※この作品はR-18です。

卯月とファンの恋物語『2』~   作:水原渉

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 原点回帰。そう銘打ってシンデレラプロジェクトの第二幕を始めようと思ったのは、やはりその活動頻度の減少が346プロの中でも問題視されたのだろう。あるいはそれは、ニュージェネレーションズが好きな俺の勝手な願いかもしれない。

 去年の夏に行われた、CPの集大成とも言えるライブの後、卯月ちゃんはもちろん、プロジェクトのメンバーは別のユニットで活動することが多くなった。みくちゃんと李衣菜ちゃんのユニットであるアスタリスクも、ハロウィンイベントの後はほとんど二人で活動していない。

 そのことを、ファンの俺だけではなく、メンバーであるみくちゃん本人も寂しがっていた。だからこの春、CPの全ユニットがライブを行うという企画は、ファンだけではなく、みくちゃんや卯月ちゃんも喜んでいた。しかもタイトルが『原点回帰』だ。これからまた、CPでのライブが増えることが期待できる。

 会場はキャパ400人のオールスタンディング。チケットは完売らしいから、熱い一日になりそうだ。

 午前から会場に行き、物販でTシャツを買って早速着替えた。他には、今回のライブ用に作られた卯月ちゃんの名前入りのマフラータオルを買った。今回の企画で、全員分用意されるらしいが、箱推しではないので揃える気はない。みくちゃんと李衣菜ちゃんのタオルは、友達なのでアスタリスクのライブで買おうと思っている。

 群衆から離れたところでスマホをいじっていると、みくちゃんからもうすぐ着くと連絡があった。結局誰を連れて来るのか、未だに教えてもらっていない。今日は戦闘モードで、オシャレとは無縁の格好をしているから、初めましての女の子とプライベートで会うのは気が引けるが、その辺りはみくちゃんは織り込み済みだろうか。

 まあ、みくちゃんには悪いが、別に嫌われても構わない。それくらいの気持ちで待っていたら、やがて向こうから帽子をかぶった二人の女の子がやってきて、その内の一人が俺を見つけて手を振った。

 俺も手を振り返し、近付いてきた二人を見て思わず息をのんだ。みくちゃんがからかうような目をする横で、一瞬で恋に落ちそうな笑顔で立っていたのは、卯月ちゃんの友達にして、ピンクチェックスクールのリーダー、小日向美穂その人だった。

「また、大物を連れて来たな」

 俺は思わず苦笑いを浮かべた。346プロのトップアイドルの一人である。もちろん、ピンチェのライブで何度か会っているし、握手もしているが、果たして俺を覚えているだろうか。

「こんにちは。こういう場所で会うのは初めてですね」

「覚えてもらってる感じ?」

「みくちゃんからも響子ちゃんからも話は聞いてるから。握手会でも、意識はしてます」

「それは光栄だ」

 そう言いながら手を差し出して、その無意識の行動に思わず冷や汗をかいた。美穂ちゃんとこの距離で会う時、必ず握手をしているので、反射的に手を出してしまった。

 すぐに引っ込めようとしたら、美穂ちゃんは何でもないように俺の手を取ってきゅっと握った。途端に鼓動が速くなって、隣でみくちゃんがジトッとした目で俺を睨んだ。

「浮気にゃ」

「いや、だから、卯月とはそういう関係じゃなくて!」

「みくのことだけど」

 みくちゃんが可愛らしく首を傾げる。罠にかかったような反応をしてしまったが、みくちゃんにそういう意地悪な意図はないようだった。美穂ちゃんがくすっと笑って手を離した。

「○○さんは今日は一人ですか?」

「この子がいる」

 そう言いながらみくちゃんを指差すと、美穂ちゃんは呆気にとられたように目を丸くしてから、口元を押さえて肩を震わせた。

「今の、面白いです……」

「いや、元々みくちゃんと見る約束だったら、普通に答えたつもりだけど」

「いえ、なんかちょっと、変でしたよ?」

 そう言って、とうとう堪え切れなくなったのか、美穂ちゃんはあははと声を上げて笑った。困ったように隣を見ると、みくちゃんは可愛らしく両手を広げて肩をすくめた。

「こういう笑い方をしてる美穂ちゃん、初めて見たかもしれない。○○チャン、手練れにゃ」

「それはない」

「話に聞いた、智絵里ちゃんの時とは大違いにゃ。大御所を前にテンパる○○チャンを楽しみにしてたのに」

 アテが外れたと、みくちゃんが唇を尖らせた。そんな期待をされても困るが、実際に智絵里ちゃんの時のような緊張はない。すでに何度も喋っているし、卯月ちゃんから頻繁に話を聞くから、勝手に親近感を覚えているだけかもしれない。美穂ちゃんの方では迷惑していないかと心配したが、どうやら大丈夫そうだった。

「開場までまだ時間がありますし、どこかでお茶にしますか? それとも、もう並びに行きますか?」

 最前列を狙うなら並ぶべきだろう。ただ、この時間から単独で並んで、開場後もずっと一人は体力的にも厳しい。周りの連中はチームで動いている。もちろん、トイレにくらいは行けるよう、いつもそれとなく声をかけて一時的に仲間に入れてもらったりもしているが、さすがに今はその選択肢を選ぶべきではない。

 みくちゃんには借りがたくさんあるし、美穂ちゃんと喋れる機会など、願っても得られるものではない。卯月ちゃんも、自分の友達と仲良くなれと言っていたから、きっと美穂ちゃんと一緒にいることを望むだろう。

 そう。俺が美穂ちゃんを選ぶのは卯月ちゃんの意思なのだと、勝手に心の中で彼女のせいにして、二人の後に続いてカフェに入った。

 注文をしてから、改めて向かいに座る美穂ちゃんを見ると、美穂ちゃんは俺の目を見つめて柔らかく微笑んだ。ここで目を逸らせたら、まるで初恋の相手を前にした男子中学生のようだと、恥ずかしいのを我慢して見つめ続けていたら、みくちゃんが困惑気味に口を開いた。

「なんで見つめ合ってるの?」

「いや、睨めっこを挑まれた気がした」

「挑んでません。○○さん、愉快ですね」

「そんなこと、初めて言われた。今日は響子ちゃんは?」

 とりあえず共通の友達の名前を挙げる。もちろん、響子ちゃんが来れないことは、本人から直接聞いているが、切り出す話題としては無難だろう。

 美穂ちゃんの隣で、みくちゃんが「○○チャンはいつだって愉快にゃ」と納得がいかない顔で呟いた。美穂ちゃんがくすっと笑って言った。

「今日は別のお仕事です。私の分まで生きてって言われて、ここに来ました」

「本当にいい子だった……」

 無念を滲ませてそう言うと、思った反応と違ったのか、美穂ちゃんは驚いたように眉を上げてから、静かに肩を震わせた。思ったよりもよく笑う子だ。そう伝えると、みくちゃんが呆れたように言った。

「○○チャンが笑わせてるだけにゃ」

「いや、今のは美穂ちゃんが先に冗談を言った」

「ボケにボケで返しちゃダメって、学校で習わなかった?」

「習ってない。3人いるんだから、ツッコミは本物に任せたい」

「みくが本気で突っ込んだら、笑いで人が死ぬよ?」

「ボケるな、猫耳」

「猫耳言うな! 着けてないし!」

「美穂ちゃんと話したいから、また夜にメールする」

 唐突に真顔でそう言うと、みくちゃんはわかりやすく憤慨して、隣で美穂ちゃんがお腹を抱えて笑った。なかなか和やかな空気だ。

 美穂ちゃんにみくちゃんとは仲がいいのか聞くと、美穂ちゃんは情けなく眉尻を下げて「まあまあ」と答えた。みくちゃんが唖然とした顔で、美穂ちゃんの腕にすがりついた。

「仲、いいよね?」

「冗談だよ」

「美穂ちゃん、そんな冗談言う子じゃないよね? 今日どうしたの?」

「二人が面白いから、私も頑張らなきゃって思って」

「頑張らなくていいから! 自分を見失わないで!」

「みくちゃんも面白いね」

 くすくすと美穂ちゃんが笑う。きっと、いつもとは違う空気なのだろう。それは俺がいるからだ。メンバーが変われば空気も変わる。冷静にそう言うと、みくちゃんが無意味に胸を張った。

「みくは、誰の前でもこんな感じにゃ」

「偉そうに言うことか?」

「私はどうかな。お仕事以外で男の人と話すこと、全然ないから、ちょっと緊張してます」

 まるで緊張した様子もなく、美穂ちゃんがそう言った。恥ずかしがり屋であがり症というプロフィールを見たことがあるが、一体いつの話かと思う。ライブでも握手会でも、ラジオでもテレビでも、いつだって美穂ちゃんは落ち着いていて、トップアイドルの貫禄がある。

 お茶しながら話を続ける。せっかく美穂ちゃんがいるので、ピンチェとMasque:Radeの話を振ってみることにした。

 CPが原点に立ち返ると、ピンチェやMasque:Radeの活動は減るのではないか。もしかしたら、李衣菜ちゃんの相棒であるみくちゃんの前では言いづらい感情を抱いているかもしれないと、質問してから身構えたが、美穂ちゃんは呑気に微笑んだ。

「多分○○さんが思ってるほど、シンデレラの活動を増やそうってことじゃないと思うし、私は元々ソロだから、それはそれでいいかな」

「与えられた仕事に邁進する感じ?」

「結構意見も言ってるけどね」

 美穂ちゃんが可笑しそうに顔を綻ばせる。346プロの中でも、少し特殊な立場にいると聞いている。プロデューサーと二人三脚で活動しているのは本当なのだろう。

 みくちゃんがトイレに行くと言って席を外した時、不意に美穂ちゃんが先程までと同じトーンで言った。

「○○さんは、卯月ちゃんの彼氏さんですか?」

 あまりにも自然に言われたから、一瞬言葉の意味がわからなかった。質問というよりは答え合わせのような聞き方だったのもある。ここで俺がどう答えようと、美穂ちゃんの抱いている確信は変わらない。そう感じたので、俺は否定しないことを答えにしつつ、同じ質問をしてみた。

「美穂ちゃんは、プロデューサーと付き合ってるの?」

「それは卯月ちゃんから?」

「天啓」

 言ったのは卯月ちゃんだけでなく、みくちゃんもそうだが、それは言ってはいけないような気がしたので天のせいにした。もっとも、言ったところで美穂ちゃんはまったく気にしなかったかもしれない。

 そうですかと可愛らしく微笑みながら、スマホを取り出してテーブルの上に置いた。

「さっき、みくちゃんにメールするって言ってましたね。私とも連絡先を交換してください」

 そう言いながら、QRコードを表示する。美穂ちゃんのこの行動は、さっきの俺の選んだ選択肢が合っていたということだろうか。それとも、一切関係ないのか。

「美穂ちゃんみたいな天上人がよかったの?」

 スマホで読み取りながら聞いてみる。画面に表示された「小日向美穂」の5文字に、さすがに手が震えた。卯月ちゃんと連絡先を交換した時とはまた違う緊張感がある。

「卯月ちゃんとも響子ちゃんとも交換してるのに、私だけ知らないのは不公平です」

「不思議な理屈だ。名前、フルネームだね」

「お仕事の人もいるから、その方がわかりやすいかなって」

 とりあえず「よろしく」と書いて送ると、美穂ちゃんはゆるいスタンプを返してくれた。相手はトップアイドルだし、彼氏もいる女の子だ。次にこのメッセージ欄に投稿されるのがいつになるかはわからないが、軽くて明るい話でなされることを願いたい。

 ふと顔を上げると、向こうで猫耳がこっちを見つめて立っていた。半眼で睨むと、みくちゃんはにやにやしながら戻ってきた。

「いい雰囲気だったから、邪魔しちゃ悪いかなって思って」

「それは殊勝な心がけだ。偉いぞ、みくにゃん」

「○○チャンにそう呼ばれるのは、違和感しかないにゃ」

「前川さんは、ライブの準備はどう?」

「みくでいいから!」

 みくちゃんがわかりやすく怒って、柳眉を逆立てる。まるで迫力がなくて、ただ可愛いだけだが、本人も織り込み済みだろう。

「みく」

 真っ直ぐ目を見つめて呼びかけると、みくちゃんは驚いたように息を止めて、恥ずかしそうに俯いた。

「恥ずかしいにゃ」

「言われた通りにしたのに、意味がわからん」

 わざとらしく首を振ると、美穂ちゃんが可笑しそうに頬を緩めた。笑顔が本当に可愛い子だが、この子も卯月ちゃんのように怒ったり不貞腐れたりすることがあるのだろうか。

 じっと見つめると、美穂ちゃんも照れたように頬を染めて俯いた。

「恥ずかしいにゃ……」

「そういうのいいにゃ! 美穂ちゃん、無理しないで!」

「みくちゃんのリスペクトだよ。私、無個性だから、個性の研究をしないと」

「美穂ちゃんは、存在そのものが個性だから!」

「ちょっと意味がわからないかな」

 二人が楽しげな会話を繰り広げる。とりあえずわかったことは、みくちゃんが全方向からからかわれていることと、本人もそれを楽しんでいるということだ。今後も遠慮なくいじって良さそうだ。

 二人と喋っていると、時間を忘れてしまう。しかし、今日は二人と楽しくお喋りをするためにここに来たのではない。

 続きはまた打ち上げですることにして、そろそろ会場に戻ろうと言うと、二人は満足そうに頷いた。

 

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