※この作品はR-18です。

卯月とファンの恋物語『2』~   作:水原渉

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 東京で初詣と言えば明治神宮である。もっとも、俺は毎年実家に帰っているから行ったことがないし、卯月ちゃんも初詣では行ったことがないと言っていた。東京の初詣を検索したら、色々なサイトで1位になっていたので、せっかくだし明治神宮に行ってみることにする。

 李衣菜ちゃんは行ったことがあるらしく、「すごい人だよ?」と行く前からげんなりしていたが、このメンバーなら楽しそうだとすぐに明るい顔をした。

「伊勢神宮もすごい人ですよ?」

 三重県民の智絵里ちゃんがふんわりと笑う。格式の高い神社なのでさぞかし人が多いだろうが、そもそも住んでいる人の多い東京と比べてどうか。ただ、東京も年末年始は上京組が故郷に帰るから、意外と人は少ないかもしれない。心のどこかでそんな期待もしたが、甘かった。駅を降りる前から戦場だった。

「○○さん、これ、卯月ちゃんと合流できるの?」

 李衣菜ちゃんが悲鳴を上げる。流されそうになる智絵里ちゃんの手を右手で掴み、左手で無造作に俺の手を握る。さっきまでポケットに突っ込んでいたせいか、李衣菜ちゃんの手は、凍えそうな俺の指には火傷するかと思うほど熱かった。

 一旦人の流れに逆らって駅から脱出すると、ポケットからスマホを取り出した。地図アプリで居場所をプロットして卯月ちゃんに送る。東京自体には詳しいので、場所さえ送ればどうにでもなるだろう。

「すごい人ですね」

 智絵里ちゃんが早くも疲れたように肩を落とした。俺もうんざりしながら通りの向こうの黒山の人だかりを眺めていると、李衣菜ちゃんが勝ち誇ったように胸を反らした。

「言った通りでしょ!」

「嬉しそうだね」

「そんなことはないけど、御利益があるんじゃない? 何をお願いしようかなぁ」

 李衣菜ちゃんが腕を組むと、智絵里ちゃんも「何がいいかなぁ」とカフェでケーキを選ぶように目を細めた。この辺りは実に女の子っぽい。果たして祀られている明治天皇にどれくらいの力があるかわからないが、俺はもう去年、一生分の運を使い果たした気がするから、今年はそれが継続できるよう祈りたい。

 しばらくそうして喋っていると、奇跡の張本人がのんびりした様子で現れた。一日ぶりだが、なんだかとても懐かしい感じがする。

「あけましておめでとうございます」

 卯月ちゃんが笑顔でお辞儀すると、二人が同じように新年の挨拶をした。智絵里ちゃんがどことなくほっとした様子なのは、気のせいではないだろう。俺も同じ気持ちである。そもそも卯月ちゃん経由で知り合った子たちと、卯月ちゃん抜きに会っていたのがおかしいのだ。

 卯月ちゃんはクルッと一周俺たちの顔を見てから、残念そうに眉尻を下げた。

「普通ですね。何かこう、一触即発みたいな場面で現れたかったですが」

「普通だよ、普通。電車、混んでた?」

「すごい人でした。10キロくらい痩せたと思います」

「卯月ちゃん、そんなに痩せたら骨しかなくなっちゃうよ」

「昨日食べ過ぎたので、丁度いいです。食べ過ぎたっていうと、智絵里ちゃん、かな子ちゃんとは? 昨日、一緒にお仕事でしたよね?」

「かな子ちゃんは元々こっちだから」

「ああ、そう言えばそうでした」

「っていうか卯月ちゃん、食べ過ぎたっていえばかな子ちゃんって、ひどくない?」

「良かったです。誰も突っ込んでくれなかったら、どうしようって思ってました」

 女の子たちがキャイキャイと喋り始める。いきなりトップギアだ。謎解きイベントもそうだったが、後はもう俺はいるだけでいいだろう。いや、むしろいなくてもいいのではないか。音もなく立ち去ろうとしたら、卯月ちゃんに腕を掴まれた。

「そういう、輪に入れなくて拗ねた子供みたいな動きはいいですから」

「いや、3人を引き合わせたから、今日の俺の役目はもう終わった」

「じゃあ、行きましょうか。たぶん、いつまで待っても人は減らないでしょうし」

 俺の発言をスルーして、卯月ちゃんが歩き出す。自然と智絵里ちゃんが隣に並んだので、俺は李衣菜ちゃんと一緒に二人の後ろに並んだ。

 集団に揉まれながら、卯月ちゃんが正月はどうだったかとか、初夢は見たかとか、お年玉はもらったかとか、時々振り返りながら喋り続ける。いつもより少しテンションが高いのは、わざとそう振る舞っているのか、それとも単に楽しんでいるのか。謎解きイベントの時はみくちゃんも響子ちゃんも喋る方だったから、もしかしたら今日はその役を担っているのかもしれない。こういう卯月ちゃんも新鮮だ。相手によって振る舞いが変わる子ではないが、それでもデートの時とは雰囲気が違う。

 穏やかな気持ちで横顔を眺めていると、卯月ちゃんがムッとした顔で俺を睨んだ。

「何を笑ってるんですか?」

 咄嗟に可愛いと言いそうになって、どうにか言葉を呑み込んだ。李衣菜ちゃんと智絵里ちゃんの前でのろけるのは、たぶん卯月ちゃんの望む行動ではない。

「いや、今日は目が2つあるなって思って」

「いつも2つですから!」

 卯月ちゃんが声を上げると、ツボに入ったのか李衣菜ちゃんがプッと噴いて、肩を震わせながら体を支えるようの俺の腕を掴んだ。

「今のは面白い」

「いや、普通だから」

 冷静に突っ込んだが、李衣菜ちゃんはしばらく俺の肩にもたれて笑っていた。智絵里ちゃんは困ったように微笑んでいる。そういえば、卯月ちゃんと合流してから一言も喋っていないが、このままで大丈夫だろうか。卯月ちゃんにアイコンタクトを送ったが、まったく伝わらずにそっぽを向かれた。

 ゆっくりと確実に境内を進み、本殿に進んでいく。スマホを見たら、足を踏み入れてから1時間近く経っていた。歩みは遅いが、卯月ちゃんと一緒にいると時間が経つのが早い。

「○○さんは何をお願いするの?」

 李衣菜ちゃんが俺を見上げて明るく笑った。そろそろ本殿が見えてきたので、何か考えなくてはいけない。俺はわざとらしく空を見上げて目を細めた。

「世界平和かな」

「もっと個人的なお願いをした方がいいよ」

「願いって、他人に話すと叶わないとかなかった?」

「迷信でしょ」

「じゃあ、李衣菜ちゃんがもっと活躍して有名になるよう願うよ」

 無難に返す。二人きりならもう少し突っ込んだ冗談も言えるが、卯月ちゃんの反応が怖い。

「有名かー。私、有名になりたいのかなぁ」

「それは俺にはわからない。李衣菜ちゃんはどうしてアイドルやってるの?」

 実に気軽に、妙に深い質問をしてしまった。一瞬ミスったかと思ったが、李衣菜ちゃんはまったく気にした様子もなく、「楽しそうだったから」と笑った。

「ロックなアイドル目指してたけど、可愛い服を着るのも悪くないかなって思えるくらいには、方向性が迷子になってる」

「女の子みたいだね」

「だから、女の子だから!」

 李衣菜ちゃんが可愛らしく頬を膨らませる。確かに、そういう仕草は女の子っぽい。穏やかに微笑むと、卯月ちゃんがじっと見つめていて背筋が凍り付いた。心臓に悪い。

 ようやく本殿に辿り着くと、賽銭を投下して手を合わせた。作法はよくわからないが、とりあえず頭を下げて願っておけば大丈夫だろう。

 まずは卯月ちゃんとの仲の安定。それから、卯月ちゃんが俺に仲良くしてほしいと思っている子たちとも平和に過ごせたらと思う。もちろん、李衣菜ちゃんもその一人だ。

 本殿を離れると、卯月ちゃんがにっこりと笑った。

「何をお願いしましたか?」

 俺個人に言ったものではなかったが、明らかに発言を促された。真顔で「キミとの仲」などと言うのは、引っ掛けの選択肢だろう。世界平和は使ってしまったし、健康では無難すぎる。

「ニュージェネとCPの益々の活躍を。卯月ちゃんは?」

「家族の健康ですね。○○さんも家族に含まれます」

「それはどうも」

 言ってから違和感を覚えた。わざわざ卯月ちゃんが俺を家族枠に入れてくれたように捉えてしまったが、元々家族という設定だった。しかし、それを言えば卯月ちゃんの発言も不自然だった。幸いにも、李衣菜ちゃんも智絵里ちゃんも気にならなかったらしい。今年のアイドル活動について話し始めたので、静かに耳を傾ける。

 結局、明治神宮の敷地から出られた時には、すっかり夕方になっていた。元々終わった後は原宿をブラブラしようなどと話していたが、そんな気力はまったく無く、どうにか見つけたカフェに入ってぐったりと腰を下ろした。

「疲れました……」

 智絵里ちゃんが憔悴した顔でため息をつく。その向かいで卯月ちゃんがテーブルに肘をつき、その隣で俺も浅く腰かけて背もたれに体を預けた。李衣菜ちゃんがにこにこしながら拳を握った。

「すごい人だったでしょ!」

「嬉しそうだね」

「ちょっとこのメンバーで共有したい気持ちはあった」

 確かに、李衣菜ちゃんは最初からそんなことを言っていた。一人だったら一生後悔していたかもしれないが、4人でならいい思い出になる。もちろん、当初の予定通り卯月ちゃんと二人でも楽しかっただろうが、4人で良かった気もする。

 疲れていても話す元気はあるようで、頼んだドリンクを飲みながら、卯月ちゃんが二人の質問に答える形で謎解きイベントの話を始めた。それに続けて、やはり質問に答える形で智絵里ちゃんが昨日の仕事の話をする。情報交換と趣味が半々という感じだ。

 話が今年の活動のことになったので、意見を求められる形で口を開いた。

「今年はCPのユニットのライブにも顔を出してみようかなって思う。李衣菜ちゃんたちのハロウィンイベントは面白かったし、智絵里ちゃんたちのライブも見てみたいし」

「是非そうしてよ。っていうか、Masque:Radeのライブに来てよ。私も智絵里ちゃんもいるし」

「チケットが取れれば。あと、卯月ちゃんの許可が下りれば」

 一応ご機嫌を窺うようにそう言うと、卯月ちゃんは澄ました顔でお代わりしたココアに口をつけた。

「別に私の許可は要らないでしょ。召使いか何かですか?」

 その言葉に冷たい響きに、一瞬空気がピリッとする。卯月ちゃん自身もそれを感じたようで、何かフォローしろという目で俺を見た。無茶振りだが、今のは俺の方が悪かった。

「卯月ちゃんは嫉妬深いから、他の子のライブに行くと怒るんだよ」

 軽く手を上げて、やれやれと首を振る。卯月ちゃんはさらに凍り付くような目で俺を見たが、それは冗談で済む反応だった。智絵里ちゃんがほっと息を吐いて微笑んだ。

「○○さんは、ニュージェネとアスタリスク以外のライブには行ってないんですか?」

 久しぶりに声をかけられた気がする。この振りは、智絵里ちゃんなりに思うところがあってのことだろうか。

「アスタリスクはハロウィンイベントだけ。後は、ニュージェネとピンチェだけだけど、クリスマスに凸レーションとラブライカは見たよ」

「ああ、合同イベントの……。あの日は、Masque:Radeのライブがありました」

「うん。仲間にチケットがあるからどうだって誘われたけど、ニュージェネ全力だった。日が違ったら行ってたと思う」

 ライブには行けなかったが、オタク仲間で忘年会をしたのはいい思い出だ。あれはあれで楽しかったが、だからこそ逆に、俺は卯月ちゃんやアイドルの友達と一緒にいたいと感じた。

 色々ありすぎて随分昔のことに思えるが、あれからまだ一週間ちょっとしか経っていない。

「なんか、去年のことみたいに感じる」

 しみじみとそう言うと、丁度ジュースを飲みかけていた李衣菜ちゃんが噴き出してゲホゲホと噎せた。俺が冷静に紙ナプキンでテーブルを拭いていると、李衣菜ちゃんが非難の声を上げた。

「去年だから!」

「知ってる。李衣菜ちゃん、笑いのツボが浅くて嬉しいよ」

「でも、なんだか私も、あのクリスマスイベントがすごく前に感じます」

 卯月ちゃんも組んだ手の上に顎を乗せて、ふふっと笑った。李衣菜ちゃんが噴き出したことなど、見ていなかったような仕草だ。スルーしたら逆に可哀想だと思うのだが。

 二人のおかげで明るい雰囲気に戻った。どうもまだ、卯月ちゃんと一緒にアイドル仲間といる空気に慣れない。いなかったらいなかったで不自然だが、いたらいたで不自然なのは、単に嘘をついているからだろう。

 喋れば喋るほど矛盾を生み出しそうだが、失敗を繰り返しても試し続けるしかない。卯月ちゃんの望む関係を築くために。

 

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