※この作品はR-18です。

卯月とファンの恋物語『2』~   作:水原渉

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 すっかり夜だ。

 いつもは真っ暗にして寝るが、今日は薄明りを点けてある。

 エアコンの効いた部屋。薄い布団の中で、卯月ちゃんが俺の腕にしがみつくように横たわっている。

 すぐにライブの話をしようと思ったのだが、イチャイチャしていたら日が変わってしまった。卯月ちゃんは明日は夕方に事務所に行く以外に用事はないらしく、朝ものんびりできるらしい。

 だったら今日はもう寝てしまい、感想戦は明日にしようと言ったら、卯月ちゃんは逆に夜更かししても大丈夫だと答えた。

 眠くないのか聞いたら、さすがに眠いがまだ歓声が耳に残っている内に少しでもライブの話がしたいと言った。その気持ちもわかったので、一曲ずつ思い出しながら話をしている。

「『Heart Voice』がすごく良かったな。キャンディアイランドは絶対に『Happy×2 Days』だと思ってたからびっくりした」

「あの曲、私も好きです。オリジナルは幸子ちゃんも歌ってます」

「ああ、世界一カワイイアイドルの子?」

「そうです。何かの撮影のお仕事で一緒になったんだったかな。かな子ちゃんがそんなようなことを言ってた気がします」

「あの曲も知らなかったから、不覚としか言いようがない。せめてシンデレラプロジェクトの曲は押さえておきたかった」

「たくさんありますもんね」

 卯月ちゃんがふふっと笑ってフォローしてくれる。

 吐息が首筋にかかって、くすぐったさに身震いした。もう付き合い始めてそれなりに経ち、あの島村卯月と二人でいることには慣れてきたが、こうして同じ布団の中にいるのはやはり夢のようだ。

「わからなかった曲は、終わってから調べたんですか? 曲名とか、よくわかりましたね。『Tulip』とか」

 不思議そうに卯月ちゃんが言った。確かに、歌詞の一部でも覚えていれば後から検索できるが、そうでもなければ曲名を調べるのはなかなか難しい。

「隣のヤツが教えてくれた」

 あっさりネタばらしすると、卯月ちゃんが意外そうに眉を上げた。

「ああ、勘違いさせちゃった人ですか。○○さんが誰かと一緒にいるなんて、珍しいですね」

 まるで俺がいつもぼっちのような口ぶりだ。意図的に可愛らしく毒を孕ませたようだが、敢えてスルーして答えた。

「偶然隣になっただけだよ。話しかけてきたから付き合ってた」

「そうなんですね。その人、詳しかったんですか?」

「全曲知ってたよ。箱推しみたいだったけど、卯月ちゃんが一番好きだって」

「そうなんですか」

 意外そうに呟く。俺からすると、14人の中で卯月ちゃんが一番好きというのは意外でもなんでもないのだが、やはりそういう自信がないのだろうか。

 そう思って聞いてみると、卯月ちゃんは苦笑して首を振った。

「違います。○○さんが、私のことを好きな人と仲良くしてたのが意外だったんです。嫉妬とかしませんでした?」

 なるほど。それならわかる。

 実際に、それが理由で今日まで同じファンを遠ざけていた。卯月ちゃんも俺のそのポリシーを知っている。

「まあ、いいヤツだったし、今日は俺も一介の卯月ちゃんファンとして仲良くしてたよ。同担も思ってたよりは悪くなかった」

「ふーん」

 そっけなく相槌を打つ。微妙に引っかかったが、追及はしなかった。

「連絡先とか交換したんですか?」

「してないよ。気になるの?」

「○○さんが他のファンの話をすることなんて、今までなかったですしね。名前は聞きました?」

 俺としては、ファンが卯月ちゃんを好きなことより、卯月ちゃんが他のファンに興味を持つ方が妬けるのだが、恐らく卯月ちゃんにそういう意図はないのだろう。単に、自分の彼氏が珍しく交流した相手が気になるだけだ。

「水の宿り木とかいう、変な名前のヤツだった。本名は水野だって」

 なんでもないように答えると、卯月ちゃんは驚いたように「ああ」と声を上げた。

「宿り木さんですか」

「知ってるの?」

 驚いて聞き返す。

「よくライブに来てくれる人です。ツイッターもフォローしてくれてるし、時々リプもくれますね」

 そう答えてから、卯月ちゃんはもう一度「宿り木さんかー」と笑った。

 考えてみれば、卯月ちゃんはまだそこまで有名なアイドルでもなければ、ライブの集客も多くない。知っていても不思議ではないのだが、少しだけ胸がチクリとした。

 卯月ちゃんの口から特定のファンの名前が出るのは、やはり嬉しいことではない。なまじいいヤツだった分、卯月ちゃんが水野を認知していて、握手も何度もしたのかと思うと、もやもやした気持ちになる。

 もちろん、それは口には出さない。嫉妬をしないことは、この付き合いの条件だ。俺が話を変えようとすると、それより先に卯月ちゃんが言った。

「そんな顔しないでください。○○さんは特別です」

 思っていることは筒抜けだったらしい。卯月ちゃんは俺の肩に頭を乗せて、苦笑いを浮かべた。

「あの日言ったこと、覚えてますか? 私がどうして○○さんは特別だって言ったか」

 あの日とは、偶然街で出会って、初めてキスをした日のことだ。あの日、卯月ちゃんは俺のことを何度も特別だと言い、その理由も教えてくれた。

「俺は卯月ちゃんだけが好きだけど、他のファンはそうでもないって話?」

「そうです。宿り木さんはその典型ですね。シンデレラでは私かもしれませんけど、あの人が今一番好きなのは、佐久間まゆちゃんです。前の346の夏ライブの後なんて、ひたすらまゆちゃんのツイートしてましたよ」

 呆れたようにため息をつく。俺は思わず息をするのも忘れて固まった。あれだけ卯月ちゃんの一挙一動に感動していた男が、それ以上に他の子を推しているのか。

 俺は深く息を吐いた。

 水野は卯月ちゃんのたくさんのファンの一人でしかなく、卯月ちゃんもまた、水野が応援するたくさんのアイドルの中の一人でしかない。つまり、箱推しとはそういうものなのだ。

 卯月ちゃんが体を起こして、俺の上に乗ってくる。そのリアルな重みと熱に、もう3回もしたのにまたむくむくと元気になってきた。

 しばらくキスをしてから、卯月ちゃんがほぅと息を吐いて、俺の耳元に顔を埋める。そして、吐息を漏らすように囁いた。

「○○さん、いつも嫉妬しないように頑張ってくれてますけど、私はそんなに頑張れる自信がありません」

 背筋がぞくりとした。俺に対する我慢の話だろうか。言葉の意味がわからなかったので、無言で背中を撫でていると、卯月ちゃんが言葉を続けた。

「たぶん、私が宿り木さんを知っていることを知った時の○○さん以上に、○○さんが宿り木さんと知り合ったことに、私はもやもやしています」

 まるで意味のわからない内容だった。俺が水野と知り合ったのが、卯月ちゃんは嫌だったのだろうか。

 不思議に思ってそう聞くと、卯月ちゃんは少し躊躇してから、「そうです」とはっきり頷いた。

「私だけのファンだった人たちも、みんなそうして輪が広がって、他の子のことも知って、好きなアイドルが増えていきました。特別だった○○さんが、他の人たちと同じになっちゃうんじゃないかって、それが怖いんです」

「今日だけ特別だよ。あんまり他のファンとつるむ気はないよ」

「でも、智絵里ちゃんもみくちゃんも可愛かったし、凸レーションのライブも見てみたいんですよね? 私が参加していない曲も覚えて、どんどん私とは関係ない興味が増えてますよね?」

 棘のある言葉だった。怒っているようにも聞こえたし、単に不安を吐露しているだけにも見える。

 ただ、卯月ちゃんはいつも他の子にも興味を持てと訴えているし、自分が歌っていない曲も聴けと言っている。付き合いたての頃はそのせいでケンカもしたし、本音がわからない。

 それは卯月ちゃんも承知のようで、自虐的に嘆息した。

「単なる我が儘です。○○さんの彼女としては、私だけを見ていてほしいし、他の子に興味なんて持ってほしくありません。できればずっと独りぼっちでいてくれた方が嬉しいくらいです。でも、アイドルの私は、仲間のことも知ってほしいし、ライブも全力で楽しんでほしい。そのためには、他の曲も聴いてほしいし、ファンの輪も広げてほしい」

「俺が、卯月ちゃんに有名になってほしいと思う反面、ずっと知る人ぞ知るアイドルのままでいてほしいと思うような矛盾と同じ?」

「たぶんそうですね。○○さんには、いつも私がしろって言ったって言われますけど、矛盾してるのはわかってるんです。きっとこれからも言いますけど、大目に見てください。私は○○さんのことだけが好きです」

 そう言ってから、もう一度キスをした。長いこと舌を絡め合い、やがて卯月ちゃんは顔を離して隣に寝転がった。

 きっと、どうしたって嫉妬はするのだろう。なかなか一緒にいられないし、元々アイドルとファンという立場から始まった関係だ。

 もっとも、俺はいつだって今だって卯月ちゃんだけが好きだ。別に他の子は一切見るなと言われれば、それに従っても構わない。ただ、それは卯月ちゃん自身も望んでいない。

「『流れ星キセキ』の時、俺はやっぱり卯月ちゃんが一番好きだって思ったよ。卯月ちゃんしか知らないから卯月ちゃんが好きなんじゃなくて、他の子も知ったことで、やっぱり卯月ちゃんが好きなんだって実感した」

 そう言っても、きっと卯月ちゃんは安心できない。他人を知ることは、他にもっと魅力的な誰かと出会うリスクを孕んでいる。

 けれど、それは俺がいつだって思っていることだ。俺がアイドル島村卯月より魅力的な女の子と知り合って好かれる可能性より、卯月ちゃんが俺以上の男と知り合って好かれる可能性の方が何万倍も高い。実際今でも、卯月ちゃんが俺のどこが好きなのか、よくわからない。卯月ちゃんにしか興味がない男など、他にもたくさんいるはずだ。

「ありがとうございます」

 少しだけ嬉しそうにそう言ってから、卯月ちゃんは仰向けになって目を閉じた。

「明日は私の話もしますね。話したくても話せなかったことがたくさんあるんです」

「それは楽しみだ」

 隣を見ると、卯月ちゃんは安らいだ顔で眠っていた。やはり疲れていたのだろう。そっと胸を撫でてみたが起きる気配はなかった。

 俺も仰向けになって目を閉じた。

 今日のライブは本当に最高に楽しかった。この夏は、海水浴という突発的なイベントこそあったものの、ただひたすら今日のライブを楽しみに過ごしてきた。

 きっと卯月ちゃんも、ニュージェネのメンバーも、プロジェクトの全員が、同じように今日を目標に走ってきたのだろう。

 ライブの最後に、卯月ちゃんが夢はどんどん溢れて来ると言っていた。今日のライブを経て、これからどんなふうに変わっていくのだろう。

 夏が終わる。

 ファンとアイドル、彼氏と彼女。矛盾と上手に付き合いながら、俺たちもまた、新しい明日に向かって歩き始めよう。

「お疲れ様」

 小さく呟くと、俺もあっと言う間に眠りに落ちた。

 幸せな一日だった。

 

 ─ 完 ─

 

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