各自注文して、ドリンクバーのジュースをひと口飲むと、李衣菜ちゃんが身を乗り出した。キラキラした眼差しで俺を見上げて、笑顔を浮かべる。
「それで、謎解きはどうだった?」
待ち切れないように本題を切り出す。俺は腕を組んで深く目を閉じた。
「話すとネタバレになるし……」
「出演者だから!」
「やった?」
「やってはないけど」
李衣菜ちゃんが当然のようにそう言うと、隣で智絵里ちゃんが驚いた顔をした。
「私、かな子ちゃんと美穂ちゃんと、2回行ったよ?」
「あ、あれ?」
李衣菜ちゃんが助けを求めるように俺を見たが、どちらかというと俺も智絵里ちゃん寄りの考えだ。むしろどんな出来か気になると思うのだが、自分の出演した番組は見ないという芸人もいるし、内容をすべて知っている李衣菜ちゃんがわざわざお金を払ってやっていないのもわかる。ましてや、謎の答えを全部知っているのだ。
意地悪はそれくらいにして、運ばれてきたドリアを食べながら感想を話す。まだ数日前のことだから記憶も鮮明だ。
「まゆちゃんと加蓮ちゃんのセンター争いを、美穂ちゃんが持っていくっていうのが本筋に感じたから、CP推しの俺としては、もっと李衣菜ちゃんと智絵里ちゃんを見たかったかな」
「人気がねー。尺も限られてるから、仕方ないかな」
「智絵里ちゃんの忘れ物を李衣菜ちゃんが気が付いて持ってたのに、そのことを忘れていて大騒ぎになってたのは面白かった」
「そう言ってもらえると、頑張って演じた甲斐があるよ。あんなキャラじゃないのに」
「李衣菜ちゃんっぽいなって思った」
「あんなキャラじゃないのに!」
李衣菜ちゃんが心外だと首を振る。いじっていて楽しい子だ。みくちゃんの気持ちがよくわかる。
「キャラっていうと、俺はまゆちゃんや加蓮ちゃんのことは全然知らないけど、二人はあんな感じなの?」
演者を知らないので、キャラクター性がわからない。俳優の世界には、ドラマでの役柄が嫌いだったからその俳優のことも嫌いになったとか、そんな話も耳にするが、それはあまりにも可哀想だ。もちろん、今回は役柄が面白かったから好きになれそうというポジティブな意味だが、あくまで役は役なので、それを喜ばない人もいる。
「まゆちゃんはあんな感じです。プロデューサーさんが大好きです」
智絵里ちゃんが柔らかく微笑む。元々好みなタイプだが、笑うと本当に可愛い。こういう自然な笑顔を零してくれるようになって欲しいが、今日が終わったらもう会うこともないだろうから、今は今日を平穏に乗り切ることだけを考えよう。
「加蓮ちゃんは? 前にニュージェネのライブにゲストで来てくれたことがあるけど、その頃はまだ卯月ちゃんしか見てなかった」
「加蓮ちゃんは……真っ直ぐな人かな?」
智絵里ちゃんが確認するように李衣菜ちゃんを見る。何か欠点を無理やり良く言ったようにも聞こえたが、元々強みと弱みは紙一重で、個性の解釈など受け取り側の問題に過ぎない。
「努力とか好きじゃないみたいなこと言ってる割には、頑張りすぎて倒れちゃったり、器用そうで不器用な感じかなぁ」
李衣菜ちゃんがストローでジュースをズズッと吸ってグラスを空にした。智絵里ちゃんが自分のもなくなったからと言って、二人分のグラスを取って立ち上がる。大きく息をつくと、向かいで李衣菜ちゃんがからかうように笑った。
「○○さん、智絵里ちゃんが好きなの?」
一瞬、聞き間違いかと思った。不思議な発言だ。今日これまでの何をどう解釈するとそういう発想に至るのだろう。否定しつつ理由を聞くと、李衣菜ちゃんが軽く手を広げて力強く頷いた。
「ずっと緊張してるから。さっきキュートアイドルだからって言ってたけど、みくの時とも響子ちゃんの時とも違うし、今日の○○さんは、なんだかすごく智絵里ちゃんをアイドルとして意識して見える」
智絵里ちゃんが戻ってきたので、ひとまず話を謎解きイベントに戻した。話しながら、今の李衣菜ちゃんの言葉を反芻する。
緊張しているのは間違いない。同時に、確かに俺は李衣菜ちゃんと会った時にも響子ちゃんと会った時にも緊張していなかった。「全然アイドルって目で見られてない」と、みくちゃんだけでなく、未央ちゃんにも言われている。それを思うと、今は智絵里ちゃんに対して身構えすぎている。
事前に卯月ちゃんに脅されたこともあるし、実際に話してみて噛み合っていないのも感じる。元々女性に縁のない生活を送ってきたし、相手側にキャパシティーがなければ、俺などただの非モテのドルオタに過ぎない。
謎解きイベントについて最初から最後まで一通り、他の参加者3人の反応も含めて語り尽くすと、2時間ほど過ぎていた。スマホを見ると1時間以上前に卯月ちゃんからメールが来ていて、慌てて開く。予定より早く行けそうという連絡と、2通目は全然既読にならないから、さぞ楽しんでいるのだろうというお叱りの内容だった。
ジュースを取りに行きつつ席を外してメールを返す。辛うじてしのいでいるが、可能な限り早く来てほしいと書いてしばらく待ったが、既読はつかなかった。
「卯月ちゃん、14時くらいって。それまでここにいる? どこか行く?」
席に戻って二人に聞くと、李衣菜ちゃんが大袈裟に腕を組んだ。
「外寒いし、お正月でお店は空いてないし、私はここで喋っててもいいけど」
「はい。でも、ゲームセンターとかでもいいですよ?」
「ゲーセンか。智絵里ちゃんの太鼓テクニックを○○さんに見てもらおうか」
「それは別に普通だから」
智絵里ちゃんがもじもじと指を絡める。これは自信のある人間の反応だ。少し意外だが、そう言えば二人は『エンジェルドリーム』のオリジナルメンバーで、CINDERELLA PARTY!でも一緒に歌っていた。
ゲームはあまりやらないが、ゲーセンなら楽しんでいる二人を眺めていれば時間が潰れる。本来ならアイドルの子と遊べる時間をなるべく有意義に過ごすべきだろうが、元々今日の主目的は卯月ちゃんと初詣に行くことだし、李衣菜ちゃんには謎解きイベントの感想を伝えたので俺は用済みだ。
打算的に賛同してゲーセンに移動した。みんな正月から暇しているのか、それなりに人が入っていたが、俺たちも人のことは言えない。やる気満々で李衣菜ちゃんが袖をまくって筐体の前に立った時、俺はようやく自分の選択ミスに気が付いた。これは、李衣菜ちゃんがプレイしている間、ずっと智絵里ちゃんと二人になる流れだ。
「ゲームはよくするの?」
音がうるさいので少しだけ智絵里ちゃんに近付いて声をかけると、智絵里ちゃんはコクリと頷いた。身を反らされたら立ち直れないところだったが、最悪の事態は免れた。
「はい。一人でも来ます」
「そうなんだ。ちょっと意外」
「そうですか?」
智絵里ちゃんが無表情で俺を見て、俺は思わず息を呑んだ。今のは失言だった。自分の勝手なイメージを押し付けてしまった。
「今日は智絵里ちゃんのことが色々知れて嬉しいよ」
努めて明るく笑ってみる。自分なりに上手に返したつもりだったが、智絵里ちゃんは困ったように微笑んだだけだった。やはり、どこか噛み合わない。
「○○さんは、李衣菜ちゃんや卯月ちゃんとよく来るんですか?」
「卯月ちゃんとは来たことがないし、李衣菜ちゃんとはそもそも遊ぶのが今日初めて」
「そうなんですか。もう何回も会って遊んでるみたいな空気です」
智絵里ちゃんが驚いたように眉を上げた。言われてみると随分気楽に喋っているが、実際に会ったのは数えるほどしかない。たぶん相性がいいのだろう。もしくは李衣菜ちゃんの社交性が高いのだろうが、それを言うと智絵里ちゃんはそうではないと言っているように聞こえそうだと、口に出す前に気が付いた。
「メールはそれなりにしてるかな。智絵里ちゃんは李衣菜ちゃんとはよく遊ぶの?」
肯定も否定もせずに話を逸らせる。一つ言葉の選択を間違えると、そのままバッドエンドに直結しそうだ。智絵里ちゃんは小さく頷いて、ゲームをしている李衣菜ちゃんの背中に顔を向けた。
「Masque:Radeで一緒になってからは特に。シンデレラの中ではかな子ちゃんの次に遊んでます」
「そうなんだ」
無難に相槌を打ちながら、その相槌が智絵里ちゃんが今日俺に対してしている返事にそっくりだと思った。会話が途切れない程度に、無難に言葉を交わす。相性もあるだろうが、人見知りな智絵里ちゃんと女の子が苦手な俺の初対面だ。これでも上出来だろう。
李衣菜ちゃんが戻ってきて智絵里ちゃんが筐体の前に移動すると、俺は大きく息を吐いた。卯月ちゃんと合流するまで、後何回これを繰り返せばいいのか。
「色々気にし過ぎだよ。いつもみたいに普通に話せばいいのに」
李衣菜ちゃんが呆れたようにそう言いながら、俺の隣に座った。先程の智絵里ちゃんよりずっと近い、友達の距離だ。
「たぶん、嫌われたくないんだと思う。だから慎重になってるし、発言が怖い」
「私たちの時は嫌われてもいいと思ってたってこと? ひどいなぁ」
「当時の話だよ、未央ちゃんや凛ちゃんに対しても同じだった」
「でも、智絵里ちゃんには嫌われたくないんだ」
李衣菜ちゃんがニヤニヤとからかう笑いを浮かべた。あくまで俺が智絵里ちゃんを意識している設定にしたいようだが、生憎そうではない。俺は真っ直ぐ李衣菜ちゃんを見つめて口を開いた。
「嫌われたくないのはキミにだよ」
「えっ?」
「李衣菜ちゃんが良かれと思って連れてきた智絵里ちゃんとこじれて、迷惑をかけたくない。俺はここでキミに嫌われたくない」
つまりはそういうことなのだと思う。元より卯月ちゃん以外はどうでもよかったし、今でもいざとなれば全員まとめて切り捨てても構わないと思っているが、卯月ちゃんはそれを求めていない。卯月ちゃんは俺が卯月ちゃんのアイドル仲間と親しくなり、万が一付き合っていると知られても許してもらえる関係を目指している。今日李衣菜ちゃんも一緒に初詣に行こうと提案したのもそのためだし、智絵里ちゃんのことを反対したのも、仲良くなれる可能性が低いと判断したからだ。
だから、ここで李衣菜ちゃんに嫌われるわけにはいかない。もちろん、俺自身李衣菜ちゃんのことは気に入っているが、あくまで中心にいるのは卯月ちゃんだ。至近距離でじっと見つめると、李衣菜ちゃんは何やら恥ずかしそうに俯いて、せわしなく手の指を絡めた。
「い、いきなりそんなこと言われると照れるんだけど」
「なんで急に女の子なの?」
「元々女の子だから! キミとか初めて言われたし」
「少年感ある」
「もうっ! でも、私のことは大丈夫だよ。私も○○さんを親友だと思ってる。今日智絵里ちゃんが来たってことは、智絵里ちゃんだって仲良くしたいって思ってるはずだよ」
李衣菜ちゃんがそう言って、明るい笑顔を見せた。その点に関しては、李衣菜ちゃんを信じよう。俺だって智絵里ちゃんと仲良くなれるならそうしたい。
「ありがとう」
笑顔は苦手だが、努めて優しく礼を言う。李衣菜ちゃんはやはり照れたように頷いて、意味もなく俺の背中をバシッと叩いた。