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一日の終わり。パソコンを起動して、インターネットのラジオサイトを開く。
なかなかリアルタイムでは聴けないが、有料会員なので好きなタイミングでアーカイブ配信を視聴できる。とてもありがたい。
もっともそのせいで、どうせ聴くなら雑用をすべて終わらせてからにしようとか、最初から最後まで座って聴ける時間を作ろうとか、自分の中でルールを作りすぎた結果、未視聴の配信が溜まっていくこともよくあった。
そんなことを、卯月ちゃんと付き合い始めてからも続けていたら、ある日怒られた。
「私はなるべく早く番組のことを話したいから、とにかく聴いてください。何かしながらでもいいですから!」
もっともだ。不相応に高いものを買って使わないのと同じで、視聴の敷居を上げ過ぎて聴かなかったら意味がない。
卯月ちゃんは今、ニュージェネの番組とピンチェの番組を持っている。どちらも最新の放送を聴いていないので、ニュージェネの方をかけることにした。
ブラウザのウィンドウにいつものブースが映し出されて、ニュージェネの3人が座っている。いっそ音声だけなら流しておけばいいのだが、最近は動画配信が主流なので、他事をしながら音声だけ聴くともったいない気分になる。
「今夜もニュージェネラジオ。この番組は、わたくし本田未央とー?」
「渋谷凛」
「島村卯月」
「の3人が、新しい世界について討論する番組です!」
初耳だ。ディスプレイの中で卯月ちゃんが目を丸くして、凛ちゃんが呆れた様子で首を振った。
「いつからそんな大層な番組になったの?」
「ついさっき。私の中で。世界に関する最初のお便りです。ラジオネーム美しい牛さんから。美しい牛って、どんな牛だろう」
「お肉が美味しいんじゃない?」
「見た目と味って関係してるのかなぁ」
「美味しいって、美しい味って書くし」
「なるほど。さっすが、しぶりん。では、次のお便りです」
「まだ読んでませんから!」
卯月ちゃんが声を上げて、二人があははと笑った。お笑いトリオのようだ。未央ちゃんは狙ってやっているとして、凛ちゃんはどうなのだろう。未だによくわからない。
「未央ちゃん凛ちゃん卯月ちゃん、こんにちは。こんにちは。前に服の話をしていましたが、僕は身につけるすべての衣類がユニ●ロです。興味がないわけでも、買うのが面倒なわけでもないのですが、気が付くとユニ●ロにいます。どうしたらいいでしょう。アドバイスをください。3人は一緒に服を買いに行ったりしますか?」
「全然世界関係なかったね」
凛ちゃんが最初の未央ちゃんのボケを拾い上げる。相変わらず真面目な子だ。
服というと、俺も無頓着な方だったが、卯月ちゃんと付き合い始めてからは雑誌を読んだり、若者向けの店に入ってみたりして、少しずつ感性を磨いている。一朝一夕で身につくものではないので、とにかく興味を持って触れてみるしかないと思うが、俺も卯月ちゃんと仲良くなっていなければ、今でも美しい牛と同じだっただろう。
「まずだけど、そもそもユニクロってダメなの? 私も時々使うけど」
凛ちゃんが不思議そうにそう言って、卯月ちゃんが二度ほど頷いた。同意しているように見えるが、卯月ちゃんはユニクロを使っていない。
二人の視線を受けて、未央ちゃんが静かに首を振った。
「ユニ●ロね。私も別に悪くないと思うけど、美しい牛さんは現状を変えたいんだよ。世界の再構築っていうの?」
「そのネタ、まだ引っ張るんだ」
「お友達の力を借りるのもいいかもだね。私もあーちゃんと買い物行くと、自分では選ばないものとか勧められて、新鮮な感動があるよ」
「私もこの前、響子ちゃんに都会の服装を教えてほしいって言われて、一緒にお買い物に行きました。教えるほど、自分のセンスに自信はないですけど」
3人が買い物のアドバイスをしながら、自分たちの買い物のスタイルや、最近買ったものの話をする。放っておいたらその話だけで30分終わってしまいそうだが、その辺は画面の外側でプロデューサーだかディレクターだかが上手くコントロールしている。
明日の準備をしながら、3人の声を聴いていたら、ふと知っている名前が読み上げられた。
「次のお便りは大暗黒さんからだね。いつもありがとう。未央ちゃん凛ちゃん卯月ちゃんこんばんは。こんばんは。忘年会のシーズンですね。今年はニュージェネのライブに参戦した後、ファンの仲間で忘年会をしようと話しています。3人はクリスマス会や忘年会はしますか? それでは、ライブを楽しみにしています」
ごく普通の内容だった。本人は変なヤツだが、文章はまともだ。
ニュージェネのライブというのは、クリスマスの週の日曜日に行われる、彼女たちの今年最後のライブである。年末で会場を押さえるのが難しかったのか、1部が凸レーション、2部がラブライカ、そして3部がニュージェネレーションズの合同で行われる。チケットは共通で、なかなかの競争率だったと聞くが、例のごとく俺は卯月ちゃんからチケットをもらっていて、もちろん1部から参戦する予定でいる。
このライブのために、卯月ちゃんからは早々にクリスマスは一緒に過ごせないと宣言されたが、それはもちろんわかっていたし、年末年始は仕事がないのでたくさん遊ぼうと言われていて、ライブもデートも楽しみにしている。
ラジオに耳を傾けると、未央ちゃんがシンデレラガールズのみんなで、事務所でライブの打ち上げも兼ねたクリスマスパーティーを開くと話している。それも事前に卯月ちゃんからぼんやりした話を聞かされていたが、だいぶ固まってきたのだろうか。今回はそれもあって、ライブの後も会えないし電話もできないと謝られた。もちろん、卯月ちゃんにはそんなことは気にせず、ライブに全力投球してほしいと言ったら、何故か拗ねられた。
「少しは気にしてください!」
実に難しい子だ。
ただただ楽しみな週末だが、一つだけ悩ましいイベントが入っている。今まさに大暗黒が書いていた、ライブの後の忘年会である。俺もこれに参加する予定になっている。
発端は水野からの電話だった。
『蘇我さん、クリスマスの週末、空いてませんか? Masque:Radeのチケットが一枚融通できそうで、是非一緒に行きたいんすが!』
連絡先だけ交換してから、結局一度も使われていなかったLINEに着信があったのが、2週間ほど前。積極的にやり取りすることはないだろうと思っていたので、その誘いには正直驚いた。
Masque:Radeとは、水野が推している佐久間まゆちゃん、卯月ちゃんがピンチェでユニットを組んでいる小日向美穂ちゃん、それにみくちゃんの相棒にして俺も個人的にやり取りのある多田李衣菜ちゃんたち5人のユニットだ。
ライブがあることはチケット販売期間に李衣菜ちゃんからメールが飛んできたので知っていたし、空いていれば興味がないことはなかったが、卯月ちゃんのライブがある以上、それより優先すべきイベントなど存在しない。もちろん、アイドル通の水野が今回のシンデレラガールズのイベントを知らないはずはないが、俺がチケットが取れたかがわからないので声をかけてきたのだろう。
わざわざ声をかけてくれたのは有り難いし、是非一緒に行きたいなどと言われれば嬉しいのは本当だが、ニュージェネのライブのチケットがあることを伝えると、水野は我が事のように声を弾ませた。
『おお、ニュージェネのチケット取れたんすね! 良かったっす! 俺も体が2つあったら行きたかったっす! あっ、大暗黒氏も行くので、もし会場で会ったらよろしくっす!』
何をよろしくお願いされたのかはわからないが、ひとまずホッとした。誘いを断るというのはパワーが要るので、水野が理解者で助かった。内心で安堵の息をついていると、水野が突然、真っ直ぐな善意の爆弾を投下してきた。
『そういえば、その日お互いのライブの後、忘年会をしようって話してるっす! 大暗黒氏も蘇我さんのこと言ってたし、もしその後空いてたら、夜だけでもどうっすか? 他にも来ますけど、なんなら俺と大暗黒氏で蘇我さん挟みますから! 蘇我さんとアイドル談義したいっす!』
数合わせや義務感で言っているのではないことは、声のトーンでわかった。オタクという人種は、良くも悪くも真っ直ぐな人間が多い。水野はまさにそういう人間だ。
正直に言えば気乗りはしなかったが、先に一つ誘いを断った後ということもあり、続けては断りにくい状況だった。もし本当に用事があれば迷いなく断ったが、生憎ライブの後は卯月ちゃんと電話すらできないことが確定しており、咄嗟に良い嘘も思い浮かばなかった。オタクは真っ直ぐなのだ。
まあ、水野も大暗黒も嫌いではないし、こうなったら前向きに参加して情報を集めるのもいいかもしれない。卯月ちゃんがシンデレラガールズ以外のメンバーと絡むことも増えてきたし、Masque:Radeで美穂ちゃんがどんな感じだったか興味がないこともない。
ただ、そういう繋がりを卯月ちゃんはあまり快く思っていない。後から問題にならないよう、明日返事すると言って、夜に卯月ちゃんに電話で確認すると、卯月ちゃんは少し考えるように間を置いてから言った。
『今回に関しては賛成です。宿り木さんも大暗黒さんも知ってるし、○○さんがどういう振る舞いをするのか、好奇心の方が強いです。デートの時に、ライブの感想と合わせてその忘年会の話も聞きたいです』
好奇心の方が強いという割には、声が硬かった。どう答えようか迷っていると、俺の困惑が伝わったのか卯月ちゃんが小さくため息をついた。
『その忘年会のことは、本当にいいんです。それより私が気になったのは、○○さんがそれを私に確認したことです』
「勝手に決めない方がいいと思って」
『私は、○○さんが私の顔色を窺って行動することを望んでいません。でも、それは私のせいかもしれませんね。○○さんが私のために確認してくれてるのはわかってるし、逆に確認するなって言ったら、全部断っちゃいそうだし……』
独り言のようにそう言って、もごもごと口ごもった。上手く言葉に出来ないようだが、言いたいことは十分に伝わった。要するに、卯月ちゃんがどう思うかも含めて自分で判断しろということだ。ただ、そうすると俺は安全のために卯月ちゃん以外の関係をすべて切り捨ててしまうが、卯月ちゃんはそれは望んでいない。
行っても怒るし、行かなくても怒る。あるいは、行ったら喜ぶし、行かなくても喜ぶ。そういう卯月ちゃんの感情を、卯月ちゃん本人に事前に決めさせてはいけない。行っていいと言ったら後から怒れなくなるし、行くなと言えばその責任がのしかかる。卯月ちゃんにそういう心の負荷をかけてはいけない。
十分理解した上で、次から気を付けると謝ると、卯月ちゃんはホッと息を吐いた。空気が悪くなることもなく、それから長々とライブとクリスマスの話をして通話を切った。それが2週間前のこと。翌日水野に参加の連絡をして、今に至っている。
人付き合いは難しい。俺はニュージェネのラジオを聴きながら、ゴロンと床に寝転がった。
LINEを開いて、大暗黒の名前をタップする。忘年会に参加すると決めてから、少しだけやり取りをしているが、最後のメッセージは1週間以上前だった。
『アーカイブでニュージェネラジオ聴いた。そういえば、大暗黒は凸レーションから参加?』
何も考えずに送ってから、改めて文面を見ると、まるで一緒に観ようと誘っているようだった。そういうつもりではなかったが、送った本人がそう思ったくらいなので、大暗黒もそう解釈した。
『もちろんです! クリスマス生みりあちゃんを拝むためなら、前日から並んでもいいです。蘇我さんも参加なら一緒にどうですか?」
よくわからないが、赤城みりあは大人気だ。前に水野も好きだと言っていたし、卯月ちゃんも天才だと一目置いていた。小学生の女の子に興味はなかったが、せっかくなのでライブではみりあちゃんに注目しよう。
『参加はするけど、前日から並ぶのは嫌だぞ?』
『ものの喩えですよ!』
『気持ちはありがたく受け取るよ。ニュージェネのために体力を温存したいから、凸レーションはゆっくり行くかも。大暗黒はラブライカは好きなのか?』
丁重に断りながら、話を逸らせる。大暗黒は特に気にした様子もなく、ラブライカを推す熱いメールを投げてきた。箱推し恐るべし。ラブライカにはまったく興味がなかったが、どうせ行くのなら新田さんとアーニャちゃんのことも知っておいた方が楽しめるのは間違いない。
大暗黒のレクチャーを受けながら、ふとこの男の本命はみくちゃんだったと思い出した。その週末はみくちゃんのイベントはないのか聞いてみると、大暗黒が無念の滲むメールを送ってきた。
『仕事はわかりませんが、イベントは無いはずです。相棒をMasque:Radeに取られて、一人で客席からペンライトを振ってるみくにゃんを思うと、自分はもう滾らずにはいられません!』
やっぱり変なヤツだ。別に一人で観に行くとは限らないが、大暗黒の中では可哀想なみくちゃんの物語が展開されているのだろう。
『滾るのか?』
『滾ります! あいやしかし、蘇我殿がそういうノリが苦手でしたら、蘇我殿の前では滾らないようにします!』
変なヤツだが、そういう配慮はできるらしい。確かに、対象が卯月ちゃんだったら複雑だが、みくちゃんなら滾るくらいは構わない。あまり下ネタに走られると反応に困るが、大暗黒はその辺りのラインは大丈夫だろう。
もちろん、一人の時に良からぬ想像でいたすのは好きにしたらいい。男としてその気持ちはわかるし、俺も頭の中で卯月ちゃんを穢した回数は数えきれない。卯月ちゃん自身もファンがそういうことをするのは仕方ないと言っていたので、恐らくみくちゃんも同じだろう。
大暗黒とメールしていたら、ディスプレイの中で3人が「またねー」と手を振った。少しやり取りに集中し過ぎた。話が途中の上、水野までLINEを投げてきたので、ピンチェの番組はまた今度にしよう。
二人に返事をしつつ、卯月ちゃんに番組の感想を投げながら、その日は遅くまで交流に勤しんだ。