※この作品はR-18です。

卯月とファンの恋物語『2』~   作:水原渉

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 拍手と歓声とともに、響子ちゃんが手を振りながらステージに現れた。衣装はエプロン風の白のワンピース。スカートは七色で、胸に大きなリボンがついている。肩が出ていて、スカートも少し露出が多めかなと感じるが、ブーツが長いのと、響子ちゃん自身にそれほど色気がないせいか、いやらしさは感じない。もっとも、俺がそういう目で見てないからそう映るだけかもしれない。

 1曲目は、惜しみなくピンチェの『ラブレター』を突っ込んできた。これには俺はもちろん、会場中が湧いた。響子ちゃんはまだほとんどピンチェでしか活動しておらず、ここにいる多くはピンチェのファンである。そのピンチェの代表曲で盛り上がらないはずがない。

 曲が終わると、響子ちゃんが小さく頭を下げてマイクを口に当てた。

「こんにちは、五十嵐響子です。いつもは隣に誰かいるんですけど、今日は一人なので緊張しますね」

 言葉通り、いささか緊張した面持ちでトークを始める。トーク中に間ができるたびに冷や冷やするが、どうにか数分喋ってから、2曲目は持ち歌の『恋のHamburg♪』を披露した。

「今日は色んなアイドルが出演するステージで、今日初めて五十嵐響子を見るよって人もいると思うから、少し自己紹介をしますね。鳥取出身の15歳で、料理とかが好きです。今日最初に歌ったほたるちゃんも鳥取で、寮でも仲良しです」

 それは知らなかった。それから、自己紹介のはずが鳥取県の紹介をし始め、スタッフに曲に行けとわかるように指摘されて笑いを誘った。

「3曲目は、卯月ちゃんから『S(mile)ING!』を歌えと脅されたので、歌いますね。怖い先輩なんです」

 フロアが盛り上がる。もちろん、卯月ちゃんがそんな子ではないと知っているからウケているが、中には納得したように頷いている人もいる。恐らく卯月ちゃんを知らないのだろうが、まあこの程度のことは誤解されたままでも問題ない。

 響子ちゃんの『S(mile)ING!』は抜群に可愛かった。しかし、やはり卯月ちゃんの笑顔が似合う曲だと感じた。

 いや、曲が合わないのではない。響子ちゃんの笑顔が少し硬い。初めは緊張しているせいだと思ったが、もしかしたら調子が悪いのだろうか。他のファンは気付いていないようだが、響子ちゃんの素顔を知っている俺には違和感を覚えるステージだ。

 残り時間も少なくなり、寮と料理の話をしてから最後の曲をコールした。特に告知もなく、ありがとうございましたと頭を下げる。最後の曲は『明日また会えるよね』だった。選曲も素晴らしい。

 どうにか持ち時間の30分を終えると、響子ちゃんが最初と同じように手を振りながらステージを降りた。俺はほっと息を吐いて胸を撫で下ろした。楽しむというより、子供の学芸会を見守る親のような気持ちだった。もちろんそれは、プロのアイドルに対して失礼ではあるが、友達枠の特権ということで許してほしい。

 いつもより元気がなく感じたが、十分楽しめるステージだった。あの個性的な愛海ちゃんの後なのでどうなるかと心配したが、やはり正統派アイドルは強いと改めて思った。

 次の栗原ネネちゃんも気になったが、響子ちゃんに会うためにフロアを出た。物販テーブルは列になっていて、響子ちゃんが現れるとわっと湧いた。ステージにいる時は衣装も違和感がないし、近くて遠い存在に感じるが、ステージの外だとすごく人間味を感じる。これが他の芸能人との一番の違いで、アイドルの現場の一番楽しいところだと思う。

 物販はソロ曲とピンチェのCDが1枚ずつ。購入者はサインと握手をしてもらえる。俺はもちろん両方とも持っているし、なんならピンチェのイベントで買ったのでサインも入っているが、運営もそれを承知で売っている。同じ値段で握手券だけ売られるより良心的だと思うし、日付の異なるサインがもらえるのも悪くない。

 家に置いてある大量の卯月ちゃんのCDを思い出しながら列に並び、2枚とも購入した。どれだけ仲が良くても、相手はプロなのだから、こういうところではきっちりとお金を落としたい。

 列と言ってもそんなに多くないので、10分程度で順番が回ってきた。ほんのりと赤みのさした頬、額にはうっすらと汗が滲んでいる。

「お疲れさん」

 CDを渡しながら声をかけると、先程までにこにこと笑顔でサインしていた響子ちゃんが、ふっと真顔で俺を見上げた。妙に真剣な眼差しに、悪い意味で胸が高鳴る。

 響子ちゃんは何か言いかけるように口を開いて、一瞬困ったように眉尻を下げてからCDにサインを書いた。それからぎこちなく笑って俺の手を握った。

「ライブ、どうでしたか?」

「楽しかったよ」

 月並みな言葉を返す。並んでいた全員が同じことを言ってそうだが、評論家のように語る場面でもない。

 響子ちゃんは何やら考えるような表情で俺の手を握りながら、少しだけ声を潜めて言った。

「今日は一人ですか? ライブの合間にメールチェックとかしましょうね。お友達が来るかもしれませんし」

 違和感のある台詞だった。俺は「うん」と曖昧に返事をして列を離れた。

 すぐにスマホを確認してみたが、誰からもメールなど来ていなかった。そもそも来る予定もないし、今日一人で来ることは昨日電話で言ってある。

 もしかしたら、みくちゃんのことかもしれない。あの場でみくちゃんの名前は出せないので、敢えてぼかして言った可能性はあるが、そういう表情ではなかった。

 離れたところで響子ちゃんを見ると、いつもの笑顔でサインと握手に応じていた。ぼんやり響子ちゃんを眺めながらスマホをいじっていると、丁度みくちゃんからメールが来た。午後の2番手くらいには行けそうだと書いてある。響子ちゃんのライブの感想を書いて送り、スマホをしまう。

 朝から立ちっぱなしで疲れたので、ネネちゃんのライブはパスして、ゆかりちゃんのライブに備えた。前半ラストは、卯月ちゃんよりも歴が長く、テレビなどでも時々見る水本ゆかりちゃん。メインで活動しているユニットはメロウ・イエローで、ドーナツアイドル椎名法子ちゃんと、今日の後半のトリを務める空手アイドル中野有香の3人でユニットだ。あまり詳しくない俺でも見たことがある。

 さぞかし混むかと思ったら、そうでもなかった。前半というのはあるかもしれないし、やはりユニットで活動しているアイドルを、個人のイベントまで追うのは難しいのかもしれない。俺は卯月ちゃんの単推しだが、多くのファンがたくさんのアイドルを推している。

 ゆかりちゃんは普通に美人で、歌も上手く、トークも落ち着いていて、1曲だけ披露したフルートもとても綺麗だった。それでも胸に来るものはなかったので、やはり俺はアイドルというジャンルが好きなのではなく、卯月ちゃんだけがピンポイントで好きなのかもしれない。

 ライブの後は、せっかくなのでCDを買ってサインをしてもらった。緊張して何を話したか忘れてしまったが、握手した手は温かかった。

 前半と後半の間に、コンビニでパンを買って食べた。こういう時に一人だとライブの感想を語り合えないのは残念だが、元々昔から俺は一人でライブに参加して、誰とも話していなかった。オタク仲間が出来たり、アイドルの友達が出来たことで、ライブの価値観が変わってきたのかもしれない。

 感想は後で卯月ちゃんと話すために、メモに残しておく。ネネちゃんは見られなかったが、3時間一人で見続けただけでも褒めてほしい。しかも、これからまだ同じだけの時間、ライブを見なくてはいけない。腰が痛くなってきたので、お礼に卯月ちゃんに揉んでもらおう。

 そんなことを考えながら、会場に戻る。後半のチケットにスタンプを押してもらうと、今度は後方の壁際に陣取った。疲れているのもあるし、みくちゃんとの合流も視野に入れる。

 後半の1番手は、卯月ちゃんが最初に名前を挙げていた西園寺琴歌ちゃん。お嬢様キャラではなく、本物のお嬢様らしく、仕草や喋り方がとても上品だった。こういうアイドルもいるのかと、感心しながらステージを眺める。

 ファンの数は前半よりも多い。これは単純に、前半は開始が早かったので、後半の方がチケットがたくさん売れたというだけだろう。愛海ちゃんや響子ちゃん、ゆかりちゃんの人気が後半のメンバーより低いとは思えないが、よく知らないので断言もできない。

 琴歌ちゃんのステージが終わり、一度フロアを出てスマホを確認した。メールが来ていたので、みくちゃんだろうと思って開いて、俺は思わず息をのんで立ち尽くした。メールは響子ちゃんからで、こう書かれていた。

『少し会えませんか?』

 ぞわっとした。会場から少し離れた公園が指定されており、今そこにいるという。無理なら無理で、のんびりしてから戻るので気にしなくていいと書かれているが、握手した時に言っていたのはこのことだろう。後からメールを送るから気付いてほしいという合図だったのだ。

 だとすると、あの時点ではもう、響子ちゃんは俺に何か話したいと考えていたことになる。しかも、夜に電話とかではなく、俺が後半のライブを楽しんでいるのを知っていてこれを送ってくるくらい、早急にだ。

 すぐに行くしかないだろう。とりあえず返事を送ろうとしたその腕を、綺麗な白い指がガシッと掴んだ。

「○○チャン、発見!」

 囁くようにそう言われ、反射的に振り返ると、男の子っぽい格好をしたみくちゃんが、にんまりした笑顔で立っていた。

 最悪のタイミングだ。いや、みくちゃんがこの時間に来ることは知っていたが、響子ちゃんのメールが衝撃的過ぎて頭から抜け落ちていた。

「琴歌ちゃんのライブはどうだった? っていうか、前半のライブはどうだった?」

 すぐ隣に立って、みくちゃんが何気ない調子で話しかけてくる。俺もつい1分前までは、一人で退屈していてそれを望んでいたはずだが、状況は一変した。しかし、響子ちゃんのメールの内容を言うわけにはいかない。話し相手がみくちゃんでいいのなら、初めから大した仲でもない俺に送ってくるはずがないのだ。

「えっと、みくちゃん。俺、ちょっと抜けなくちゃいけなくなった」

 しどろもどろになりながらそう言うと、みくちゃんはきょとんとした表情で首を傾げてから、俺の服の袖をつまんだ。

「どういうこと? どこに行くにゃ?」

「えっと、用事が……」

 咄嗟にいい言い訳が浮かばず、あたふたしながら誤魔化すと、みくちゃんは怒りと悲しみをブレンドしたような顔で俺を見上げた。

「みく、○○チャンと一緒にライブを見ようと思って、走って来たにゃ」

「すぐ……かはわかんないけど、戻ってくるから!」

「どこに行くの?」

 みくちゃんが服の袖に添えた指を、俺の腕にかけた。そして、逃がさないと言うように強く掴む。

 みくちゃんの気持ちもわかるし、すごく嬉しい。友達枠とはいえ、アイドルの女の子が、俺みたいな一介のドルオタと一緒にライブを見てくれるなど、身に余る光栄だ。俺だって、今すぐにでもフロアに戻ってライブを楽しみたい。

 だが、ここで響子ちゃんを放っておくという選択肢はない。気にしなくていいという言葉を真に受けて、一人でのんびりしてから戻るという行動を取らせたら、絶対に取り返しのつかない事態になる。これほどわかりやすく、先に出来る後悔もない。

 俺はみくちゃんの手を取って、じっと目を見つめた。

「俺もみくちゃんとライブを見るのを楽しみにしてた。一人で死ぬほど暇してた」

「だったら、一緒に見るにゃ。みくに一人で見ろって言うの?」

「埋め合わせは必ずするから。貸し1で手を打って」

 真っ直ぐ見つめて手を握ると、みくちゃんはふてくされたように頬を膨らませてから、わざとらしくため息をついた。

「わかったにゃ。戻ったら話せるだけ教えて。あと、今度お買い物に付き合って」

 それは何か買ってくれということだろうか。それくらいは望むところである。ここでみくちゃんに嫌われるのは避けたかったので、本当に有り難い提案だ。

「ありがとう。みくは話のわかる女だと信じてた」

「もういいにゃ」

 恥ずかしそうにそっぽを向くみくちゃんを置いて、俺は会場を飛び出した。すぐに行くと響子ちゃんにメールを打って、指定された場所に走り出す。

 とにかく急ごう。今俺に出来ることはそれしかない。

 

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