「──僕と付き合ってくれ」
「──っ」
「お……?」
どこの学校でも、人気のない場所は愛の告白の人気スポットである。
適当に校内を彷徨いて暇を潰そうとしていた俺は、偶然その場面に遭遇した。
思わず身を隠し、その場面を覗き見る。視界の中には、うちの制服にVネックのスクールセーターを上から着たよくあるスタイルの女子の後ろ姿と、見知った男の顔。
そいつはうちの麻雀部の、男子の部長だった。
「はっ……部長サマが随分と真面目な顔でまぁ……」
端整な顔つきのイケメン。成績優秀で運動神経もよく、先生や周囲からの評価も高く、生徒会長を務め、麻雀部の部長もしている。
まあ、学校の人気者。女子からキャーキャーと黄色い声援を送られ、なんなら告白だってされまくるような男だ。麻雀部の部長ってところも人気の一つ。やっぱ麻雀は国民的競技なだけあって注目度も高く、モテるのだ。
しかし、そいつは俺よりも弱い。校内ランキングじゃ、そいつは3位で、俺は1位。
しかもこの二年間。団体戦にすら参加出来ていないのに、やたらと俺に突っかかってくる負け犬野郎──だと俺は思っていた。
だというのにこんな校舎の裏で女子に告白。インターハイで活躍する。プロになるなんて目標を立てるような奴が、俺よりも弱いにも関わらず、そんなことをしている。
今だから言える──それは“嫉妬”だ。
いや、単純にそれだけって訳でもないが。インターハイに行くって言うくらいなら、練習もまともに参加しない俺なんかに負けてんじゃねーよとか、そんなんじゃ一生掛かっても無理だな、とか何も現実を分かってない態度に苛つきを感じてもいた。
しかし俺は単純にそいつが気に入らなかったので、邪魔してやろうと思った。なので、別にタイミングを計った訳ではないが、俺がそこに進み出たのは、そいつがその女生徒の手首を掴んだ時だった。
「──おいおい、生徒会長にして我が麻雀部の部長サマがこんなところで女子と逢引か? 雑魚の分際で随分と偉くなったもんだな?」
「っ……と、東郷……!?」
その様子は完全にただの輩だ。ニヤニヤと馬鹿にするような笑みを浮かべて部長に近づいていく。部長はこちらを見て驚愕の表情を浮かべると、女生徒から距離を取ってこちらを睨んだ。
「なんでお前が……」
「別に俺がどこにいようと勝手だろうが。雑魚過ぎて毎日練習しないとならないお前と違って、俺は部室に籠もるようなことはしないからな」
「くっ……」
「それで? 告白の続きはどうした? しかも手首まで掴んで、随分と強引だったじゃねぇか。そんなに欲求不満だったのか? くく……ほら、言い返してみろよ。品行方正の生徒会長サマ?」
俺は挑発を繰り返す。当時の俺は随分とイキってた。来るなら来い。挑発で激昂して喧嘩になろうと、それはそれで構わないのだと。
まあ校内だと怖いもの知らずだったからな。お山の大将って奴だ。
しかしお山とはいえ、大将は大将。しかも相手はそこらの凡人よりも、ほんの少しはマシな頭をしてる部長様だってこともあり、殴りかかってくるような愚は犯さない。
「だ、誰にも言うなよ! くそ……!」
「あ……? おい、逃げてんじゃ──」
と、部長は結局、少し焦った様子で、その場から逃げるように立ち去っていった。
俺は拍子抜けする。もうちょっと口で言い返してくるかと思ってたんだがと。
だがこうなるとつまらない。さっさと俺も立ち去るかと踵を返そうとした瞬間、
「あ、ありがとうございますっ!」
「……は?」
背後から、女生徒のお礼を言う声。そういえばいたな、と俺は振り返る。
するとそこにいたのは、
「……っ」
「えっと、男子部の、東郷先輩、ですよね? 私、宇野沢栞って言います。一年生で女子部の。さっきはちょっと困ってて……助けてくれて助かりました」
ハキハキと礼を告げるその宇野沢栞と名乗った女生徒。どうやらうちの麻雀部の女子らしい。
だがそんなことよりも、その栞の可愛さに、俺は驚いていた。
……可愛いな、こいつ……。
なるほど、確かに、告白されるくらいの容姿はしていた。というか、俺が今まで見てきた中じゃ、従姉妹と同じランクに位置する美少女。
あと、胸が大きい。一年生なのに。制服を押し上げるそのたわわな膨らみは、見てるだけなのに股間にかぁっと血が集まるようだった。
麻雀やってると、会場なんかでとんでもない美少女を目にしたりするものだが、うちの部はそれほどでもない──と思っていたが、どうやら一年生にはこんな可愛い子が入ってきたらしい。
ただ、ここで童貞らしい反応を見せる俺ではない。
一応、女子には慣れている。主に従姉妹のせいで。だから俺はこの時も、少し素っ気なく返してしまった。
「……たまたま見かけただけだからな」
「はい。それでも、ありがとうございます」
「おう。……それじゃあな」
「あ、はいっ。その……」
と、俺はさっさとその場から退散する……うん、今思えばこれはこれで童貞っぽいな。
しかし年頃の男子なんてこんなもんだ。いや、本当なら是非仲良くしようとするのだが、俺はこの時、その後輩のおっぱいの揺れを見て半勃ちしてしまったのを隠すので精一杯だった。
学生の頃は荒れていたとはいえ、高校生らしく性への欲求は強かったので、こんなもん。可愛い後輩の、後輩らしからぬその巨乳を見れば、初対面だし、思わず勃起してしまうのも仕方ない。仕方ないったら仕方ないのだ。
それが俺と栞の初めての出会い。俺からすれば、ムカつく奴に絡みに行っただけのどうってことない出来事だが、他者から見れば俺はちょっと怖いかもしれない。だからまぁ、同じ学校で同じ麻雀部とはいえ、交流はなくなるかと思ったのだが、そうはならなかったのだ。
「へぇ、良い雰囲気の店だな」
「あ、はいっ。去年の大会で見て回ってる時に見つけたんです。紅茶やケーキが美味しくて……あっ、奥に自動卓もあるんですよ、ここ」
「お、ならちょうどいいじゃねーか。先輩をぶっ潰してやろうと思ってたところだしな」
「先輩を潰すことの何がちょうどいいんだ。……まぁ、いいけどな。少しは手加減しろよ?」
俺達は、栞に案内されて都内のとある喫茶店に足を踏み入れる。
内装はシックで、おしゃれだが少し大人っぽい。店内の客はまばらで数人程度だが、有名人のサインなんかも飾られていて、知る人ぞ知る店感がある気がする。
とりあえず、席について注文。琉音が最初から雀卓に向かおうとしていたが、首根っこを捕まえて座らせる。まだ早いだろ。少しは落ち着け。
とりあえずケーキと紅茶を頼むと、俺はまずは用件を告げた。
「……栞、琉音。約束破って悪かったな」
「先輩……」
「いきなりかよ……いや、いいけどな。それよか、先輩は大丈夫なのかよ」
まずは謝罪。俺は頭を下げると、栞と琉音がこちらを心配した様子で声を掛けてくれる。俺はその質問にも答えた。
「まぁ、な。とりあえず、コーチでも目指して頑張ってみるつもりだ」
「はぁ? プロには戻らねぇのかよ。色々あんだろ。プロテストとかなんとか」
「戻れたら苦労しねぇんだよ」
「……あっ、そういえば先輩、麻雀を教えるとか、そういう募集してましたね?」
「あー思い出した。それだよそれ。あれもよく分からないんだよな。一日5000円とか……どうなってんだ先輩は」
「うるせぇ。こっちにも色々あんだよ……って、ここのケーキ、マジで美味いな……」
「そうですよねっ。このビターな甘さが美味しくて……私も、暇な時に色々試してるんですけど、ここまでの完成度は中々再現出来なくて……」
お菓子作りが得意な栞は、どうやら今でもその趣味を続けているらしい。
プロ入りと卒業を控えて忙しいだろうにな。俺も食べたことはあるが……栞の作る物はここのケーキと比べてもかなり美味しい。少なくとも、個人的には、栞のお菓子の方が好みである。
だがまぁ、会話の中で俺は言った。少し冗談混じりに、
「お前らも5000円払ったら教えてやっても良いぞ。まぁ、お前らに教えられることなんてもうないだろうけどな。優秀なコーチがいるみたいだし」
「そんなことはないと思います。先輩の教えは……宮永さんのそれとは違いますけど、ちゃんと為になりますから」
「あー……宮永と比べたら駄目だろ。あいつはヤバいからな」
栞が俺をフォローし、琉音もそれに頷くが、そりゃそうだろう。
今の白糸台。俺が卒業した後に入ったそいつは正真正銘の魔物だからな。かなりの美少女だが、役満を決めるのは多分無理。決めに行く途中でこっちがスクリューツモで殺される。何言ってるか分かんねーだろ? 俺も意味不明な事言ってるなって思うが、でも本当なんだ。俺もそうとしか言えない。別に麻雀のルールを逸脱してる訳じゃないんだけど、色んな意味で宮永照ってのはヤバい。どうせ会うことはないだろうからそこまで気にすることはないだろうが。
「俺は直接会ったことはないが、やっぱりヤバいか、宮永照は。俺の従姉妹も、相当危なかったって言ってたしな」
「凄い子だよ。麻雀の実力だけじゃなくて、アドバイスなんかも的確で……お菓子は大好きだけど」
「つっても地区大会じゃ私の方が活躍したけどな!」
「知ってるから大声出すな。──馬鹿みたいな高い手で上がりまくったんだろ?」
「馬鹿みたいって言うんじゃねーよ! やっぱりそこでやるか!?」
「あ、あはは、琉音さん、落ち着いて……」
大声出して席を立ち上がった琉音だが、栞に窘められて席に座る。からかうと面白い奴だが、そろそろ自重しとくか。あんまり言ってると後でめちゃくちゃにされそうだしな。
「……でも、先輩の教え方も上手でしたよ。私、ちゃんと憶えてます。先輩に教えてもらったこと……」
「……そうか」
栞が昔を懐かしむように言う。まあたった二年くらい前の事だが、確かにもの凄く昔に感じてしまう。
それくらい、俺にとっても、色々と思うところのある相手だった。
だが今は、
「……やっぱり、ちょっと打つか」
「お」
「え、いいんですか?」
俺は席を立ち上がり、奥の雀卓へと向かう。俺が受けるとは思っていなかったのか、2人は意外な顔をしたが、
「良いも悪いも、元々そのつもりだ」
なにせ──俺は過去の思いを叶えに来たんだからな。いや、良い言い方だけど、その実は最低。俺って良い話ブレイカーだよな……。
そうして俺は栞と琉音。三人で卓についた。そして、未だに俺と関わろうとする二人を思い、やはり不思議だよなと思う。
昔の俺って相当、今よりもクズだった気がするんだけどなぁ……。
「うーっす」
「!」
「と、東郷……」
「東郷先輩だ……」
部室のドアをぞんざいに開けて中に入ると、どいつもこいつも俺を見て顔を引き攣らせる。
普段から部活をサボり、それでいて校内ランキング1位。傍若無人の振る舞いをする俺に態々近づく奴はいない。同級生ですらそうなのだから、後輩からすれば俺は恐怖の対象でしかないだろう。
ただでさえ白糸台高校の麻雀部はバチバチしてるのにだ。いつにも増して雰囲気はあまりよくなかった。
だが中には俺に話し掛ける奴もいる。それが俺のチームメイトの連中だ。
「──YO! YO! 待ちくたびれたぜブラザー! 調子はどうだ?」
「ああ。実はさっき、道端で200円拾ってな。気分がいいから来てやった。おらボブ。お前にも奢ってやるよ」
「ヒュ~! 百円1枚ならよくあるが2枚も落っこちてたってのかブラザー? そいつはラッキーだ。オレも今日はこっちに来て正解だな。神に感謝しとくぜ」
俺が部室の奥に進むと、途中で首にヘッドホンを掛けた身長190センチくらいのドレッドヘアー、サングラスの黒人ハーフの男子が俺に話しかけてきた。
こいつはまあ、ボブって言って俺の数少ない友人。同級生の同じクラスで、同じ麻雀部。校内ランキングでニ位。同じチーム、“獅子王”で麻雀をやってる男。
見ての通りキャラの濃い奴で、ちょっと変わった奴。それだけに、一年の時から俺に話しかけてきて、気がついたらよくつるんでいる。妙に部の練習をサボる辺りも同じで、たまに二人でどこか遊びに出かけたりするくらいには仲が良い。
だがそれ以外、同じチームの三人はそうでもない。
「せ、先輩、おはようございます!」
「おはようございますっ!」
「っす! おはざいまっす!! どうぞ、先輩!」
「おう。倉橋、池田、小坂。調子はどうだ?」
「倉橋、ば、万全です!」
「池田絶好調です!」
「小坂元気です!!」
「よし、じゃあ池田。ジュース買ってこい。ほら、二百円。俺とボブの分だ」
「はいっ! 行ってきますっ!」
二年の倉橋と池田。一年の小坂。その中からパシリや舎弟が似合うちょっと猫っぽい印象の池田にジュースを買いに行かせる。倉橋はよく知らんが細身の眼鏡を掛けたオタクで、小坂は小柄だが元運動部らしく声が大きくて元気の良い短髪。
麻雀部ってのは、体育会系だ。特にうちは結構上下関係には厳しい。女子はそれほどでもないかもしれないが、男子は運動部ともそれほど変わらない。一応、中堅程度の名門校であれば尚更だ。
優勝を争うような名門校ならそこまで厳しくない可能性もあるが、少なくとも白糸台高校であれば、先輩が来たら何があろうと立ち上がって大きな声で挨拶。大会なんかだと補欠や後輩総出で団体戦メンバーに、その筋の奴らなんじゃないかって思うくらいの挨拶で出迎えたりもする。
それに加え、俺は後輩に怖がられているし、特にその辺りは皆注意している。さっきは練習中だったため、部内の殆どのメンバーはこちらに挨拶することはなかったが、それでもかなりビクビクしていた。
だが直属の後輩であるこいつらはそうはいかない。だがこいつらも、抜けようと思えば抜けられるし、本当のところどう思ってるかは知らないが、基本的に忠実で、練習をサボる俺やボブに対しても何も言わない。
というのも、白糸台高校麻雀部のある特色の所為だろう。
「イェア! これで俺達、チーム“獅子王”も勢揃い! 後はただただ勝つしかない! 俺達無敵の最高チームイェア!」
「つっても面倒だな。調整したらさっさと帰るぞ」
「オーケーブラザー。それなら後でハコ寄らねぇか? 結構良い面子揃ってるYO!」
「あー、行くか。まあ用事済ませてから行くから先行っといてくれ」
「オーケーだブラザー」
「はぁ、はぁ、ジュース買ってきました!」
おう、と俺は後輩からジュースを受け取り、椅子に背中を預けながらそれを飲む。
そうしながら俺は持ってきた紙を後輩に見せてやった。
「ほら、団体戦のオーダーだ。頭に入れとけ」
「「「はい! ありがとうございます!」」」
「といってもいつも通りだなブラザー!」
「いつも通りでいいからな。毎日せこせこと練習してる癖に、インターハイ予選突破どころか、団体戦にすら出れないそこらの雑魚相手にはどうやったって負けはない」
「HAHAHA! 相変わらず辛辣だぜブラザーは!」
手を叩いて大笑いするボブだが、俺の発言とそのやり取りに、他の卓についてる部員。特に三年生から敵意のようなものを感じる──が、直接何かを言う者はいない。
きっと彼らの内心は煮えくり返っているだろう。実際、俺はこう言ったが、中には先程の部長を始め、それほど弱くはない部員だっている。少なくとも、俺のチームの後輩はそれほどランキングも高くないため、個々人の強さで団体戦のメンバーが決まるなら、彼らはもうちょっと大会に出れていただろう。
だが白糸台高校麻雀部のシステムは他の学校とは違う。
部活内で幾つかのチームを作って対抗戦をし、それで勝ったチーム。成績が1位のチームがそのまま団体戦のメンバーとなる方式なのだ。
これは白糸台の伝統である。なんでも、個人で強い5人を集めて団体戦に出るより、仲の良い5人で団体戦に出た方が良い成績を残すことが多々ある──ということらしいが、実際のところはどうだろうな。
ただ実際、麻雀には成績だけでは分からない何かがあるし、オカルトの存在だってある。だからまあ、そこまで間違いではないだろうが、合ってるとも言い難いかもしれない。
少なくとも、うちのチームは仲良しとは程遠い。俺とボブは友人だが、それ以外は部内だけでの関係だ。
だがそれでも、俺は一年の時から団体戦に出場し続けている。それが他の三年生などの部員が腸が煮えくり返ってるだろうと評した理由だ。ちなみにチーム名の“獅子王”は、ボブが考えて俺が修正した。ボブに適当なチーム名を作れって言ったら、ライ○ンキングが良いとふざけたことを言い出したので、漢字に変換して今に至る。いやほんと、修正して良かった。じゃないと俺は今頃、チーム、ライ○ンキングのキャプテンになっているだろう。なんだライ○ンキングのキャプテンって。ム○ァサか? シ○バか? どっちみちネタにされそうだから嫌だ。
だがまぁ、このシステムがあるからこそ、チームに所属する後輩は俺を恐れていながら、それでもなおこのチームに所属することを決めている。嫌なら抜けられるからな。パシリでもなんでもやって、それでもチームに所属するのは、それだけ団体戦に、レギュラーとして大会に参加したいからだ。こいつらも、麻雀部に所属して真剣に大会で成績を残そうと夢見る連中だし、その目的の為なら強い人についていこうとするのは当然だろう。
だからこいつらの忠誠心はちょっとした舎弟並だ。仮に俺とボブが別の奴とチーム組むわ、ってなったら困るからな。ジュースやパンくらい幾らでも買いに行くし、休日に呼び出そうが必ず1時間以内にはやって来る。うん、やっぱ仲良しでもなんでもないな。この制度、止めたほうが良いんじゃね?
「……ま、いいだろ。このまま真面目に練習しとけ」
「「「ご指導ありがとうございました!!」」」
「結構楽しかったな~。──さぁ、ブラザー、ここからはファンキーな時間だ。オレは先に行ってるぜ?」
「意味分かんないけど先に行ってろ。用事を済ませたら行く」
「オーケーブラザー! アデュー!」
相変わらずノリノリで馴れ馴れしい奴だが、正直慣れた。俺はチームのメンバーや部員、ボブと別れ、男子部を後にする。
そして用事……まぁ、用事とは言ったが、単純に気になったから見に行くだけだ。
だから俺は少し歩いて、女子部の部室へ向かったのだが、
「! って、先輩か……」
「よう琉音。そんなところで何してる。負けが込んでブルーなのか?」
「……そうですよ。だから放っておいてください」
ベンチに座る渡辺琉音。二年の後輩の女子を見つけ、適当に話し掛ける。
女子部の補欠である琉音は、負けが込むとよく1人で黄昏れていたりする。別に落ち込んでいる訳ではないが、気持ちを落ち着かせてるのだろう。なんだかんだで熱意はある奴だからな。
そして俺は、そういう琉音は嫌いではない。なんというか、可愛げがあるんだよな、生意気だけど。
「敬語は使わなくていいっつったろ。俺は女子には優しいんだ。あんまり怯えさせるのも悪いしな」
「それだったらそれ相応の扱いをしたらどうなんすか。……というか、一体何の用で……」
「いや何、そっちに……あー……宇野沢栞ってのがいなかったかと思ってな」
「宇野沢栞……ああ、うちの一年っすね。何か用ですか? 呼び出してきましょうか?」
「いやいい。ちょっと気になっただけだからな」
「……? はい。それじゃあ……」
と、琉音との距離を離す──が、正直呼び出してほしかったのがこの時の本音だ。
だがなんだか気恥ずかしい気がして、俺は素っ気なくそう言ってしまったのだ。
だからこそ、俺は女子部の前にたどり着いても、何も出来ずにいた。
「……何しに来たんだ俺は……」
なんだろうな。いや、もっかいあの巨乳が拝みたい。そんな感じか。多分そう。
実際、俺も女と関わりたい年頃であったし、なんとなく足が向いてしまったというのもある。あるが、これじゃあただの追っかけ。ストーカーみたいなもんだ。
だからこそ、俺は少し考えた末にそこから離れることにした。今日は何も考えていないし、間が悪い。男子と女子で練習する時なんかに、さり気なく話しかけるのがいいだろう。
ただ、噂なんかもあるし、怖がって近寄ってこないかもな、とも思う。そう思っている時に、
「あれ? 先輩じゃないですか」
「っ……と、し、栞か」
いきなり眼の前に、目当ての人物が現れたため驚き、しかも心の中で呟いていた名前を口に出してしまったが、もう遅い。しまったと思った時には言葉は出し切っている。馴れ馴れしくはないかと思ったのだが、
「はい。女子部に何か用事ですか?」
「あ、いや……別に、なんとなくだ。足がこっちを向いたから来た」
と、意味不明過ぎる理由を告げてしまう。足がこっちを向いたから来たってなんだよ。いきなり理由もなく校内を徘徊しだす奴ってヤバすぎだろ。とか思って後悔したが、
「……ふふっ、なんですか、それ」
と、栞は口元に手を当ててそんなくだらない事にも笑った。
その時、思わずドキリとする。久し振りに間近で見た女子の、しかも美少女の笑顔だ。
俺はその瞬間、嬉しくなってテンションを上げてしまう。あるだろ? 女子とちょっと良い感じに話せると舞い上がって調子に乗ってノリが良い感じになるやつ。
で、後からなんて馬鹿なこと言ったんだって後悔するやつ。その時の俺はそれだ。
「お、おう……まあ俺は結構気まぐれだからな! ふらふらして何かやることがないか探すんだよ!」
「……? それってボランティアとかってことですか?」
「そういう時もある!」
いや、ない。ボランティアとか、小学生の時に無理矢理やらされたことくらいしかない。
俺がフラフラする時って、大体コンビニとかライブ帰りで深夜徘徊してたり、ボブと調子に乗って騒ぎすぎてたら、地元のヤンキーとか、アングラっぽい雰囲気の大学生とか大人に追いかけられて、数人ボコして、やっぱ多人数は無理なので逃げたりしてる時くらいだ。別にこっちから因縁吹っかけた訳でもないのに、妙に目をつけられるのはなんなんだろな。いやほんと。
「へぇ、先輩ってやっぱり良い人ですね。私の時も助けてくれたし……」
「まぁな……」
いや、あれもあれで、いつも俺に突っかかってくるムカつく奴の告白を失敗させるか、もしくは嫌味でも言ってやろうと思って入っていっただけだ。どうやら栞の話を聞くに、結果的に俺が助けた形になっているが、別にそういうつもりだった訳じゃない。というか、部長断られたんか。ははっ、ざまあーーー!! と内心でメシウマ状態になりながら、俺はその時こう言った。
「……そうだ。せっかく俺がふらふらしてる時に会ったんだ。何か助けてやる」
「え? でも……」
「何かないか? 例えば……あ、麻雀とかどうだ? 一応ちょっとなら教えてやれるぞ? これでも男子の……いや、この学校じゃ1番強いからな。それなりに助けにはなると思うが……どうだ?」
「…………」
震え声。いやほんと、栞、唖然として無言になっちゃったじゃん。まああまりにも突拍子もない提案だもんな。俺ってばすっげー馬鹿。どんな提案だよ。
だがこの時の俺は、まあ、関わりたくてこう言ったんだろう。とりあえず、女子との接点を消したくなくて言った下心だらけの発言。
そんな俺の下心にも気づかず、栞はふっと笑って、
「……ふふ、それじゃあ……先輩、お願いしてもいいですか?」
「お、おう。任せろ」
そんな感じで、俺は栞に麻雀を教えることになった。まぁ、この頃の栞は滅茶苦茶弱かったからな。だから俺でも教えることは出来た。
連絡先を交換し、約束をする。今日は練習もあるから今度、空いた時間にでも麻雀を教えようと。
そうして別れた訳だが……その時から、俺はどうもおかしかった。
「遅いぜブラザー! 今日二度目の待ちぼうけを食らうかと思ったぜ! だがまあどっちもギリギリセーフだ! アゲてこうぜ! イェイイェイイェイ!」
「……おお」
電車に乗って都心まで。日の沈んだ東京の街に繰り出す時は、ライブハウスなんかでボブの好きなインディーズバンドのライブに付き合う時や、まあ適当に遊び歩く時か。カラオケとかボウリングとか、普通に学生らしい遊びだ。別に非行に走っていた訳ではない。
まぁ、ライブなんかは俺も好きだし、なんとなくこういう雰囲気が好きな時期だった。ちょっと道を外れてる感と言えばいいのか。真面目に麻雀やら何やらに打ち込んできた頃を考えると落ちたものだが、それでもその時は周囲に流されない自分が嫌いじゃなかった──とまあ、そんなイキってる上に痛い奴だった訳だが、学生時代の黒歴史なんて誰にでも一つくらいはあるだろ? 俺にとってのそれがこれだ。
しかしいつもは楽しいライブも、今日はあまり乗ることは出来ない。
鼓膜に直接振動を与えてくるスピーカー越しの楽器や人の声も、脳裏に浮かぶそれには敵わない。
栞の可愛らしい顔、表情。制服の袖のところは微妙に指先が余るいわゆる萌え袖状態だし、スカートは結構短めで、魅惑の太腿が覗いていて、腰のくびれも女性らしさを感じられて溜息を吐いてしまう。
そして何より、まだ高校一年生だというのに、従姉妹に匹敵するほどの大きな乳房が制服に包まれ、動く度にたゆんっと重そうに揺れる。とても悩ましく、魅力的な膨らみ。そしてまた顔や足。
それを思い出してしまい、俺は上の空だったのだ。
俺の様子をおかしく思い声を掛けてくるボブの言葉もあまり憶えていない。とにかくそのことで頭が一杯だった。
ようやく上の空から回復したのも、回復せざるを得ない状況になってからだった。
「──おいこらぁっ!! ここで何歩いてんだ!! ここは俺達のシマなんだよおおうごらぁ!!」
「舐めてっとぶっ殺すぞ!」
「シャバ僧がガンくれてきやがってよぉ──!」
──と、まあ、如何にもなヤンキー達に気がつけば絡まれていた。……いやほんと、こいつらなんなん? アホなの? 単細胞なの? シマってなんだよ。シマがあったとしてもお前らのじゃねぇよ。自治体か国のものだろ。舐めるとかガンくれてとか、そんくらいでキレて襲いかかってくるなよ。別に俺達は不良でもなんでもないんだから関わらないでほしい。
だがそんなことを言っても聞き届けてくれないのがこういう人達。となれば逃げるしかないのだが、人数が多いとそれはそれでどうするかなってなる。
「おいおいどうするブラザー? 俺達、囲まれちまったぜ? そしてオレの携帯が鳴っちまった。多分、パパからの電話だと思うがどうしたらいい? 嫌な予感が胸をよぎるぜイェア」
「冷静になれボブ」
「……ああ! 情けないぜブラザー。助けてくれヒェア、眼の前の奴らに追われて、もとい、囲まれてるんだ。もう駄目かもしれない、ブラザー」
「二人を裂くように電話が切れるんだな。俺達、電話してないけどな」
「「俺達は──」」
「てめぇら二人で懐かしい歌歌ってんじゃねぇよ!! 状況分かってんのか!? アァ!? ちょっと羨ましいんだよ!」
「HAHAHAHA! 良いツッコミだ! 関西人かYO!」
いや、うん……ついやっちまったけどそんな馬鹿やってる場合じゃないよね。今のおふざけでヤンキー共が完全にやったるぞモードに入ってる。こうなると何を言っても殴りかかってくる。喧嘩が始まる5秒前って感じだ。
ボブなんかは体格が良いし、親の影響で格闘技やってるらしいから割と平気なんだろうが、俺の場合はちょっと不安が残るのだ。
「おいボブ。どこかに棒とか落ちてないか?」
「それなら股間にあるものを使えばいい。オススメだぜイェア」
「こっちの棒は帰ってから使うから駄目だ」
いや、下ネタ言ってる場合じゃないんだよなぁ……。
だが帰ってから使うのは本当だ。自家発電だけど。
今の俺は、とにかく抜きたくてしょうがない。こんなヤンキー共の顔じゃなくて、可愛いあの子のことを考えながら抜いて、そして眠りにつく。
だからこんなところでボコられる訳にはいかないのだ、と俺は周囲を見渡してお目当てのものを探す。すると公園の奥に、なんだろう。山登りに使う時になぜか持っていく太い木の棒を見つけた。あれ、なんで山とかよく行く人は持ってるんだろうな……杖か何かだろうか。
だがまあ、あれならちょうどいいな、と俺は走り出す。
「っと、ちょっとボブ任せた」
「オーケーブラザー! オレのボブ術を見せてやるぜヒェア! でも程々に相手して逃走まっしぐらだYO!」
「っ、待てごらぁ!! ッ──!」
ボブがヤンキーに向かって思い切りショルダータックル。すると吹っ飛ぶ。ヤンキー達がボブに群がる。まあボブは強いけど、あんまり1人でやらせると怪我もするしキツいだろうからさっさと戻らないとね。勝てるかどうかはしんないけど。
だが俺は栞の為に──って、ここの回想いらないな……なんでこの時のことまで思い出したんだ……?
とにかく、俺は明日も栞に会うために、そして友人のボブを助けるために走った。もはやボブがメインな気がするが気の所為だよね?
というわけで次回、栞ちゃんと琉音さんと麻雀。ちょっとアレだけど、別の男に惚れられてるくらいのただの片思いでNTRにすらならないくらいの展開って後々にエロく感じる気がする。特に学生の話とかだとこういうのがメインディッシュの良いスパイスに……あ、もしかしたら夜中に間に合えばもう一話投稿するかも。間に合えばね
皆の熱い感想、待ってる