※この作品はR-18です。

卯月とファンの恋物語『2』~   作:水原渉

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大学の学園祭にゲスト出演することになった卯月。是非見に来てほしいと誘われたが──。


卯月とファンの恋物語5
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 幾多の思い出を残して夏が過ぎていった。と言ってもまだ9月で、暑い日が続いているが、卯月ちゃんの夏休みが終わり、頻繁には会えなくなった。

 大成功に終わったライブの後、シンデレラガールズのメンバーはまたそれぞれのユニットで活動している。卯月ちゃんたちニュージェネレーションズも、夏休み最後の日曜日にミニライブ&握手会があった。

 もちろん参加したのだが、いつもより人が多く、見たことのないファンが増えていた。イベントの後に卯月ちゃん本人も、初めての人が多かったと言っていたから間違いないだろう。CINDERELLA PARTY!を見てニュージェネを推す人が増えたようだ。

 そうして少しずつファンが増えて、ステージとの距離が遠くなっていくのだろう。俺自身、あのライブを見て、今まで興味のなかった他のメンバーのライブにも行ってみたくなったので、その流れもわからないでもない。もっとも、実際には調べていないし、そんなことを言ったら卯月ちゃんに全力で拗ねられるので口にもしていない。俺が単推しであることは、卯月ちゃんの大事な心の支えになっているらしい。

 CINDERELLA PARTY!で水の宿り木という男と知り合ったのだが、そのイベントには来ていなかった。別に交流するつもりはなかったが、卯月ちゃんを推していたし、何か用事でもあったのだろうかと、イベントの後、卯月ちゃんに話を振ると、卯月ちゃんは電話越しに呆れたようなため息を漏らした。

『ツイッターを見たんですけど、同じ日にまゆちゃんと紗枝ちゃんのイベントがあって、そっちに行ったみたいです。元々まゆちゃん推しですしね』

「うーん。俺は卯月ちゃんに熱狂してるところしか知らないから、どうもピンと来ない」

『気になるなら、ツイッターフォローしたらどうですか?』

 軽い口調で提案してくる。もちろん、いつもの無意識の罠だ。俺が他のファンと交流することに不安を覚えると吐露していた卯月ちゃんが、そんなことを望んでいるはずがない。

「気になるわけじゃないよ。数少ない共通の知人だし、話題に出してみただけ」

『そうですか』

 そう呟いた卯月ちゃんの声は、どことなく残念そうだった。何が本心なのかよくわからないが、好きと嫌いを同時に持てるのが卯月ちゃんの、あるいは高校生くらいの女の子すべての特徴なのかもしれない。

 ちなみに卯月ちゃんは水の宿り木、本名水野をフォローしている。今でこそフォロー返しをすることはなくなったが、昔はまだファンが少なく、フォローも返していたし、ツイッター上での直接的な交流も今よりずっと多かった。卯月ちゃんからフォローされていることは、ファンの中では一つのステータスになっているらしいが、本人は意識していないどころか、あまり快く思っていないらしい。

「古い人ほど、ファンが増えると離れて行ったり、すぐに昔と比べて今を否定したり、新しいファンの人たちに意地悪したりするから、そこに特別性は感じて欲しくないんですよね」

 前に何かの話の最中に、卯月ちゃんがそんなことを言っていた。

 わからないでもない。俺自身、卯月ちゃんをデビュー前から推していたから、だんだん距離が離れていくのを寂しく感じていたし、増えていくファンに対して、新参のくせにと思ったこともある。それはまさに、卯月ちゃんの嫌がるファンの思考だろう。

 ただ、ファンの立場から言うと、マイナーな時代から推している自分たちのお陰でメジャーになれたのだと思いたいし、優越感にも浸りたい。感謝しろというのは横暴だが、他のファンより気にかけて欲しい。ファンを代弁するようにそう伝えると、卯月ちゃんは時々見せる冷めた瞳で俺を見た。

「マイナーな時代から応援してくれるのは嬉しいですけど、すごくたくさんのマイナーな人を同時に推してますよね。その内の何人かが有名になったとして、それはそんなにも誇れることですか?」

「俺は卯月ちゃんだけだったけど」

「だから今こうなっています。◯◯さんは特別です」

 そう言って、卯月ちゃんは嬉しそうに笑った。その時はそれで満足してその話は終わったが、ファンの問題はいつでも卯月ちゃんの中にある。結局、一部の厄介も含めてファンであり、アイドルとファンは切っても切れない関係なのだ。

 ミニライブとともに夏休みが過去になり、3週間が過ぎた。その間に卯月ちゃんとは5回ほど会ったが、いずれも夜に駅前で30分とか、一緒に食事をする程度だった。

 海にライブに握手会。濃厚な夏休みと比べて、月日のなんと空虚に流れていくことか。気が付くと生活は完全に卯月ちゃん中心に回っており、卯月ちゃんと会えない土日は何をするでもなくぼんやりと過ごしていた。

 一体俺は、卯月ちゃんと付き合う前はどうやって生きていたのだろう。すっかり呟かなくなったツイッターを開いて、自分の投稿を遡ってみると、友達と飲みに行ったり、カラオケに行ったりしていた記録があった。

 男女を問わず恋人ができると疎遠になるとは聞いていたが、自分がまさにそうなっていた。卯月ちゃんと付き合い始めてから今まで、仲間たちから連絡がなかったわけではないが、なるべく卯月ちゃんと会えるように空けていた結果、最近ではすっかり誘われなくなってしまった。

 浮かれていたとしか言いようがない。夏休みが終わり、特に土日は急に卯月ちゃんと会えるようなこともなくなったので、反省を込めて自分から声をかけてみる。

 LINEを開いて、何人かの親しい仲間にメッセージを送ると、全員から返事が来た。彼らの談によると、特に疎遠にするつもりはなく、彼女ができて浮かれているようだからしばらく放っておこうという話になっていたらしい。彼女の話はもちろんしていないが、さすがに極端に変わり過ぎてバレバレだった。

 何日か確実に大丈夫そうな候補を挙げると、たまたま全員空いている土曜日があり、そこで遊ぶことになった。彼女を連れて来いと煽られたが、丁重にお断りする。島村卯月はまだファン以外の人間が知っているようなアイドルではないが、万が一ということもある。仮に知らなくても、圧倒的に可愛い卯月ちゃんを、友達とはいえ男に近付けたくなかった。

 それにしても、久しぶりに友達と遊ぶ。最近ではデートスポットやオシャレなレストランばかり調べていたが、野郎4人で遊ぶのは何がいいだろう。一時期ダーツとビリヤードにはまっていたのでそれでもいいし、一人暮らしのヤツの家で麻雀もいい。

 今一番楽しいのはもちろん卯月ちゃんと過ごすことだが、野郎でつるむのもそれとは別の楽しみがある。懐かしい感覚に浸りながら、止まっていた仲間たちとの時間を動かし始めた。

 

 悪い予感はなかったが、恐らくフラグは立っていたのだろう。弾んだ声で卯月ちゃんから電話があったのは、それから数日後のことだった。

『◯◯さん、今日はとてもいいお知らせがあります!』

 まるで子供が親に内緒で用意したプレゼントを差し出す瞬間のように、隠し切れない喜びを声に乗せて卯月ちゃんがそう切り出した瞬間、俺は背筋に凍り付くような冷たさを覚えた。

 根拠は何もなく、ただの直感だったが、天気図を見て台風の直撃がわかるくらい、その後の展開が読めた。俺が先を促すより早く、卯月ちゃんが楽しそうに言葉を続けた。

『今度、△△大学の学園祭にゲスト出演することになりました! 急ですけど、10月××日の土曜日です!』

 嬉々として告げられた日は、案の定、俺が久しぶりに友達と遊ぶ約束をした日だった。しかも14時から15時という中途半端な時間で、朝から夕方まで遊ぶとか、昼から夜まで遊ぶといった融通も利かない。

 俺は思わずスマホを片手に頭を抱えた。何も言わなかったからか、電話越しに卯月ちゃんの不思議そうな声がした。

『どうかしましたか? もっと喜んでくれるかと思ったんですけど』

 もちろん、行けるのなら楽しみだ。卯月ちゃんが学校祭の類にゲストで呼ばれたことはなく、これが初めての出演になる。その貴重な1回に、ファンとしても彼氏としても行かない手はない。

 ただ、自分から声をかけ、せっかくしばらく不義理にしていた俺と遊んでやると仲間たちが言ってくれたのに、それをまた彼女と遊ぶからと言って反故にするのは、いくらなんでもダメだ。俺がされたら間違いなく関係を見直す。

 もしも仲間の方を断るのなら、ここでそれを恩着せがましく卯月ちゃんに言う必要はないが、逆なら話さざるを得ない。俺は断腸の思いでそのことを告げた。

「卯月ちゃん。本当に本当に申し訳ないんだけど、その日は先約があって……」

『えっ……?』

 卯月ちゃんが絶句するように呟きを漏らす。前にライブの後に泊まりに来た時もそうだったが、俺が断るとか、用事があるという可能性をまったく考えていないらしい。

 実際、付き合い始めてから今日まで、卯月ちゃんとの予定は、急な当日の誘いを除くと、断ったことがない。海に行った時ですら無理矢理空けたし、卯月ちゃんの公開イベントはすべて参加している。無意識にそう考えてしまうのも無理はない。

『用事って、何ですか?』

 ひどく混乱した様子で卯月ちゃんが聞いてきた。プライベートに踏み込んでくるのは珍しいが、それは単に俺がほとんどプライベートを見せていないだけで、特に遠慮していたわけではないのだろう。

 やましい予定ではなかったので、素直に友達と遊ぶと伝えると、卯月ちゃんはどこかほっとしたように息を漏らした。

『それなら、別の日にずらせませんか? 今回のイベントは、どうしても○○さんにも見に来てほしいんです』

 電話越しでもはにかむのがわかるほど、照れたように卯月ちゃんがそう言った。

 それは恐らく、素直に喜ぶべき発言だったのだろう。反応からすると、卯月ちゃんは甘えやのろけのつもりで言ったのだ。

 ただ、卯月ちゃんが何気なく口にした『それなら』の4文字が心に引っかかった。当然用事など無いものと考えていたり、友達との約束を気楽にずらせと言ったり、少し勝手すぎやしないか。

 前に海に行った時、あまり甘やかさず、増長するようなら叱ってほしいと言っていた。今はそうするべきタイミングだろうか。それとも、淡々と断るべきだろうか。

「卯月ちゃん、友達との約束も大切なんだよ」

『それはわかりますけど……。なんとかなりませんか? その日にしかできないことをするわけではないんですよね?』

「それはそうだけど……」

 思わず心が揺らぐ。そもそも、俺だって行きたいのだ。これ以上卯月ちゃんに泣きそうな声で懇願されたら、俺はまた友達との約束を後回しにしてしまう。そして、恐らくもう二度と俺からは誘えなくなり、彼らから誘ってくることもなくなるだろう。

 それはダメだ。今まで散々連絡もして来なかった身で言えたことではないが、卯月ちゃんさえいればそれでいいという人生は、俺の望むものではない。今回の誘いは、自分から企画した約束を反故にするほどのものではない。

「やっぱり、自分から声をかけた約束を蹴ることはできない。今回は行けない。ごめん」

 絶対に意志を曲げない覚悟でそう告げると、それが伝わったのか、卯月ちゃんはしばらく黙り込んでから、諦めたように小さく息を吐いた。

『わかりました。無理を言ってごめんなさい』

 寂しそうにそう言って、卯月ちゃんは言葉少なに通話を切った。

 

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