デート当日。天気は晴れ。穏やかな気候。卯月ちゃんの誕生日でもなければ、リングに刻んだ日から丁度1年というわけでもないが、今月は丸一日遊べる日がここしかない。とても貴重な一日だが、変に気負うとまた大失敗するので、天気がいいだけで半分は成功したと思おう。
あの日、偶然出会った場所で待ち合わせると、卯月ちゃんはあの日買ったワンピースを着て現れた。指にはもちろん、クリスマスに贈ったペアリングをつけているが、やはり指がバラバラなのは違和感しかない。
「わぁ、○○さん、こんなところで会うなんて偶然ですね」
卯月ちゃんが驚いたように手を広げて、棒読みでそう言った。子供の学芸会のようだ。いつもの笑顔だし、体調も良さそうに見えるがどうなのだろう。ストレートに聞いてみると、卯月ちゃんは呆れたように肩をすくめた。
「遠出はやめましょうって言っただけで、別に全然疲れてないし、元気いっぱいですよ?」
「それなら安心だ」
自然と手を繋ぐ。せっかくなのでワンピースを買った店に行ってみようと事前に言われていたので、その方向に歩き出すと、卯月ちゃんが歩きながら俺の荷物に視線を落とした。
「ところでそれ、プレゼントですか?」
「そうだけど」
「何ですか?」
いきなりだ。思わず足を止めると、卯月ちゃんが苦笑いを浮かべた。
「いえ、今日一日、夜のレストランまでずっとそれを持って歩くのかなって思ったら、早く解放してあげたくなりました」
「風情のかけらもないけど」
「今から夕方までずっと、塞がってる片手に言及しなかったら、それはそれで変ですよ」
それも言える。本当はリュックにでもしようと思ったが、ワンピース姿の卯月ちゃんと釣り合いが取れないと判断してやめた。ただでさえ容姿に自信がないのに、「なんであんな可愛い子が、あんな男と」みたいな目で見られたくない。
結局、適当な袋を手で持って歩くことになったが、完全に買い物帰りの様相である。何か、始まる前から色々と失敗している気がしないでもない。
「えっと、これはスニーカーです」
「スニーカー……ですか」
卯月ちゃんが怪訝な顔で復唱した。それは想定していなかったという反応なので、驚かせたという意味ではしてやったりだが、必ずしもそれがいい方向とは限らない。
卯月ちゃんはわざとらしくうーんと唸ってから、スッと手を伸ばした。
「とりあえず拝見しましょう」
「ああ、そう?」
拍子抜けしながら袋を渡す。さすがに箱からは出して、ラッピングしてある。卯月ちゃんが「これ、○○さんがやったんですか?」と楽しそうに言いながらリボンを解いた。
「そうだよ」
「女子力が上がってきましたね。ああ、いい感じですね!」
卯月ちゃんがスニーカーを手に取って、パッと明るい顔をした。誕生日にスニーカーというチョイスはともかく、物自体は喜んでもらえたようだ。
「今日、そんなに歩かないでしょうし、今から履きましょうか」
「そのワンピースにスニーカーは、絶望的に合わない気がする」
「何事も挑戦です」
そう言って邪魔にならない場所に移動すると、卯月ちゃんはスニーカーに履き替えた。靴自体は悪くなかったが、やはりワンピースと合うかと言われると首を傾げる。
卯月ちゃんが靴を戻してもう一度袋に入れた。
「これはもう少しラフに使いますね。とりあえずありがとうございます」
「うん。持とうか」
「結局そうですね」
卯月ちゃんが困ったように笑って、袋を俺に手渡した。まあ、箱からは出してあるし、ごつい靴でもないから、そこまで邪魔というほどでもない。
再び手を繋いで、袋をぶらぶらさせながら言った。
「あの島村卯月の着用済みのスニーカー」
「変態的な響きがありますね。しかも、一瞬です」
「家宝にする」
「私のですから。持って帰ります」
「じゃあ、今履いてる方をもらって、抱いて寝る」
「あげません!」
くだらない話をしながらショッピングセンターに入る。エスカレーターに前後に並ぶと、卯月ちゃんが振り返りながら微笑んだ。
「そう言えば、ここで○○さんに胸に顔をうずめられましたね。赤くなってた○○さんが可愛かったです」
「忘れて」
「それが今では、すっかりもう私の胸になんて興味もなくなって……」
「あるから!」
卯月ちゃんがわざとらしくしょげた顔をしたので、周囲を確認してから胸を揉んだ。喜ばれるかと思ったら、卯月ちゃんは自分の体を抱きしめて、悲しそうに瞳を伏せた。
「デートDVされました。JAROに訴えます」
「電話越しに困惑するJARO職員の顔が目に浮かぶよ」
「ちゃんと仕事してください」
「悪質なクレーマーだ」
他愛もない話をしながらワンピースを買った店に行く。買った商品を身につけてその店に行くというのは、一般的な行為なのだろうか。ややむず痒い感じがするが、卯月ちゃんは平気そうだ。
残念というべきか幸いにもというべきか、去年対応してくれた店員さんは今日は昼からとのことだった。俺はほっとしたが、卯月ちゃんは残念そうにしていた。
他の店員さんに相手をしてもらいながら新作の試着をして、ワンピースに合いそうなお手頃価格のカーディガンを1枚購入した。喋ったから仕方なくというよりは、元々ここのブランドが好きなようだ。
「ブランドを揃えた方が合いますしね。ファッションの素人は、無理せず同じ店で買うのがいいんです」
店を出てから、卯月ちゃんがにこにこしながらそう言った。ファッション雑誌にも載ったことのあるアイドルが一体何を言っているのかと突っ込むと、卯月ちゃんはふふっと得意げに微笑んだ。今日もとんでもなく可愛い。店員さんにも、アイドルみたいに可愛いと言われていた。
「卯月ちゃんは可愛い」
基本に立ち返ってそう伝えると、卯月ちゃんは何でもないように手を振った。
「メイクスキルの向上を感じます」
「元がいいから」
「謙遜してるわけではないですけど、この世界にいると、可愛い子がたくさんいるから、あんまり自信を持てません。美穂ちゃんとか」
アイドルである卯月ちゃんが自分を可愛いと思っていないわけがないが、周りが可愛すぎて自信が持てなくなるというのは頷ける話だ。みくちゃんも響子ちゃんも可愛いが、特に美穂ちゃんは群を抜いている。346のトップアイドルの一人だ。友達とはいえ、複雑な思いもあるのだろう。
したり顔で共感すると、卯月ちゃんは「複雑な思いはないです」ときっぱり言った。
「友達だけど、嫉妬するとかないの?」
「ありませんね。○○さんが思う以上に仲良しです」
「346は平和だ。センター争いとかもなさそう」
「どうでしょう。少なくとも私はないですけど」
少しだけ含むようにそう言って、卯月ちゃんは困ったように眉尻を下げた。
少なくとも卯月ちゃんはない。ニュージェネのセンターは未央ちゃんだし、ピンチェのセンターは美穂ちゃんだが、それを少しも悔しいと感じていないのは、ずっと近くで見ているからわかる。
だが、謎解きゲームでネタにもなっていたが、Masque:Radeのまゆちゃんと加蓮ちゃんはどうだろう。アスタリスクの2人も、CPの中では負けん気が強い方だ。よく喧嘩をしているのは、向上心やプライドがあるからかもしれない。
「もしニュージェネのリーダーが私だったら、未央ちゃんは思うところがあったかもしれませんね」
「凛ちゃんは?」
「凛ちゃんは、最初から私や未央ちゃんほど積極的にアイドルになりたかったわけじゃないから。ニュージェネ結成の時も、『ふーん。いいんじゃない?』って軽い感じでした」
いかにも凛ちゃんらしい反応だ。
せっかくニュージェネの話になったので、昨日のラジオの感想を伝えながらブラブラとショッピングセンターの中を見て回る。あの日のコースを辿ろうとはしているが、今日は朝から会っているので時間がある。
卯月ちゃんが何か一周年の記念を買おうと言い出したので、1時間ほどあれやこれやと考えた末、メンズとレディースのどちらにも展開しているブランドのジーンズを買った。あまり目立たないペアルックで、もらったスニーカーにも合うという理由だ。
店を出てから、スニーカーと一緒に早速着てみるか聞くと、卯月ちゃんは静かに否定した。
「今日はこの服ですね。この下にズボンを履くのは、制服の下にジャージを着る以上の違和感があります」
「もちろん、それは脱ぐ」
「なるほど。上はどうしましょう」
「さっき買ったカーディガンを」
そう言ってみたが、からかいにすらならないくらい変だった。卯月ちゃんも、突っ込むのも面倒だと呆れたように首を振った。
少し早めのランチにしようとショッピングセンターを後にすると、一旦駅に戻って荷物をロッカーに突っ込んだ。今日の行程を考えたら、必ず最後はこの駅で別れるので問題ない。
昼は思い出のカフェに入ったが、もはや定番になっているので新鮮さも懐かしさもなかった。確かケーキの他にパスタを食べた気がするが、何を頼んだかまでは覚えていなかった。そもそもあの日は全神経を卯月ちゃんに集中させていたし、その後のキスの記憶が強すぎて、何を話したかも覚えていない。
パスタを食べながらそんな話をすると、卯月ちゃんは大袈裟に肩を落とした。
「私に好きだって言ってくれた場所なのに」
「それ、結構頻繁に言ってたと思う」
「私の中では、あれが○○さんからの正式な告白っていう認識で、その後のキスに繋がってますから、忘れないでください」
たしなめるように卯月ちゃんがそう言ったが、生憎まったく覚えていなかった。確かに、好きだと言った覚えはあるが、どんな話の流れだっただろうか。聞いてみたら、卯月ちゃんは説明する代わりに頬を膨らませた。
「もうっ! あれが告白じゃなかったら、あの後のキスはなんだったんですか?」
「一番耳が痛い話だ」
「みくちゃんとか響子ちゃんと、雰囲気でキスとかしないでくださいよ? ハグの前科がありますからね!」
「耳も心も痛い。俺があの子たちに慕われてるのは、卯月ちゃんが信頼されてるからだよ」
「そんなこと言ってもダメです」
子供を叱りつけるようにそう言われて、俺はガックリと項垂れた。まあ、二人とも懐いてくれているだけで、そういうことにはならないだろうが、一応用心しておこう。
昨夜の猫耳とのやり取りを思い出しながら、俺は心の中でそう自分に言い聞かせた。