※この作品はR-18です。

役満で上がると惚れられる   作:黒岩

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峰の上に咲く花

『──スコアを毎回プラマイゼロに調整? どういうことですか?』

 

「そのままの意味だ。簡単に説明すると……そういうことが出来る奴が今指導に来てる学校にいるんだよ」

 

 朝。旅館の部屋で俺は電話越しの相手にそう説明する。

 机の上にスピーカー状態で置かれたスマホ。画面に映る名前は戒能良子。俺の従姉妹であり女でもある若手トッププロだ。

 良子は俺の言葉を聞いて再度意味を聞いてくる。俺が補足してやると良子は少し間をおいて答えた。

 

『それは……本当だとしたらすっげーモンスターですね……』

 

「だろ? 何でも、麻雀打つと自然とそうなるらしい」

 

『無意識でそんなことを……? 何があったらそんな手加減みたいな──』

 

 と、そこまで言って良子はハッとしたように言葉を止める。俺はパソコンを操作する手を止めてスマホに目を向けた。

 

「どうした?」

 

『あ、いえ……何か事情があるかもしれないと……失礼なことを言いかけたのでお口をクローズしました。すみません』

 

「……いや、別にいいけどな。俺に謝られても……まあ事情があるのは確かみたいだが」

 

『そうですか。あ、言う必要はないですよ』

 

 良子の気遣いの声を聞きながら俺は溜息をつく。俺の方はそれを昨日、戻ってきた和から聞いた。厳密にはずぶ濡れだったので家まで送り届ける車中でだが。

 何でも、子供の頃にお年玉を親に巻き上げられないように覚えたらしいが……単純に勝つのではない辺り、勝ったら怒られるとかそんな感じかと考察出来る。つーか親は何してんだ……要は家族で正月とかにお年玉賭けて麻雀してたってことなんだろうが、普通に酷くて呆れてしまう。やることがセコいというかちゃっちいというか……子供にとってお年玉って結構大事なもんだろうし、普通に駄目だろ。俺はお年玉のことで悩んだことなんてないから知らねぇけど、一般的には虐待みたいなもんだ。

 俺はそのことを思って、しかし気を取り直して聞くことにする。

 

「ま、そいつの事情はいいとしてだ。良子はやろうと思えば出来るか? プラマイゼロ」

 

『プラマイゼロですか……試したことがないので未知数ですが……やるなら最初に和了って30000点前後に、プラマイゼロにしてから後は聴牌させないように色々呼び出してシャットアウトすればなんとか……』

 

「出来んのかよ、おい」

 

 さすがプロきってのオカルト雀士。まあだから連絡してるんだけどな。良子はほんと色々出来るし……支配系だろうが能力無効化だろうが割と何でもありだ。

 

『でもある程度実力差がある前提ですね。それに、それでも毎回プラマイゼロは私もちょっと……』

 

「……だよな。普通は無理だ」

 

『ましてや学生でそれをやってのけるレベルだと……全国でもトップクラスのモンスターですね』

 

「しかもそいつの名字がまさかの“宮永”なんだが……どう思う?」

 

『物凄くヘビーな冗談ですね……宮永照のシスターか何かですか?』

 

「ちょうどさっきまでそれを調べてた。だが、そういう情報はどこにもないな。そもそも家族の話がほぼ載ってない」

 

 と、俺はパソコンを操作して最小化状態にしていたブラウザを画面に表示する。そこには先程まで調べていた宮永照の記事などが幾つか開かれているが……言ったように、そういう情報はない。

 言わずとしれたインターハイチャンピオン。白糸台高校団体戦2連覇の立役者である宮永照。その親族が宮永咲なのではないかと俺は思っていた。

 昨日の闘牌に名字。それによく見れば似てるしな。割とありえると思っている。

 生憎とそれを決定づける情報は無かったが、逆にそれが家族である可能性を残している。

 そもそも宮永照はインタビューなどでも家族のことを殆ど喋っていない。学生の有名選手なんて家族の話が出ることも珍しくないのにな。というかインタビューでも聞かれる。聞かれたことがあるから分かるし……もし何か事情があって話したくないという可能性も大いにありえる。

 つい数ヶ月前まで白糸台に通っていて、同じチーム虎姫として面識のある栞にもそれとなく聞いてみたが、どうやら向こうも家族のことは知らないらしく、もっと言うなら他のチームメイトも知らないだろうとのことだ。

 別にそのことを弄ってどうこうするつもりもないし、深入りするつもりもないが、姉妹であることくらいは聞いてもいいのか。……難しいところだな。

 

「……まあとにかく、今日は後で打ってみようと思ってる。さすがに気になるからな」

 

『私も機会があれば見てみたかったですが……』

 

「まあひょっとしたらインターハイとかで見れるんじゃないか?」

 

『それに期待しておきましょう。……ところで今は私、風呂上がりで全裸なのですがどう思います?』

 

「脈絡のない全裸カミングアウトに困惑してるが?」

 

『興奮しませんか?』

 

「服着ろバカ。風邪引くぞ」

 

 興奮するというよりか、気の抜ける発言を聞いて溜息が漏れる。……そうか……今良子は全裸か……いや、これっぽっちも興奮してないけどな。うん。でも風呂上がりならバスタオル1枚とかの方が……。

 

『……今、想像しました?』

 

「……してない」

 

『そうですか。ではそういうことにしておきましょう。ではまた』

 

「……ああ、またな」

 

 スピーカー越しに軽い笑みの声に眉をひそめながら別れを告げる。くっ、見透かされてやがる……! このオカルト娘め……。

 しかし良子は他の俺の女と比べると割と落ち着いてるというか、喋ってる感じは昔と全然変わらんな……オカルトで惚れさせる前もこんな感じだったし。強いて言うならちょっとだけ俺のことをからかってくる頻度が増えたくらいか。それでも以前と殆ど一緒だけどな。

 まあそれは良いとしてだ。そろそろ一度出るか。まだ早朝で学校すら始まる前だが、今日は和が俺に弁当を作ってきてくれるらしいので朝に会うことになっている。昨日、チャットで約束した。……ただまあ、和は精神的にちょっと困惑気味というか、昨日の宮永のプラマイゼロに頭を悩ませてるみたいで色々とそのことで相談──というほどでもないが、ちょっと話をした。おそらく今日もその話は避けられないだろうな。

 

 ──そう思いながら車を出して清澄へ。正確には和との待ち合わせ場所に行けば案の定と言うべきか。

 

「おはようございます、仁さん」

 

「おはよう和。……おっ、それが弁当か?」

 

「はい……お、お口に合うか分かりませんが……是非食べてください」

 

「ん、ありがとな」

 

 俺が和の持つバスケットをお礼と共に受け取ると、和は顔を赤くしながらコクリと頷いた。今日も可愛いな。弁当の中身は多分サンドイッチとかそんなところか? 態々弁当を作ってきてくれるなんて和も中々に嫁力が高い。ただ俺の女には栞、それと美穂子という嫁力がほぼカンストしてる2人がいるからそっち方面で勝負するのは分が悪そうだ。いや、何人いてもいいんだけどね。謎の勝負を脳内で勃発させてしまった。

 

「……あの、東郷さん」

 

「? どうした?」

 

「昨日の宮永さんの……プラマイゼロ。東郷さんなら同じこと、出来ますか?」

 

 俺が脳内で思考していると和がそんなことを聞いてくる。その答えは分かりきってるな。

 

「無理だな。俺にはそういう力はない」

 

「そういう力……? あの、それはどういう意味ですか?」

 

「和にもそのうち分かる。なんというか……宮永のアレは結構特殊なんだ。プロでも出来る奴はそういない」

 

「そう、ですか……プロでも……」

 

 和が真剣な表情で何かを考えている。うん、まあ無理だよな。だって宮永のプラマイゼロ、どう考えてもオカルトだし。単純に上手い奴が技術でどうにかなるものでもない。

 和や他の連中にもオカルトのことを告げてもいいんだが、こういうのって知らない奴に言うとウケが悪いというか、和なんかは特に否定的だし、俺が言っても信じるか? いやまあ惚れてる俺が言うなら多少は信じるかもしれないが……まあ教えるならタイミングを考える必要がある。

 後、オカルトってあんまり広めすぎるのは良くなかったりするからな……オカルト持ちもそういうのは大体隠す。偶然って体を装うものだ。だから俺も気を使う。

 そしてプロでも出来ないと聞いて何故か気落ちしたっぽい和に俺は言ってやる。オカルトのことではないが、

 

「……でもまあ、太刀打ち出来ないことはない」

 

「え?」

 

 和がぽかんと呆気に取られた表情になる。それに俺は苦笑しながら、

 

「ま、俺が敵うかはまた別問題だけどな」

 

 そう嘯き、和に別れを告げ、俺は放課後へ向けての準備を進めることにした。

 

 

 

 

 

「──待ち人来たるー」

 

 ──放課後。

 俺は部室でその時が来るのを待ち続けていた。

 しばらくはパソコンでネット麻雀をする須賀を教えていたが、少しして竹井が宮永を連れて部室に現れる。

 

「あっ……」

 

「…………」

 

 その瞬間、和と宮永の目が合い、どちらも僅かに気まずそうな顔をした。

 ……さてまあ、本当に来た訳だが……竹井の奴、一体どんな手を使ったんだ? 

 昨日の放課後の時点で、私に任せといて、と言うので任せたのはいいが、和から宮永が麻雀はあまり好きじゃないとも聞いていたので来るかどうかは半々だと思っていたんだが……。

 まあそれは良いだろう。とりあえず、宮永がもう一度やってきた。

 つまりは麻雀を打つということだ。──実際に、竹井が須賀に片岡を呼ぶように言いつけ、染谷と和を加えて4人を集める。

 

「この4人で2回戦戦って」

 

「あれ、会長や東郷さんはやらないんですか?」

 

「ふふ、私が入ったら皆トンじゃうでしょ」

 

「言ってんさい」

 

 竹井の調子づいた発言に染谷がツッコミを入れる。いやまあどうだろうな。でも確かに初見だと竹井の悪待ちが通用する可能性もあるか。

 もっとも、俺の方は──、

 

「それと、東郷さんはまだ早いわ。後のお楽しみってことで」

 

「……あまり持ち上げるなよ」

 

 全く、俺も随分と偉くなったもんだな。オカルト持ち相手に真打ち扱いとは。

 だがまあ、俺の見立てでは……この宮永はまだ……。

 

「今回は東風戦の赤4枚ね」

 

「やた」

 

 俺が思考する中、竹井が追加のルールを告げる。それを聞いた皆の反応は分かりやすく、片岡は露骨に喜び、和と宮永は驚いた表情を見せた。

 

「東風戦の赤4枚……つまり、いつもは南場までやるところを東場まで。しかもドラが8枚で……いつもより運要素が高め……ってことで合ってますか?」

 

「そうよ。それで25000点の30000点返しね」

 

「お、犬ぅ! よく知ってたな! 褒めてつかわすじぇ!」

 

「お、おう。って、別に褒めてもらう必要ねーっつうの!」

 

 須賀がルールを口に出して確認したことで、片岡といつものやり取りをするが……須賀もちゃんと勉強してるようで何よりだな。

 まあ、麻雀を高校から始めて麻雀歴はまだ1か月半。教えれば教えるだけ着実に伸びるため、ある意味、この中で一番伸びしろが期待出来る部員でもある。

 県予選個人戦までは一ヶ月弱あるし、男子のレベル。それも特に激戦区という訳でもない長野県であることを考えるとワンチャンなくもないか……? このままちゃんと練習し続ければだが。気分は栄冠ナ○ン。育成シミュレーションゲームである。

 まあ須賀のことは今は置いておくとして、早速対局が始まる。和の顔が明らかに昨日と違うというか、目元がキリッとしていて、明らかに本気モードって感じだ。

 ただ和の本来の強さを考えると、そうやって気負うよりも自然体で淡々と打った方が良い気がする。

 

「──ドーン! 立直一発ツモドラ3、18000!」

 

 とかなんとか考えながら見ていたら、早速片岡が二巡目立直からの親の跳満ツモ。東一局の親だけあっていつもの片岡って感じだ。

 

「うお、いきなり……」

 

「相変わらずだな……これが南場まで保てば部内トップで全国でも通用すると思うんだが……」

 

「優希は東場では稼ぐけど、南場では失速して弱くなるものね」

 

「天才だけど集中力が持続しないんだじぇ!」

 

「飽きっぽいの間違いでは……」

 

「それだ!」

 

「それだ、じゃねぇんだよ」

 

 まったく……自覚があるなら少しは頑張ってほしいところだが……ただ、片岡は自分ではそう言うが、集中力の問題かどうかはまた違う気がする。

 というのもこいつ、東風戦を連続でやる場合はスコアが殆ど落ちないため、集中力というより、そういうオカルトじみたものだと考えた方が自然だろう。

 東風戦を2回やるのも半荘戦を1回やるのも変わらないからな。区切りがあるだけで、局数は同じだ。

 片岡を鍛えるならそのオカルトを改良して(出来るかどうかは分からないが)南場まで保たせるか、さらにオカルトを鍛えて東場で相手を飛ばせるようにするか……。

 いや、もしくは片岡は牌効率とか理論はそこまでだし、そこを鍛えて南場を凌ぐ方法でも教えるかだな。

 というか東風戦に限定するなら世界も狙える人材な気がするし、東風戦の世代代表とかA代表でメダルを狙える気も──。

 

「……片岡。タコスのおかわりいるか?」

 

「じょっ!? 急に優しくなったじぇ!」

 

「どうしたんすか東郷さん……?」

 

「む……」

 

 片岡と須賀が俺を見て驚き、そして困惑する。いや須賀……お前、こいつは捕まえておいた方がいいぞ。お前、好かれてるみたいだし、将来は専業主夫も夢ではない。

 俺も優しくしておけばちょっとはおこぼれが……っていうのは冗談だが、将来が期待出来るのは間違いないと思う。

 

「……ロン。8300です」

 

「じょ!? 今染谷先輩が捨てた牌だじぇ!?」

 

「……直撃狙いです」

 

 と、そうこう言ってる内に和が片岡を狙い撃った訳だが……今の、トップだから狙い撃っただけだよな? 俺が片岡に露骨に優しくしたから嫉妬した訳じゃないよな? さっき一瞬、僅かに眉をひそめてたのはいきなり跳満和了られたからだよな? うん……まあ嫉妬なら可愛いけどな。

 

「それだ! 1000点!」

 

「なぬっ」

 

 俺が和からの嫉妬を受け止めていると、片岡が染谷に直撃。まあ明らかに逃げ切りを狙ってるが、東風戦だし、今は片岡のトップ。良い判断ではある。

 ただ次は宮永の親番。プラマイゼロを狙うならそろそろ和了らなければならないが……おっ。

 

「張っとる?」

 

「はい──ロンです」

 

「あっ」

 

「タンピンドラドラ、11600」

 

「イタタ……」

 

 ──おいこら染谷ァッ!! 何あっさり振り込んでんだ! この中で一番麻雀歴長いお前なら今の躱せただろぉ!! 張ってることが分かったならドヤ顔決めてないで用心しろォ! いっちょ前に様子見してんじゃねぇぞォ! ……ふぅ。思わず久保コーチインストールしてしまった。これは池田限定の技で他の奴にやってはいけない……ことはないな。ただ久保さんがこの場にいたらマジで言いそうではある。

 

「プラマイゼロは29600点から30500点の僅かな範囲だけ」

 

「えっと……100の位を五捨六入でしたっけ」

 

「そうだ須賀。だから、宮永は100点差で今は+1。プラマイゼロにするには点数を捨てなきゃならない」

 

 京太郎が頭を掻きながら自信が無さそうに言ったため、それに同意して解説する。

 宮永の今の点数は30600点で+1。今のままではプラマイゼロでないため、点棒を自ら失わなければならない。

 ならここで宮永は他家に和了らせるだろう。

 

「ツモ。メンホンツモ中・ドラ1、3000、6000の一本付けじゃあ」

 

 今度は染谷がツモ。これにより、オーラス。点数は片岡が依然トップの32600。3位が和の24200。4位が18700点の染谷で、プラマイゼロを狙う宮永は2位の24500点だ。

 さて、これで宮永がプラマイゼロを狙うためには40符3翻と80符2翻の5200点か、90符2翻の5800点のみ。

 これくらいならオカルトがなくとも絶対に無理とは言い切れないが……。

 

「とりゃっ!」

 

「…………」

 

 ──門前混一聴牌で、片岡からの五筒をスルー。

 これで和了れば5200点だが、トップの片岡からの直取りは逆転トップになるため見逃したか。

 

「…………」

 

 と、続いて和が一巡後に赤五筒を捨てたが当然これもスルーか。

 

「えっと、これは……」

 

「……須賀。1位になると返しがあるだろ」

 

「え? ……あっ、そうか! オカか!」

 

「まぁ、プラマイゼロだけを考えるならどちらも見逃すしかないってことね」

 

 そう。須賀が少し遅めに気づいた麻雀におけるオカという要素が宮永の縛りをキツくしている。

 多くで採用される麻雀の25000点持ちの30000点返し。最後の精算が30000点基準で計算されるため、ゲーム開始時では皆5000点低いことになる。

 なら4人分の5000点はどこに行くのか──これがオカであり、ゲーム終了時に1位に与えられるのである。

 つまり、トップは+20。1位になればそれだけスコアの上では差が発生する。

 プラマイゼロを目指す宮永はこのため片岡から直撃を取ることが出来なかった。和了れば5200点で29700点のプラマイゼロだが、トップにはオカで+20されるため、最終的なスコアは+20になってしまう。

 和の赤ドラで和了ればもっと単純に点数が上がって、満貫。8000点で32500点で2位だが+2になってしまうため和了れないのだ。

 ただこのままではプラマイゼロを達成することは容易に想像出来る……とは限らない。狙いが分かっていれば邪魔することだって可能だ。例えば今、和がやるように、

 

「リーチ」

 

「あ……」

 

 そう──リーチをすれば場にリーチ棒。つまり1000点増えたことになる。つまり、

 

「これって、場に1000点増えたってことですよね?」

 

「そう。こうなるとプラマイゼロに出来るのは4100点から5000点まで。つまり──70符の2翻のみ」

 

 と、俺が考えていたことを京太郎と竹井が口に出す。続けて解説するように、

 

「70符って……」

 

「部の記録を見る限り、70符なんて千局に一回出るかどうか」

 

「役満以上のレアですか……」

 

「それを2翻で作るとなると、もっと難しい」

 

 ……ま、そういうことだな。態々俺が口にすることもない。

 更に言うとすれば、40符3翻の手を今から70符2翻に作り変えるのは至難の技だ。

 ただの70符2翻であれば出ないこともない。さっき竹井は部内だと千局に一回と言ったが、プロの試合で言うともうちょっと出やすくはなる。

 俺も和了ったことがない訳ではない。やるならカンしたり副露したり色々して符をあげないとならないが……ここから間に合わせるとすれば、とりあえず……。

 ──まさかとは思うが……。

 

「っ……!」

 

 瞬間、俺の身体に再び悪寒が走る。

 脳裏によぎった70符2翻に至るとある道筋と、宮永から感じるこの感じ。

 これは……来る。

 

「──カン」

 

「えっ……?」

 

 宮永がツモった西を手牌の暗刻と合わせて暗槓する。

 カンとは同じ牌が4つ集まった時に槓子となり、ドラ表示牌を増やし、王牌と呼ばれる牌山の最後、嶺上牌と呼ばれる牌を取ることが出来る。

 ドラを増やすことになる諸刃の剣ではあるが、暗槓の場合は副露に含まれなかったり、槓子を使って作る役もあるため、上級者向けと言えるカンだが……この場合、宮永の目的はドラを増やすことではないだろう。

 宮永の手が嶺上牌に伸びる。そう、目的は正にそれ。

 現在、宮永は聴牌している。この状態で、嶺上牌が当たり牌であった場合どうなるのか。

 その場合、麻雀において最も珍しいといっても過言ではない役がつく。その役の名前は──

 

「──嶺上開花自摸」

 

 嶺上開花。

 暗槓の場合、牌を他家に晒すことにはなるが、副露にはならず、門前は維持される。

 門前で1翻。嶺上開花で1翻。符計算は副底で20符。二索の単騎待ちと自摸。それぞれ2符で4符。

 更に面子点。ヤオ九牌、暗刻子で8符に暗槓子で……32符。

 これで合計64符。符計算は1の位を切り上げるため、これで──

 

「70符の2翻は、1200、2300」

 

 これで4500点に場のリーチ棒の1000点を合わせて5500点。

 締めて、ちょうど30000点でプラマイゼロだ。

 この結果に和は呆然とし、他の皆が一斉に湧いた。

 当然だろう。この結果は凄まじい。

 今彼女達はプロの試合を目の前で見たに等しい感動を憶えている筈だ。

 ああ、それは正しい。これを見て感嘆の感情を憶えない方がおかしいのだ。

 

「咲ちゃんはまたプラマイゼロ……昨日のを入れて4連続……」

 

 ああ、それは十分凄い。

 ただ──

 

「宮永さん、麻雀は勝利を目指すものよ」

 

「え……」

 

「次は勝つための麻雀を打ってみなさい!」

 

「……わ……わかりました」

 

 竹井がそう発破をかける。

 宮永がそれに戸惑いながらも頷いたことで、皆が再び驚きの声をあげた。

 

「な──わかりましたって……」

 

「うちらに確実に勝てるっちゅうんか!!」

 

「っ……」

 

 片岡と染谷が声をあげる。和は自分のスカートの端を強く掴み、手を震わせていた。

 だが、なおも宮永は言う。

 

「勝つ……って、トップってことですよね。でも──」

 

 困ったような表情で、

 

「プラマイゼロじゃ、トップにはならないですよ?」

 

「────」

 

 その発言に皆がガクッと気勢を削がれる。

 天然とも言える発言だが、それに竹井は考え込み、

 

「……じゃあ、自分は1000点。他の3人は33000点もっている……そう思ってやってみたら?」

 

「はぁ……それをプラマイゼロにするように打てば“勝てる”んですね」

 

 そう提案した。

 すると宮永は少し悩みながらも、視線を鋭くし、

 

「大変そうだ……」

 

 と、呟いた。

 ……なるほど。あくまでプラマイゼロを守るか。

 その後、再び同じ面子での対局が始まるが……俺は複雑な気持ちだった。

 

「──ダブリー、一発ツモ。2000、4000」

 

「そそそーゆーのうちのお株なんですけど!」

 

「積み込みか……ッ!?」

 

「自動卓です……というか、東郷さんの時の方がヤバかったじゃないですか」

 

 京太郎がそんなことを口にするも、俺の思考はそちらには向かない。

 

「ツモ。4000オールです」

 

 和が宮永に負けまいと親番で連荘するが、あくまでも俺は宮永のその闘牌のことを考えていた。

 

「──今日はコレ、和了ってもいいんですよね」

 

 カン、と宮永がオーラスで再び西カンをする。

 それで引いた牌で和了るのは、

 

「ツモ──四暗刻」

 

「や、役満!?」

 

「しかも……また嶺上開花で……」

 

 京太郎と竹井が言う通り、卓では宮永の役満、それも嶺上開花での和了りが出来上がっていた。

 

「私、役満和了ったの初めてだ……いつもはできても崩してたよ……」

 

 宮永がそれで身震いをしている。

 その結果に皆が驚き、俺は顔が強張っていく。

 

「でも勝つって難しいですね。またプラマイゼロになっちゃった」

 

「はぃ? 何言ってますか咲ちゃんは……」

 

「だって今回も原村さんのひとり勝ちじゃないですか」

 

「え……?」

 

 ……ああ、そうだよな。

 

「私は1000点スタートだから2位ですよ?」

 

 宮永の言葉や周囲とのやり取りが頭の中で反復し、自分の中で像を作り上げる。

 

「いやいや宮永さん。1000点と思えって私は言ったけど、実際は全員25000点からよ? フツーに」

 

「え……じゃあ……」

 

「実際の点数はこんなんだじぇ」

 

「あなたの勝ちよ」

 

 ……1つ分かったことがある。

 宮永のプラマイゼロは、本人の調整次第でしかなく、条件付きのオカルトではないということ。

 本人は無意識にプラマイゼロを望んでやっているだけであり、やろうと思えばもっと強力な支配を行うことが出来る。

 でなければ、今のような仮定の話で大幅にプラスになることはない。

 もしそうでないなら、実際の点数は25000点なのだから5000点前後の収支でおさまる筈なのだ。

 ということは宮永は──

 

「咲にも取り柄があったんだな」

 

「しかもまたプラマイゼロにしよったなんて……」

 

「すごいじょ咲ちゃん!」

 

「そう、よくやったぞ」

 

「勝った……私が──」

 

 ……()()()()──。

 

「私が、勝った……!」

 

 宮永が涙ぐみながら喜ぶ。

 ──だが俺は椅子から立ち上がり、卓に向かって近づいた。

 

「! ……東郷さん……?」

 

 和が俺の名を呼んだが、そちらに反応することはなく、俺は後ろから声を掛ける。

 

「……勝利を喜んでいるところ、悪いが……」

 

「えっ……あ──」

 

 宮永の眼が俺を捉える。

 その瞬間、宮永の中に湧いた怯えを感じ取ったが、俺は構わず席に着いた。

 

「──次は俺と打ってもらおうか」

 

 

 

 

 

 ──悔しさで身を震わせ、今にも耐えられずその場から逃げ出してしまいそうなその時。

 私の前を横切ったのは私の愛しい人でした。

 

「あ、あの……あなたは……?」

 

「東郷さん。元プロ雀士よ。今は期間限定で部員の指導をしてもらってるの」

 

 宮永さんが彼の顔を捉え、少し怯えた様子で問いかける。東郷さんが答えるより先に部長が彼の説明をした。

 

「元プロ……って、元プロの人と私が打つんですか……!?」

 

「……嫌なのか?」

 

「い、いえ、そうじゃなくて……私なんかが、勝てる訳が……」

 

 宮永さんは手を顔の前で振り、いやいやと遠慮をする。

 ただ彼は……仁さんは、いつもよりも鋭い表情で言った。

 

「やってみなければ分からないだろう。ほら、後2人入れ」

 

「ん、そいじゃあ……」

 

「のどちゃん、どうするじぇ?」

 

 染谷先輩がそのまま。そしてゆーきが私に向かって声を掛ける。

 私は少し悩んだが、やはりそちらの方が気になり、

 

「……ゆーきに任せます」

 

「ああ、誰でもいい」

 

「それじゃあもう一回行くじぇー!」

 

 仁さんとゆーきがそう言う。

 私は仁さんのその様子が気になったため、対局を遠慮した。

 

「……宮永はさっきみたいに勝ちに来てもいいし、プラマイゼロを目指してもいいぞ」

 

「う……わ、わかりました」

 

「あら、これは面白い勝負になりそうね」

 

 部長が呑気にそう言うが、やはり気になる。いや、気にならないのだろうか。

 どういう訳か、いつもより、彼の雰囲気が違って見える。

 これはなんだろう。普段自分達と打つ時とは違う。

 これがプロとしての顔なのだろうか。

 ……かっこいいです。

 私の顔が熱く彼の知らない一面を発見出来て嬉しく思う。いつもの優しく頼りがいのある男の顔とはまた違う。真剣勝負に臨む大好きな人の顔は身体が熱くなってしまう。

 お腹の下の方がぐるぐると熱を帯びるのを感じる。今日は朝にキスとハグをしたくらいで何もしていないからか、より疼いてしまう。

 

「俺の親番からだな……」

 

 対局が始まり、仁さんと宮永さんの初対局が始まる。

 どちらの方が強いのか。まだ分からないが……私は彼のすぐ横につき、内心で彼を応援する。

 

「──割きて……──に至る……」

 

「……?」

 

 その時、彼が小声で、それこそ隣にいる私に辛うじて聞こえる程度の声で何かを呟いた。

 だがよく聞き取れなかった。彼が真剣であるため、聞き返すことも出来ない。おそらく独り言だろうとは思うけども。

 しかしその次に起きたことは私だけでなく、その場にいる全員を驚かせた。

 

「──立直」

 

「!?」

 

「え……」

 

 一巡目。彼が捨牌を横に向け、リーチ棒を場に出す。

 それは先程宮永さんがやったようなダブル立直。

 まさか2試合連続でダブル立直が起きるとは。凄い偶然だ。

 しかもだ。その次に起きたのは、やはり、

 

「──ツモ」

 

 ツモ宣言。それとともに手牌が晒される。

 だがそれは先程よりも更に、

 

「ダブル立直一発ツモ。三暗刻、ダブ東、ドラ4──12000オール」

 

「っ……!」

 

「い、いきなりじゃのお……」

 

「だからそれこっちのお株だじぇー!?」

 

 皆が驚きを声にする。隣で見ていた私もきっととても驚いた表情を見せていただろう。

 

「と、東郷さんも負けてねぇ……」

 

「さすが元プロ……って言っていいのかしら?」

 

 須賀くんや部長もそんな風に言う。なんだろう。彼が褒められると私まで嬉しくなってしまう。

 恋人が褒められると誇らしいようなこそばゆいような……それと、こっちまで身体が熱くなる。

 

「……一本場だ」

 

 なんにせよこれで仁さんが圧倒的有利。

 そのまま連荘して是非勝ってほしいと思うが──

 

「──立直」

 

「……は……?」

 

「なっ──!?」

 

 だがその矢先。

 再び彼が一巡目に立直。連続でダブル立直。

 ……今度は私も頭が一瞬真っ白になった。

 2連続ダブルリーチなど、どれくらいの確率で起こるものなのだろう。考えてみると凄まじい偶然だが……仁さんならそれでも格好いい。いつもの手堅い隙のない麻雀も好きだが、これはこれで良いものだ。

 そして……まさかと思った時、再びそれは起こる。

 

「──ツモ」

 

「まただじぇー!?」

 

 再びのツモ宣言。ゆーきが卒倒しそうな声をあげる中、仁さんは再び牌を倒し、

 

「ダブル立直一発ツモ。混一色一気通貫、役牌、ドラ2の一本場は──12100オール」

 

「っ……そんな……」

 

 しかもまたしても三倍満。一本場で12100オール。

 これで仁さん以外の3人の点数は僅か900。立直すらかけることが出来ない。

 

「……二本場だ」

 

 ……なんでしょう。

 彼のその雰囲気は私には魅力的に映る。しかしだ。それとはまた別に、こうも思う。

 オカルトや非科学的なものを信じない私だが、その時は珍しくそう思ってしまった。

 今の彼の、その闘牌はかっこいい。かっこいいが──

 

「──立直」

 

「────」

 

 ──いつもと……明らかに違うのだと。

 

「──ツモ。ダブル立直一発、三暗刻、小三元、役牌2、ドラ2……12200オール」

 

 

 

 

 

「ちょっとちょっと! 本気出しすぎよ! そんなんやられたら誰も勝てないじゃない!」

 

「あ……?」

 

 ──俺はその時、ようやく自分に掛けられた声に気づいた。

 

「東郷さん、ヤバいですよそれ!?」

 

「3連続三倍満なんて勝ち目ないじょ!」

 

「やっぱり積み込みか!?」

 

「しかも3連続ダブル立直で一発ツモ……東郷さん、明日死んじゃうんじゃない?」

 

「仁さん……♡」

 

「あれ、のどちゃん?」

 

 気がつけば、俺の周りを清澄高校の部員達が取り囲んでいた。

 そこで俺はようやく自分の状況にも気づく。

 

「……今のは……」

 

「う、うぅ……」

 

 あ……宮永……。

 そうだ。俺は今、三倍満を3回ツモって宮永を……。

 宮永が涙目になって震えている。泣いてはいないだけマシだが、そう言ってはいられない。

 

「わ、悪い……今のは……その、運が良すぎたな……ただの偶然だから気にするな」

 

「……は……はい……」

 

「東郷さんの言う通りよ、宮永さん。あまり気にしちゃ駄目。これでも東郷さん、元プロだしね。本来は負けるのが普通よ」

 

「まあ、4連続プラマイゼロがあればこういう時もあるということじゃけぇ……」

 

「もう今日はめちゃくちゃだじぇ。のどちゃんも様子が変だし……」

 

「えっ……? あ、その、別におかしいことなんてないですっ! ちょっとぼーっとしてただけで……」

 

「まあさすがの咲もプロ相手はやっぱ厳しいかー」

 

 俺の言葉を皆が後押ししてくれる。そりゃそうだろう。今みたいなのは偶然としか思えないからな。

 ただ宮永はどう思うか……。

 

「いえ……あの、気にしないでください……ちょっと……久し振りにこれだけ凹まされてショックだっただけですから……」

 

「……そうか」

 

 これ以上謝るのもおかしいだろうと俺は頷くだけに留める。罪悪感は消えてくれなかったものの、宮永はそこまで落ち込んではいないようだ。

 

「……ま、これで勝つ喜びも負ける悔しさも分かったってことで宮永さん」

 

「は、はい?」

 

「約束の本はここにあるからね。対局の時の待ち時間の読書本棚。麻雀部に入れば読み放題」

 

「あ……」

 

 竹井が部室の隅にある読書本棚の前まで行き、指し示しながら言う。……なるほど。一体どうやって宮永を連れてきたのか気になってはいたが、本で釣ったのか。やっぱ本が好きなんだな……あの姉と同じで。

 しかし竹井はこれで宮永を麻雀部に入れようとしてる訳だが……さて、宮永の返答は……? 

 

「……少し、考えさせてください」

 

「……そう。じゃあ返事はまた」

 

「はい。一晩考えてきます。今日のところはこれで……」

 

 と、宮永は迷った様子でそう返答する。竹井もしつこく勧誘はしない。

 ……これで部に入らなかったら俺の所為でもあるか……? 

 いやまあ俺のことがなくてももともと麻雀がそれほど好きじゃないらしいからアレだが。むしろ考えてくれるだけ気持ちが傾いているとも言える。

 だが今日のところは宮永は帰るようで、俺はそれを見送るしか出来なかったのだが……、

 

「……部長、東郷さん。私、ちょっと出てきます」

 

「え? あ、おい……」

 

「……ふふ~ん? まあいいわ。それじゃあ私らはその間に練習しましょうか。東郷さんの指導も今日が最後だしね」

 

「……すぐ戻ります」

 

 と、何故か和は宮永を追いかけるように──いや、実際追いかけたのか。何か言いたいことでもあるのだろう。実際宮永相手にプラマイゼロとかされて凄い悔しそうであったしな。

 ……俺も反省だな。

 気分的にはできれば今直ぐ帰りたいところだが、仕事もある。大人は難儀なものだ。

 

 ──その後、何を話してきたかは知らないが、用事を終えたらしい和が戻ってくると彼女も加えて対局を行い、俺の清澄高校での指導は終わった。

 

 そして翌日……俺は宮永が麻雀部に入部することになったと竹井と和からの連絡で知り、人知れず安堵の息を漏らすのだった。

 

 

 

 

 

 ──東郷仁が清澄を去った翌日。

 

「それにしても、昨日の東郷さんはすごかったわね。あれがプロとしての本気ってやつかしら」

 

「はい……私、全然敵いませんでした」

 

「そうですね……でも、東郷さんって、普段は防御寄りの打ち手ですし、昨日の打ち方はびっくりしました。いえ、あれも良いと思いますけどね。東郷さんはああいうのも似合うと思います」

 

「のどちゃん、いつもより饒舌だじぇ」

 

 清澄高校麻雀部の部員達が昨日の東郷のことを話題にしていた。

 だが、和がその感想を口にすると、竹井が意味深に笑みを浮かべ、

 

「──あら和。知らないの?」

 

「? 知らないって何がですか?」

 

「東郷さんのプロ時代の有名な試合とか色々。ほら、タイトル戦に挑戦した時の東郷さんとか……確か、()()()()()()()()()()?」

 

「……え……?」

 

 その時、和は初めて東郷のことをネットで検索していない自分に気づいて慌ててそれを確認し──しばらく夜のお供にした。




これにて清澄編終了です。百合ルート回避。
この時点の咲ちゃんって、それほど強くないよね。多分。カツ丼に何も出来ずに負けるくらいだから。まあ他の清澄部員も初期は今ほどやばくはないやつ。

そして次回から鶴賀編です。多分、今回が今年最後の投稿かな……? あんまりにも暇だったら投稿するかもだけど、多分次回は年明け2日か3日になると思います。
皆様のおかげでR-18年間ランキング1位、累計でも11位という高評価。お気に入りも5000に届こうとしています。感想やメッセージも沢山届いて嬉しい限りです。
というわけで今年は応援ありがとうございました。来年もおもちたっぷりエロエロで頑張っていきたいと思いますので引き続き、応援頂ければ幸いです。
皆の熱い感想、評価、待ってる。良いお年を!

【参考程度に】鶴賀高校で好みの子は誰?

  • 津山睦月
  • 妹尾佳織
  • 蒲原智美
  • 東横桃子
  • 加治木ゆみ
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