※この作品はR-18です。

卯月とファンの恋物語『2』~   作:水原渉

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シンデレラプロジェクト初のライブの日。ステージで歌う卯月と、客席から応援する僕ら──。


卯月とファンの恋物語4
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 夏の暑さもピークが過ぎて、8月も後半戦に差し掛かった日曜日、港区のとある場所に数百の人が集まっていた。

 ライブハウスというと語弊があるかもしれない。キャパ1,000人ちょっとの多目的ホールで、ライブ以外にも使われるらしいが、生憎来たのは初めてで、いつもがどんな感じかはわからない。少なくとも今日はライブが開催される。

 出演するのは女性アイドルを多数擁する346プロが立ち上げた、シンデレラプロジェクトのメンバー14人。スカウトやオーディションで集められたこの14人は、ユニットを組んだり、他のメンバーとイベントに参加したり、時にはプロジェクト以外のアイドルと共演したりして、幅広く活動しているが、全員揃ってライブをしたことはこれまで一度もなかった。

 つまり、今日のライブはシンデレラプロジェクトとしての初めてのライブであり、CINDERELLA PROJECT 1stLIVE CINDERELLA PARTY!と題された本ライブのチケットは、少し背伸びをした会場だったにも関わらず、すぐに完売した。

 ライブの開催が発表されて、チケットを入手してから今日まで、俺はこの日をずっと待ちわびていた。もっとも、出演するメンバー全員を、そんなに詳しく知っているわけではない。全員の顔と名前が一致するようになったのは、つい最近のことだ。

 箱推しが多い346プロのファンにあって、俺はプロジェクトのメンバーの一人、島村卯月の単推しだった。ひょんなことからまだ養成所でレッスンを受けていた卯月ちゃんに一目惚れして、その卯月ちゃんを追いかける形で、この界隈では大手の346プロを知った。

 アイドルに興味がなかったと言えば嘘になる。アイドルに少なからず興味を持ったから卯月ちゃんを知ることができたのだが、それまでは特に推しがいるでもなければ、ライブに行くでもない在宅のにわかに過ぎなかった。その俺が、卯月ちゃんの出演するイベントやライブに足しげく通い、特典会にも積極的に参加して、ファンレターまで送るという、ドン引き一歩手前のドルオタになってしまったのは、果たして俺にそのポテンシャルがあったせいか、卯月ちゃんの魅力によるものか。

 ともすれば眉をひそめたくなるようなその熱意が、幸運としか言いようのない巡り合せによって、卯月ちゃんの彼氏になるという幸福に繋がった。距離が近くなった分、純粋に応援できなくなってしまった部分もあるが、それを差し引いても身にあまる光栄である。

 俺は日陰の花壇に座って、何をするでもなく触っていたスマホをポケットにしまった。顔を上げると、すでに興奮最高潮のファンたちが、自分の好きなアイドルについて熱く語り合っている。その会話にぼんやりと耳を傾けながら、俺は昨日のことを思い出した。

 ライブ前日の土曜日。ペンライトやタオルといった戦闘準備を終え、曲の予習をしていたら、卯月ちゃんから電話があった。少し時間があるから空いていたら会いたいと言われ、家を飛び出して駆けつけると、最愛の彼女は待ち合わせの駅前広場で、似合わないメガネをかけて立っていた。

「ああ、○○さん。急に呼び出してごめんなさい」

 明日は特別なライブだというのに、まるで気負った様子もなく、のんびりした口調でそう言ってポンと手を合わせる。

「全然いいよ。家で明日の予習してた」

「○○さん、いつも家にいますね」

「外は暑いからな」

「まるで、暑いから外に出ないみたいな台詞ですね」

「そう言った」

「じゃあ、真偽は秋に判定しますね」

 ふふっと笑う。その笑顔があまりにも可愛くて、思わず抱きしめたくなる衝動をどうにか堪えた。白昼堂々というほど日の高い時間ではないが、引っ切り無しに人の往来する場所で、あまり破廉恥なことはするべきではない。欧米的な愛情表現にもはや躊躇はないが、卯月ちゃんの正体がバレる危険はなるべく避けたい。

 そんな俺の葛藤などまるで気にした様子もなく、卯月ちゃんが背中で手を組んで歩き出す。隣に並んで他愛もない話をしながらしばらく歩くと、少し路地を入ったところにあるいつもの喫茶店に辿り着いた。

 前に卯月ちゃんに、「○○さん、暇してるなら、居心地のいい喫茶店を探してください」という使命を受け、地道に探した結果見つけた、『混んではいないが適度に客がおり、静かだが適度に話し声がして、他の席が見えにくい配置の喫茶店』である。

 アイスカフェオレを二つ頼んでから、卯月ちゃんが明るい瞳で俺を見た。

「予習、どうですか? いよいよ明日ですよ?」

「それは俺の台詞。全然平気そうだけど、緊張してないの?」

 大体丁度24時間後に、ステージで歌ったり踊ったりするのが想像もできないほど、卯月ちゃんはいつも通りだった。俺の質問にわざとらしくうーんと声を出してから、可愛らしく首を傾ける。

「仲間もいますし、ソロもないですし。プロデューサーさんからも、前日の今日を特別に思わない方がいいって言われました」

「ソロはないのか」

 何気なく復唱すると、卯月ちゃんは手で口元を押さえた。

「楽しみを一つ奪っちゃいましたね」

「いや、予習する曲が多すぎるから、少しでも絞り込みたい」

 卯月ちゃんのソロがないということは、他のメンバーのソロもないと考えていいだろう。『風色メロディ』や『DOKIDOKIリズム』を必死に覚える必要はないのかもしれない。

 もちろん、予習することで初めて知って、現場で聴いてみたいと思った曲──例えば『Romantic Now』や『たくさん!』といった曲が聴けないのは残念だが、それは凸レーションやラブライカのライブで聴けば良い。なるほど、そうしてみんな箱推しになっていくのかもしれない。

「○○さんの予想では、どんな曲が歌われると思いますか?」

 卯月ちゃんが興味津々に聞いてくる。どうやら、ここで俺の予想を聞いて、後の感想会でその答え合わせがしたいようだ。俺も誰かとライブの話をしたかったし、相手が出演者本人というのは恐縮だが乗らせてもらうことにした。

「メンバーが参加してる曲は多すぎるから、シンデレラプロジェクトの曲を中心に聴いてるよ。『Star!!』とか『Shine!!』はやるだろうなって思ってる」

「なるほど」

「あと、海で『Treasure☆』の話をした時の卯月ちゃんの反応が良かったから期待してるし、『Snow Wings』もニュージェネのメンバーが入ってるから聴けるかなって」

「私が参加してない曲で聴きたい曲はありますか? 『Snow Wings』とか、もう何回も聴いてますよね?」

 確かに、卯月ちゃんや凛ちゃん、未央ちゃんの参加している曲は、ニュージェネのライブでもよく歌われる。特に3人とも入っている『Snow Wings』や『Yes! Party Time!!』はもはや定番曲だ。

「そうだなぁ。『EVERMORE』とか『BEYOND THE STARLIGHT』とかかな。李衣菜ちゃんの『Jet to the Future』も好き」

「いいですねぇ。ちゃんと予習してますね」

 偉い偉いと言わんばかりに、卯月ちゃんがにこにこと頷く。予想が合っているのかはまるでわからない。どちらかと言うとすぐ顔に出るタイプだが、今日はなかなか読ませてくれない。

「ニュージェネ以外のメンバーのことも調べました? 誰か好きな子、できましたか?」

 気楽な調子で罠を仕掛けてくる。ここで調子に乗って、「智絵里ちゃんって可愛いよね」などと言ったら、またヘソを曲げるのだ。もうその失敗は繰り返さない。

「みんな可愛いけど、やっぱり卯月ちゃんが一番だな」

「実に私の顔色を窺った回答ですね」

「俺は卯月ちゃんが好きなんだって再確認できたよ」

 挑発には乗らずにさらっといなす。卯月ちゃんは不満げに唇を尖らせたが、何も言わなかった。

 よく冷えたカフェオレを一口飲んでから、俺からも質問してみる。

「卯月ちゃん的にオススメの子は? 顔と名前は一致するようになったけど、詳しくは知らなくて。卯月ちゃんがステージにいない時は、誰を見てるのがオススメ?」

「難しいことを聞きますね」

 卯月ちゃんが目を丸くしてから、思案げにまぶたを閉じた。実質、卯月ちゃんの好みを聞いたようなものだったが、卯月ちゃんははぐらかさずに答えてくれた。

「みんな可愛いですけど、○○さんは王道の子が好きそうだし、やっぱりみくちゃんじゃないですか? いかにもアイドルって感じだし、会ったこともあるし、キュートチームだし」

 会った思い出はあまり良いものではなかったが、確かにあの1回のおかげで他の子よりも身近に感じているのは確かだ。顔立ちも好みだし、卯月ちゃんのいない時に応援する筆頭にしてもいいかもしれない。

 みくちゃんの感想は特に言わずに、初めて耳にする単語が出たのでそれを聞いてみた。

「キュートチームって?」

 キュートは、俺の常識では「可愛い」という意味だ。14人はみんな可愛いと思うが、他にどんなチームがあって、卯月ちゃんはどのチームに入っているのだろう。

 これは特に失言ではなかったようで、卯月ちゃんは普通に教えてくれた。

「キュート、パッション、クールの3チームがあって、元気・情熱・スポーティーな子がパッション、物静かとか冷静、大人のアイドルがクール、とにかく可愛さをアピールしようって子がキュートです。これはシンデレラだけじゃなくて、プロダクション全体の方針で、人数が増えてきたから、便宜的にグループ分けをしようってことになりました」

「卯月ちゃんはキュート?」

「そうですね。みくちゃんや智絵里ちゃんは可愛いからキュートですけど、私はパッションやクールじゃないからキュートです」

「卯月ちゃんは可愛いよ」

「○○さんの好みの顔立ちで良かったです」

 実に上手な受け答えをする。もちろん、謙遜だ。卯月ちゃんは自分に自信がないわけではない。ただ、自分で自分を褒めたくないだけだ。

 その話を打ち切るように、卯月ちゃんが話題を戻した。

「後は、みりあちゃんですね。あの子は天才です」

 そう言い切って、その二文字の強い響きに、俺は思わず目を見開いた。

 天才。ともすれば他人の努力に対して失礼にあたるこの言葉を、卯月ちゃんに言わしめる赤城みりあの才能とは。

 確かに『Romantic Now』を聴いた時、それを歌っているのが11歳の女の子だと知って驚愕したのは確かだ。そう言うと、卯月ちゃんは「ダンスもすごいです」と前置きしてから難しい表情をした。

「ダンスのキレ、歌の安定感、頭もいいし、明るくて前向きで、いつも元気で、周りもよく見えてますね。凸レーションはきらりちゃんと莉嘉ちゃんの個性が強いから目立たないですけど、あの子はシンデレラのエースだと思ってます」

「エース……」

「私が思ってるだけですよ? リーダーは美波さんだし、他の全員が対等です。でも、私が一番この子には勝てないと思ったのはみりあちゃんです」

 勝てない。ポロッと出た言葉に、この子にも人並みの競争心や嫉妬心があるのだと、少しほっとした。心の綺麗な天使もいいが、少しくらい人間臭い方が魅力的だ。

 卯月ちゃんはいつもの笑顔を浮かべて、俺の顔を覗き込んだ。

「後はニュージェネの二人を見ててもいいですし、逆にいつも見てるから、あんまり見れないメンバーを見ててもいいですし、○○さんの好きに楽しんでください。ライブが終わったらまた感想を聞かせてください。それがすごく楽しみです」

 そう言って、卯月ちゃんはにっこりと笑った。

 その笑顔を思い出しながら、俺は物販で買ったパンフレットを開いた。朝から並んで購入して、もう何度も読んでいるが、予習はたくさんするに越したことはない。

 14人のプロフィールと、それぞれのユニットの紹介。本人たちの直筆の意気込み。たくさんの写真。メンバーのみんなが、どれだけこのライブのために頑張ってきたか、ずっと卯月ちゃんを見てきて、卯月ちゃんから聞いている俺が誰よりもよく知っている。

 それに応えられるように、俺も全力で応援したい。開場まで後1時間。逸る気持ちが抑えられない。

 

 

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