※この作品はR-18です。

卯月とファンの恋物語『2』~   作:水原渉

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少し遅めのクリスマス。卯月と特別なデートを楽しむ僕ら。


卯月とファンの恋物語9
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 今年も残すところ一週間を切った。学生はとっくに冬休みで、社会人も仕事納めまであと数日。テレビをつければどの局も尺の長い特番をやっていて、ニュースでは帰省ラッシュの混雑予想と、海外へ飛び立つ空港の賑わいを映している。

 例年ならもちろん俺も実家に帰るのだが、今年は愛して止まない彼女から、「年末年始はたくさん会いたいですね。初詣とか一緒に行きたいですね」と、実に軽いタッチで言われていて、帰ろうか悩んでいる。親元を離れて暮らしているから、お盆や年末年始に帰省イベントが発生するのは常識だと思うのだが、卯月ちゃんの頭の中にはまったく無いらしい。

 あるいは、わかっていて先に言葉で縛ってきているのかもしれない。最近、年齢相応に甘えたり我が儘も言ったりして、それがまた可愛くてしょうがないのだが、卯月ちゃんに時間があるのなら、俺だって会いたい。毎日でも会いたい。もし卯月ちゃんと元旦から一緒にいられるなら、親から薄情者だと罵られても構わない。

 今年はただひたすら卯月ちゃんを想い続けた一年だった。もちろん、年始に実家で今年の抱負なんぞを立てた時から、全力で卯月ちゃんを応援する一年にするつもりでいたが、こういうことになるとは夢にも思わなかった。春のあの日が衝撃的すぎて、今年序盤の記憶はもちろん、それまでどうやって生きていたのかすらあやふやになっている。それくらい、生活のすべてが変わった。

 奇跡は起きないから奇跡というのだと、かつて誰かがそう言ったが、世界中の幸運と全宗教の神の恩恵があの日あの時あの場所に集まった結果、俺は卯月ちゃんの彼氏になれた。定期的にそんな話をすると、卯月ちゃんは決まって呆れながらこう答える。

「会えたのは偶然ですけど、付き合ってるのは○○さんが猛烈にアタックしてきたからであって、別に奇跡でもなんでもありません」

「まったくそんなことをした覚えはないんだけど」

「だとしたら、天然のナンパ師ですね。怖いから近寄らないでください」

 もしあの日会えていなかったらどうなっていただろう。俺は卯月ちゃんのことが好きで、卯月ちゃんも少なからず俺に好意を抱いてくれていたとしても、やはりきっかけがなければ何も変わらずにいただろう。その後ライブ会場で水野と知り合い、もしかしたら俺は今頃、仲間と一緒に他のアイドルの追っかけも始めて、卯月ちゃんを知らない内に悲しませていたかもしれない。

 もっとも、卯月ちゃんと付き合っていなければ、みくちゃんや響子ちゃんとは仲良くなっていないし、水野とももっと距離を置いていたかもしれない。結局、一番幸せな状態にある今以外のことを考えてもしょうがない。幸せを再認識することは大事だが、まずは明日のデートである。

 クリスマスは終わってしまったが、明日は一応クリスマスデートという名目で過ごすことになっている。その翌日にも何故かみくちゃんと響子ちゃんを交えて、4人で遊ぶ約束になっているが、だからこそそれとはまったく異なる、二人きりの時間を存分に過ごしたいと卯月ちゃんからも言われている。

 丸一日のデートは久しぶりだ。それに、特別なデートはファーストデート以来で、どうしてもあの失敗を思い出してしまうが、今回は気楽に考えている。外は寒いし、観光地は混むし、ボウリングとかビリヤードとかして、ショッピングして、ケーキを食べて、最後にディナーだけ少々高級な店で食べられたらそれで十分ではなかろうか。卯月ちゃんがホテルに行きたそうなことを言っていたが、あれは真に受けていいのかわからないので、当日の様子を見て判断しようと思っている。日によって気分は違うだろうし、ぶっちゃけたところを聞けない仲でもない。

 事前に卯月ちゃんから、明日の服装はどうしたらいいかと電話で聞かれ、秘密にするようなプランでもなかったので、街遊びを考えていることを伝えた。卯月ちゃんはふむふむとマンガのように呟いてから、明るい声で言った。

『それなら、そこまで歩きやすい靴じゃなくてもいいですね。お店は、ドレスコードとかありますか?』

「そんなのがあったら、俺が行けない。なんでもいいよ」

『なるほど。じゃあ、水着で行きますね』

「おう、来てみろ」

『寒そうだから止めておきます。高層ビルのレストランで、夜景を見ながらお食事なんて、今から楽しみです』

「そんなこと、ひと言も言ってない」

 ひとまず、ありふれた街遊びと知ってがっかりした様子もないので、明日はそのままの計画で進めることにした。

 準備は夜の内に済ませる。大抵、着ていく服を朝考えると、時間がギリギリになってしまう。プレゼントも忘れずにバッグに押し込んで、早めに布団に潜り込んだ。

 電気を消すとスマホが震えて、見るとホーム画面に、みくちゃんから明後日の話がしたそうなメッセージが表示されていた。楽しみにしてくれているのはとても有り難いが、生憎俺は2つのプランを同時に企画できるほど器用ではない。

 明日卯月ちゃんと一緒に考えたいと思っているが、二人の時にみくちゃんたちの話をするのは嫌がるだろうか。遊びに誘ってきたのは卯月ちゃん本人だが、この辺りはその日の気分で答えが変わるので、明日会ってから考えよう。

 既読スルーを申し訳なく思いつつ、スマホを放り投げてさっさと眠りに落ちた。

 

 翌日、天気は曇り。すっきり晴れなかったのは残念だが、この季節はこんなものだと諦める。それより、年末の割に寒くなかったのがよかった。

 朝8時。なるべく長くいたいという卯月ちゃんの嬉しい希望により、随分早く待ち合わせたが、生憎本人から少し遅れると連絡があった。メイクがイマイチで、やり直していたら遅くなってしまったらしい。実に女の子らしい理由だ。

 駅前のベンチに座って、少しずつ人が増えていく交差点を眺めていると、改札の方から卯月ちゃんがやってきた。コートを着ているので服はわからないが、下は膝下のスカートに、踵の厚いブーツを履いている。

 いつもより頭の位置が高い卯月ちゃんを見つめていると、卯月ちゃんはほわっと白い息を吐いて少しだけ頭を下げた。

「自分で指定しておいて、遅れてごめんなさい」

「5時間待った」

「それだけ待ったなら、私の遅れは誤差ですね」

 何やら知的な返し方をしながら、卯月ちゃんが笑顔で俺の手を握る。とりあえず朝ご飯にしようと、近くの喫茶店に向かって歩きながら、俺はひとまず今日のデートが無事に始まったことに安堵した。

 卯月ちゃんが不思議そうに見上げたので、世間話のように今思ったことを伝える。

「マンガとかだと、デートには邪魔が入ることが多いけど、俺たちは卯月ちゃんの忙しさの割には、邪魔が入らないと思って」

「確かにそうですね。急なお仕事が入ったりとか、風邪を引いたりとか、お話だとよくありますね」

 卯月ちゃんが合点がいったように頷いた。急に誘って空いていないことはあっても、事前にした約束が流れたことは一度もない。

 頑張って予定を空けてくれているのかと尋ねると、卯月ちゃんは否定するように首を振った。

「もちろん、よほどのことがない限り先約を優先しますけど、そのよほどのことも無いですね。ユニットで活動してるから、ピンのお仕事がそんなに無いのもあるかもしれません」

 的確な分析だ。少しずつ知名度が上がってきたとはいえ、世間的にはシンデレラガールズという企画や、ニュージェネやピンチェのようなユニットでしか認知されていない。ピンの仕事がなければ、急な呼び出しも少ないだろう。

「仕事、増えるといいね。忙しくなってほしいわけじゃないけど」

 誤解のないように付け加えると、卯月ちゃんは「そうですね」と曖昧に微笑んだ。

 都内にも店舗の多いチェーン店に入って、ホットサンドとコーヒーを注文する。卯月ちゃんは同じホットサンドとカフェラテを注文して、番号札を受け取って席についた。少し遅れたおかげか、サラリーマンも少なく、店内は程よく空いていた。

 運ばれてきたホットサンドを一口食べてから、卯月ちゃんが再び先程の話を切り出した。

「さっきの話、高校生の内は今のままでいいかなって思っています」

「仕事の分量?」

「分量というよりは、内容でしょうか。私、ステージで歌ったり踊ったり、ファンの人たちとお話ししたりするのが好きなんです」

 それはもちろんそうだろう。卯月ちゃんはそれがしたくてアイドルになったのだから、改めて言うような内容ではない。

 よくわからないと表情で訴えると、卯月ちゃんは苦笑いを浮かべて続けた。

「ずっとこのお仕事をしたいと思っていますから、それだけでやっていける限界はあると思います。先輩たちは、バラエティーに出たり女優さんになってドラマや映画に出たりしています。でも、私はそういうことがしたいのか、自分でもよくわかってないんです」

「なるほど」

 俺はただ感心して頷いた。卯月ちゃんはずっとステージの上にいると思っていたが、アイドルとして売れる年齢的限界は確かにある。そうなると、次のステップを考えなくてはいけない。そのまま歌手になる人もいれば、声優になる人もいる。果たして将来は今の活動の延長線上にあるのか、それとも別に動く必要があるのか、俺にはさっぱりわからない。

 何のアドバイスもできずにいると、卯月ちゃんは明るく笑ってカップを取った。

「この話はやめましょう。悩んでるわけじゃないし、ちゃんと考える時は○○さんにも相談します」

「頼ってくれるのは嬉しいよ」

「期待してますね。もう、全部○○さんの言う通りにします!」

「やめてくれ」

 頭を抱えると、卯月ちゃんがふふっと笑った。昇天しそうなほど可愛い。

 明るい空気になったので、食事をしながら一昨日のライブの話をする。1部の凸レーションの感想から話していると、昨夜に引き続きみくちゃんからメールが飛んできた。今度は少々お怒りの内容だったが、未読のままポケットに戻すと、卯月ちゃんが軽いタッチで聞いてきた。

「みくちゃんですか?」

「うん。明日の話をしたいみたいだけど、後でいいよ」

「明日のことなのに何も決まってないのは、確かに不安になりますよね。返してあげてください」

 いくらなんでも可哀想だと目で訴えるので、もう一度スマホを取り出した。この場合、卯月ちゃんに見せた方がいいのか迷ったが、みくちゃんに悪い気がしたのでやめておいた。代わりに口頭で内容を伝える。

「昨日のメールも未読のままで、どういうつもりだって」

「あまり未読が続くと、生きてるのか心配になりますから、みくちゃんに深く同情します」

「生きてるって返しておく」

 そう言うと、卯月ちゃんは冗談と思ったのか、呆れたように肩をすくめた。

 本当に「生きてる」と4文字送ってスマホを置くと、1分もしない内に返事が届いた。

『そこは本題ではない』

 どうしたものかと、画面を卯月ちゃんに見せた。

「主催者の島村卯月さん。明日の予定、何か考えてる?」

 責任を押し付けるように言ってみる。明日の約束は卯月ちゃんからもたらされたものである。二人が実家に帰る前に遊ぼうと言ってきたのだが、言い出しっぺが卯月ちゃんかはわからない。

 どう考えても俺だけ浮いていたので、3人で遊んだらと提案してみたが、卯月ちゃんに却下された。二人に関係を打ち明ける気かとハラハラしながら聞いてみたら、「そんなわけでないですよね?」と呆れられた。相変わらず何を考えているのかよくわからない。

「主催者としては、美穂ちゃんたちの謎解きゲームなんて面白そうだなって思ってますけど、もしかしたらみくちゃんはもうやっちゃったかもしれませんね」

 スマホの画面に目を落としながら、卯月ちゃんが言った。聞いたことのない話だったので詳しく尋ねると、最近新宿の某所でMasque:Radeの謎解きゲームが始まったらしい。言われてみると、ピンチェの番組でそんなようなことを言っていた気がしないでもないが、まったく興味がなかったので忘れていた。

 Masque:Radeといえば李衣菜ちゃんがいるので、みくちゃんはすでに参加しているかもしれない。卯月ちゃんの許可の下、みくちゃんに今の内容を送ってみた。

『卯月が、Masque:Radeの謎解きがやりたいって。みくちゃん、もうやっちゃった? 50回くらい行った?』

 送信ボタンを押すと、卯月ちゃんが呆れたように言った。

「最後のテキトーな感じの一言がいいですね」

「テキトーなのがいいの?」

「仲がいい感じがします」

「誰に対してもこんな感じだよ」

 昨日の水着の会話もそうだが、卯月ちゃんにも割とテキトーなノリで返している。そう言うと、卯月ちゃんは「私だけ特別なんだと思ってました」と残念そうにため息をついた。がっかりされても困るが、メールに関してはこれが通常のノリである。

『まだ行ってない。卯月ちゃんと響子ちゃんとなら楽しそう!』

 みくちゃんから明るい返事が来たので、詳細はまた夜に送ると返してスマホをしまった。明日も楽しみだが、ひとまず今日は卯月ちゃんに全神経を注ぎたい。

「そろそろ出ましょうか」

 卯月ちゃんがトレイを持って立ち上がる。時計を見たら、1時間ほど経っていた。それでもまだ10時前だ。今日という日はまだまだこれからである。

 

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