「……もう、いいかな」
そんな様子を見て、アルスは中へ入ることに決めた。扉を開けて、キッチンへと踏み入る。幸いなことに彼が現れても、ラングルは寝入ったままだ。
「さて――シスターサラ?」
「……あ、あ」
呼びかけると、弱々しい反応が返ってきた。彼女がこちらを認識できていることを確認したアルスは、言葉を続ける。
「もう、
「は、はい……いけます」
小さく頷いたサラは身を整え、手と手を合わせて祈りの姿勢をとる。そのまますっと目を閉じ、瞑想を始めた。
変化は、すぐに訪れる。
「うっ――くっ――ぐぅっ――あああっ!」
苦悶するシスター。その周囲に、白い“
「おー、いい感じいい感じ」
呑気な声を出すアルスの前で、“何か”が産まれようとしている。“靄”の濃度は増加し続け、物体と呼んでいい代物にまで成り上がる。
ついには、人型の魔物――としか表現できない――存在が現出した。
『お――お――お――?』
人にはとても出せそうにない、不可思議な声を出す“魔物”。奴は自分の身体とその周囲を何度も見回してから、
『まさか――まさか、こんな形で
「そいつはありがとう。そしてさようなら」
『へ?』
こちらに対して何か言ってきた
『あふん♪』
実におかしな断末魔。神父の一撃で、あっさり魔物は消滅したのだった。合掌。
「はい、“淫魔”討伐完了、と」
満足げな笑みを浮かべて、アルスはそう宣言した。
――淫魔。
それは<悪魔>の一種。
人に憑りつき淫らな行動を助長させる、教会が認めた神敵である。
アルス達の使命は、この淫魔の討伐であった。
この家には、旅の途中で立ち寄ったのではない。この場所こそが――正確には、ここの住人たるラングルこそが、彼等の目的だったのだ。
淫魔は<悪魔>の中でも弱い部類で、大した力を持たない。代わりに実体を持たず、通常の手段で倒すことができない存在だ。神への信仰、或いは憑依した人物の殺害によって追い払うことはできるものの、死ぬ訳では無いので結局別の場所で悪事を働き出すだけ。
そこで、シスターサラのような“対魔聖女”が必要となる。彼女は性行為を介して淫魔を己の身に移し替え、実体を与えることができるのだ。そうなってしまえば、後は物理的手段での排除が可能となる。ちょうど今、アルスがやったように。
さらに追記しておくと、“対魔聖女”をはじめとする<悪魔>討伐の使命を負った信徒の存在は秘匿されている。<悪魔>は例外なく高い知能を持っているため、彼等の動きがバレれば逃亡される恐れがあるからだ。
何はともあれ。
こうして神父アルスとシスターサラは、今回の使命を全うしたのであった。
翌朝。
「あー、終わった終わった。神命を果たした後の充実感は格別ですねぇ!」
ニコニコ笑顔のアルスである。昨日はあのままラングル宅で一泊させて貰った。
“あんなこと”があって気まずい思いは勿論あった。しかしその場を去ろうにも、正気に戻ったラングルが気を動転させてしまい、それを宥めねばならなかったのである。
『じ、自分は何と言うことを!! シスターにあのような不埒な真似をしてしまうとは!? あああああ、偉大なる主に、愛する妻に、合わせる顔が無い!!! も、最早、命を絶ってお詫びをするしか――!!』
『落ち着いて下さい! 貴方には淫魔が憑りついていたのです! 全て淫魔のせい! 淫魔のせいですから!!』
とまあ、こんな具合に。アルスにとって、寧ろこちらに費やした体力の方が多かったかもしれない。
「さーて、晴れてフリーになったわけですし?」
神父の青年は、意味深な視線を隣の女性へと送った。
「どうしました?」
首を傾げるサラ。あれだけの痴態を晒しながら、彼女は平然としていた。いつもの冷静な彼女のままだ。その胆力には感服するしかない。
それはそれとして、アルスは顔をにやけさせながらサラへ近づくと、
「いや何ね、今度は僕ともエンジョイして欲しいかなー、なんて――って痛ぁ!?」
すすすっと腰に回そうとした腕を、全力で払いのけられる。割とかなり痛い。
「な、何故に!? ラングルさんの前ではあんなに蕩けていたのに! 僕にもあの雌犬っぷりを見せて下さいよぉ!!」
「本人を前にしてよくそこまで言えますね。とにかく、駄目です」
「そんなあっさりと!? どうしてです! 理由を教えて下さい!」
「理由、ですか?」
そこで、一拍の間が空いた。ふと、彼女の表情が変わっていることに気付く。ラングルの前では最後まで見せることの無かった、魅力的な
サラはアルスに微笑みかけながら、
「――全て、淫魔の仕業なのですよ♪」