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新年、のんびりと起きてスマホを見ると、友達からあけおめメールが届いていた。今年もよろしくと返しながら、果たして何回会うだろうかと考える。特に去年は彼女が出来て、随分と疎遠にしてしまったので、今年は自分からも声をかけようと思いつつ、やはり卯月ちゃんを優先してしまうのだろう。
アイドルである卯月ちゃんの予定はいつだって急だ。会える機会が少ないからこそ、向こうが空いている時にこっちが空いていないという事態を避けるために、全力で予定を空けている。
そんな話を、詳細はボカしつつ男友達に話したら、完全に都合のいい男になっていると言われた。確かに、対等な付き合いであればそうだろうが、100対0で俺が合わせるべき相手だし、俺自身が望んでしていることである。もっとも、付き合いが悪くなった理由には使えるので、友達には適当に尻に敷かれている設定にしているが、それくらいは許してもらおう。
メールは他にも、去年卯月ちゃん経由で仲良くなったみくちゃんや響子ちゃんからも来ていた。今年もよろしくとシンプルに返すと、みくちゃんから秒で返ってきた。
『心がこもってない!』
暇なのだろうか。
『通天閣にお祈りには行った?』
『通天閣でもないし、お祈りでもないから。今起きた。お雑煮がみくを待ってる』
『俺も腹減ったから届けて。すぐに』
『大阪まで取りに来てくれたら、あげるかどうかをサイコロで決める』
『行ってから振るのかよ!』
『人生は博打にゃ』
暇な女子高生のペースでメールに付き合っていると一日が終わってしまいそうなので、適当に切り上げて服を着替える。日課でポストを覗くと、年賀状が1枚入っていた。珍しい。年始は必ず実家にいるので、古い友人からの年賀状は実家に届く。スマホが普及した今、新しい友達にはわざわざ住所は教えていない。
誰だろうと思ったら、卯月ちゃんだった。去年は来なかったので、ファンに出したのではなく、彼氏に出したのだろう。初めから干支のイラストがプリントされた葉書に、手書きでメッセージが添えてある。ことよろ系の無難なメッセージだが、気持ちが嬉しい。
卯月ちゃんというと、年末年始は短い時間でもいいから会おうと約束して、実際に昨日も夕方にお茶をした。本当は花火が打ち上げられる類のカウントダウンイベントにでも行きたかったが、そもそもまだ高校生だし、アイドルではなくても難しいだろう。
外に出るのは難しくても、年越しの瞬間に電話をするのは可能だと、昨夜は年をまたぐ時間まで電話をしていた。おかげで今日は眠たいし、卯月ちゃんからもまだ何の連絡もないが、今日も予定通り会う約束をしている。もっとも、今日は一日中家の用事があるらしいので本当にわずかな時間だ。
「さすがに悪いので、無理しなくていいですよ?」
昨日会った時、卯月ちゃんが申し訳なさそうにそう言った。お金はともかく、どうせ暇しているから問題ないと言ったら、卯月ちゃんは困ったように笑った。
実際問題、やることがない。テレビをつけたら駅伝がやっていて、ぼんやりとそれを眺める。丁度李衣菜ちゃんからもメールが来たので秒で返すと、李衣菜ちゃんからも一瞬で返ってきた。
『○○さん、暇してるの? 実家に帰ってないんだっけ?』
『そう。今年最初に口にするものは何がいいか、アイデアが欲しい。飢えて死にそうだ』
『外はチェーン店しかやってないよ。牛丼とか?』
『採用する。李衣菜ちゃんはおせち?』
『当たり。正直、おせちより牛丼が食べたいけど。○○さん、明日も暇してるの?』
『卯月次第だけど、半日くらいは暇しそうな予感』
『じゃあ、暇してたら遊ぼうよ。私も暇してるし、謎解きの感想も早く聞きたいし!』
こうして自然と予定が埋まっていくのが去年との大きな差だろうか。いや、去年も予定はそれなりに埋まっていたが、こんなふうに女の子から遊ぼうと言ってくれることは皆無だった。そもそも異性の友達がいなかった。人生わからないものだ。
大丈夫な前提でまた連絡すると返して立ち上がる。しっかり着込んで外に出ると、上々の天気だった。
李衣菜ちゃんのアドバイス通り、今年最初の食事は牛丼にする。もしこれを自分で選択していたら虚しくて泣いていたかもしれないが、アイドルの女の子が勧めてくれたものだと思うと、なんだかとても特別なものに思えた。
牛丼を食べている最中に卯月ちゃんからメールが来たので、改めてあけおめ系の返事をしてから、抜けられそうな時間を聞く。言われた時間までグダグダと時を過ごして島村邸の最寄駅に行くと、卯月ちゃんは温かそうなコートにジーンズとスニーカーというラフな格好で立っていた。
「あけおめです。今年こそよろしくお願いします」
卯月ちゃんが丁寧に頭を下げるが、内容がテキトーだ。言葉を交わしながら駅を離れる。
「去年もよろしくしたから。こちらこそ」
「朝はちゃんと食べましたか? 私はおせちを食べたので、よかったら感想を伝えますよ?」
「感想を伝えられても腹は満たされない。牛丼食べたよ」
「牛丼ですか……」
卯月ちゃんがなんとも言えない顔をする。気持ちはわかる。俺自身、自分で選んだのなら泣いていただろうが、特別な牛丼だったので問題ない。
年賀状のお礼を言ってから明日の話をすると、卯月ちゃんは「2時か3時くらいですかねぇ」とため息混じりに言った。もう少し早く抜け出したいが、色々親類の集まりがあって大変らしい。
「まあ、お年玉をもらえるからいいんですけど。お年玉をもらえない○○さんに、何かご馳走してあげますね」
卯月ちゃんが憐みの目で俺を見上げた。まったく不要な同情だ。
「そのお金は来たるべき時のために取っておいて」
「そうですね。今年は旅行とかしたいですね。諸問題をなんとかして」
卯月ちゃんがふふっと笑う。諸問題とは外泊のアリバイ工作のことだが、それがなかなか難しい。もっとも、そうは言っても去年も何度か俺の部屋に泊まっていったので、俺が考えるほど厳しくはないのかもしれない。その辺りは島村家のルールがあるだろうから、全面的に卯月ちゃんに任せる。
あまり時間がないので、今朝李衣菜ちゃんからもらったメールの話をすると、卯月ちゃんは嬉しそうに頷いた。
「○○さんと李衣菜ちゃんがよければ、一緒に初詣に行きますか?」
「いいの?」
「私が○○さんのために提案してると思いますか?」
卯月ちゃんがいたずらっぽく笑う。それから少しだけ思案げな顔をして、道の先を見つめて低い声で言った。
「今の返し方は、あまり良くなかったかもしれません」
「そう? 全然気にならないけど」
「素直に『はい』と言うべきでした。でも、いちいち私の顔色を窺う○○さんにも問題があるので、形見分けにします」
痛み分けのことだろうか。冗談なのかわからなかったのでスルーした。普通にウィットな返事だと思ったが、確かに質問に質問で返すシーンではなかったかもしれない。卯月ちゃんでなければ、少しイラッとした可能性はある。
卯月ちゃんが時間を確認して、残念そうにため息をついた。
「そろそろですね。明日のことはまたメールをください」
「もちろん。今日はありがとう」
「それは全面的に私の台詞です。これだけのために来てもらって」
そう言ってから、卯月ちゃんはキョロキョロと周囲を確認してから俺に抱きついた。服が分厚いので夏のような感触はないが、それでも十分卯月ちゃんの温もりが伝わってくる。
しばらくキスをしてから顔を離して、卯月ちゃんは指先で唇を拭った。
「お礼です」
「満たされた。帰って、する」
「新年早々元気ですね。じゃあ、私も帰ってします」
「何を?」
「それはよくわかりませんが」
楽しそうに笑って、卯月ちゃんは手を振って帰っていった。絶対によくわかっていたと思うが、皆まで言わせるのは無粋だろう。
俺の方は家に帰って本当にしよう。卯月ちゃんと舌を絡めた感触を思い出しながら電車を乗り継いで家に帰り、ジャケットを脱ぎ捨てる。何か使いやすい卯月ちゃんの写真でも見ようとスマホを取ると、いきなり手の中でスマホが震えた。李衣菜ちゃんからだ。この子はいつも気楽に電話してくる。
すぐに出ると、李衣菜ちゃんの呆れたような声がした。
『朝のメールも早かったけど、○○さん、一日中スマホ握り締めてるの?』
「いや、偶然」
もっと別のものを握り締めようと思っていたという、俺史上最高に品のない冗談が浮かんだが、なんとか口にせずに堪えた。新年早々、すべてを失うところだった。
「さっきまで卯月と会ってて、丁度連絡しようと思ってたとこ」
『うん。私もその件で電話した。卯月ちゃんはどうだった?』
「15時前後かなって。李衣菜ちゃんがよかったら、一緒に初詣どうって」
『行く行く。暇してる。うちは家族行事とか全然ないし、ぶっちゃけ今日も暇してるくらい』
「じゃあ、卯月に言っておくよ」
『うん。私からも言っておく。それで、明日なんだけど、智絵里ちゃんも一緒でもいい?』
一瞬、意味がわからなかった。智絵里ちゃんというのは、卯月ちゃんや李衣菜ちゃんのアイドル仲間にして、シンデレラプロジェクトの一員である緒方智絵里ちゃんのことだろうか。
「智絵里ちゃんって、緒方智絵里ちゃん?」
『そうそう。今年、お正月に仕事があったから、実家に帰ってなくて暇してるんだって。みくたちも帰っちゃったし。それで、明日友達とMasque:Radeのイベントの話をするけどどうって聞いたら、行くって』
李衣菜ちゃんの明るい声を聴きながら、俺は段々冷静になり、次に焦り始めた。智絵里ちゃんと言えば男性が苦手だと聞いたことがあるし、接点が何もない。ファンでもないし、正直よく知らない。それに、卯月ちゃんに俺とは恐らく合わないと言われたこともある。どう考えても誰もハッピーになれない。
「智絵里ちゃんは、その友達が男だって知ってる? 女の子だと勘違いしてるとか」
『卯月ちゃんの従兄弟のお兄さんで、私もみくも仲良くしてもらってるって話したよ!』
「智絵里ちゃん、行きたそうだった?」
『……うん、まあ、たぶん』
「いや、絶対に大丈夫じゃないだろ! 李衣菜ちゃんが強引に誘ったとか!」
責めないように問うと、李衣菜ちゃんはあははと軽い笑い声を立てた。あまり考えなしに動いたに違いないが、智絵里ちゃんが人見知りだと知った上で、俺なら大丈夫だと判断したのだろう。卯月ちゃんほど俺のことを知らないから仕方ないし、そう思ってもらえるのは有り難くもある。
『○○さん、智絵里ちゃんのこと、あんまり好きじゃなかった?』
李衣菜ちゃんが少しだけ声のトーンを落とした。俺はスマホを握りながら慌てて首を振った。
「そうじゃない。ただ、一介のドルオタには、アイドル接近イベントは緊張するってだけ」
それは嘘ではない。そもそもアイドルの女の子と私生活で会うなど、御法度に近い。そう伝えると、李衣菜ちゃんは楽しそうに笑った。
『よく言うよ。私と初めて会った時、すごく自然だった上に、一緒に学園祭回ったじゃん! あっ、ひょっとして私はアイドルに見られてなかった? 傷付くなぁ』
「緊張で死にそうだった。あの憧れのアイドル……李衣菜ちゃん、苗字なんだっけ?」
『それのどこが憧れなのさ!』
「思い出した! 憧れの多田李衣菜と一緒に学園祭なんて!」
『わかったから、明日もそんな感じでペラペラ喋ってね!』
そう言って、さらにしばらく喋ってから李衣菜ちゃんは通話を切った。