時代が進むと恋愛も結婚も簡単にはいかない、ましてや獣人と人なら、色々とあるのだ。
自分の代わりに行ってくれないかと頼まれた飲み会は希少な酒が飲めるらしく、行くと答えたのだが、開場に着いて驚いた。
店内は明るく、まるでチェーン店の喫茶店だ、酒以外にもパフェや甘味が用意され、客層も人間、獣人、最近、友好条約を結んだ異星人までいる。
室内が明るいのは人外種への配慮もあってのことなのだろうと思いながらバルベルトは自分の目指すコーナーへと向かった。
昔なら度数の強い酒を好み、一晩中、飲み明かすこともあった、だが、昔より確実に酒量は減ってきた、年のせいか、うまいと思う酒がなくなったのもあるだろう。
今日は当てが外れたかなと思い、客や酒の種類を見ながら彼はゆっくりと歩き出した。
「地球の酒は以外とうまい」
「ああっ、土産に買うつもりだ、子供達には甘いものを」
「男もだが、女もいいぞ」
昔と違って恋愛も変わってきたなとバルベルトは感じた、以前なら同姓同士の恋愛というのは決して公にはできなかった、だが今では公然と認められて、子供を作ることも可能だ。
ただし、これは女性に比べて男性の場合は体にかかる負担とリスクが大きい。
同棲の恋人はいても結婚しないのはリスクを考えてのことだ、子供を持つ事に対しての認識が変わってきたせいもあるだろう。
今では性転換の手術も気軽に行う者だっている。
カップルが多いなと思う中、若い人間の女性の姿も見かける、甘いカクテルやフローズンドリンクに人気があるようだ。
そして、人間の周りには異星人、獣人が声をかけている。酒を飲みに来たというよりは別の目的、ナンパでというのが見え見えだ。
「カクテルは苦手ですか」
振り返るとウェイターが声をかけてきた。
「苦手という訳ではないが」
「あちらのコーナーはいかがです」
そう言ってウェイターは、にっこりと笑った、礼を言ってそちらに向かうとあまり大きくはない樽にステッカーが貼ってある、好きなだけどうぞという文字につられて、側にあったグラスに中身を注ぎ、息を吸い込む。
薫製の香りが強いが、悪くはない、続けて、もう一杯、ふと視線を感じて隣を見ると女が覗きこむように見ていた。
「美味しそうですね」
声をかけられて思わず頷くと、女はグラスに半分ほど注ぎ、わずかに口をつけた、その瞬間。
「んっ、うまい」
グラスをのぞき込み、口から出た言葉があまりにも正直すぎて、バルベルトは思わず笑いを漏らした。
「いや、すまん、だが、俺も、そう思ったよ」
女は笑いながら、二杯目を飲む姿にバルベルトは思わず周りを見た。
「一人なのか」
場を見てもカップルや友人が多い、勿論、自分のように一人もいるが。
「ええっ、ところで」
女の視線が自分の顔、左反面を見ていることに気づいた。
ああ、眼帯か、バルベルトは怪我じゃないと言いながら女の顔にわずかに顔を寄せた。
「獣人の魅眼というのを聞いた事はあるかな」
その気がなくても相手を虜にする力は獣人特有のも模のだが、全ての者がそれを持っているわけでも、力を使える訳でもない、それに力は、せいぜい数時間ほどだ。
それに獣人のセックスの時間は決して長くはない。
「噂だと思ってたけど、本当なの」
「試してみるか」
女の顔をじっと見ながらバルベルトは、ゆっくりと手を眼帯にかけた。
若い頃は抑制がきかなかったが、今ではそれもない、ただ、目の前の女との会話を中途半端に終わらせるのはつまらないと思ったからだ。
「おい、本当かよ」
驚く相手にバルベルトは頷いた、久しぶりに友人に誘われて足を向けたのはビアホールだ。
「おまえさんの、まあ、魅眼が効かなかったってか」
まあ、そんなこともあるさ、バルベルト肩を竦めた。
「あーでも、だったら、噂は本当なのかもしれねえな」
「なんだ、それ」
「いや、人間の中には獣人の魅眼が効かないのがいるらしいんだよ、ただし、そういうのを相手にすると大変らしい」
「大変って何がだ」
「詳しくは知らん、考えてもみろ、獣人と人間のセックスが一般になってきたのは、ここ数年のことだぞ」
「そうだな、確かに」
体の大きさ、体格差もあるので行為中のトラブル、事故もある、人間が正常位でと頼んでも獣人の中には元々の自分本来のスタイルを好む者もいて、これが結果として怪我や喧嘩の元となったりするのだ。
「おまえ、最近はご無沙汰なんだろう、久しぶりにと思ったけど、相手には、その気がなかった、違うか」
「確かに、そうかもしれないな」
否定することをしないのは、大人になったということだろうか、ふと窓の外を見たバルベルトの視線が止まった。
「すまん、ちょっと用を思いだし」
席を立ち、歩きだそうとするバルベルトを友人は驚きの顔で見た。
「今度、奢る」
「足下、大丈夫か」
久しぶりのビールだろ、飲み過ぎじゃないかと言いかけたが、言葉は届いてはいなかった。
ビールのジョッキとゲソの天ぷらが運ばれてくると女は、グラスに口をつけた、昼を少し過ぎたばかりなのだが、数日前の自分なら、こんな贅沢な時間は夢だったろう。
数日前の飲み会は楽しかったなあと思い出す。
友人から色々な酒が飲めるよと言われてチケットを買い、出かけたのだが、ウィスキーやカクテルを好きなだけ飲めて楽しかった事を思い出した。
灰色狼の獣人、ハンサムというよりはワイルドというのだろうか、ああいうタイプはもてるんだろうなあ、まあ、ああいうタイプは。
「今日はビールかい」
ふと顔をあげると目の前にいたのは、数日前に出会った、灰色の狼人だ。
「泊まって行ってもいいんだが」
自分のアパートに招待して、お茶を飲んで話をして正直、じれったい展開は、まるで少年時代に戻ったようだ。
「ありがとう、でも、色々と忙しくてね」
「しばらくは、のんびりと過ごすんだろう」
まだ、それほど親しい関係ではないからだろうか、詳しく話してくれないのは、なんとなく物足りなさと寂しさを感じてしまう、自分が攻めないと駄目かと思いつつ、玄関へ向かった彼女の背中に待ってくれと声をかける。
「付き合わないか、俺と」
不思議そうな顔をしながらも、返ってきたのは自分は若くないんだけどという予想もしない言葉だった。
「人間の歳は見た目ではわからないし、気にしない」
「そうなの、でも」
言いにくそうな表情と口ごもる様子にバルベルトは、今すぐ返事はしなくていいからと顔を寄せて耳元に囁いた。
「まず、連絡先の交換といこう」
「アドレスでいい、自宅の電話はあまり出ないし」
「携帯は」
「ああ、面倒で持ってないの」
珍しいと思ったが、不思議ではない、最近は色々な犯罪が起こっているのだ、携帯の情報から個人情報を全て調べることができる時代だ、自宅から交友関係を調べ上げた後、しつこいつきまとい、ストーカー事件が目立っている。
その為か、携帯の申し込み基準も個人や一般人だと厳しくなるので最近は会社や職場から至急されるものを使うということも珍しくない。
「ミヤ」
顔を近づけてキスをする、唇にと思ったが、逃げないので感触はいいのかと思って相手の顔を見る。
「どうしたんだ、なんで笑って」
「いや、久しぶりだったから」
こんな気分になるのは久しぶりじゃないかと思いながらバルベルトはドアが閉まってから気づいた、連絡先を交換していないことに。
運ばれてきたコーヒーを前にしてバルクスは、どう、話をきりだしたからいいかと迷った。
白い封筒を目の前にして相手が困惑しているのは、はっきりとわかるが、ここで引き下がるわけにいはいかないとバルクスは決めていた。
「今、無職なんだろう、まあ、最近は、どこもたいへんだからな」
「は、はい、それで、これは」
「キャッシュカードだ、利用制限はない、年会費も気にしなくてちゃんとした会社のカードだ、不正利用東南にもちゃんとしている」
「無職なんですけど、あたしは」
「家族カードだと思ってくれたらいい」
その言葉に驚いたのか、呆然としたように美夜は相手の顔をまじまじと見た。
「仕事をやめたというより、会社がというののは言いづらかったみたいだな。だが、昨今の企業や会社経営の破綻の話は珍しくない。ところでカードだか私の会社経由だ、セキュリティもしっかりしている、遠慮はいらない」
「でも、家族カードというのは」
度分の母親と付き合っているというだけで正式に婚姻関係を結んでいる訳ではない、そんな相手から家族カードと言われてもしくりこないのは当然だろう。
「遠慮が美徳なんて思ったら間違いだ、それに結婚はするつもりだ、早いか遅いか違いだ」
「最近、会って、ないんですか、良子さんに」
「忙しいみたいでね」
美夜は内心あきれた、目の前の男、狼人ではなく、ここにはいない自分の母に対してだ、医者という職業が大変なのはわかる、それに最近になって母の務める病院は獣人と人間の妊娠医療、性行為に関しての治療に取りかかったので忙しいのだ。
呼び出し音が鳴る、控え室でメイクを落としていた狼人は鞄の中から携帯を取り出した。
「良子、どうしたんだ」
相手は医者という職業柄、忙しく、連絡してくる時間も夜中、明け方と不規則だ。
「どうしたんだ、何かあったのか」
「ミッチャンのことなんだけど、実は今日バルクスと晩ご飯を食べる予定で、今いいかしら」
「ああ、構わない」
娘の名前がでてきたので、これは大事な話だなと頭を切り替えた、仕事のことは今は置いといてとアールは片手にメモを取った。
「んっ、それで、おい、店の名前は分かるか」
「もしかして、行ってくれるの」
「君の、いや、俺の娘でもあるんだぞ」
話を聞いているうちに、男は顔、いや、鼻先の皺が深くなっていく。
「大体だな、見合いは、いいとして、そのカード、やめさせたほうがいい、金持ちの女だと思われたら面倒だ、獣人の結婚詐欺師が人間の女を騙すってやつだ」
バルクス、あの男、会社勤めだが、部長、いや、課長だったか、役職つきなのはいいが、金、いや、娘のことがわかっていない。
電話を切り、時計を見る、まだ時間はあるが、美夜は約束の時間より早く店に行く筈だ、できるなら、その前に会っておいたほうがいい。
「お、お父さん」
美夜は驚いたように白と黒のマダラの毛並みの狼人を見上げた。
「そうだ、お父さんだぞ、美夜ー」
そう言って、男は彼女の前に手を出した。
「貰ったものを出すんだ」
一瞬、なんの事かわからず不思議そうな顔をしたが、もしかしてと思い、封筒を手渡した、
それを受け取ったアールは中身を確認すると相手、バルクスに突き返した。
「こんな高額カードを持たせて、どういうつもりだ」
「子供じゃないんだぞ」
「だからだ、無職になったばかりだ」
大声で怒鳴る訳でもないが、怒っているのは明らかだ表情から見てとれる。
「もう、大人だぞ、彼女だって」
「駄目だ」
沈黙は長くは続かなかった、というのも周りの客たちがチラチラと自分たちを見ていたからだ。
「つ、付き合っている人、獣人なの」
久しぶりに娘と食事と言うことで良子は浮かれていた、だが、最近仲良くなった狼人がいる、付き合うかもしれないという話を聞いて難しい顔つきになった。
「魅眼の獣人、そう、なんだ」
「どうしたのよくないの」
「いや、良くないとかじゃなくて、ミッチャンは初めてじゃないけど、もう寝た、やってしまったのかしら」
「まだだけど、そういう気分になれなくて」
良子は、ほっとした表情になった、獣人との付き合いに反対するつもりはない、だが、狼人で魅眼の持ち主というのが。
「狼人は出身とか、育ちで性格がね、セックスするといきなり、自分のものだといわんばかりに独占欲を剥き出しにするのよ、姿子は、それで酷い目にあったのよ」
「ええっ、初めて聞いたけど」
姿子、自分を産んだ母親のことを美夜はあまり聞いたことがなかった。
自分を産んですぐに亡くなっただけではなく、周りの反応からあまり聞かないほうがいいと子供心に察したからだ。
「でも、良子さんの恋人も殆ど狼人だけど」
「仕事をして、社会的地位があるからね、そういう獣人は人間社会のことも理解してるから、いずれ、結婚するけど、その時は夫の数は決めるつもりだから」
「そうなんだ」
「美夜、もう三十過ぎているから検査を受けた方がいいわね、病院に来なさい」
「検査、って」
「妊娠の、今、うちの病院だけでなく、他所でもね、宇宙人が、こちらの女性との子供が欲しいって申し込みがあるのよ、検査に合格すれば」
宇宙人と聞いて美夜は不思議そうな顔をした、街中では獣人はよく見かけるが、宇宙人という存在はあまり見かけないからだ。
「うちの病院でも妊娠=結婚の申し込みもあるし、アタシとしては魅眼の狼人よりは宇宙人と結婚してくれる方が安心だけど」
「何故、知り合いでもいるの」
まあねと曖昧な返事をしながら、娘の美夜が検査に受かる確率は高いだろうと良子は思っていた、姿子の娘なのだから、だから、獣人との恋愛は慎重にならなければいけない。
「綺麗な人だねえ、もしかして芸能人、女優さんとか」
「いやいや、違うよ、でも一目惚れしたんだよ」
「だから、結婚は地球の女性と」
「そういうわけではないんだか」
それに、写真の、この女性は随分と昔に亡くなっている、地球人の女性の寿命は百年にもみたないらしい、他の種族、今地球に増えている獣人と比べると短命だ。
だが、自分たちの外惑星の星人との関係が良好になれば寿命は伸びる筈だ、地球側としても、この申し出は悪くない、拒否することはないだろう、そう思っていたのに。
地球という星の色々な国に申し出をした、殆どの国は歓喜した。
即決で答えを出す国もあれば待ってくれという国もあった、だが、殆どの国が、最期にはこの提案を受け入れたというのに、数カ国だけは拒否した、勿論、最初から全ての国が賛同してくれるなど思ってはいなかった、ただ、その中にあの国が入っていたのだ。
(これはどうすればいい、報告すべきだろうか)
管理者のクロードは悩んだ。
検査を受けなさいと言われた母親の良子に言われて翌日、病院に出かけた美夜だったが、十日後には結果が出るということで数日後に来院するようにと言われた。
「失礼、桜川美夜さん」
待ち合わせの場所でコーヒーを飲んでいた美夜だったが、突然声をかけて来た相手を見て宇宙人と分かると不思議そうな顔をした、知り合いなどいないからだ。
「すまない、ここで人間の女性と待ち合わせをしていたんだが」
店に入ると珍しく客は少ない。
「あ、あの、さっき、お客さんと一緒に」
店のウェイトレスが声を潜める様に話しかけた。
すると、ゴホンと咳払いをするように店主らしき男性がバルベルトに目配せした。
「少し前に出て行ったんだよ、相手はバッジを持ってたし管理センターの人だったからね」
管理センター、宇宙人だと、何故と思いバルベルトは訳が分からず連絡しようとしたが、この時になって彼女の家族や知り合いのことを何も知らないことに気づいた。