に一本の鋼線めく緊張で成り立つ公式のような。
だが相手は、そんな彼の印象を祓うかのように、いかにも優しげな声音で、
「こたび、そなたに
考え事をしていた『九尾』は一拍おくれる。
「――ハッ!ありがたき……幸せ。御意、
儀典長の合図により、宮殿礼奏隊が祝典序曲を。
王座の奥から、巫女のローブを着た三人の女官があらわれた。
それぞれ
一なるクッション上には、巻紙。
一なるクッション上には、小箱。
演奏が
森、とする中、あけ放たれた大窓のならびから、春の鳥の声が。
巻紙を載せた巫女が老侍従の面前にすすむと、この名誉職の老人は封蝋を折り破り、おもむろに巻紙をひろげて年寄りにしては驚くほどよく響く声で、
・目の前の航界士候補生に[金枝付(王賜)翼十字章]を授けること。
・候補生のうちでこれを授けられるのは
・東宮における吉祥であり、王宮における今後の政務の弥栄を予見させること。
――等々が
やがてふたたび礼奏隊が短く一奏して収まりかえる。
『九尾』は侍従長にうながされ、王女の面前にすすみ出た。
小箱を載せたクッションを捧げ持つ巫女が近づく。
第二王女は、彼だけに聞かせるようなささやき声で、
「サー『ドラクル』のことは残念でした……貴殿だけでも帰投が
特定シナプス促進波の効果だろうか。
グッ、と『九尾』の胸が圧搾されたように詰まる。
彼は(その手に乗ってタマるか!)と全身全霊をかけて踏みこたえ、
「お言葉を賜り、恐悦至極であります。“
『九尾』の
だが笑っていない目が、仮面の奥からのぞくように彼を観察する。
『九尾』は、まるで丸裸のまま検査機器のまえに立っている心象。
「たくましくなりましたね――
小箱がひらかれ、むっちりと、それでいて象牙のように白々とした手がリボンを広げると、華やかな勲章が下がるその輪を、
首の後ろの重み。
それが『九尾』には、先輩の命と引き換えにして得た重さのような気がして仕方がない。あるいは、ややもすれば「自分だけ還ってきた」という“卑怯者の証”めいた重さにも。断頭台の刃が、自分のうなじにのしかかる印象がうかぶのは、そのせいだろうか。
結びに、長剣を捧げ持つ巫女が近づく。
王女は
冷ややかな
巫女が王女の傍らに下がるのをまち、やがて
「
外象人の古語で叫ぶや、ふたたび礼奏隊の演奏がはじまった。
次の謁見者と入れ替えに、四人の背後で大扉が
「謁見の間」の外で控える大勢の者たちに気づかれぬよう、ヒソヒソ声で、
「汗ビショビショだよぉ……」
「それはこっちも同じだ。候補生『九尾』!」
「まったくキミってヤツぁ、ひとを巻き込まずには
「だが、おかげで先日の失態がチャラになったんだ。文句も言えまい」
最後の一人は、『九尾』が西の工作員におそわれかけた事案が、かえって工作員を
ここには盗聴システムが無いのか、普段ぶっきらぼうな大人たちの口が軽い。
「
「あやうくアリューシャン事象面に
「海霧と寒さにまみれながら、昆布と鰊の漁獲高を報告するだけの日々なんだぞ?わかるか『九尾』クン?しかも暖房手当なしで!」
「まったくな。おまけに水揚げがへったら、コッチの責任になるらしい。そんなに“数字”が欲しけりゃ自分で漁に出てみろと!営業マンじゃあるまいし!!」
護衛たちは口々に文句を言う。
「――さ、この後は園遊会だ。われわれも会場に行って、準備しないと」
最後に『九尾』の身辺を警備する護衛が、配下をひきしめる。
「おエラいさんたちに混じっての警備だ。難しくなるぞ」
配下の二人は、いったんくつろげた首もとをなおしつつ、そのうち片方が、
「知ってるか『九尾』クン」
「なんです?」
「園遊会でな」
「はぁ」
「キミに女神か、ニンフのコスプレをさせて撮影会する予定があるとか」
「――は?」
「キミのファン、なまじ力持っているから、宮殿の儀典部も文句言えないらしい」
えー、と九尾は絶句する。
――また女装ですか……。
『九尾』はゲンナリする。
メゾン・ドールと縁を切って、そういった色モノとは関係が無くなったと思っていた。しかし“成美”という
「西側からも、来賓が来ているらしいな。本院の警備連中もピリピリしてる。これもどうやらキミが目当てらしい。向こうの大僧正はじめ、
「もー、あっタマきた」
『九尾』はガン!と儀典用
「こーなったら、いっそのコト、バックれちゃいましょう!」
よし!決定!※と加藤武の身ぶりで
勘弁してくれ、と護衛たちのウンザリ顔。
「そうなったら、こんどこそ我々はクビだよ。しかも
春も間近ではあるが、陽が雲にかくれるとまだまだ寒いこともあり、老人たちの体調をきづかって、王宮に隣接する広大な温室庭園での園遊会となる。
それはさながら、ちょっとした「宮廷絵巻」めいて、見る者の眼前に繰り広げられた。
数百人は臨席するだろうか。
制服や礼服、あるいは古風な衣装をまとった人々。
周囲を警戒する騎馬衛士。
手回しオルガンや、風船売り。
道化のジャグリングなども交わって。
子供らはコーギーやテリアといっしょに芝生を駆けまわり、大人たち――とくに高官たちや権勢者は――紅茶茶碗やシャンパンを満たしたフルート・グラス片手に、テラスや
ドレスをまとった老嬢に“引っぱりだこ”となりながら、またもや『九尾』は、アカデミー派の大作絵画に入り込んだ気分を味わう。あるいは20世紀初頭のポショワールか。
おだやかな賛辞と微笑。
女性たちの人気者になった彼を見る、青年紳士たちの
“お行儀”のよい雰囲気に、様々な質問と、当たり障りのない答え。
そして――
あちこちからカメラ越しの視線や、3D撮影機材の気配。
「候補生『九尾』どの――恐れ入りますがまたコチラに……」
民間の権力者や、政府高官、制服組への挨拶と愛想笑いに疲れ果て、いいかげん腹の減ってきた『九尾』が、古風な装束をまとう給仕が捧げ持つトレイから、焼きたてのスコーンをツマもうとしたとき、またもや彼は呼び止められる。
見れば、三段に並んだ宮中の人々が古めかしい大判カメラをまえに、中央を空けて待っているのだった。
しかし、彼は嫌な顔一つせず、園遊会まえに中年の儀典長から鏡をまえにして叩き込まれた“品のある微笑”をうかべ、あちこちからの要求に応える。護衛役の三人は、そんな彼に付かず離れず、さりげなく身辺をガードして。
とくに“西ノ宮の大僧正”が『九尾』にみせた執着ぶりは半端ではなく、彼はいくども礼服の上から、さり気ないそぶりでチソチソを触られる。それを他の者たちまでもが、我も我もと。まるで、ビェルシカに逆戻りしたかと思われるほどに。
蘭の王女は、男たちに貸しでも作るつもりなのか、そんな状態を微笑み混じりに見て見ぬふりで。
酒もひとしきり行きわたり“ご歓談”もたけなわとなったころ、西ノ宮の大僧正から“一風変わった趣向”として、『九尾』に仮装させるという、気まぐれをよそおった提案が出された。
この提案は、着かざった会場の来賓からから拍手喝さいをもって迎えられる。
満座が注視する中、
室内庭園のはずれに設けられた着替え室にゆき、用意された衣装をみたとき、
――あぁ……また……。
脱力が『九尾』の肩に、のしかかってきた。
ビェルシカの奉仕着と変わらない、煽情的な装い。
悪夢の夜会での記憶がフラッシュバックする。
ちょうど、ミラ秘書官の姿を思い出して。
しかし、そんな彼の落胆をよそに、スゴ腕と見えるふたりの着付け係とボディ・メイク担当、それにスタイリストとメーキャップ・アーティストたちは、寄ってたかって『九尾』を『成美』に、いやそれ以上の美女に仕立て上げてしまった。
バイオ・パーツによる人工の
女体を厳しく
からだのあちこちに装着された多種多様な性具。
肌の透けるピンク色薄物をまとい、各種のアクセサリー。
ペディ・キュアを塗られた脚には編み上げサンダルをはかされて。
豊かな赤毛のヘアピースを被せられた上からオリーブの冠。背には短弓。
おまけに喉頭鏡を挿入され、簡易的な手術で、またも声を高音にされてしまう。
「さぁ、お尻を出して?」
「え、あの――また貞操帯を?」
「このヒヒ爺ィの群れに
「自衛のためもあるのよ?なにかあってからでは遅いんだから」
女たちは『九尾』の後ろにアナル・プラグをハメこみ――
前は
最後に品のある化粧を
“彼女”の出来栄えを看たスタイリストたちは声も出ない。
「いいこと?
ココ・シャネルめく初老の監修者が出口に向かう“女神”を呼び止め、耳の後ろに軽く香水をなすりながら、おしまいにひとこと彼に助言を与える。
「
○斗の拳のような
控え室の外では、護衛の三人が所在なげに佇んでいた。いつものメインな一人は、彼に背を向け、どこかに定時連絡をとっている様子。
「――まえを、ゴメンなさい?」
そう言い放ち、配下二人の目前を、堂々と通りすぎる。
やはり。彼等は目の前を通り過ぎる人物が『九尾』だとは気づかない。
その片方が長い口笛で、短い薄物からチラ見えする彼の○○を冷やかして。
男たちの熱い視線を背中にあびつつ、即席の“女神”も、まんざらではない気分。
芝生の上を単身
――温室が園遊会の会場でよかった……。
肌の透ける薄物ごしに、自分の肢体を診て『九尾』は思う。
この格好で外の庭園は、ちょっと寒い。
腕輪。ブレスレット。耳飾に、アンクレット。
これら装具を閑雅に鳴らしつつ、歩みも静々と会場のほうに向かいながら、
――それとも……これも、織り込み済みなのだろうか。
“大きな手”による支配。
逃れようとした者は……どうなる?
第47強行探査グループ・第3大隊。
『ホスロー』上級大尉殿の声が耳に残る。
部隊は“消滅”したと伝えた『カロン』の通信。
もしや、あの探査ユニットも“大きな手”に……。
「いかが致した――そのようなところで」
急に声をかけられ、いつのまにか室内庭園で根を張った大樹の陰で足を止めていた『九尾』は、われに返った。
※オリジナルは、もちろん「よし!分かった!」です。
これも当初の予定にはないパートで難渋しております。
次から次へと作者も知らない登場人物が勝手に……。