フロアは謎解きブームもあって、人で溢れ返っていた。デパートのバーゲン会場の様相である。外は寒いし、屋内で遊びたい季節なのも混雑に拍車をかけているだろう。
LINEから通話をしたり、壁に貼られたポスターからヒントを得たり、内容をまとめて最初の事務所ブースのお姉さんに見せに行ったり、イベントは少しずつ進んでいるが、まだしばらく建物を出られそうになかった。なかなか強気な値段設定の分、内容もしっかり作られている。
謎解きというよりは、体験型シミュレーションゲームという感じで、謎の難易度自体は高くない。もちろん、それも今だけかもしれないが。
動画や謎解きは楽しいのだが、ずっと同じ場所をウロウロしていることもあり、もはや今館内でこのゲームに参加している全員に、卯月ちゃんたちの存在が知れ渡っていた。もちろん、美穂ちゃんのファンでもピンチェに興味がない人もいるが、李衣菜ちゃんや智絵里ちゃんのファンは、シンデレラプロジェクトから入っている人が多く、当然卯月ちゃんやみくちゃんのことも知っている。
ずっとぼっちでライブ参戦していたこともあり、今のところ知り合いには遭遇していないが、何人か卯月ちゃんのライブで見たことのある顔を見つけて、俺の居心地の悪さはピークに達していた。そして、狭い空間で同じものを見ていることもあり、みくちゃんの柔らかな胸がふんにょりと俺の腕に触れた時、いよいよまずいと感じた。
当の本人はまったく気にした様子もなく、俺の肩越しから用紙を覗き込んでいるし、卯月ちゃんも俺とみくちゃんの距離感をなんとも思っていないように、今挑戦している謎についてあれこれ語っている。ただ今は、二人がよければそれでいいという問題ではない。
「俺、館内のイベントが終わるまで、外にいようかな」
ぽそりとそう言うと、3人が驚いたように言葉を止めて顔を上げた。卯月ちゃんが怪訝そうに眉をひそめる。
「どうしてですか?」
「なんか、まずい気がする。俺の存在が不自然な気がする」
「それは○○さんがそう感じているだけで、たぶん周りは、○○さんが思うほど気にしていないと思います」
きっぱりと卯月ちゃんがそう言った。つまりはそれが、卯月ちゃんの強気の理由だった。自分が思うほど相手は気にしていないというのはよく聞く話だが、自分が思う以上に気にしている可能性だってある。
「今後のことを考えたら、ここはリスクを避けた方がいい気がする」
「楽しくないですか?」
「今、そういう話はしてないから」
思わず語気が強くなって、他の二人が息をのむ。腕からみくちゃんの動揺が伝わってきて申し訳ない気持ちになったが、少し我慢してもらおう。
当の卯月ちゃんは拗ねたように唇を尖らせて、じっと用紙を見つめていた。それから明らかに機嫌が悪そうに、ため息混じりに吐き捨てた。
「今日はみんなで遊ぶのが目的です。○○さんが抜けたら意味がありません」
「ずっととは言ってない。俺だって楽しんでるよ。ゲームが進めれるように、LINEだけ後で教えてくれたらいい」
「納得できません」
「別に納得してくれなくていいから、ここは折れて」
「二人にも意見を聞きましょう」
「俺の行動の責任は、俺と卯月ちゃんだけで取ればいい」
そう言い切ると、不貞腐れている卯月ちゃんを無視して、不安そうに見つめる二人に笑いかけた。
「そういうわけで、外で待ってるから、俺のことは気にせず楽しんで。後で全部聞くから」
ポンと二人の肩に触れると、みくちゃんが悲しそうに眉をゆがめた。
「いいの?」
ゲームのことを言ったのか、それとも卯月ちゃんとのことを言ったのかはわからない。どちらでも構わない。むしろ、ゲームの方が残念なくらいだ。
「大丈夫。卯月ちゃん、後よろしく」
二人のことは彼女に任せて、さっさとその場を離れた。そう言えば、先ほどからずっと「卯月ちゃん」と呼んでいる気がするが、大丈夫だっただろうか。
外に出ると、ひんやりとした風が心地良かった。外でも平気な格好で館内にいたので、服の中はじっとりと汗をかいている。
ベンチに座ってスマホを見ると、李衣菜ちゃんから返事が来ていた。
『謎解き参加してくれてるんだ! ありがとう!』
時間を見るとついさっきだったので、速やかに送り返す。
『楽しんでる。館内でみんなバレまくりだったから、俺だけ抜けてきた』
自分の送ったメッセージを眺めていると、数秒で既読がついた後、李衣菜ちゃんから着信があった。みくちゃんもそうだが、気楽に通話してくる子たちだ。
「もしもし」
『うん。○○さん、一人で出てきたの? せっかくだからちゃんとやって欲しかったけど!』
「卯月と一緒だったから。周りの参加者から、あの男誰だって目で見られる俺の気持ちもわかって」
『それは同情するね。じゃあ、卯月ちゃん一人で置いてきたの?』
「いや、響子ちゃんとか……」
『あー、じゃあみくも一緒だね?』
「否定はしないけど、俺は何も言ってない」
首を振りながらそう言うと、状況を理解したように李衣菜ちゃんが笑い声を立てた。
『そっかー。そういえば、○○さんはまだ家に帰ってないの? みくは明日実家に帰るみたいなこと言ってた』
「今年はずっとこっちかな」
『じゃあ、今度遊ぼうよ! ゲームの感想聞かせて!』
弾むような李衣菜ちゃんの声を聴きながら、俺は思わず天を仰いだ。
どうしてみんな、そんなにも俺に会いたがるのか。ずっと女っ気がなく、卯月ちゃんと仲良くなるまでろくに女性と喋ったこともなかった。絶対にモテるタイプの人間ではない。要するに、卯月ちゃんの身内だからであり、性別に関係なく友達だからということだろう。本当に身に余る光栄だが、火種にならないかただただ心配だ。
「それは、喜んで。卯月も来たがったら呼んでもいい?」
『もちろん。○○さん、本当に卯月ちゃんのこと、大好きだね』
「まあ、そう」
ついさっき非常に険悪なムードになってしまったが、黙っておく。わざわざネタにするほどのことでもない。あの程度のすれ違いは稀にある。
李衣菜ちゃんとあれこれ喋っていたら、その内入口から3人が姿を現した。楽しそうに笑っているから、卯月ちゃんが上手くフォローしてくれたのだろう。李衣菜ちゃんに声をかけて通話を切ると、卯月ちゃんが可愛らしく手を振った。
「お待たせしました。電話してたんですか? 彼女ですか?」
「李衣菜ちゃんだよ。謎解き楽しんでるってメールしたら、電話くれた」
卯月ちゃんのよくわからない振りをスルーすると、みくちゃんがジト目で睨んだ。
「みくのこと、言ってないにゃ?」
「俺からは言ってない。みくもいるかって聞かれたけど、いるとは言わなかった。嘘もつかなかった」
「それ、絶対にバレてるにゃ……」
残念そうにみくちゃんが肩を落とす。最初から伝えた上で挑戦すればいい気がするのだが、何かみくちゃんなりのシナリオがあったのだろう。
ひとまず卯月ちゃんと膝を突き合わせて、俺が出てからの謎をLINEに入力していると、響子ちゃんがすぐ近くでほっと息を吐いた。
「二人とも全然大丈夫そうで、安心しました。ギスギスしちゃったらどうしようって、ちょっと心配してました」
「えー、全然大丈夫だって」
卯月ちゃんが明るく笑う。その笑顔に無理をしている様子はないし、俺自身大した問題とは思っていないが、もしかしたら二人と別れた後に何か言われるかもしれない。
「兄弟喧嘩みたいなものなのかな。私も時々弟たちと喧嘩しても、すぐに仲直りできるし」
「たぶん、そんな感じ」
大きく頷きながらも、実際のところはどうだろうとも思う。卯月ちゃんとは対等な付き合いではない。俺がわきまえなくてはいけないと思っているが、言うべきことは言ってほしいと頼まれているし、ずっといたいからこそ意見が対立することもある。
LINEの情報が追い付いたので、再び一緒に行動する。ステージ用の花を買ったり、小物を揃えたりするのに、近隣のカラオケボックスや居酒屋が提携して場所を貸してくれているらしい。もちろん、実際に買うわけではないが、動画の中でどんどんアイテムが増えていくのも凝っている。
ストーリーは加蓮ちゃんとまゆちゃんのセンター争いの他に、智絵里ちゃんの忘れ物や、李衣菜ちゃんがプロデューサーといい雰囲気になってまゆちゃんに睨まれるなど、小ネタがたくさん盛り込まれている。美穂ちゃんは最後にぴしゃりと締める係になっているが、この中で一番歴が長く、人気も高いので、それだけの役割しか与えられていないはずがない。まとめ役に回れば回るほど、何か起きそうな緊張感に包まれる。
ランチのためにカフェに入ると、注文してすぐ卯月ちゃんが身を乗り出した。
「○○さん、どうですか? プロデューサー気分は味わえていますか?」
「どうかなぁ」
苦笑しながら水を飲む。そういうコンセプトだったが、実際のところはアイドルたちの言われた通りに行動して、謎を解いているだけなので、そんなにもプロデュース感はない。
「プロデューサーっていうと、卯月ちゃんとみくちゃんは同じプロデューサーだよね? あの背の高い人」
ライブでよく見る強面の男を思い出しながら聞くと、みくちゃんが大きく頷いた。
「そうにゃ。智絵里ちゃんも李衣菜ちゃんも一緒」
「響子ちゃんは? 美穂ちゃんと一緒?」
「いえ、私はメロウ・イエローのプロデューサーさんです。メロウ・イエローは知ってますか?」
そう聞かれて、名前だけはと答えた。元々卯月ちゃんの単推しで、ようやくシンデレラプロジェクトのメンバーと、そこから派生するいくつかのユニットを覚えた程度だ。シンデレラメンバーが一人も参加していないユニットまでは覚えきれない。
「○○さん、キュートアイドルがタイプみたいなので、メロウ・イエローは一押しですよ。今度調べてみてください」
響子ちゃんに言われて、無難に頷いておいた。彼女の目の前でそれは楽しみだとは言いにくいし、実際のところそこまで興味もない。もっとも、メンバーはともかく、響子のちゃんのプロデューサーがプロデュースしているユニットと言われれば、気にならないでもない。
「まゆちゃんは、実際にプロデューサーと恋仲なの?」
何気なく聞くと、みくちゃんが可笑しそうにぷっと噴いた。
「まさか。好きなのは本当みたいだけど、そういう関係になりそうもないから、ネタとして成り立ってるにゃ」
「プロデューサーさんと恋仲なのは、美穂ちゃんかなって、私は思ってます」
卯月ちゃんが何気なくそう言うと、隣で響子ちゃんが「えっ?」と声を漏らして固まった。卯月ちゃんがむしろその反応に驚いたように眉を上げる。みくちゃんも卯月ちゃん側のようだ。
聞くと、美穂ちゃんのプロデューサーは、つい最近まで美穂ちゃん一人しかプロデュースしていなかったらしい。美穂ちゃんの人気が上がり、346プロの代表的なアイドルの一人になった頃、プロデューサーを変える話が出た。その時名前が挙がったのは今の響子ちゃんのプロデューサーだったらしいが、美穂ちゃんはそれを断ったという。
「社内でもちょっと特別な立場にある二人ですね。でも、さすがに美穂ちゃん一人だけっていうのはお金の面でも難しくなってきたみたいで、最近乙倉悠貴ちゃんっていう新人の子が下に入りました」
「社内でも特別なのは私も感じてたけど、恋仲なの? 美穂ちゃん、全然そういう感じしないけど」
響子ちゃんが不思議そうに首を傾げる。そんな響子ちゃんを見て、俺は少しだけほっとした。美穂ちゃんが実際にどうかは知らないが、この様子なら俺と卯月ちゃんの関係にも気付いていないだろう。騙すつもりはないが、今はもうしばらく従兄弟ということにさせてもらおう。
「あくまで私の予想です。でも、全然違ったら美穂ちゃんに悪いですね」
そう言いながら、卯月ちゃんが微笑みを浮かべる。根拠はわからないが、確信しているようだ。女の勘というヤツだろうか。
「みくちゃんも同感なの?」
軽いタッチで聞いてみると、みくちゃんは運ばれてきたサンドイッチを頬張りながら頷いた。
「普通のプロデューサーとアイドルとは、ちょっと空気が違うとは思ってるにゃ」
「いいの? 前に、アイドルとかファンのこととか、よく考えろって言ってたけど」
「みく自身はしないよ? でも、美穂ちゃんはトップアイドルだし、二人三脚で上がってきたわけだし。それに、アイドルソングって恋愛の歌が多いでしょ? いっぱい歌ってる内に、誰かを好きになるのはしょうがないんじゃないかって思えてきたにゃ」
わざとらしく腕を組んで、自分に言い聞かせるように頷く。何気なく卯月ちゃんを見ると、探るような瞳でみくちゃんを見つめていて、思わず背筋が震えた。
やはりこの子は、俺が思う以上に、みくちゃんと響子ちゃんの反応を意識している。みくちゃんが俺にくっついていても怒らないのは、そうすることでみくちゃんを安心させているだけなのかもしれない。内心では嫌だと思っているのなら、やはり俺が距離を置かなくてはいけないが、卯月ちゃんがどう考えているのか、いまいちわからない。
それは今後真剣に考えなくてはいけないが、とりあえず今日はゲームを楽しもう。プロデューサー談議と謎解きの話で盛り上がる彼女と友人たちを眺めながら、俺も店自慢のミックスサンドを口の中に放り込んだ。