※この作品はR-18です。

卯月とファンの恋物語『2』~   作:水原渉

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前半は卯月と誕生日&1周年記念のデート、後半はニュージェネのライブの2本立て。


卯月とファンの恋物語13
1


 4月。東京の桜はすでに散って、力強い緑の葉が、柔らかな日差しを受けて輝いている。

「おお、これが新緑か」

 誰もいないと思って呟いたら人に聞かれて、恥ずかしい思いをした。ツライ。

 桜の頃に、卯月ちゃんに花見イベントを企画したが、多忙で実現しなかった。もちろん、忙しかったのは向こうがだ。

 春休みだし、暇しているかと思ったら、この季節は仕事が多いらしい。去年はそうでもなかったと思うから、この1年で名前が売れてきたのだろう。あるいは、まだ付き合う前だったから、見えていなかっただけか。

「せっかく珍しく、奇跡的に○○さんから誘ってくれたのに、申し訳なさで胸が押し潰されそうです!」

 明らかに演技とわかる切ない表情を浮かべて、卯月ちゃんが無念そうに首を振った。抱え込んだ腕に、胸が押し潰されている。

「卯月ちゃんがそんな想いをしなくてもいいように、もう二度と俺から誘わない」

 俺も冗談とわかるようにそう言ったが、卯月ちゃんに冷たい瞳で睨まれた。理不尽だ。仲直りにと、押し潰された胸を指でつついたら、ゴミ捨て場に湧いた虫でも見るような目で見られた。

 卯月ちゃんの忙しさは4月に入っても変わらず、なかなか会えない日が続いている。4月の終わりに『原点回帰』と銘打ったニュージェネのライブがあり、その稽古に励んでいるらしい。

 ライブ自体はとても楽しみにしている。ここのところピンチェでの活動が多く、響子ちゃんの友達としては嬉しいが、古参のファンの俺としては寂しい想いをしていた。

 ニュージェネだけではなく、CP全体の活動を増やす意向らしく、アスタリスクも5月にライブがあり、これも友達二人からチケットをもらっている。どっちが渡すかという、実にくだらないことで喧嘩をしていた二人がとても可愛かった話を卯月ちゃんにしたら、「そうですか。良かったですね」とそれはそれは冷たい対応をされた。相変わらず難しい子だ。

 忙しいから電話とメール、夜に時々会うだけという月もあるが、4月はそれで我慢するわけにはいかない。指輪に刻んだ日から丁度1年の記念日もあるし、卯月ちゃんの誕生日もある。

 去年、卯月ちゃんの誕生日はおめでとうというメールだけで済ませてしまった。すでにLINEは交換した後だったが、俺の中では付き合っているステータスにはなっていなかったので、プレゼントを贈るとか特別な店を予約するという考えはまったくなかった。あるいは、もしそういうステータスだったとしても、あのファーストデートの失態を思い返すと、果たして当時の自分にそんな気の利いたことができたかは怪しい。

 卯月ちゃんは俺のことを彼氏だと認識していたが、付き合い始めたばかりだったし、同じく交際に不慣れだったので、メールだけで満足してしまったそうだ。その時のことを振り返りながら、卯月ちゃんが実に無念そうにため息をついた。

「あの時、私がもっと要求していたら、あのくだらない行き違いは起きなかったかもしれませんね」

 あの行き違いをくだらないと言い切れるのは成長の証だが、当時はお互い本気で悩んでいたし、何度ももうダメだと思ったものだ。そう考えると、本当にこの1年で仲が深まったし、恋愛への理解が深まった。

「あれがなかったら、俺はエッチするタイミングを逸したかもしれない」

 敢えて茶化した返事をすると、卯月ちゃんは俺の方を見ずに手を振った。

「それは割とどうでもいいです」

「心にもないことを」

「それはともかく、今年は去年の分まで祝われる必要があると思います」

 エッチの話はサラッと流して、卯月ちゃんが訴えるような眼差しで俺を見つめた。昔と比べると随分そういう話にも抵抗がなくなったと思ったが、考えてみると海に行った時にはもう、卯月ちゃんは十分エッチだった。探るように見つめると、卯月ちゃんが冷たい眼差しで俺を睨んだ。

「考えてることが全身から滲み出てますよ?」

「デートプランを考えてた」

「そういう顔ではなかったです」

 前に1周年は特別なことがしたいと言っていた。付き合っている期間の割には大して何もしていないので、新しくて面白そうなことは山のようにある。例えばサファリパークで動物を見るとか、港町で海鮮を食べまくるとか、パラグライダーで富士山を見るとか、花の綺麗なテーマパークで写真を撮るとか、シュノーケリングで魚を見るとか、色々と特別なプランを提示すると、卯月ちゃんが呆れたように微笑んだ。

「たくさん温めてありますね。初デートで絶望してた○○さんも可愛かったですけど、とても頼もしいです」

「可愛くないから。忘れてくれ」

「前に特別なことがしたいって言いましたし、○○さんのプランはどれも面白そうですけど、原点回帰のデートもいいなって思います」

 卯月ちゃんが少しだけ申し訳なさそうにそう言った。せっかく俺が考えたプランに乗らなかったことを気にしているのだろうが、正直なところ、俺は卯月ちゃんと過ごせたら何でもいい。

「レッスンとか大変で、ちょっと疲れ気味です。○○さんのプランは、ライブが終わってからにしましょう」

 そっとため息をついて微笑む。

 卯月ちゃんはアイドルだ。今回のライブが終わってもすぐにまた次のライブがあると思うが、それだけ今回のライブは、卯月ちゃんにとって重要なのだろう。

「原点回帰ってくらいだから、またおねシンがアンコールかな。最近、あの曲をセトリのどこに持ってくるかを楽しみにしてる」

「曲の予想は楽しいですよね。私の予想だと、『Heart Voice』とかやるかもしれません。シンデレラの曲だし」

「マジか。あれ好き。ニュージェネで歌うのは胸熱」

「私の予想ですよ? やらないかもしれません」

「おい、出演者」

 ジトっと睨むと、卯月ちゃんは可笑しそうに頬を緩めた。

 そんな感じで、記念のデートは店だけ少し奮発して、後は街でのんびり過ごすことになった。

 卯月ちゃんと会えない休みの日に、街に繰り出してプレゼントを物色する。去年スルーしてしまった誕生日は、あのワンピースをプレゼントということにすると言われているので、あれを超えるものを考えたい。

 指輪は今ならサイズがわかるが、クリスマスに贈っているし、アクセサリーの類も月並みな感じがする。体験にお金を使うのもいいが、当日はゆっくりしたいと言われているし、レストランは予約したがプレゼントは別枠だろう。

 化粧品の類は肌に合うとか合わないとかがあるらしいから、下手に買っても困らせてしまうし、いつも使っているものを聞いて贈っても、まるで日用品の買い足しのようになってしまう。

「付き合いが長くなるほど、プレゼントは難しくなるな」

 選ぶのは楽しいし、卯月ちゃんは何を贈っても喜んでくれるだろうが、せっかくだから少しくらい特別感を出したい。

 結局一日中走り回った結果、スニーカーを買った。それのどこが特別なのかと言われると困るが、発想の限界だった。一介のオタク男が、奇異の目で見られながら、女の子向けの店でプレゼントを探し回っただけでも褒めて欲しい。何も買わずに出る時のいたたまれなさを卯月ちゃんに報告したら、「店員さんに同情します」というひどい返事がきた。許さない。

 ちなみに、卯月ちゃんの靴のサイズは事前に聞いてある。前に指輪で失敗した時、体中のサイズを教えて欲しいと頼んだら、教えてはくれたが、見たこともないくらいドン引きされた。「卯月ちゃんのサイズ」と題したテキストがスマホに入っているので、誰かに見られたら社会的に終わりそうだし、そもそも重大な機密情報である。

『結局下着を買ったんですか? 前に教えたサイズは役に立ちました?』

 卯月ちゃんからそうメールが来たので、下着ではないが役に立ったと返しておいた。卯月ちゃんにも俺の色々なサイズを教えてあげると書いたら、「セクハラやめてください」と返ってきた。シャツやズボンの話をしたつもりだったが、一体どういう意味だろう。今度会ったら聞いてみよう。

 そんなわけで、いよいよデートを明日に控えた夜、ニュージェネのネットラジオを聴きながら、明日のことを脳内でシミュレーションしていた。スピーカーから聴こえてくる卯月ちゃんの声は元気そうだ。いつ録ったものかはわからないが、明日も元気だと嬉しい。

 デートの後はすぐ、ニュージェネのライブがある。今日のラジオもその話題ばかりだ。

 ライブは俺も原点回帰して、昔みたいに一人で見ようと思っている。水野は別の場所であるまゆちゃんのイベントに行くようだし、大暗黒は凛ちゃんや未央ちゃんにそれほど興味がない。まあ、それは俺も同じだが、大暗黒の推しはみくちゃんだ。

 ラジオの後、その猫耳から今話せるかという確認のメールの後、電話がかかってきた。

『そういえば○○チャン、今度のライブは一人?』

「その予定」

『じゃあ、一緒に見るにゃ』

 じゃあの意味がまったくわからないが、有り難いことに最近はなかなか一人にさせてもらえない。

「最前列でガチ観戦の予定だから」

『うぅ。じゃあ、ライブの打ち上げだけで我慢する。開場前に少し話そうね!』

 打ち上げに行くのは決定らしい。前に響子ちゃんのライブの時に、随分申し訳ないことをしてしまったので、みくちゃんが行きたいのならそれくらいは付き合おう。

 もっとも、他に誰が行くのかにもよる。

「猫耳は誰と行くの? 相棒?」

『サラッとひどい扱いを受けた気がする。みくが誰と行くかは秘密にゃ』

「秘密主義の猫耳だな。もし万が一、俺を誰かと会わせようと企んでるなら、せめて俺の知ってる子にしてくれ」

『お正月の智絵里ちゃんの話は聞いたにゃ。テンパってる○○チャン、見てみたかった』

「俺は一介のオタクなんだ。緊張せずに話せるのは猫耳くらいしかいない」

『普通に言ってくれたら照れるとこなのに、猫耳扱いのせいで嬉しさ半減にゃ』

 みくちゃんが照れたような怒ったような声でそう言った。この子と喋っているとあっという間に時間が過ぎていく。退屈している時なら歓迎だが、明日は大事な用があるので、テキトーにあしらって通話を終えた。

 ライブも楽しみだが、まずは明日だ。卯月ちゃんにラジオの感想をメールをして、今日は早めに寝ることにした。

 

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