※この作品はR-18です。

卯月とファンの恋物語『2』~   作:水原渉

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 ディナーの予約まで1時間半程度。お腹は鳴るほど空いているし、体も疲れて休息を欲しているが、今ここで喫茶店に入ってケーキというのはどう考えても得策ではない。

 意見を求めると、卯月ちゃんもお腹をさすりながら情けなく眉をゆがめた。

「とてもお腹が空きましたけど、ここで何かを食べるという選択肢はないですね」

「甘いものは別腹?」

「それは食後の話です」

 雑な振りだったが、目から鱗が落ちる答えが返ってきた。なるほど、確かにケーキを食べても腹は膨れる。

 それにしても、時間配分を間違えた。1時間半は実に中途半端だし、こんなにも腹が減るなら、やはりカラオケの後、軽く何かを食べるべきだった。

 無念を訴えると、卯月ちゃんが困ったように笑った。

「休憩で入ったホテルが、全然休憩じゃなかったせいですね」

「運動だった」

「私は寝ていただけです。○○さんが一人で暴れているのを、冷静に眺めてました」

「冷静ねぇ」

 確かに卯月ちゃんは寝ていただけだったが、随分汗も声も出ていた気がする。白けた眼差しを向けたが、平然と笑って流された。

 すっかりエッチな話題にも動じなくなった。いちいち赤くなっていた頃が懐かしいが、慣れたのはお互い様かもしれない。

 ホテルに行く前にダーツが候補に挙がっていたのを思い出して、事前に調べておいた店に向かった。ビリヤードだと時間貸しなので、細かい時間調整には向いてない。

 運良く台が空いていたので、ハウスダーツを借りてテーブルにつく。まずは練習にと、卯月ちゃんが投げた記念すべき1投目は、ボードに届かずに床に落ちた。順当だ。

「結構力を入れないとダメですね」

 そう言って投げた2投目は円の外に突き刺さり、3投目はどうにか得点の入る場所に刺さった。

 カウントアップは好きではないので、301をやることにした。ルールを説明して、卯月ちゃんから投げてもらう。

 1投目はボードを外したが、力なく弧を描いた2投目が19のダブルに刺さって幸先の良い出だしを切る。

 かく言う俺も久しぶりの上、狙ったところに当てられるほどでもないので、二人で低レベルな争いを繰り広げた結果、どちらも301を達成できずに終わった。

「手加減しなくても大丈夫ですよ? 0になるところを見たかったです」

 最後17になってから2ラウンドミスった俺に、卯月ちゃんがいたずらっぽく笑った。もちろん、俺が手加減などしていないことをわかった上で言っている。

「じゃあ、次は本気を出すかな。泣かないでね?」

「私、だいぶわかってきたから、次は勝てそうな気がします。○○さんのプライドを傷付けないか、それだけが心配です」

 不敵に笑い合って始めた2戦目は、ラスト74を運良く沈めて早々に勝負がついた。時間があったので3戦目をやる。手加減したつもりはなかったが、卯月ちゃんがブルと20のトリプルに当てた上、最後に残った28を14のダブルで決めて持って行った。

「ダーツ、面白いですね。レベル差もあまり無いみたいだし、二人で楽しめますね」

 卯月ちゃんが嬉しそうに声を弾ませたが、今のは軽いディスだろうか。俺が苦笑いを浮かべても、卯月ちゃんは勝ち誇ったように笑っていたので、どうやら狙って言ったようだ。懸念の通りプライドが傷付いた旨を伝えると、卯月ちゃんは「それは残念ですね」と楽しそうに微笑んだ。

 そろそろいい時間になったので、店を出てレストランに向かった。すっかり暗くなった外は、季節相応に冷え込んで寒さが上着を貫通してきた。一日中温かい予定だったが、そもそもそんな予報ではなかったと卯月ちゃんに呆れられた。

 駅から15分ほど歩いたところにある、白い洋風の建物が予約したイタリアンレストランである。下見をしていたので迷うことなく辿り着くと、卯月ちゃんが驚いたように眉を上げた。

「わざわざ下見までしたんですか? そういうところ、感心します」

「一応。本当は一人でランチでも食べに来ようかと思ったけど、やめておいた」

「それは、やり過ぎです」

 店内に入ると名前を告げて、奥のテーブルに案内される。すでに何組かいるが、いずれも若いカップルだ。家族連れで来る店ではない。

 まずは飲み物を聞かれ、卯月ちゃんがオレンジジュースを頼んだ。俺もソフトドリンクでよかったが、なんとなくサングリアの赤を頼む。

「サングリアってなんですか?」

 店員さんが戻ってから、卯月ちゃんが声を潜めて聞いてきた。果物の風味のする赤ワインだと答えると、卯月ちゃんはメニューを見つめながら微笑んだ。

「美味しそうですね。こっそり一口ください」

 悪い子だ。

 乾杯をしてしばらくすると、実にオシャレに盛り付けられた前菜が運ばれてきた。タコのカルパッチョやらスモークサーモンやら色々乗っているが、料理にはあまり明るくない。どれも美味しい。

 卯月ちゃんが何気ない仕草で俺のグラスを取って、一口飲んだ。それから少しだけ首をひねって、「ジュースですね」と笑う。悪い子だ。

 前菜の後は鯛の何かが運ばれてきて、それからパスタがやってきた。食べ物の感想しか話していないので、美味しいものを食べながらも普段通りに喋りたいが、庶民には無理だ。

「スープパスタ的な感じですね。カニの味がします」

「卯月ちゃんはお嬢様だし、アイドルだし、美味しいものたくさん食べてそう」

「今のところ、今日のコース料理が人生で一番高いですね」

 思ったよりもこちら側の人間のようだ。なんとなくほっとする。

 プレゼント交換は食事の後ですることにして、じっくりと料理を楽しむ。トマトベースと思われるエビの何かが運ばれてくると、そのソースにふかふかのパンを浸して口に運んだ。これも美味しい。

 メインディッシュのステーキは適度に歯ごたえがあって、噛むとしっかりとした旨味が口の中に広がった。

「こんな美味い肉、人生で初めて食べた」

「私もです。記念日と言わず、定期的にやりたいですね」

「お金がもたない」

「いっぱい稼ぎますから、○○さん、たくさんブロマイドを買ってください」

「そのお金を食事に使おう」

 冷静に伝えると、卯月ちゃんは「冗談ですよ」と笑った。

 デザートの盛り合わせとコーヒーが運ばれてくると、卯月ちゃんが先にバッグからラッピングした紙袋を取り出した。それを無造作に俺に押し付ける。

「はいこれ、クリスマスプレゼントです」

「なんか、雑じゃない?」

「もうクリスマス過ぎてますしね」

 開けると、シンプルなマフラーが入っていた。ただ、広げてみると随分と短い。

「ショートマフラーです。寝る時にでも使ってください」

「ショートマフラーっていうアイテムを初めて聞いた」

「編んでたんですけど、何度も失敗したり、ライブの準備で忙しかったりして、それしか出来ませんでした」

 卯月ちゃんが情けなく眉を曲げて、俺は驚いて思わず身を乗り出した。

「これ、手編みなの?」

「商品と間違えるような出来ではないと思いますけど」

「いや、どう考えても忙しかっただろうと思って」

「商品と間違えるような出来ではないことは否定しませんでしたね?」

 卯月ちゃんがいたずらっぽく唇の端を上げる。なかなか細かい言葉尻を捕まえてくる子だ。しかし、よく見ると確かに歪んでいたり、縫い目に違和感があったりと、手作り感満載だった。

「早速明日つけよう」

「お願いですからやめてください。みくちゃんはともかく、響子ちゃんに見せるのは恥ずかしすぎます」

 確かに、響子ちゃんと言えば料理というイメージが強いが、家事全般に加えて、裁縫も得意だという。編み物もそつなくこなしそうだ。

 俺の方は、結局無難にペアリングにした。俺は青、卯月ちゃんはピンクゴールドのシンプルなデザインだが、刻印ができたので、偶然街で出会った4月の日付を入れた。

「無難っていうか、サイズもわからないのに指輪を買うって、結構チャレンジャーですね」

「まあ、どれかの指には入るだろうと思って」

「普通は同じ指に填めるものだと思います。ちなみに、ぴったりなのは薬指ですね」

 卯月ちゃんが右の薬指に填めた指輪を見せながら、いたずらっぽく笑う。確かに、自分は人差し指なのでバランスが悪い上、薬指というのは少し特別感があって失敗した気がしないでもない。

「右ならいいんじゃないですか? いつか特別な指輪を買ってくれるなら、このサイズなので覚えておいてください」

 卯月ちゃんが明るく笑って、指輪はつけたまま箱だけしまった。嬉しそうなので何よりだが、やはり違う指なのは違和感がある。

 卯月ちゃんもマフラーを失敗したと言っていたし、今年のクリスマスは二人とも失敗ということで手を打とう。

 会計を済ませて外に出ると、指輪をした同士の手を握った。楽しい時間はあっという間と呟くと、卯月ちゃんがくすっと笑った。

「次が最後の曲です」

「アンコールは?」

「明日もありますから、今日はアンコールは無しですね。2Daysです」

「無駄にカッコイイ響き」

 楽しい一日だった。一緒にカラオケで歌ったのが遥か昔のことに思えるくらい、たくさんのことをした。

 それでも、まだ足りない。もっともっと一緒にいたい。

 駅前に戻ってくると、卯月ちゃんが手を離して、指輪を顔の前に持ってきた。それから、探るような目で俺の顔を覗き込む。

「日付、街で会ってキスをした日ですね」

「うん。一番特別な日だと思って」

「私はあの日から○○さんと付き合っているつもりでしたけど、○○さんはそうじゃなかったことを思い出しました。○○さんの中では、私が初めて部屋に行った日が、付き合い始めた日になっていますか?」

 懐かしい話を持ち出してくる。確かに、卯月ちゃんが交際ステータスになっていた時、俺はまだ島村卯月が自分の彼女だなどと思ってもいなかった。正式に付き合ってほしいと言ったのは今卯月ちゃんが言った日だが、あの日は喧嘩から始まったので記念日としてはどうだろう。初めてエッチをした日と言えば特別感はあるが、やはり街で出会ったあの日が一番大切だ。

「指輪に刻印した日がいいよ。付き合い始めた日」

「わかりました。私は元々そのつもりでしたし、1周年はまた美味しいものを食べましょう」

 どうやら今日の食事は、俺の予想以上に喜んでもらえたらしい。確かに美味しかったし、俺自身、これまでの人生で食べた中で一番だった。

「それじゃあ、また明日。今日も楽しかったです」

 卯月ちゃんがずいっと俺に顔を寄せて、軽く唇を合わせた。ひんやりした唇の感触に背筋が震える。

 あっさりと改札をくぐる卯月ちゃんを見送ってから、スマホを取り出した。レストランを出た辺りで震えているのには気付いていたが、案の定みくちゃんからだった。響子ちゃんからもメールが来ていたので、それぞれに送り返す。みくちゃんには後で電話もしよう。せっかく明日遊ぶのだから、ご機嫌斜めなら今日中に機嫌を直して欲しい。

 明日はどんな日になるだろう。みんなで遊ぶのは初めてなので嫌な緊張感はあるが、きっと楽しい一日にできる。そう、卯月ちゃんならね。

 明日は卯月ちゃん主催なので、俺はのんびりさせてもらおう。

 

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