1年の大半を占める学校や仕事などの用事って、行く前が1番の鬼門だよな。
「はー……眠っ」
長野出張の2日目。ホテルでの朝を迎え、朝食を取って練習の時間までなんとなく部屋で時間を潰してると、ふと眠くなってしまう。
まあこういうのはよくあることだ。不眠症気味ではあるが、眠い時は眠くなる。しかもこういう時に限ってだ。睡眠は基本的にまとめて取りたいのだがそれが中々出来ずにいる。
そしてこういうのが学校や出勤前に起きると辛いよな。ただでさえ面倒だったりするのにすげぇ行きたくなくなるよな。
別に学校は嫌いじゃなかったし、仕事も麻雀という、一応好きを仕事にしてる俺でさえこうなのだから、世のサラリーマンはほんと頭が下がる思いだ。満員電車に乗って30分、1時間、場合によってはそれ以上掛けて通勤するとか、俺なら死んでもやりたくない。
ただまぁ、なんだ。学生の時ならたまーに学校をサボるくらいはやってたし、その時はあまり深くは考えなかったが、大人になるとこういう時間に面倒を思いながらも色々と考えるのだ。
一応仕事だし、責任とかバックレた場合の損失とかとにかく色々考える。そんで、やっぱ行かないとマズいんだよなぁ、って思う。数分か、もしくはもっと短い一瞬で行かないとマズいというのを改めて自覚して、結局時間になると足は仕事場に向いているのだ。
まぁ行けば楽なのだ。後は仕事をこなすのみだし、大人になればなるほど、仕事を上手く、要領よくこなすコツも掴める。もっと言うなら、精神的に我慢や折り合いを付ける方法。楽に思う方法も掴める。
大体は行く直前が鬼門。そこを乗り越えれば後は楽。後はやるべきことをこなしていくだけ。
そして多くの者がおそらく──いや、実際どうなのか分からないが、少なくとも俺が実践している楽になるやり方を教えよう。
それは楽しみを見出すことだ。
ただ仕事にじゃないぞ。別にクソブラック企業の謳い文句のように、仕事にやりがいを、なんてことは言わない。仕事が楽しい、やりがいがあるって言う人間はこういう悩みとは無縁だろうから多分殆ど考えてなさそう。まあ俺も別に仕事が嫌な類の人間ではないが、それでも面倒だと思うこともある。
そういう場合、ポジティブに考える。とりあえず、仕事の休憩に食べる昼食の事を考えたり、終わったらあれをしようこれをしようって考える。
要は仕事以外の楽しみを見出すのだ。そしてそれを得る代償として仕事に行くとでも思えばいい。
まあ他にもっといい方法もあるだろう。先程も言ったが、ちょっとネガティブな方法だと、行かないと大変なことになる。もっと面倒なことになる、と思ってしまえばいいが、それだけだと精神的になんかアレなので個人的にはこれも悪くないと思う。
例えば、だ。俺の場合はほら、今は行けば美少女を惚れさせることが出来るかもしれないだろ? これは動機付けとして結構有用な物の筈だ。
そんなのテメーだけだろバーカ──って思われそうだが、それだけじゃない。今日は例えば、美少女が──福路が弁当を作ってくれる日でもある。
そう考えると凄い気力が湧いてくる。いや、やっぱ女は男にとって1番のやる気の源。モチベーションを高めるのに最も効率の良いものだと言わざるを得ない。
英雄色を好むって言うが、あれって要は異性がそれだけ活力になるってことだと思う。男だろうが女だろうが、己を最も突き動かすものは異性なのだ。
仮に1年間毎日働けば好みの異性とセックス──ないし、付き合えるとすれば、結構な数の人間がこぞって働き出すと思う。
つまり俺が今日も真面目に仕事へ向かうのは性欲──と、一応元プロとしての矜持や大人としての責任感といったところか。
いやぁ、楽しみだよな。なんてったって女の子に弁当作ってもらうんだぜ? ラブコメ漫画でしか見たことない学生時代の夢の1つを俺は叶えられるんだ。
そりゃあやる気も出るよな──と、俺はホテルの部屋を出て、今日も行動を始めた。
──そう、そうやって意気揚々と俺は風越女子高校、麻雀部の部室までやって来た訳だが……。
「キャプテンの弁当を賭けて勝負だ!!」
「……は?」
2日目の練習。昨日練習後のミーティングで久保さんと話した通り、福路と俺でランキング上位の面々と回し打ちをすると部員達が別れたその直後の事だ。
まあ訳の分からないことを池田が言うわけだ。指を差すな指を。自信満々なのもちょっとアホっぽくてイラッとくるな。
一応言ってる内容を噛み砕いて理解し、そして純粋に聞いてやる。息を吐きながら、
「……どうして俺がそんな勝負を……受けるメリットがないな。それに弁当はお前のものじゃない。訳の分からないことを言ってる暇があったら、さっさと席に着け」
「キャプテンの手作り弁当を食べるなんてズルいし! あたしも今日はお弁当を忘れ──持ってきてないから勝ったほうがキャプテンの弁当を手に入れる……ってことに──」
「ならない。アホなのかお前は?」
お前が弁当を忘れてきたとか知らねぇよ池田ァッ!! ただの自業自得じゃねぇか。
「もう……駄目よ華菜。お弁当がないと東郷さんが困るわ。お弁当なら私のを分けて上げるから。ね?」
「そ、それは分かってます。だから、負けてもこれをやる!」
俺が呆れていると、池田はビニール袋から取り出したそれを掲げてみせる。なんか見覚えのあるものだった。というか、
「プロ麻雀せんべい……また鬱陶しいものを……というかそんなに沢山どこから……」
「うちの部員で大量に集めてるのがいたから貰ってきたし!」
いやいや、にしても多すぎだろ……軽く10個以上はある。箱で買ってんのか?
プロ麻雀せんべいというのは、まあ簡単に言えばプロ雀士カード付きのスナック菓子だ。よくある食玩の一種だな。
ポテトチップスが入ってて俺も食ったことはある。が、これを買う奴ってのはポテトチップス目当てではなく、おまけのプロ雀士カードを求めて買っている奴が殆どだ。
その年に活躍したプロ雀士やトッププロ、ルーキーなどを中心に毎年更新されており、レアなカードは中々出にくい。特に特定のレアカードを何枚か集めるとサイン入りカードと交換して貰えるなど、コレクション要素が強いロングセラー商品である。まあマニアやファン向け。学生なんかも買う奴は多いか。
かく言う俺も、学生時代は一時期集めていた……いや、懐かしいな。ある年のスターカードがどうしても欲しくて、後輩を使ってお店のを片っ端から買い漁ったのだ。ボブにも協力してもらい、チーム獅子王総出で街へ繰り出したものだ。あの時の俺達は獅子王っていうか完全にカードゲームに出てくる悪役。グー○ズみたいな感じだった。別に人から奪ったりはしてないけど。
いやほんと懐かしいな。あの時は──
『──全員集合ォ! おら、いくぞお前ら!!』
『フゥーーー!! カード集めの時間だYO!』
『え、えぇ!? 東郷さん、練習はどうするんですか!?』
『うるせぇ!! はやりんの限定スターカードと練習、どっちが大事だと思ってんだ!!』
『ついでにうたたんのが出たらオレが貰ってくYO!』
『う、うぅ……僕も集めてるのに……出たら渡さないといけないなんて……』
『あぁ!? 何か言ったか倉橋ィ!? お前と池田は駅前のスーパーだ! 片っ端から買い占めてこい!!』
『な、なんでもありません……うぅ……』
『お、お金はどうするんですか東郷先輩!?』
『心配しなくても用意してんだよ池田ァッ!! おら、無くすんじゃねーぞ! ちゃんとレシートも取ってこい!』
『東郷先輩! ボブ先輩! 自分はどうすれば……!?』
『小坂ァ!! お前は体力があるからな! 近場のコンビニをダッシュで回ってこい!! おら金だ!』
『りょ、了解です!』
『で、俺達はどうするんだブラザー?』
『俺達は公園で待機してひたすら開封作業だ。ぶっちゃけ買った後はこれが1番面倒だからな』
『えぇ……ずる──』
『何か言ったか池田ァ!? 他のカードはくれてやるし、菓子の方もくれてやるから気合入れろ!』
『ほ、他のカードをくれる……!? と、東郷先輩! それじゃあ僕、野依プロのカードが欲しいです!』
『ま、マジっすか東郷先輩! ポテトチップス全部奢りとかマジ太っ腹っす!!』
『でもまたパシリ……あぁ、でも行長プロのカードは欲しいなぁ……』
『HAHAHA! かつてこれほどチーム獅子王がまとまったことはないぜイェア!』
『よし行け! 街中のカードを買い漁れ! プロ雀士カードは俺達のものだ!』
『おお!!』
──とかこんなことが確かあったな、うん。今思い出すと若干黒歴史だが……。
ともあれ、目当てのカードは手に入ったし、俺にとっては良い思い出だ。はやりさんのスターカードは今も家のホルダーに大事にしまっている。いや、そのスターカードを最初に見た時……ふふ、下品なんですが、愚息がね……ふふふふふ。
まあそんな感じでプロ雀士カードにはそんな思い出がある。そして、俺も1年前は確か収録されていたはずだ。クソみたいな異名がついたのもその時だな。ぶっちゃけレアでも何でもないので価値は低いと思われる。多分ではあるが。まあそれはともかく、
「……いや、お前が食えよ。弁当忘れたんだろ?」
「忘れた──訳じゃないし! これは最初っから……そう! 勝負を挑もうと思って敢えて用意しなかった!」
「ほう、じゃあ朝の段階で福路が弁当を作ってきてるのは知ってた訳か。──どうやって知ったんだ?」
「えっ? あ……あっ、それは……なんか、キャプテンからの、電波が届いたような……?」
「そんな電波を送ったのか?」
「電波ですか? ……そもそも電波ってどうやって送るのかしら……?」
「ほら見ろ。電波の送り方が分からないのに送れる訳ないだろ。……ちょっとズレてるような気はするけど」
「キャプテンが機械音痴なの忘れてた……!」
機械音痴なのか……ああ、でもなんかそう言われてみるとそんな感じもしてくる。
ただ機械音痴といってもどの程度かにも寄るけどな……パソコンの使い方が分からないとか? 携帯が使えない──はさすがに行き過ぎか。気になるからちょっと聞いてみるか。
「福路はSNSとかやってるか?」
「SNS……? あの、すみません。どういう意味か分からないんですが……」
あっ、これは駄目なやつだ。機械っていうか、今の質問はネット寄りだけど、少なくともそういう話題は通じないというのが分かった。
「むっ……キャプテンの連絡先を聞こうったってそうはいかないし!」
「別にそういう訳じゃないんだけどな」
またしても池田が突っかかってくる。うーん、さすがに面倒だな……とはいえ、池田も重点的に見てくれって言われてるから無視や放置も出来ないんだよなぁ……もっと言うなら、遠ざけることも出来ない。
というか久保さんに聞かれてたらまた折檻されるのに良いのか? それとも、それを理解してなお俺に突っかかってきてるのか? だとしたらとんでもなく警戒されてるな。
というか、だ。なんかこの池田は誰かを思い出す。なんか命令したくなるような……あっ、そういえば……。
「……池田。お前、東京に親戚とかいないよな?」
「……? 別にいないけど、なんでそんなこと──はっ!? まさかキャプテンだけじゃなくてあたしまで毒牙に掛けようと……!」
「かけねぇよ。お前が俺の後輩に似てたからもしかしたらって思っただけだ」
「はぁ? 意味分かんないし」
うーん、やっぱあの池田の親戚とかか? どっちでもいいが、微妙に似てるせいでなんだか微妙に腹立つな……後輩にタメ口利かれてる気分。普通の奴ならもっとムカついてるが、ただこいつはタメ口でも妙に可愛げがあるような……なんだろうな、俺が生意気な奴はそんなに嫌いじゃないというか、生意気だけど可愛げがあると許せる気がするから困る。あれだ、琉音に近いか。生意気だけど実は怖がりっていうね。池田は怖がりかは知らないが、そんな感じがする。
「へいへーい! ビビってんのかー!?」
なんかやたらと煽ってくるが、さてどうしようか。後輩とは全く関係ない学生ってのもあってそんなに気にならないんだけどな。とはいえちょっとどうにか大人しくさせないと攻略どころの話じゃない。
「……はぁ、じゃあトップ率高い方が勝ちな。引き分けならなかったことに」
「それでいいし! よーし、燃えてきた! キャプテンの弁当は渡さないからな!」
「もう、華菜ったら……」
さすがの福路も困ってるな。まあなんで池田がここまで対抗心をむき出しにするか分からないのだろう。うん、というか俺も分からない。もしかしてこいつ、福路の事がガチで好きだったりするのか? 今どき、同性愛者は珍しくないからな。それなら納得がいかないこともないが……とはいえそろそろ練習をしないと久保さんが飛んできそうだし、池田のことも真面目に指導しないといけないので午前中は真面目にやるとしよう。
なんか池田。高い手で和了りやすいっぽいし、ここは流しまくってお茶を濁すか。
それに万一トップを取れなくても、この条件なら問題ないのだ。トップ率が高いほうが勝ち、だからな。だがこの卓には、
「ツモです。4000・8000」
「お、親っかぶり……しかも倍満……」
うわ、容赦ねぇ……だがさすが福路。やっぱり池田よりも数段上の腕前だな。
まあ俺と対局する時は必ず福路がいる以上、そして池田は回し打ちであるため、午前中だけだと打てる回数は割と少ないこと。それを考慮すれば、お昼頃には、
「お前との局だとどっちも2位以下だから引き分けだな。というわけでなかったことに。だから弁当は俺のものだ」
「ひ、卑怯だし! キャプテンがいない状態でもういっかい勝負だ!」
「もうお昼休みだから無理だな」
「くっ……キャプテンの弁当をみすみす渡してしまうとは……」
まぁ、こうなる。池田のいない局なら俺が1位になることもあったが、池田のいる局だと福路の活躍もあって池田も俺もトップを取ってないので引き分けで勝負は流れる。福路が池田に差し込むようなことがあれば分からなかったが、それはなかったので俺としては助かった。
というわけで弁当は正統なる所有者である俺のものだ。池田は悔しそうに拳を握っている。そんな池田を見かねて福路が近づいていく。
「もう、華菜? お弁当なら私のを分けて上げるから元気を出して?」
「うっ……それはありがたいんですけど……」
「? 駄目かしら……」
「だ、駄目じゃないです! 貰えるならありがたくいただきます!」
「よかったわ! それじゃあ皆でお弁当にしましょう!」
パン、と手を叩いて丸く収まったことを喜ぶ福路だが、池田は相変わらずこちらを親の仇を見るような目で見ている。警戒のされ方がえぐい。
だがそんなことよりも待ちに待った弁当の時間だ。福路が包みを持ってくる。
「はい東郷さん。お弁当です。お口に合うといいのだけれど……」
「……おう。ありがとな」
福路さんが渡してくれた手作り弁当。なんだかこうやって手渡されると尊さが凄い。新妻みたい。はぁ、嫁にしたい。嫁プレイしたい。
とりあえず、今日は天気が良いので、と中庭に移動するがそこには福路と池田も──
「池田ァッ!! 飯の前に指導だ!! てめェ、あれだけ言ったのにまた失礼な物言いしまくってたみたいだな!?」
「ひぃっ、こ、コーチ!? い、今はちょっと……!」
「問答無用だ!! 大体お前はいつもいつも──」
……池田はコーチに連行されたのでついてこなかった。いや、どうだろう。すぐに復帰する気もするが、とりあえず邪魔者はいなくなった。
とはいえだ。福路と2人きりになったところで、別に何か出来る訳でもないし、今池田がいなくなったところであまり意味はないんだよな。対局中にいなくなってくれるならいいんだが、別に池田がいなくとも他の部員がいるので面倒なことに変わりはない。
「どうでしょう? 男の人だから、多めに作ってみたのだけど……」
「いや……これは美味いな。量もこれくらいでちょうどいいと思う」
「お口にあったのなら良かったですっ」
改めて福路攻略は難しいな、と思いながらベンチで弁当を食べる──が、これはこれで中々に得難い時間というか、なんか付き合ってるみたいで良くないか? というか弁当めっちゃ美味ぇ……なんだこの弁当、弁当に定番のおかずがバランス良く綺麗に配置されてるだけじゃなく、1つ1つの料理のレベルが高い。
なんだろう。別に料理人の料理って訳じゃないが……家庭的な料理、家庭的な味がする。家庭的な女がタイプの俺──いや、別にだみ声ラップはしないぞ。家庭的な女が割と好きなのはマジだけど。
いや、栞もそうだが、料理が美味い女の子良いな、うん。エプロンとか似合いそうなやつ。ちょっとネクタイとか締めてくれないかな。やっぱ新婚プレイが捗りそう。
「福路は料理上手なんだな」
「ありがとうございます。でも好きでやってることで、人よりちょっと慣れてるだけですよ? 美味しいものを食べてもらったら相手も喜ぶし、私も嬉しくなれるので」
笑顔でそう言う福路。好きでやってるってのもポイント高いな。やっぱり面倒見が良いのだろう。
包容力があるというか……そういえば昨日も1年の雑用をしてたな。その辺りも福路の面倒見の良さを現してる。
「1年の代わりに雑用をやってるのも、他人に喜んで貰いたいから、とかか?」
「牌に沢山触れて、麻雀を楽しんでほしいんです。雑用ばかりだと牌に触れない子も出てくるでしょう? それだともったいないので……」
なんだこの子、やっぱ聖人か? 聖女か? 良い奴すぎて眩しいんだが。
なるほど、他の部員や池田が慕うのもよく分かる。真面目にこんなこと言ってる奴がいればそりゃ慕うだろう。それに雑用をやってて自身は麻雀を打つ機会が減るのに、それでもなお部内でトップの実力者なのだから、そりゃ久保さんも福路にはそれほど強く言うことはない。というか、教えることが少ないんだよな、優秀過ぎて。
ぶっちゃけ福路は麻雀のことをかなり理解してるし、後は純粋に腕を高めていくだけだ。近場に魔物やプロでもいれば腕も高めやすいんだが、部内でトップというのがまた難しいところだな。こう言ってはなんだが、自分より弱い奴と打ってもレベルの向上は見込めないし。
とかなんとか、真面目に指導者として考えてみたが、弁当の美味さに考えがかき消される。料理だけならトップクラスというか、いやほんと、この家庭的な優しい味付けがなんとも……、
「──華菜ちゃん到着だしっ!!」
「あら、華菜。大丈夫だった?」
「池田ァ……」
と、福路と2人きりの昼食を楽しんでるところにダッシュで池田が現れる。すごいお邪魔っぷりだな。久保さんに怒られた直後だっていうのに、そのバイタリティは呆れを通り越して感心してしまうほどに。
「へーきですキャプテン──って、ベンチで2人きり!? そうはさせるか! 華菜ちゃんガード!!」
そんな池田は俺と福路を見て表情を驚きに変えると、俺と福路の間に座り込んできた。くそっ、鬱陶しい。せっかく美少女と触れ合ってたってのに……。
「ふっふっふ、これでキャプテンと2人きりは防げたから、後はあたしの持ち前のウザさでかき回せば完璧だし……」
ってふざけんな。聞こえてるぞ池田ァッ!! ウザいって自覚あったのかよ。いやまぁ、確かにこいつあまり人から好かれそうな性格ではないな……俺が言えたことでもないけど。
そういえば俺の後輩の池田も、俺の前では大人しかったが、同学年や後輩相手だと割とウザ絡みする奴だと聞いた憶えが……やっぱり従姉妹じゃないか? 遠い親戚とか。共通点が多くてそうとしか思えない。
「ふふふ、はい。華菜の分もちゃんと残してあるわ」
「わぁ、ありがとうございますキャプテン! いただきます! はぐ、んぐ、はむ……!」
福路の弁当を分けてもらった池田が頭に耳が出るような勢いで弁当に齧りつく。やっぱこいつ猫っぽいな……アホっぽいし……福路はその食べっぷりにニコニコしているが、俺は何とも言えない気分でそれを見る。
弁当を食べ進め、完食すると、
「ごちそうさま。美味かった」
「お粗末様です。お茶をどうぞ」
「気が利くな。貰おう」
「にゃっ!? あたしを挟んでもお茶の受け渡しを!?」
「いいからお前は早く食べろ……昼休み、後5分しかないぞ」
「えっ、嘘!?」
「嘘だ。そんな訳ないだろ。落ち着いて良く噛んで食ってろよ」
「だ、騙したな!? くっ……やっぱり悪い男だ……」
水筒のお茶を飲みながら池田の恨み節を無視する。たまには仕返ししとかないとな。なんか舐められまくってるし、こんくらいは許されるだろ。むせてしまえ。
だが……はぁ、こんな池田も一応は見てやらないといけないってのがな。午後の練習では福路に役満直撃を狙いたいが、相変わらず池田が俺を狙ってくるだろうし……こう、どうにか確執を取り除いてその妨害も取り除きたいのだが……。
どうにかして真面目になってもらうとかか? ぶっちゃけ池田が真面目になる方法とか、俺がいなくなるか……あるいは別のことで火を点けさせるとかか。
なんだろう。ライバルのことで煽ったりしてみればいいか? 例えばだ──
「……それより、そろそろ真面目に練習しろよ、池田。そんなんじゃあ、全国どころか地区予選で苦労するぞ」
「っ……そ、そんなの、言われなくても……分かってるし……」
お、ちょっと効いた。やっぱその辺りは効果があるというか、自分でも分かってるのか。
ならもうちょっと焚き付けてやろう。池田はメンタルを鍛えるのが強くなるのに最も良い手だからな。多分。だから別にこれは池田を大人しくさせるためじゃなくて、池田の成長を促すためにやるのだ。決して福路攻略の為の足がかりという訳ではない。
俺は厳しい口調で言う。敢えて、不安を煽るように、
「いや、分かってないな。お前は今年も──あの、天江衣と対戦する可能性がある。それをちゃんと分かってるのか?」
「っ……」
その名を出してやると、池田が分かりやすいくらいに怯えた。分かりやすいくらいの恐怖を感じてる。だがまあそうだろう。俺はその理由を知っている。
何故なら調べたからな。去年、インターハイ長野県予選の決勝で、風越女子高校が龍門渕高校と対戦したことを。
団体戦のメンバーに1年の時から選ばれていた池田は、同じ1年だった龍門渕高校の大将、天江衣と対戦し、倍満を振り込んで敗北した。
まあ言葉にすれば大した事なさそうに見えるが、魔物と対戦して、なおかつ振り込んで敗北ってのは、周りから見る以上にトラウマを抱えていたりするものだ。団体戦であれば尚更。個人戦であれば自分1人が負けるだけで済むが、団体戦であればチームの仲間全員の夢が絶たれる訳で、1年が背負い込むには重すぎるものだろう。
だからまぁ、池田もそうなんじゃないかって思ったが、やはりそうらしい。
だがしかし……発破をかけてやろうと思ったが、なんか怯えまくってるし、逆効果にもなり得るか? ぶっちゃけ池田みたいなやつはそれを乗り越えたら妙に爆発力があるというか、強くなりそうな予感もするんだが……まあ俺は別に風越に思い入れがある訳じゃないし、強い方が勝てばいいと思うが、指導しに来てる以上は一応それっぽいことをしないといけないしな。
とりあえず言っておこうかと、
「今のままじゃ勝てない。今よりちょっと強くなっただけでも勝てないぞ? あれはおそらく──“魔物”だからな。それでも勝とうと思うなら、お前も一皮剥けないといけない」
「っ……だから練習をして──」
「なのに昨日今日とお前は練習に身が入ってないな? 俺を目の敵にするのはまだいいが、それで集中を乱して結果が出ていないなら意味がないな。俺くらい倒せないと天江衣には絶対勝てないぞ? お前は今年も去年と同じことを繰り返すつもりか?」
うーん、なんというブーメラン。邪な考えでここにいる俺に言えたことじゃないな。
ただ俺ぐらい簡単に倒せないと天江衣に勝てないのは本当だし、言ってることは間違いじゃないと思う。俺が言うとなんか説得力がないように聞こえるってだけ。
ただまぁ、これだけ言えば怒って奮起するか、もしくは逆に──
「……そんなの……そんなの、お前に言われなくても分かってるし!!」
「華菜!?」
「この場では逃げてもいいが、練習にはちゃんと来いよ」
「っ……うっ、くぅ……」
声を張り上げてベンチから立ち上がった池田にそうやって声を掛けると、池田は半べそを掻きながらその場から走って立ち去っていった。
福路がそれを心配そうに見たが……なんか、さすがに厳しすぎたか? これだと福路からの印象も悪くなるかも……。
ぶっちゃけ池田を強くする義務は……いやまぁ、久保さんから頼まれてはいるとはいえ、そこまでやる必要はない気がする。精神を鍛えるには精神攻撃だよなと追い詰めてみたが、追い詰めすぎたかもしれない。
とんでもなく気まずい空気がその場に流れるし……いやどうしよう。とりあえずもう立ち去るか。
「……弁当、ありがとな。俺はもう部室に戻る」
「あっ、はい……その、東郷さん……」
「少し強く言い過ぎたか。悪いな、部員を虐めてしまって。後で池田にも──」
「……いえ、東郷さんが華菜と……風越のことを真剣に考えてくれてるのは分かっています。そんな東郷さんを責めることは、私には出来ません」
えっ。いや、別にそういう訳じゃないんだけど……。
むしろお前のことしか考えてないけど? って言ったらさすがに幻滅されそうだから言わない。言わないが、そうやって勘違いされるのもなんとも言えないな。敢えて訂正する必要もないから黙ってるけど。
「午後の練習もよろしくお願いしますね? 私はちょっと、華菜の様子を見てから部室に戻りますから、東郷さんはお先に……」
「……ああ、分かった。それじゃあな」
と、池田が走っていった方へと小走りで向かう福路。やっぱ部員思いというか、面倒見が良いな。
福路からの印象が悪くなっていないのは僥倖だが、なんというか、これはこれで面倒くさそうな気配がするな……池田が覚醒したらどうしよう。それはそれで福路に役満をぶち当てるのが難しく……って、そうだ。仮に池田が今強くなったりしたら俺が困るな……。
というか池田が練習に来なかったらどうしよう。久保さんになんて言えばいいかな。あの人、池田がお気に入りだし、自分以外が虐めると怒りそうだから本気で、東郷ォッ!! される覚悟もしておくか。うん……これ失敗だったかもしれない。
俺は自分のしたことに若干の後悔を抱えながら部室へと足を向けた。
キャップ攻略の為にまずは池田を大人しくさせようとしたらこうなったでござるの巻。結果はどうなるか。これの結果によっては……(不穏) あー、早くエロエロ書きたい
皆の熱い感想、待ってる