※この作品はR-18です。

卯月とファンの恋物語『2』~   作:水原渉

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 散々悩んだ末、最初に選んだのは浅草だった。

 いや、それは高校生の女の子を連れて行く場所なのかという突っ込みは自分でも大いに入れたのだが、「高校生・デート」で検索したら、ボウリングとかカラオケとかダーツとかビリヤードとか、後は公園とかお家デートとか、そんなものばかり出てきたので、ひとまず卯月ちゃんの高校生性は忘れることにしたのだ。

 そういうのは、同じ学校で毎日会っているような高校生カップルが、学校の帰りに遊ぶ延長線上のデートだ。もしくは、お金がなかったり、狭い世界で生きている二人の話だ。もちろん、卯月ちゃんはビリヤードでも喜んでくれるだろうし、首元から覗かせる胸の谷間に俺も幸せになれるのは間違いないが、記念すべき初デートでするようなことではない。

 そんなことを偉そうに考えたのだが、俺自身デートなどしたことがないし、卯月ちゃんがどう感じるかはわからない。内心ビクビクしながら行き先を告げると、卯月ちゃんは特に驚いた様子もなく「浅草ですかー」と復唱した。

 偶然空いた座席に並んで座っている。触れ合う腕が熱くて、柔らかくて、気持ちがいい。色々な意味で緊張しながら会話を続けた。

「俺、浅草って行ったことがなくて」

「そうなんですか? ちょっと意外です」

 卯月ちゃんがちらりと俺を見上げる。隣を向くと、ものすごく近くに卯月ちゃんの顔があって、思わず視線を逸らせた。ポスターならゼロ距離でも平気だが、本物の卯月ちゃんと見つめ合うのは気恥ずかしい。

 それにしても、今の口ぶりからすると、卯月ちゃんは浅草には何度か行ったことがあるようだ。一緒に初浅草を共有したかったが、よく考えたら、確かに東京で生まれ育った卯月ちゃんが、浅草に行ったことがないと考えるのは不自然だった。

「じゃあ、○○さん、スカイツリーも行ったことないんですか?」

「あっ、うん。今日行こうと思って……」

 テンパり気味に答えると、卯月ちゃんは「なるほど」と呟いてから、少し考えるように視線を落とした。

 一瞬、嫌な沈黙が落ちた。俺が自分の行ったことのない場所を初デートに選択し、卯月ちゃんはそこに行ったことがある。人一倍、相手の気持ちを考える卯月ちゃんのことだ。俺が少なからずがっかりしていることに気が付いて、どうフォローしようか考えているのだろう。

 卯月ちゃんに気を遣わせるのが申し訳なくて、俺は努めて明るく言った。

「じゃあ、今日は卯月ちゃんに案内してもらおうかな」

「はい。任せてください!」

 元気よくそう言って、卯月ちゃんはにっこりと微笑んだ。

 それから、お喋り好きの卯月ちゃんがいつものように学校やアイドル仲間のことを話している内に、地下鉄が浅草駅のホームに滑り込んだ。

 まだ午前中だし、多少は人も少ないかと思ったら、そんなことはなかった。なるべく人の多いところは避けようと思っていたのに、浅草やスカイツリーという場所を選択をしてしまった自分が情けない。

 人の流れに従って、写真やテレビで見たことのある大きな提灯や浅草寺の本堂を見てから、昭和を感じる街並みをぶらぶら歩く。

 正直なところ、意外と何もないと感じた。楽しいのは卯月ちゃんと一緒にいるからであって、場所ではない。俺にはまだ早い町だったかもしれない。

 それでも1時間ほど滞在して、二人で人形焼を食べながらスカイツリーに移動する。高さ634メートル、日本一高いタワーと、麓に広がる新しい下町。浅草とは打って変わって近代的な建造物の立ち並ぶこの区域は、先程よりは随分デート寄りに思えた。

 曇り空を突き刺すように聳え立つ塔を見上げていると、卯月ちゃんが隣で同じように顔を上げた。

「やっぱり大きいですね。人類ってすごいですね」

「すごいな、人類」

 よくわからないが同意して頷くと、卯月ちゃんは嬉しそうに微笑んだ。相変わらず飛び抜けて可愛い笑顔である。

 機嫌も良さそうだし、今朝の微妙な空気はすっかりなくなっていた。どうにか楽しい初デートにできそうだと思った矢先、思いもしない事態が待ち受けていた。

 スカイツリーは人がいっぱいで、1時間以上待たなければ入れないと言われたのだ。

 唖然とする隣で卯月ちゃんがため息をついた。

「やっぱり混んでますね」

「やっぱり?」

 思わず聞き返すと、卯月ちゃんは少しだけ首を傾けて、苦笑いを浮かべた。

「人気スポットですしね。上は狭いから、どうしても待つことになっちゃうんですよ」

 完全に調査不足だった。もしかしたらこれは、ものすごく当たり前の一般常識だったのかもしれない。卯月ちゃんに呆れられただろうか。

 いや、それよりも今は、この1時間を待つか待たないか。早急に結論を出すべく脳をフル回転させると、卯月ちゃんがくいっと俺の服の袖を引いた。

「今日は止めましょう」

 意外な言葉が耳朶を打った。驚いて顔を上げると、卯月ちゃんは少し緊張した面持ちで俺を見つめていた。

「安くないですし、どうせなら天気がいい時にまた来ましょう」

 説得力のある一言だった。展望デッキまで2,000円。その上の展望回廊まで行くと、さらに1,000円もかかる。天気の良い時や夜景が綺麗な時間ならともかく、天気の悪い混雑した日中に行っても、あまり楽しくないだろう。

 そんなことは、朝起きて外の天気を見た瞬間にわかったはずだ。事前準備が足りなかったのか、臨機応変スキルが著しく欠如しているのか、根本的な経験不足か。

 とにかく巻き返さないといけない。どうしたものか考えながら歩いていると、後ろから卯月ちゃんに声をかけられた。

「○○さん!」

 慌てて足を止めて振り向くと、卯月ちゃんが少し小走りに俺の隣に並んで、ぎゅっと手を握ってきた。完全に考え事をしていて、早足になってしまった。

 謝ろうとしたら、卯月ちゃんが拗ねたように唇を尖らせた。

「新しいサンダルで歩きにくいんです。置いて行かないでください」

「ご、ごめん」

 すぐに謝ると、卯月ちゃんは「よろしい」と偉ぶって笑った。

 ぎりぎりの空気。ともすれば険悪になりそうな状況で、上手に立ち振る舞う卯月ちゃんに感謝しつつ、対極的に自分の不甲斐なさが悲しくなってきた。

 事前に調べていたパンケーキの店が列になっていたので、行こうとしていたことすら告げずに、適当なそば屋に入った。何もかも予定通りにいかないが、とにかく暗くなってはいけないと思い、卯月ちゃんに話を振る。

「そういえば、今日はどうしたの? 俺は会えて嬉しかったけど」

「詳しくは聞かされてないんですけど、何かの手違いで予定がなくなっちゃったみたいです。私と凛ちゃん、みくちゃんと李衣菜ちゃんの4人で曲の打ち合わせだったんですけど」

「面白い4人だね。CDとか出すの?」

「出したいですけどね。とりあえずは、夏のライブ用です」

 運ばれてきたそばを、卯月ちゃんが美味しそうに口に運んだ。

 夏のライブとは、初のシンデレラプロジェクト全員で行うライブのことである。所属プロダクションの大型ライブとは別に、小さなホールで単独で行われるのだが、チケットはすぐに完売した。もちろん、俺も参戦する。

 忘れていたわけではないが、よく考えると卯月ちゃんは夏休みはその練習で忙しいかもしれない。かもというか、絶対に忙しくなるだろう。

 会えないのは寂しいが、それを伝えても困らせるだけだし、とはいえ平気と思われるのも嫌だ。振る舞い方が難しい。ぼんやりそんなことを考えていたら、卯月ちゃんがじっと俺を見つめていた。

 はっと我に返る。

「あっ、何?」

「いえ、なんでもないです。これからどうしますか?」

 そう言って、卯月ちゃんは曖昧に微笑んだ。

 みしっと、空気の軋む音が聴こえた。明らかに今日は噛み合っていない。楽しくない時間を、無理に楽しもうとしている卯月ちゃんの姿に胸が痛んだ。

「えっと、近くに向島百花園っていうところがあって、今紫陽花がシーズンで」

 気を取り直して当初の計画を伝えると、卯月ちゃんは目を輝かせた。

「行ったことないです。あっ、また紫陽花と一緒に私の写真撮ってください」

「それはもちろん、喜んで」

 後少し触れたら砕けそうな、ひび割れたグラスのようだ。それでも、卯月ちゃんは楽しそうだし、時間もまだ昼を少し回ったところ。今からでも十分、失態続きの午前を巻き返すことができる。

 何度も何度もそう祈るように念じながら、食事を済ませて店を出た。

 向島百花園は、スカイツリーから2駅先の東向島駅の近くにある庭園である。もちろん俺も行ったことはないが、画像検索したらなかなか良さそうだった。天気はいまいちだが、紫陽花ならむしろそれも風情だろう。

 卯月ちゃんの写真を撮らせてもらえるのはありがたい。卯月ちゃんもそれを楽しんでくれるのなら、あの日偶然すれ違った日のように、二人で幸せな時間を送れるかもしれない。

 そんな希望を胸に外に出た瞬間、辛うじて俺を支えていた最後の何かが音を立てて崩れ落ちた。とうとう降り出した雨が、強くアスファルトを叩いていたのだ。

 困ったように空を見上げる卯月ちゃんの隣で、俺は完全に万策尽きて立ち尽くした。

 もちろん、雨だって行ける。しかし、素足にサンダルの卯月ちゃんをわざわざこの雨の中引っ張り回すほどの価値があるとは思えない。屋内でできることは星の数ほどあるのだ。

 しかし、だとしたらどうしたらいい。一番最初に捨て去ったウィンドウショッピングプランを拾い上げるか? すぐ隣にある併設の水族館に行くか? それは悪くないアイデアだ。だが、今こうして雨が降り始めたことで、混雑は免れない。

 隣を見ると、卯月ちゃんが困ったように俺を見上げていた。

 いよいよ焦りが頂点に達した。選択の引き出しが少なすぎて、こういう時どうしたらいいのかまるでわからない。

 没にした数々のプランを掘り起こす。「高校生・デート」で検索した時、どんな文字があっただろうか。懸命に思い出すと、映画館という選択肢が俺の脳裏に燦然と輝いた。

 そうだ。映画館なら喋ることなく時間を潰すことができる。

 それを素晴らしいアイデアだと思った瞬間、背筋に冷たいものを感じた。

 あれだけ楽しみにしていた卯月ちゃんと二人の時間を、必死に潰すことを考えている。しかも、なるべく喋らずに済むように。目を合わせずに済むように。

 眩暈がした。すべての音が遠ざかり、思考が止まる。

「卯月ちゃん、映画館行こうか」

 ぎゅっと手を握る。声がみっともないほど震えていた。

「○○さん……」

 弱々しい卯月ちゃんの呟き。

 あまりにも情けない初デートだ。こうして卯月ちゃんの手を握って歩けるのも、今日で終わりかもしれない。思わず泣きそうになって顔を背ける。

 軽く手を引くと、それに反発するように、逆に卯月ちゃんが俺の手をぐいっと引いた。

「○○さん!」

 強い語気で言われて、弾かれるように顔を上げると、卯月ちゃんが決意めいた表情で俺を見つめていた。そして、一音ずつ区切りながら、はっきりと言った。

「私、今日は映画は観たくありません」

 明確な拒絶。まるで今日のすべてを、自分のすべてを否定されたように思えて、真っ白になって立ち尽くすと、卯月ちゃんはさらに俺の手を引いて、いきなり頬にキスをした。

 何が起きたのかわからず、呆けたように卯月ちゃんを見ると、最愛の女の子はいつもの笑顔でいたずらっぽく口元をゆがめた。

「私、行きたいところがあるんです。付き合ってください」

 腕を組むように引っ張られて、引きずられるように歩き出す。

 今日が再び動き始めた。

 

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