※この作品はR-18です。

卯月とファンの恋物語『2』~   作:水原渉

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 ランチの後、腹ごなしがてらブラブラと歩いて、写真を撮った公園にやってきた。あの日と同じように花壇には色とりどりの花が咲き乱れ、まだ時間が早いこともあって、たくさんの人が思い思いに過ごしていた。

「今日はいいカメラを持ってきました!」

 卯月ちゃんが元気にそう言って、俺に小さなカメラを差し出した。いいカメラというから、ごつい一眼レフを想像したが、軽いしあまり良さそうには見えない。まあ、スマホよりはマシなのだろうと、とりあえず1枚撮ってみたら、背景が滑らかにボケてとても綺麗だった。

 思わず驚いて声を上げると、卯月ちゃんが得意げに笑った。

「ミラーレス一眼ってヤツです。私のじゃないから、よくわかりませんけど」

「小さいのに一眼なんだ。俺も買おうかな」

「5万くらいだそうです」

 現実的な額だった。今年はいいカメラで水着の卯月ちゃんを撮りまくりたいと伝えると、それはそれは冷たい眼差しで返された。塩対応が最近のマイブームらしい。早く飽きることを願うばかりだ。

 去年と同じように、花壇を背景に写真を撮る。時々ツーショットをせがまれながら楽しく撮っていたら、不意に背後から聞き慣れた声で名前を呼ばれた。

「あれ? 卯月じゃん」

 咄嗟に振り返ったのは悪手だったが、いずれにせよこの状況で他人の振りなどできない。見ると凛ちゃんが立っていて、俺を見て驚いた様子もなく言った。

「と、○○さん。デート中だった?」

 何故こんな場所で偶然凛ちゃんと会うのか。一瞬、見えざる何かの導きを感じたが、そう言えばそもそもこの場所は、凛ちゃんに紹介してもらったと言っていた気がする。

 卯月ちゃんが明るい表情で笑った。

「写真を撮ってもらっていました。仲のいい従兄弟同士のよくあるムーブですね」

「○○さんは、卯月のどっちの親の、どういう兄弟の子供なの?」

「えっと……」

 珍しく口ごもって、卯月ちゃんが困ったように微笑んだ。凛ちゃんが表情を変えずに肩をすくめた。

「設定が甘くない?」

「私がバカなだけです。今度親に聞いておきますね」

「今○○さんに聞けばいいんじゃないの?」

「それは名案ですね」

 卯月ちゃんがにこにこしながらポンと手を打った。二人が話している隙に、念のためペアリングは外してポケットに突っ込んだが、もはや何の意味もなさそうだ。

「凛ちゃんは散歩? 花屋で売る花を摘みにきたの?」

 軽いタッチで話しかけると、凛ちゃんは冷静に手を振った。

「花壇の花を引き抜いて売るとか、正気の沙汰じゃないね」

「凛ちゃんがそんなことをする子だとは思わなかった」

「いや、しないし」

 冷静な反応。さすがはクールアイドルだ。

 聞くと、気分転換の散歩だと言うので、ベンチに移動して座った。そろそろ一度座って写真を見ようと思っていたので丁度いいが、もしそのタイミングで見つかっていたら、距離感がヤバかったかもしれない。そもそも、手を繋いでいなかっただけでも、奇跡的なタイミングだった。人前でイチャイチャするのが好きなわけではないが、いつもあまり人目を気にせずにスキンシップをしている。

「気分転換って、何かしてたの?」

 話を振ってみると、凛ちゃんは軽やかに頷いた。

「歌詞とか書いてみてた」

「凛ちゃん、ポエマーだって評判だから、いい曲が出来るのを楽しみにしてる」

「それ、どこ情報? 卯月?」

 凛ちゃんが呆れた目で見ると、卯月ちゃんは楽しそうに首を振って否定した。

「そういう話題を出したことはないですけど、ラジオとかでもよくネタになってるから、ニュージェネ界隈では常識だと思います」

「嫌な常識だなぁ」

「ライブの練習はどう? 何なら今から二人でここで練習してくれてもいいよ?」

 期待の眼差しを向けると、卯月ちゃんが苦笑いを浮かべた。

「私、踊れる格好じゃないですから。被写体用ファッションです」

「まあ、順調だから当日楽しみにしてて」

「もちろん。風の噂では、『Heart Voice』を歌うとか?」

「そんな噂があるんだ。かな子たちも別でライブがあるから、キャンディアイランドの一番人気の曲を、このタイミングで私たちが歌うことはないよ」

 あっさりと凛ちゃんがネタをバラして、隣で卯月ちゃんが何食わぬ顔で遠くの空に目をやった。大方そんなことだろうとは思っていたが、卯月ちゃんとしては、ライブの後に俺に突っ込まれる展開を期待していたのだろう。海の時の『Treasure☆』と同じだ。

 しばらくライブの話をしてから、凛ちゃんはそろそろ帰ると言って立ち上がった。座ったままの俺たちに、一度だけ何か言いたげな視線を投げたが、結局何も言わずに背中を向けた。

 手を振って見送ると、卯月ちゃんが大きく息を吐いて俺の肩に寄りかかってきた。柔らかな感触と温もりに、鼓動が速くなる。

「びっくりしましたね」

「あんまりそうは見えなかったけど」

「全部終わっちゃうかと思いました」

 そう言いながら、大袈裟に胸を撫で下ろす。まったくそんなことは思ってなさそうな言い方だ。度胸が据わっているのか、何も考えていないのか、それとも凛ちゃんはもう大丈夫だと判断したのか。

 二人で写真を眺めてから、もう少しだけ撮影を楽しんで公園を出た。今年もカメラ目線ではないツーショットを撮ってみたが、1年前に撮った写真の方が出来が良かった。思い出補正もあるかもしれないが、あれは奇跡の1枚と呼べる出来だった。

「あの写真は、二人のドキドキ感が伝わってきますね。何だかんだ言って、私もこの1年で撮った二人の写真の中で、あれが一番好きかもしれません」

「俺も、飾ってる写真を定期的に変えてるけど、あれだけはずっと1軍だな」

 卯月ちゃんが初めてうちに来た日にも飾ってあったが、あの写真立ては今でもずっとテーブルの上に置いてある。もちろん卯月ちゃんも俺の部屋で何度も見ているので、それを思い出したのかくすっと笑って俺の手を握った。

「今年もたくさん写真を撮りましょう」

「卯月ちゃんの写真はたくさん撮りたいけど、俺はそこまで自分の写真が欲しいとは思わない」

「男の人ってそうですよね。一般論として。自撮りとかしてるの、大抵女の子です」

 写真談義に花を咲かせながら場所を移動する。喫茶店でお茶にして、ウィンドウショッピングを楽しんでから予約したレストランに向かった。場所は事前に伝えていたが、初めてのフランス料理である。ドレスコードもないカジュアルフレンチだが、ドリンクは別で一人5千円のコース料理だ。

「この、何とか仕立てとか、何とかを添えてとかが、とってもフレンチですね」

 卯月ちゃんがコースのメニューの書かれた紙を見ながら笑う。例のごとく俺の頼んだワインを一口飲んで、「ジュースですね」と頬を染めた。

 オードブルに始まり、スープとサラダ、魚料理に肉料理、そしてデザート。満腹コースだ。

「なるほど。これがラビゴットソースですか」

「これがフリットか」

「フリットは知ってました」

「重大な裏切り」

「これがブルゴーニュ風ですか」

 いつも通り、出てくる料理の話で盛り上がる。滅多に来ない店で滅多に食べない料理を前に、全然違う話をするのはもったいなく感じるし、こうして言葉で楽しむのも値段の内だろう。

 動けなくなるほど食べて店を出ると、卯月ちゃんがもうダメだと言いながら寄りかかってきた。思わずよろめきながら支えると、卯月ちゃんはお腹を押さえながら息を吐いた。

「フランス料理って、オシャレなだけで量は少ないものだと思ってました」

「大きい皿にちょこんと乗ってるイメージがあるな」

「明日からダイエットします」

「練習で毎日たくさんカロリー消費してるでしょ」

 呆れながら卯月ちゃんのお腹を撫でると、卯月ちゃんは変な悲鳴を上げて俺を睨んだ。

「お腹を撫でないでください! 胸を触られるより恥ずかしいです!」

「忍耐」

「帰ったらJAROに電話します」

 ふんっと卯月ちゃんがそっぽを向く。ツッコミ待ちなのかわからないが、もうしばらく放っておこう。

 日の長い季節だが、2時間近く食事をしていたこともあって、すっかり日は暮れていた。最後に初めてキスをした広場にやってくると、相変わらず広めの間隔に据え付けられたベンチにはカップルが座り、周りに人などいないかのようにくっついていた。

 生憎同じベンチが空いていなかったので、他のベンチに腰掛けると、卯月ちゃんが俺の肩に頭を乗せた。

「いい一日でした」

「あの日の行程をなぞっただけだけど、大丈夫だった?」

 そっと肩を抱き寄せて、窺うように顔を覗き込む。卯月ちゃんに希望されたとはいえ、あまりにも新鮮さのない記念日だった。せめてもう少し何かした方がよかったのではないかと思ったが、卯月ちゃんは俺の腰に手を回しながら熱っぽく囁いた。

「楽しかったですよ? 思い出すのも大事だし、少しずつ前と違いましたし。ご飯とか、凛ちゃんとか」

「凛ちゃんに見つかったのは問題なし?」

「完全に従兄弟だと思ってる反応でしたね」

「俺の見てた景色と違うようだ」

 冷静にそう指摘すると、卯月ちゃんは楽しそうに笑った。まったく気にしていないようだ。

 今日初めて唇を重ねると、その柔らかさに胸がドキドキした。吐息が熱い。しばらくむさぼるように舌を絡め合って顔を離すと、卯月ちゃんが潤んだ瞳で俺を見つめた。いつも以上に可愛い。

 温もりを楽しむように抱き寄せると、卯月ちゃんは俺の肩にもたれかかりながら長い息を吐いた。それから、隣のベンチにすら聞こえないくらいの声で囁く。

「1年ですね」

「卯月ちゃんのおかげでいい1年だった」

「人生の最期の台詞みたいです」

 卯月ちゃんがそっと微笑む。時々大人っぽい表情をする。そんな卯月ちゃんもギャップがあって可愛い。

「私も大満足でしたけど、もう少し一緒にいたかったですね」

「卯月ちゃんの仕事を考えたら、会えた方だなって思う」

「○○さんがいつも待機してくれてますから。私の他に人間関係がなさ過ぎて不安なくらいです」

「おかげで新しい友達も出来たから、それは気にしなくてもいいよ」

 確かに、卯月ちゃんと付き合う前にいた男友達とは疎遠になっているが、代わりにみくちゃんや響子ちゃんと友達になれた。よくメールもくれるし、卯月ちゃんとなかなか会えない時も寂しい思いをせずに済んでいる。冗談半分そう伝えると、案の定卯月ちゃんは難しそうに眉をひそめた。

「寂しさを、他の女で紛らわせてると」

「言い方!」

「もっと一緒にいられたらいいんですけどね」

 卯月ちゃんが小さくため息をつく。もちろんそう出来たら俺も嬉しいが、それはアイドル活動の割合を減らすということだ。それは卯月ちゃんの意思だけで出来ることではないし、そもそも俺はそれを望んでいない。

 若干寂しくはあるが、今がベストの割合だ。もっとも、もっと会いたがっている卯月ちゃんにそう言ったら、きっと怒られるから、「そうだね」と言っておく。俺の考えなど、卯月ちゃんはお見通しだろう。

 卯月ちゃんが俺の背中に指を這わせながら、耳元で吐息を零した。

「サファリパークで動物を見るとか、シュノーケリングで魚を見るとか、今年は○○さんが温めてるプランを、1つでも多くやりましょう。日常的なデートも好きですけど、何か特別なこともしたいです」

「そうだね。エッチもいっぱいしよう」

「それは割とどうでもいいです」

 聞いたことのある台詞だ。

 周りがしているように、また少しだけキスをしてから、何も言わずに肩を寄せ合った。

 熱いくらいの温もりと、柔らかさと、腕に収まる肩幅と、呼吸に合わせて上下する胸と、一日過ごして汗の匂いのするうなじと、卯月ちゃんのすべてが愛おしい。

 1年。

 続くかという不安はあったが、飽きるかという不安はなかった。今でもまだ、どんどん好きになっている。

 腕の中で安らいでいるこの子も、同じ気持ちだったら嬉しい。

 

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