店を出ると、すっかり冷たくなった秋の風に一度身を震わせた。まだ話し足りなかったので、二人で少しその辺りを歩くことにする。食事中はこれからの真面目な話に始終して、ライブの感想をまったく話せなかった
繋いだ手を軽く振りながら、卯月ちゃんが明るい声で言った。
「私も未央ちゃんが声をかけたのはすごくびっくりしましたけど、結果的に○○さんと一緒にライブが見られて嬉しかったです。考えてみたら、○○さんが私のお友達みんなと仲良くなってくれたら、グループで一緒にいられますね」
それはそんなに簡単ではないだろう。普通の女の子グループに男が入るだけでも違和感があるのに、アイドルたちの中に一般人の男が加わるのは現実的な光景ではない。しかも、どうも卯月ちゃんは誤解しているようだが、俺は卯月ちゃんと付き合うまでろくに女性と喋ったこともなく、異性の友達など一人もいないドルオタに過ぎない。そんな輪に入って上手く立ち振る舞う自信はない。
俺は苦笑しながら、軽く聞き流した。反論するほどのことではないし、逆立ちしても実現する内容ではない。
「俺は二人のイベントは初めてだったけど、卯月ちゃんから見てどうだった? やっぱりいつもよりすごかった?」
インタビュアーのように尋ねると、卯月ちゃんは大きく頷いてから難しい顔をした。
「すごく良かったです。たくさん勉強になりましたし、自分たちのライブに取り入れたいところもありました」
「トークがすごいなって思った」
「喋り慣れてますよね。私たちには難しいかな。凛ちゃんはあんまり冗談を言うタイプじゃないし、私は上手に切り返せないし」
「曲はあんまりわからなかった。やっぱり、グループが違うと、やる曲もだいぶ変わるね」
「私も初めて聴いた曲もあったし、今回は特別です。私たちももっとプロデューサーさんに、色んな曲を歌わせてって頼んだ方がいいかもって思いました」
卯月ちゃんがどこか浮かない顔でそう呟く。先程から、常に自分たちだったらという話をしているが、やはり同じアイドル仲間でライバルで友達でもある二人のライブを、俺のようにただの客の立場で見ることは出来ないのだろう。
そんなことを考えながら横顔を見つめていると、卯月ちゃんは俺の考えていることを理解したようにため息をついた。
「ダメですね。純粋に楽しむことが出来なくて。嫉妬でしょうか」
「向上心じゃない?」
「物は言いようですね」
卯月ちゃんが呆れたように笑う。実際のところ、それは悔しさから来るものだろうが、同じ立場で同じ場所を目指している者同士なのだから、生じて然るべき感情である。今日李衣菜ちゃんが、346はみんな仲が良いと言っていたが、それは互いを認め合っているという意味であって、嫉妬や競争と無縁という話ではない。
卯月ちゃんに聞かれて、ライブを思い出しながら感想を伝える。今日は『Halloween Code』が聴いていて一番楽しかったが、その次の『さよならアンドロメダ』も不思議な曲調で心に残った。トークは全体的に楽しかったが、やはり李衣菜ちゃんの作り話の流れが見事だった。
「あれはびっくりしましたね。私も本当の話だと思って聞いてました」
卯月ちゃんの方は、『Take me☆Take you』や『夕映えプレゼント』のような、自分たちも何度も歌っている曲に惹かれたらしい。
「ダンスが違ったりとか、二人ならではの表現があったりとかして。ああ、また私、感想っていうより分析になってますね」
卯月ちゃんがてへっと笑って前を向く。気が付くと思い出の広場が近かったので行ってみることにした。初めてキスをした場所で、適度な間隔に設置されたベンチの多くは、相変わらずカップルに占拠されていた。
丁度キスをしたベンチが空いていたので腰掛けると、卯月ちゃんがピッタリくっつくように座って肩にもたれかかってきた。軽く抱き寄せると、卯月ちゃんが嬉しそうに顔を綻ばせた。
「あれから半年ですね。なんだかあっと言う間でした」
卯月ちゃんを偶然街で見かけて声をかけたのは、春のことだった。あの日もしお互いにあそこを通りがかっていなかったら、もちろん俺は卯月ちゃんと付き合うことなど考えることすらなく、今でも可愛い便箋を買って手紙を書いていたことだろう。
感慨に耽りながらそう言うと、卯月ちゃんがいたずらっぽく笑った。
「別に、手紙は書いてくれてもいいんですよ? 前にプロデューサーさんに、最近いつものファンから手紙来ないねって言われました。ライブには来てるのに」
「それはそうなんだけど、中を見られるって話だったから、何かボロが出るといけないと思って」
「そうですね。ちょっと寂しいですけど、手紙はやめておきましょうか」
あれはあれでいい文化だと思う。このインターネットが発達した時代にファンレターというのも古臭いが、だからこそ卯月ちゃんの心を打ったのは間違いない。
「卯月ちゃん的に、この半年はどうだった?」
「仕事の話なら、やっぱり夏のシンデレラのライブですね。それから、ついこないだですけど、ピンチェの結成も大きいです。来年はニュージェネより、ピンチェでの活動が多くなるかもしれません」
「じゃあ、美穂ちゃんや響子ちゃんとも知り合う可能性があるのか」
「良かったですね。可愛い子ばかりで」
卯月ちゃんが拗ねたようにそう言って、可愛らしく唇を尖らせた。離れる方向には行かずに、むしろ好かれろと言っていたのに、あっさりこれである。
「まあ、ニュージェネと違って、ピンチェは最初からファンが多いユニットだし、さすがに美穂ちゃんや響子ちゃんにとっても特別になることはないよ」
フォローするようにそう言うと、卯月ちゃんは納得顔で頷いた。
「そうですね。じゃあ、今はみくちゃんと全力で仲良くなってください」
「わかった。任せて」
「えー……」
俺が力強く頷くと、卯月ちゃんはげんなりしたように視線を落とした。まったく理不尽な話だが、今のは冗談の流れだったのでスルーする。
ふと会話が途切れたので、そっと卯月ちゃんの頬に手を当てて、唇を合わせた。乾燥していた口の中が、二人の唾液でねっとりと満たされる。鼻息が熱い。卯月ちゃんがぎゅっと俺の背中を引き寄せて、押し付けられるおっぱいの柔らかさに頭がくらくらした。
しばらく舌を絡め合っていると、卯月ちゃんが熱っぽく呟いた。
「お兄ちゃん……」
「えっ? 誰?」
聴き慣れない単語に思わず驚いて目を開けると、数センチ先に卯月ちゃんがいてドキドキした。キスをしたまま、目を開けずに卯月ちゃんが言った。
「従兄弟のお兄さんらしいから」
「お兄ちゃん、欲しいの?」
「別に……」
そっけない返事に、俺は顔をつけたまま苦笑した。
背中を撫でるように抱き寄せ、ぐいぐいと押し付けられる体の感触に浸りながらキスをする。口が疲れるくらいキスをして体を離すと、卯月ちゃんが柔らかくまぶたを開けて、潤んだ目で俺を見つめた。紅潮した頬と、唾液で濡れた唇が艶めかしい。
公共の場で随分破廉恥なことをした気がしたが、例のごとく誰も気にしてはいなかった。俺たちが来る前からキスをしていた隣のベンチのカップルは、未だにキスし続けていた。記録に挑戦でもしているのかと呆れたが、考えてみると俺たちも10分くらいしていたので、人のことは言えない。
「はぁ……。ムラムラする……」
ベンチの背もたれに背中を預けて、卯月ちゃんがおよそアイドルらしからぬ呟きを漏らした。俺も同じようにしてから、そっと卯月ちゃんの手を取った。しっとりと汗ばんでいて、その湿度に鼓動が速くなる。
もちろんムラムラしているのは俺も同じなので、今からでも俺の家に行けないかと思ったが、どう考えても時間が遅かった。卯月ちゃんが俺を見て小さく笑う。
「エッチなことを考えましたか?」
「どうだろう。卯月ちゃんと同じことかな」
「じゃあ、違いますね。私は今日のライブのことを考えていました」
平然と嘘をつきながら、目を閉じて俺の肩に頭を乗せる。
時々広場の歩道を人が歩いていく。声が流れていく。卯月ちゃんの温もりが心地良い。
今日は長い一日だった。初めて卯月ちゃんがステージにいないライブを見て、初めて未央ちゃんや凛ちゃんとまともに会話して、卯月ちゃんの爆弾発言の後、真面目に今後の方向性を語り合って。
なんだか色々あったけれど、こうして二人で温もっていると何もなかったように思える。アイドルとファン。これからも面倒な問題は起きるだろうけれど、二人で話し合えばきっと乗り越えて行ける。
人の流れが途切れたので、もう一度キスをしながら、スカートの裾から太ももをなぞるように手を忍ばせてみた。それがくすぐったかったのか、卯月ちゃんが可愛らしい悲鳴を上げて身をよじる。
「もうっ! お兄ちゃんのエッチ!」
なぜか俺を兄呼ばわりしながら、卯月ちゃんが俺の肩に顔をうずめた。
パンツと肌の隙間から指を入れると、熱い液体がぬるりと絡みつく。人が来るまでと囁くように断って、一番敏感なところを指先で刺激すると、卯月ちゃんが俺にしがみついたままくぐもった声を漏らした。
このままイカせてあげようと思ったが、隣のベンチにも人がいるし、背中の方から話し声が近付いてきたので終わりにした。
涙目で見上げる卯月ちゃんをそっと立たせると、卯月ちゃんはよろめきながら俺の腕にすがりついた。
「前にもこんなことがあった気がする……」
「まあ、定番ってことで」
「こんな定番は要りません。私、欲求不満で死んじゃいます」
卯月ちゃんが熱っぽい息を吐く。指先にたっぷりエッチな液が付着していたので、なんとなく卯月ちゃんの口の中にその指を入れてみた。
卯月ちゃんが非難げに俺を見上げながら、指を舐めてくれる。舌の感触がたまらなく官能的だ。
手を繋いでぶらぶらと駅に戻る。店を出てから随分時間が経っている。卯月ちゃんは親から着信まであったようで、怒られるコースだと嘆いていた。
近い内にまた会おうと約束して、手を振って別れた。スマホを見ると、アスタリスクの二人から俺が送った感想の返事が来ていた。仲良くするよう言われたが、返事は明日にしよう。既読をつけないようにして、スマホをポケットに入れた。今日はもう少し卯月ちゃんの温もりに浸っていたい。
電車の窓の向こうに、眩しい街明かりが流れていく。
シートにもたれて心地良い疲れに身を委ねながら、ムラムラしている卯月ちゃんの顔を思い浮かべた。そんな時間もまた、たまらなく幸せだった。
─ 完 ─