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その告知がされたのは、先月のピンチェのインストアイベントのことだった。美穂ちゃん不在で、卯月ちゃんと響子ちゃんだけで行われたそのイベントは、それでも100人以上のファンが集まり、二人の人気の高さが窺い知れた。そしてその最後に、響子ちゃんが今度ソロライブをすると告知した。
観衆が湧いたのは言うまでもないが、どんな告知がされてもとりあえず「おーっ」と叫ぶのがオタクの性だ。俺も手を叩きながら、行くかどうかは日にち次第だと冷静に考えていた。
イベントの後すぐ、響子ちゃん本人から是非来て欲しいとメールがあったことと、日程を確認したら空いていたので、一応カレンダーに「響子ちゃん」と書いておいた。卯月ちゃんのイベントや卯月ちゃんとの約束がなければ、基本的にはいつも暇している。
それにしても、まだデビューして間もないのにソロライブとは大したものだ。もちろん、単独ライブではなく、他に何人か参加するアイドルイベントの一環ではあるが、先輩の卯月ちゃんですらまだその経験はない。
そんな話をカフェでお茶をしながら本人にすると、卯月ちゃんはティースプーンをグルグル回しながら呑気に微笑んだ。
「すごいですよね」
どうやら嫉妬や羨望の類は無さそうだ。優雅に紅茶を飲んで、音を立てないように静かにカップを置く。気品に満ちた仕草に感心しながら、ベッドの上とは大違いだとからかうと、卯月ちゃんは「頭おかしいんですか?」と小声で怒った。とても可愛い。
「卯月ちゃんには声はかからなかったの?」
響子ちゃんのイベントにそこまで興味があるわけではなかったが、掘り下げるようにそう聞くと、卯月ちゃんは実にシンプルに種明かしをした。
「企画したのが、響子ちゃんのプロデューサーさんなんです。もちろん、私も美穂ちゃんもピンチェではお世話になってますけど、プロデューサーが違いますから」
「なるほど」
要するに、響子ちゃんをただのピンチェの一員で終わらせたくないという、プロデューサーの意向だろう。ピンチェはニュージェネのように、メンバー全員が同時にデビューしたユニットではない。どうしても美穂ちゃんの人気が飛び抜けて高い中で、響子ちゃんの存在は霞んでしまう。
「卯月ちゃんのプロデューサーは、個人で売り込む企画はしないの? 本人の希望は?」
「プロデューサーさんの考えはわかりませんが、私は別にどっちでもいいです。私は、誰かと一緒にやるのが好きな気がします」
「そういうケースもあるのか」
「結構多いと思いますよ?」
当たり前のように卯月ちゃんが笑った。
もちろん、テレビや劇など、346のメンバーでは卯月ちゃん一人というケースはあるが、スタジオや舞台の上には仲間がいる。しかし、単独ライブは、出演者は本当に一人だけになる。卯月ちゃんはそれにあまり興味がないらしい。
「仲良しごっこがしたいわけじゃないんですけど、私がやりたいこととか楽しいって感じるのは、1+1を3にすることなんです。もちろん、その中で一番になりたいとは思いますけど」
「比較の対象がいないと、輝きがわからないと」
意地悪な感想を述べると、卯月ちゃんは気にした様子もなく、くすっと笑った。
「とても悪意のある解釈ですね。○○さんの性格の悪さが滲み出ています」
実際のところ、単独ライブでは数値目標がないと人気を測りにくい。アイドル活動は戦いだ。物販で売れた数、握手会の列の長さ、そういう一つ一つが卯月ちゃんのモチベーションになっているのだと論じると、「まったく違いますね」と冷静に否定された。
「それで、響子ちゃんのライブは卯月ちゃんは来れるの? 一緒に見るのはリスクがありそうだけど」
元々冗談なのでサクッと打ち切って話を戻す。顔なじみになったファンの仲間が誰かいそうだが、もちろん卯月ちゃんと過ごせるならそれに越したことはない。ただ、二人きりだと万が一の時に言い訳が難しいなどと策を練っていると、卯月ちゃんが残念そうに肩を落とした。
「私、その日は撮影のお仕事があって行けません」
「そうなんだ」
「はい。後から感想も含めて色々聞きますから、響子ちゃんの応援はもちろん、もし良かったら他の子のステージも見てきてください」
卯月ちゃんにそう言われたら行くしかない。もっとも、響子ちゃんは友達枠なので見に行くが、他の子も見るかどうかは改めて検討したい。
声には出さずにそんなことを考えていると、表情でわかったのか、卯月ちゃんが少しだけ身を乗り出して、内緒話をするように口元に手を寄せた。
「響子ちゃんのプロデューサーはキュートアイドルばかりプロデュースしていますから、○○さんにはきっと楽しめると思いますよ?」
そう言って、にっこりと微笑む。キュートアイドルとは、346プロが所属アイドルを便宜上3つのタイプに分けた一つで、正統派の可愛いアイドルが多い。卯月ちゃんはもちろん、響子ちゃんに美穂ちゃん、みくちゃんもキュートアイドルで、俺が気になった子はキュートアイドルであることが多い。
キュートアイドルだから好きというわけではないので、346プロの分け方は確かということだろう。そのキュートアイドルが多く出演するライブならきっと楽しめるはずだと、卯月ちゃんはそう言っているのだが、俺が鼻の下を伸ばして他のアイドルを応援することを、彼女としての卯月ちゃんが喜ぶはずがない。これは罠である。
大して興味が無さそうに生返事をすると、卯月ちゃんは椅子に座り直して、可愛らしく指を折った。
「誰が出たかなぁ。新しくて若い子だと、白菊ほたるちゃん、棟方愛海ちゃん、私と同じくらいだと琴歌ちゃん。ゲスト枠ですが、ゆかりちゃんと有香ちゃんが参加します。他にも何人かいましたが、忘れました」
ほとんど聞いたことがないが、最後の二人は知っている。前に響子ちゃんに言われて調べたメロウ・イエローというユニットのメンバーで、歴も卯月ちゃんより長くて、テレビなんかにも出たりしている子たちだ。客寄せというと表現は悪いが、やはり有名なアイドルもいなければ盛り上がらないという考えだろう。
「みんな同じプロデューサーなの? 可愛い子たちばかりで羨ましいな」
素直な感想を述べると、卯月ちゃんは可愛らしく微笑んだ。
「全員ではないですが、大体そうですね。プロデューサーさんはどうなんでしょうね。そういう目で見てはいないと思いますけど、可愛い子を可愛いと思うのは自然なことですし、人間ですから贔屓とかもしちゃうかもしれませんね」
そういえば、前に卯月ちゃんが、美穂ちゃんがプロデューサーと恋仲だと話していた。その場にいたみくちゃんも肯定するような反応をしていたので、やはりそういうこともあるのだろう。
「卯月ちゃんのプロデューサーは?」
長身のプロデューサーを思い出しながら聞いてみる。あの堅物に限ってアイドルと恋愛など無さそうだが、案の定卯月ちゃんも可笑しそうに頬を緩めて首を振った。
「信頼も尊敬もしてますけど、恋愛対象として考えたことはないですね。シンデレラメンバーはみんなそうだと思います。もちろん、プロデューサーさんに男性としての魅力が無いという意味ではないですけど、結構ビジネスライクなので」
「堅そうなのはわかる」
深く頷いて同意を示した。何度も顔を見ているし、サイン会場などで仕事ぶりも見ている。握手会で剥がされたこともあるし、それこそ先日のインストアイベントにも来ていた。いかにも真面目そうな人だが、単に不器用なだけにも見える。いずれにせよ、卯月ちゃんがまるで異性として意識していないのは安心だ。
ほっと胸を撫で下ろすと、卯月ちゃんがからかうように俺の顔を覗き込んだ。
「安心しましたか?」
「いやいや、俺は元々卯月ちゃんを信じてるから」
「そうですか。私はあまり○○さんを信用していないので、ちょっと不安ですね」
そう言って、眉間に皺を寄せて無念そうに首を振った。とてもわざとらしい。もちろん冗談だと思うが、冗談に包んで本音をぶつけてきているようにも思える。油断して適当に返事をすると、一瞬で機嫌が悪くなる危険がある。
「卯月ちゃんの心にある氷の壁が、解けてなくなる日が来ることを願ってるよ」
冗談に真顔で返すのも悪いので、ため息混じりに肩をすくめると、卯月ちゃんが半眼で俺を睨んだ。
「まるで私側に問題があるような言い方ですね」
今度は完全に冗談だったので、俺は改めて安堵の息を漏らした。どうやら危機は回避できたようだ。
いきなりこういう爆弾を投下してくるのは冷や冷やするが、気まぐれで感情的な卯月ちゃんも、年相応でとても可愛らしい。
余裕の表情で見つめていると、卯月ちゃんがふてくされたように唇を尖らせた。
「なんですか? 絶対に良くないことを考えてますよね?」
「いや。可愛いなって思って見てた」
「まあいいですけど。とにかく、ライブには行って、なるべく多くのアイドルを見てきてください。彼女としての私より、アイドルとしてみんなのライブやお客さんの反応が気になります」
そう言った卯月ちゃんの目が真剣だったので、俺は仕方なく頷いた。正直、卯月ちゃんが思うほど興味はないが、これも卯月ちゃんの彼氏の責務だろう。どうせ行くならせいぜい楽しむとしよう。そう伝えると、卯月ちゃんは満足そうに微笑んだ。