※この作品はR-18です。

卯月とファンの恋物語『2』~   作:水原渉

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 15時開場、16時開演。少し早いのは、日曜日で遠征組に気を遣ったのか、出演者に小学生がいるからか。館内に入ると、ほのかに効いた空調に生き返る心地がした。もっとも、涼しいとは言い難く、ライブが始まったら暑くなりそうだ。

 座席はステージに向かってやや右側、真ん中より少し前のなかなか良い席だ。後は前や周囲に厄介なファンがいなければいいが、こればかりは運なのでわからない。アイドルのライブに良識を求めすぎると大抵裏切られるので、もはやあまり期待していない。

 館内にはまだあまり客がいなかった。開演まで1時間近くあるし、物販は会場の外。早く入ってもやることがあるわけではない。特に本人確認もなく、入場に大行列ができるようなライブでもないので、ぎりぎりまで外で交流しているファンも多い。

 俺は相変わらず一人なので、さっさと席に座ってスマホをいじることにした。いつものスタンディングの会場を思えば、随分と楽な待ち時間だ。

 午前中に来た卯月ちゃんのLINEを読み返す。事前に座席番号を教えたら、位置は把握したという返事が来た。自然なタイミングで手を振ってくれるとのことだが、果たしてステージから客席は見えるのだろうか。光のこちら側の人間には、ステージからの景色は想像もつかない。

 会場にかかっているアイドルたちの曲に耳を傾けていると、やや太めの若者がチケットを確認しながら近付いてきた。どうやら隣らしく、座るとぺこりと頭を下げて声をかけてきた。

「お隣っすね。今日はよろしくお願いしまっす!」

「あっ、こちらこそ」

 突然のことにたじろぎながら、同じように頭を下げる。スタンディングだと話しかけられにくい絶妙な距離を取ることができるが、こういう会場だとそうもいかない。太めの若者はお喋り好きなのか、にこにこと笑顔を浮かべて質問してきた。

「今日はお一人っすか?」

「そう。大体一人」

 正確には常にだが、なんとなく言葉を濁す。

「そうなんっすね。誰推しっすか?」

「あー、みんな好きだけど、一応卯月ちゃん?」

「あっ、俺もっす! 卯月ちゃん、可愛いっすよね!」

 キラキラと目を輝かせて身を乗り出してくる。ちょっと距離は近いが、悪いヤツではなさそうだ。

 同担なのは気になるが、せっかくなので話に付き合うことにした。ここまで話しかけられて、今から無言になる方が居心地が悪い。

「現場にはよく?」

「ニュージェネのライブはなるべく。ストアとか、その辺までは追い切れてないっすけど」

「なるほど」

「あっ、俺、水の宿り木です」

 あまりにも突然だったので、意味がわからずぽかんとなった。水の宿り木とは一体何か。哲学的な話でも始まったのかと思ったが、どうやらこの若者のハンドルネームらしい。

「宿り木さん?」

「ミズノでもいいっす。呼びやすい方で!」

「そこで切るの?」

「水野が本名だから、違和感ゼロっすよ!」

 そう言って豪快に笑う。

 なんとなく宿り木と呼ぶのはこっちが恥ずかしいので、水野と呼ぶことにした。無言で自分の名前を求められたが、本名はもちろん、ツイッターで使っている名前も言いたくなかったので、咄嗟に考えた結果、蘇我入鹿が頭に浮かんだ。恐らく、「AのB」という形の相手のハンドルに影響されたのだろう。

「あー、蘇我鯨です」

「蘇我鯨! 蘇我入鹿のオマージュっすね? ナカノオオエノオウジっすね?」

「それそれ」

 意外と聡明なヤツだ。

 それにしても、思わず口走ったとはいえ、変な名前だ。まあ、一度きりの捨てハンみたいなものだからいいかと思う反面、担当が同じ以上、水野とは今後も現場で会いそうな気もした。思い返すと、なんとなく見たことがある気がしないでもない。俺は卯月ちゃんの参加するイベントには行ける限り行っているので、会っていても不思議ではない。

「蘇我さんはニュージェネのライブ以外は?」

「実は行ったことがない。みりあちゃんとか気になってたけど、今日初めて見る」

「みりあちゃん、可愛いっすよね! あっ、ロリコンではないっすよ? 純粋に性的な意味で好きっす!」

 それは完全にロリコンではないか。心の中で突っ込みを入れる。

 話を聞くと、水野はシンデレラプロジェクト以外の346プロのアイドルについても詳しく、ブルーナポレオンとかメロウ・イエローとか、聞いたこともないユニットも知っていた。

 せっかくなのでこちらから質問して、346プロについて勉強することにする。考えてみたら、俺は自分の彼女が所属しているプロダクションのことをほとんど知らない。

 直近の話題としては、先週大きなライブがあり、水野も行ったらしい。たくさんのアイドルが参加したが、シンデレラプロジェクトのメンバーは今日のライブに全力投球で、一人も参加しなかったという。ライブがあるという話は卯月ちゃんからも聞いていたが、あまり興味がなかったのでスルーしていた。

「そのライブで『夕映えプレゼント』が歌われたんすよ」

「卯月ちゃんたちの?」

「そう。メンバーが一人もいないのにシンデレラプロジェクトの曲が歌われたってことは、今日はその逆もあるんじゃないかって思ってるんす」

 そう言って、水野は目を輝かせた。俺は愛想笑いを浮かべる。

 果たしてそれは喜ぶべきか。曲を知っている人間にはたまらなく楽しいのだろうが、なにせこちらは、シンデレラプロジェクトの曲すらここ数週間で必死に覚えた身だ。知らない曲の方が圧倒的に多い。

 もっとも、定番曲は何度も聴いているので、知らない曲を歌っている卯月ちゃんを見たい思いがあるのも確かだ。どういうセトリになったとしても前向きに受け止めよう。

 水野と話していたらあっと言う間に時間が過ぎて、館内が薄暗くなった。俺は卯月ちゃん用のピンクのライトと、12色のペンライトを取り出した。色がわからないので水野に聞くと、ラブライカは青、凸レーションはオレンジ、キャンディアイランドはピンクにすれば大丈夫だと教えられた。

 水野は同じようなペンライトに、さらにたくさんのサイリウムを持っていた。せっかくたくさん話した仲なので、どうか俺が嫌いになるような応援をする人間ではないことを願いたい。

 館内放送がかかる。座席はいつの間にか満席で、すでに光の花が咲いている。色とりどりのライトに14人のアイドルたちが照らし出されて、これまでのライブ会場とは明らかに違う、クリアな音質でかかった1曲目──『Shine!!』。

 事前に水野と1曲目の予想をしたのだが、見事に的中された。俺は『Star!!』の予想だったが、どこかで歌われるだろうか。

 衣装は全員同じで、白の上着に青のスカート。襟や肩が船長を思わせるデザインだが、胸についた小さなピンクのリボンと、背中の大きな青いリボンが可愛らしい。靴は白のブーツで、スカートとブーツの間から、膝や太ももが覗かせている。

 フォーメーションはセンターにラブライカの2人で、ニュージェネの3人は右側だった。運の良い配置だ。これで席が左側だったら喜びが半減していただろう。

 声を出してペンライトを振る。前方に厄介はおらず、水野を含め、両隣も他の大多数と同じ動きだった。恵まれた。

 『Shine!!』が終わるとステージが明るくなって、アイドルたちが一列に並んだ。左から、アスタリスク、凸レーション、蘭子ちゃん、センターにラブライカ、キャンディアイランド、そしてニュージェネレーションズ。

 ニュージェネは未央ちゃんがリーダーなので、左から凛ちゃん、未央ちゃん、卯月ちゃん。つまり、卯月ちゃんが14人の中で一番端ということになる。

 順番に意味も優劣もないのだろうが、なんとなく卯月ちゃんが末席のように思えてがっかりした。もっとも、自分の中では一番だが、元々欠員が出て最後に加入したメンバーだし、妥当な位置なのかもしれない。

 小さくため息をつくと、水野がにやにやした顔を近付けてきて、耳元で囁いた。

「いい位置っすね」

「卯月ちゃん?」

「ライブの締めの挨拶が卯月ちゃんっす。大抜擢っすよ、これは」

 俺ははっとなった。その発想はなかった。

 順番にはきっと、意味も優劣もない。だから、水野が言うような抜擢ではないのだろうが、確かにポジティブに捉えれば、最初と最後は特別な場所だ。そう思えただけで、今日水野に話しかけられた価値はあった。

 そのもう片方の特別な場所で、みくちゃんが手を上げて一歩前に出る。

「はい。猫ちゃん大好き、アスタリスクのツッコミ担当、向かって左側、前川みくにゃ!」

「いや、ボケとかツッコミとかないから」

 言い終えるや否や、李衣菜ちゃんに突っ込まれる。

「今、みくが挨拶してるにゃ。李衣菜ちゃんは黙ってて」

「なっ……!」

 李衣菜ちゃんが絶句して、客席から笑いが零れる。打ち合わせ通りなのだろうか。息がぴったりだ。

「今日は初めての14人全員のライブということで、みくたちも全力で楽しむから、みんなも全力で楽しんでほしいにゃ!」

 無難にまとめて李衣菜ちゃんにバトンを渡す。

 李衣菜ちゃんから莉嘉ちゃん、きらりちゃん、そして天才みりあちゃん。元気いっぱいの挨拶はいかにも子供らしいが、歌とダンスはどうなのだろう。『Shine!!』では卯月ちゃんしか見ていなかったので、これからじっくり見たい。

 蘭子ちゃんの後、並び順通りに新田さんが挨拶をする。リーダーだから最後に挨拶する可能性も考えたが、杞憂だった。

 人数は多いがテンポよく挨拶が進み、最後に卯月ちゃんが前に出る。

「はい。ニュージェネレーションズの島村卯月です。今日はいつもの曲はもちろん、歌ったことのない曲にもたくさん挑戦しました。新しい私たちを見てもらえたらって思います。最後まで楽しんで行ってください!」

 盛大な拍手が沸き起こり、新田さんが2、3言話して次の曲へ移る。暗転からの前奏は、聴き馴染んだ『Yes! Party Time!!』だった。

 センター卯月ちゃんでいきなりテンションが最高潮に。隣で水野が悲鳴のような雄叫びを上げた。

 メンバーはニュージェネの3人に、みりあちゃんとみくちゃん。卯月ちゃんが自分がいない時に見るべき人物として挙げたメンバーが勢揃いしたわけだ。

 そういえば、この曲自体は何度も聴いているし、ニュージェネのライブで何度も見ているが、オリジナルメンバーの舞台は見たことがない。せっかくの卯月ちゃんの大舞台だが、主にみりあちゃんを見ていると、なるほど確かに、小さな体を感じさせない、切れのあるダンス。ウェーブの時のジャンプも、膝を曲げて誰よりも高く跳んでいる。

 最後のサビで卯月ちゃんに目をやると、表情豊かに歌っていた。初めてこの曲をライブで歌った時とは、比べものにならない完成度だ。

 曲が終わると、水野が「俺もう死んでもいいっす」と感極まったように言った。本当に卯月ちゃんが好きなのだと思うと、少し胸に嫌な気持ちがよぎったが、すぐに捨て去った。なかなか難しくはあるが、今日は推しメンをみんなで共有する、一般的なドルオタになろう。

 2曲目は『エンジェルドリーム』。太鼓ゲームのカバー曲だ。ステージには莉嘉ちゃん、智絵里ちゃん、李衣菜ちゃんのオリジナルメンバーに、新田さんとかな子ちゃん。これも嬉しい選曲である。3人ともシンデレラプロジェクトのメンバーだが、所属ユニットはバラバラで、恐らくこのメンバーで舞台に上がるのは初めてだろう。

 1番が終わった後の両手を振る智絵里ちゃんが死ぬほど可愛かったが、そういう感想は卯月ちゃんに言ったら殺される可能性があるので、曲の後に水野に言っておいた。水野は莉嘉ちゃんを見ていたらしい。なるほど、趣味はそれぞれだ。

 3曲目は蘭子ちゃんのソロ。ソロ曲は無いと思っていたが、元々ソロで売り出している蘭子ちゃんは例外なのかもしれない。

 『-LEGNE- 仇なす剣 光の旋律』はCDで聴いていた時はあまり興味がなかったが、こうしてステージで見るとカッコイイ。

 ミステリアスな曲の後は一転、元気なナンバーだった。知らない曲だ。舞台には未央ちゃん、みりあちゃん、莉嘉ちゃん、みくちゃん、杏ちゃん。杏ちゃんはともかく、曲に似合った、元気なメンバーだ。『情熱ファンファンファーレ』という比較的新しい曲だと、歌が終わってから水野が教えてくれた。

 明るくて好きなタイプだ。センターの未央ちゃんも、ニュージェネの時とは違った顔をしている。そして、みりあちゃんはやはり頭一つ抜けたパフォーマンスをしているが、不思議と目立たない。

 それにしても可愛い振り付けだ。是非ニュージェネのライブでやって、卯月ちゃんにも踊ってほしいが、凛ちゃんがこれを踊っているイメージが沸かない。改めて今日のライブの可能性を感じた。

 続けて、ラブライカの『Memories』。盛り上がり過ぎた熱を冷ますような、しっとりした大人の曲調。アーニャちゃんは卯月ちゃんよりも年下らしいが、3つくらい上に見える。これがクール属性の魅力というやつだろうか。

 怒涛の5曲が終わり、再びステージに全員が並んだ。きらりちゃんだけは今の5曲にいなかったが、全員でそれぞれの曲についてコメントする。なるほど、今日のライブはこういう形で進むらしい。

 『情熱ファンファンファーレ』の振り返りで、未央ちゃんがメンバーに「どうだった?」と聞くと、莉嘉ちゃんが元気に手を上げた。

「楽しかったっ!」

「杏は疲れたから、アンコールの『お願い!シンデレラ』まで休むよ」

「いや、始まったばかりだから! しかも曲をバラさないで!」

 客席がドッと沸く。MCも楽しいライブだ。

 

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