街はいよいよクリスマスムードである。至る所でクリスマスソングがかかり、夜になるとそこかしこでイルミネーションが点灯して街を彩っている。
「○○さんは、クリスマスはいつも、どうやって過ごしてましたか?」
隣を歩く卯月ちゃんが、にこにこしながら俺を見上げた。夜に1、2時間会うだけの、いつも通りの短いデートも、なんだか特別に感じられるから不思議だ。
「特に何も。コンビニでケーキを買って、一人で食べたりとか」
「もっと奮発しましょうよ」
「クリスマスにケーキ屋に入って、カットケーキを1つだけ買う勇気はない」
「2つ買って、2つとも食べるとか」
「今年はそうしようかな」
「宿り木さんたちと、忘年会でホールケーキでも食べたらどうですか?」
卯月ちゃんが俺の手を握ったままくすっと笑った。野郎ばかりでケーキを食べるのもシュールな光景だが、そういうノリも悪くない。卯月ちゃんは冗談で言ったようだが、いっそ提案してみようか。
そんなことを考えていると、卯月ちゃんがいたずらっぽい目で俺を見て、耳元に顔を寄せた。
「今年はライブの後のデートまで、ケーキは我慢してください」
「もちろんその予定だけど……。もう絶対に正月ムードだよね」
「日本のあの、25日を過ぎたら一気に和風の年末ムードになるの、私は嫌いじゃないです」
ライブの2日後に年末最初のデートの約束をしているが、一応遅いクリスマスという名目で、特別な一日にしようと話している。もっとも、卯月ちゃんはライブの練習で忙しいので、プランは俺が考えることになっているが、その日はもうクリスマスソングもかかっていなければ、特別なディナーコースもない。
初売り、福袋、お年玉。年末ムード一色の街でクリスマス気分を味わうのは難しいかもしれないが、特別な日することは可能だろう。
そういえば、まだ卯月ちゃんへのプレゼントを買っていない。卯月ちゃんは一切その話をしないが、用意してあるのだろうか。それとも、すっかり忘れているのだろうか。
都会暮らしの高校生の女の子。そして、プレゼントなどファンからたくさんもらえるアイドルの卯月ちゃんが喜んでくれるもの。いっそ欲しいものを聞いてみたいが、話題自体が当日までのお楽しみという空気を感じるので、口にするのは憚られる。
卯月ちゃんと別れた後、一人で遅くまで開いているファッションビルに入ってみた。服はサイズがわからないし、好みがあるので却下だ。マフラー、手袋、帽子、耳当てといったあったかグッズは、すでにお気に入りのがあるだろうし、たくさんもらって余っているだろう。少し奮発してポーチや財布なんかもいいが、余計に難易度が高い。メイクの類はさっぱりわからない上、肌に合うとか合わないとかあるらしいから、もらって困る筆頭だろうし、高校生にもなってぬいぐるみなど送ったらドン引きされそうだ。
家に帰り、ネットでプレゼントを検索をしていると、みくちゃんから軽いタッチのメッセージが飛んできた。
『○○ちゃん、豆腐ハンバーグの存在をどう思う? お肉のハンバーグを期待させておいてあの不意打ち感を、みくはとても許容できない』
最初に名前が書いてなかったら、送り先を間違えたのではないかと思うほど、ただの世間話だった。恐らく寮で李衣菜ちゃんか響子ちゃんが豆腐ハンバーグを作ったのだろう。
『みく、大人になれ』
シンプルに返すと、すぐにまたメッセージが来た。
『みくはハンバーグの前では子供のままでいたい』
話が完結した。とは言え、ここで俺の方からやり取りを終わらせるのは、いくらなんでも素っ気ない。
ふと、卯月ちゃんへのプレゼントを考えていたことを思い出した。都会の女子高生で、プレゼントをたくさんもらえるアイドルの女の子であるみくちゃんなら、俺には思い付かないアイデアがあるかもしれない。
『相談なんだけど、みくちゃんはクリスマスにプレゼントをもらうとしたら、何がいい?』
気楽に送ったら、既読がついて2秒で電話がかかってきた。焦りながら通話ボタンを押すと、スピーカーからみくちゃんの弾んだ声がした。
『なになに? ○○チャン、みくにプレゼントくれるの!?』
「大きな誤解だな。知的な好奇心が疼いて、一般論として知りたいだけ」
『そっかー。じゃあ、そういうことにしておくね!』
何やら嬉しそうだ。本当に誤解なのだが、強く否定するのは可哀想だし、誰にあげるのかと詮索されても面倒である。
返事を待っていると、みくちゃんはうーんとわざとらしく唸ってから、明るい声で言った。
『マフラーかな!』
全然俺には思い付けないアイデアではなかった。俺はがっかりして首を振った。
「俺はみくちゃんに、もっと斬新な何かを期待していた」
『平凡が一番! 赤系のがいい。もこもこしたのより、すっきりしたヤツ。でもあったかいのがいい』
「細かいわ! みくちゃん、マフラーなんか星の数ほどもらってるだろ? 毎日違うのをつけれるくらい」
今さら一つ増えても喜びがないのではと尋ねると、みくちゃんは「そんなには持ってない」と冷静に突っ込んだ後、明解な答えを投げてよこした。
『誰からもらうかが大事だから。そんなの、○○チャンも同じでしょ?』
「それはそうか」
確かに、俺も愛用の財布を持っているが、もし卯月ちゃんが財布をくれたら嬉しいし、多少好みと違ってもそれを使うだろう。
それなら卯月ちゃんにもマフラーでいいかと思ったが、もしここでマフラーにしたら、プレゼントをみくちゃんに決めてもらったことになってしまう。あまり考えていなかったが、みくちゃんに聞いたら、みくちゃんが言ったものは買えない。これ以上この会話を続けると、どんどん選択の幅を狭めることになってしまう。
「ありがとう。参考にするよ」
サラッと終わらせようとしたが、お話好きの女の子がはいそうですかと切るはずがなかった。
『参考にしなくても、赤いマフラーでいいよ?』
「言ったものを買われても、買わせたみたいで嫌だろ?」
『それは一理あるね』
みくちゃんが納得したようにそう言った。これはもう、何かしら買わないといけないだろう。とにかく買うことを否定して、では誰にあげるのかという話題になるのだけは避けたい。
俺が出を窺っていると、みくちゃんがいたずらっぽく「いつもらおっかなー」と呟いてから、思い出したように言った。
『そういえば○○チャン、Masque:Radeのライブは来るにゃ? じゃない。来るの?』
「残念ながら、もちろん卯月のライブに行くよ」
当然のように答えると、みくちゃんは「だよねー」と独りごちた。やはりみくちゃんはMasque:Radeのライブに行くらしい。独りぼっちでペンライトを振るみくちゃんに滾るオタク仲間の顔を思い出していると、みくちゃんがとんでもないことを言い出した。
『みくもそっちに行こうかな』
「いやいやいや! 普通に考えて、李衣菜ちゃんの方でしょ!」
あまりの驚きに声が裏返って恥ずかしくなる。スピーカーからみくちゃんの不思議そうな声がした。
『なんで?』
「なんでって、相方だろ?」
『みく、シンデレラの一員だし、一緒に活動してるメンバーが8人も出るイベントに行くのは、すごく普通だと思うけど』
スピーカー越しでも首を傾げているのがわかる。
確かに、言っている内容はおかしくない。アスタリスクという一ユニットでコンビを組んでいるだけの李衣菜ちゃんより、8人の仲間を優先するのは、何もおかしくない。寮で一緒の友達もいるだろう。
おかしいのは、Masque:Radeのライブに行くと決めていたみくちゃんが、何故突然シンデレラのイベントに来る気になったのかだ。数分前と変わったことと言えば、俺がプレゼントを買うのが決まっただけである。つまり、みくちゃんはそれを目的に来るということだ。
「みくちゃん、俺と会うのはいつでもできるから、予定通り李衣菜ちゃんの方に行った方がいいって!」
意図せず強い口調になってしまった。スピーカーの向こうでみくちゃんが息をのむ。
俺はさらに焦った。これではまるで、みくちゃんを拒絶しているみたいだ。それに、懐いてくれているまだ15歳の女の子に、叱るような語気になってしまった。このくらいの歳の女の子は、無理になったらそれでおしまいである。二度とそれから好かれることはない。
卯月ちゃんとの約束もあるし、個人的にもみくちゃんに嫌われたくはない。どうしたものか頭をフル回転させて考えていると、みくちゃんが怒ったような呆れたような声で言った。
『○○チャン、それはちょっと自惚れが強いにゃ。別にみくは、○○チャンに会うだけのためにそっちに行くわけじゃないよ?』
「あっ、うん。反省してる。ごめん」
素直に謝ると、みくちゃんが大げさにため息をついてから、少しだけ声を低くした。
『未央ちゃんやきらりちゃんたちのライブも見たいし、仲間としてライバルとして知っておきたいって思う。こっちも智絵里ちゃんがいるけど、やっぱりMasque:Radeはまゆちゃんと美穂ちゃんが中心のユニットって感じだし』
「そうなんだ」
『歴が違うからね。それに、これは本当に内緒で、○○チャンにだけ話すけど……1回しか言わないからね? みくは、まゆちゃんがちょっと苦手にゃ。嫌いじゃないよ? 寮では仲良しだし。ただ、ファンに対するスタンスが全然違うから、お仕事はそんなに積極的に見たいと思ってないにゃ』
饒舌に語る。あまりネガティブなことを言わないみくちゃんが、そういうことをベラベラ喋るのは珍しい。何か余裕がないように感じるが、聞いている俺の方にもそれを考える余裕はなかった。
それにしても、水野が推しているまゆちゃんを、大暗黒が推しているみくちゃんが苦手としているのはなかなか興味深い。俺はまゆちゃんをよく知らないが、逆に興味が沸いてきた。
『そういうわけだから、みくは元々そっちに行きたかったの。○○チャンのプレゼントをもらいに行くのはついでなの。わかった?』
「わかった。よくわかった」
『ならいいけど。じゃあ、一緒にライブ観ようね』
「……ん?」
一瞬、言葉の意味が理解できなかった。今の「じゃあ」は、何と何が繋がっていたのだろう。
電波の向こう側で、みくちゃんが得意気に凸レーションの話をし始めた。ほとんど知らないユニットなので情報は有り難いが、その前に今の発言を整理しておかないと、後で大変なことになる。
「みくちゃん、俺と一緒にライブを観るの?」
『みくにぼっちでペンライト振れって? ピンチェのファーストライブ、一緒に観たでしょ?』
「あれは李衣菜ちゃんがいたから。二人でいるところを見られたらまずいって、昔みくちゃんが言ったじゃん。ほら、猫のぬいぐるみがいっぱい置いてあるカフェで」
今こうしてみくちゃんと話をしている発端。卯月ちゃんとのデートの最中、バカップルよろしく、卯月ちゃんが俺にパフェを食べさせようとしたところをみくちゃんに目撃されて怒られた。
いくらみくちゃんに他意はなくても、周りにはカップルに見えてしまうかもしれない。そう忠告すると、みくちゃんは不服そうに唸ってから、仕方なさそうに頷いた。
『わかったにゃ。じゃあ、誰か連れていく。響子ちゃんもピンチェバラバラで暇してるはずだから、誘ってみる』
「ああ、うん」
そういうことではない。響子ちゃんを誘えるなら、響子ちゃんと二人で行けばいいと思うが、これ以上みくちゃんの誘いを無下にするのは得策ではない。
本当は卯月ちゃんに助言を求めたいが、つい最近、いちいち確認するなと怒られたばかりである。どう考えても絶対にいい顔はしないだろうが、もう俺には手立てがない。何気なくプレゼントの相談をした時点で、戦況は詰んでいたのだ。
それから凸レーションとラブライカについて、基本的なことからアイドル仲間しか知らないようなことまで色々レクチャーされ、通話を切ったらヘトヘトになっていた。もはやプレゼントを考える余力など残っていない。しかも、みくちゃんのプレゼントまで追加されてしまったし、もし響子ちゃんが来るなら、目の前でみくちゃんにだけあげるわけにはいかない。
二人にはお菓子がいいだろう。みくちゃんはマフラーを欲しがっていたが、形に残るものは渡さない方がいいことくらい、経験の乏しい俺にもわかる。みくちゃんが卯月ちゃんの前で、俺のあげたマフラーをつけている光景など、想像するだけで震えが来る。
スマホを見ると、LINEのアイコンに赤色のマークがついていた。水野かと思って開いたら卯月ちゃんからだった。
『電話がちっとも繋がらない。さてはまたみくちゃんですね?』
ぞわっとした。部屋にカメラでもついているのだろうか。それとも、みくちゃんが通話しているのを、寮で見ていたのか。
卯月ちゃんは自宅なのでそんなはずがないのだが、人間テンパると思考がおかしくなる。慌てて電話をかけると、スピーカーから卯月ちゃんの眠そうな声がした。
『○○さん、今まで電話してたんですか?』
「9対1くらいでみくちゃんが喋ってた。俺はその、カカシみたいな感じだった」
『えっ? 本当にみくちゃんとだったんですか? 冗談だったのに……』
空気がひんやりした。おしまいだ。考えてみたら、冗談で言ったに決まっている。もっとも、隠すつもりはないから、いずれは知られることだ。
「みくちゃんが、豆腐ハンバーグの存在が許せないって言ってたけど、卯月ちゃんはどう?」
世間話のように切り出したが、卯月ちゃんは乗ってきてくれなかった。少しだけ間を置いて、低い声で言った。
『私、眠たいから今日はもういいですか?』
「あ、うん。遅くにごめん……」
『じゃあ、おやすみなさい』
プツッと通話を切られて、俺は倒れた。みくちゃんにはお菓子にしようとか、そういう次元の話ではなかった。みくちゃんには悪いが、凸レーションとラブライカのライブは回避して、ニュージェネのライブだけを最前列で見るのがいいかもしれない。いや、もうそういう次元ですらないかもしれない。
せっかく今日、楽しくデートしたのに、どうしてこうなってしまったのか。少しだけみくちゃんを恨み始めたら、スマホが震えた。卯月ちゃんからの絵文字つきのメールが表示される。
『大丈夫だと思いますけど、冗談ですからね? 別れ話とかやめてくださいよ?』
ドッと疲れた。俺は長い息を吐いて起き上がった。
『ショック死するところだった。世界のすべてを恨むところだった』
『効果があったなら、意地悪してよかったです。○○さんが全部話してくれる内は安心です。告白されるまでは、みくちゃんを可愛がってあげてください』
『そういうのじゃないって言ってた』
『どういう会話からその発言が出たのかとても気になりますけど、今日はもう寝ますね。○○さんは私の曲を20回くらい聴いてから寝てください』
どうやら本当に怒ってはなさそうだ。俺は「おやすみ」と打ってから、スマホで卯月ちゃんの曲をかけて横になった。とても疲れたが、命令なので卯月ちゃんの曲を20回聴こう。
なんだかとても長い一日だった。夕方、卯月ちゃんと会ったのが何日も前のことに感じる。卯月ちゃんの甘い歌声を聴きながら、俺はいつの間にか眠りに落ちた。