二人とは列に並ぶ前に別れた。元より二人は前の方に行く気が無いので、物販を眺めてからのんびり入るとのこと。
念のため打ち上げの話をすると、みくちゃんは当然のように行くと言った。むしろそれが楽しみとさえ言っていたが、それはさすがに言い過ぎだろう。
もっとも、卯月ちゃんとデートで映画を観に行くと、多くの場合、映画そのものよりも、その後その映画のことを二人で話すのが楽しい。俺はライブは基本的には一人で参加しているが、打ち上げが楽しみという気持ちもわからないでもない。
開場時間になり、列が動き出す。チケットを見せて中に入ると、向かって右手に陣取った。
ニュージェネレーションズのリーダーは未央ちゃんだが、センターはライブごとに変わる。それはピンチェも同じで、特定のセンターを定めないのは346プロ全体の方針だ。
だから、卯月ちゃんと付き合う前は、今日は卯月ちゃんはどの位置に立つか、3分の1の賭けをしていたが、今は事前に立ち位置を聞いている。もちろん、その立ち位置も曲ごとに変わるが、今日は基本的には向かって右側にいるらしい。
この時間に入ったなら、特に周囲のファンと交流をする必要はない。声もかけられなかったので、そのまま開演時間を待った。
原点回帰ということで、今日は恐らくシンデレラのオリジナル曲が中心になるだろう。ただ、凛ちゃんが『Heart Voice』をやるはずがないと言っていた通り、CPのユニットがすべてライブを行うのに、他のCPのユニットの持ち歌は歌わないだろう。
本人たちのものではないアナウンスで注意事項が流れ、やがてフロアが暗くなる。
1曲目はもちろんCPの曲で、『夢色ハーモニー』だった。明るくなったステージに立つ3人は、全員別の衣装を着ていて、卯月ちゃんは白とピンクのふわふわの衣装だ。見たことがある気もするが、恐らく新しい衣装だろう。
2曲目の『とどけ!アイドル』は順当な選曲だったが、3曲目の『BEYOND THE STARLIGHT』は、フロア中に野太い歓声が響き渡った。346の人気曲だが、確かオリジナルメンバーにニュージェネの3人は入っていなかったはずである。CPでは莉嘉ちゃんがセンターだった気がする。智絵里ちゃんも参加しているし、そういう意味ではCP色の濃い曲ではある。
3曲続けて歌うと、3人はステージの前に方に来て楽しそうに手を振った。
「ニュージェネの原点回帰のライブにようこそ。本田未央と、こっちはしまむー。そしてー」
「渋谷凛です」
凛ちゃんが会釈をすると、反対側で卯月ちゃんが悲鳴じみた声を上げた。
「私も自分で名乗りたいです! しかもしまむー」
「でもほら、スタッフさんが早く次の曲に行けって」
「今MC始まったばかりだから! えっと、島村卯月です。この間、誕生日でした」
卯月ちゃんがそう言うと、無数のおめでとうが会場を埋め尽くした。いつもなら生誕祭的なことをやるし、本来ならこのライブがそうなるはずだったが、今回は原点回帰なのでセンターもリーダーの未央ちゃんが務めている。
「しまむーって、3月に生まれてたら、弥生になってたの?」
「知りませんよ! でも、弥生も皐月も可愛いと思います」
「師走は? 初めまして、島村師走です」
「慣れれば可愛いですかねぇ」
3人の会話に笑いが溢れる。何だか懐かしい感じがする。ひたすらのんびりしているピンチェの空気もいいが、突っ走る未央ちゃんと、凛ちゃんの冷静さの緩急が心地良い。
初めての人のために、改めてニュージェネとはこんなグループと説明してから、次に歌ったのは『Take me☆Take you』だった。ニュージェネでは定番の曲で、オリジナルメンバーにはさっきまで一緒にいたみくちゃんも入っている。今頃フロアのどこかで歌いたがっていることだろう。
次に『恋が咲く季節』を歌う。こちらはニュージェネでは恐らく初出だが、最近は予習の成果もあって、346の曲は大体わかるようになった。しかも未央ちゃんが入っている曲だ。
「はい。2曲続けて聞いてもらいました。明るい曲が続くねぇ」
未央ちゃんが水を一口飲んで、呑気にそんなことを言った。卯月ちゃんが目を丸くする。
「暗いアイドルソングとか嫌ですよ!」
「うちって、色んな子がいるから、結構暗めの曲もあるよね」
「演歌歌ってる子もいるし。バラードは? 私たち、あんまりバラードも歌わないよね」
「ソロだと時々歌うよね。智絵里ちゃんの『風色メロディ』とか、私何回か歌いました」
「私も楓さんの『こいかぜ』は歌わせてもらったね。難しかったけど」
「凛ちゃんは歌が上手だから」
「卯月だって」
「はいはい。歌が下手な未央ちゃんには、バラードの話は来ませんよ」
未央ちゃんが拗ねたようにそう言うと、卯月ちゃんが慌てたように手をバタつかせた。
「違いますよ! 未央ちゃんはほら、バラードって感じじゃないから」
「私、オトナの女を目指してるから」
「面白い冗談ですね!」
卯月ちゃんがにこにこしながらそう言って、会場が笑いに包まれた。いかにも天然っぽい発言だが、確実に狙って言っている。オープニングのようにニュージェネの中ではいじられポジションだが、卯月ちゃん自身は結構いじるのが好きな子だ。
長めのトークの後、新曲だと言って『Stage Bye Stage』という曲を歌った。原点回帰というタイトルのライブに新曲を持ってくるのは、ここが新しい出発点でもあるというメッセージだろう。
アップテンポの明るい曲で、もちろん初めて聞いたが、ニュージェネの曲の中では一番好きかもしれない。それにしても、もうずっと前から新曲は決まっていて、練習もしていただろうに、一度もそれを話題にしなかったのは大したものだ。言ってはいけないと言われているからではなく、単に俺を驚かせたかっただけだろう。
拍手の後、少し新曲の話をしてから、オリジナルメンバーのいない『リトルリドル』を歌った。それも驚きだったが、その後にまさかの『Treasure☆』を披露して会場が湧いた。もちろん俺も大歓喜である。前に卯月ちゃんに聞かれて、やって欲しい曲に挙げたが、曲調が独特なので、正直ライブで聴くのは難しいだろうと思っていた。
「意外とリクエストの多い『Treasure☆』をお送りしました」
曲が終わって、未央ちゃんが楽しそうにそう言うと、一際大きい歓声が上がった。俺も叫びながら卯月ちゃんを見たら、何やら得意気に微笑んでいた。俺には気付いていないようだが、大体何を考えているかは想像できる。今夜の電話が楽しみだ。
曲の後は、3人が台本を持ってボイスドラマを披露した。原点回帰と言いながら、色々と新しいことに挑戦するライブだ。凛ちゃんは部活の先輩の未央ちゃんが好きで、未央ちゃんは後輩の卯月ちゃんが好きで、卯月ちゃんは隣のクラスの凛ちゃんが好きという、難しい三角関係を描いたドラマだったが、演者大好き補正があってギリギリ楽しめる程度の内容だった。
ライブは終盤戦に差し掛かる。やや曲数が少なく、トークが多めなので、イベントに近い感覚かもしれない。
CPの定番曲『Star!!』を歌った後、春だからといって『Spring Screaming』を披露した。あまり春らしさは感じない曲だが、比較的新しい上、珍しい選曲に大盛り上がりだった。俺も予想すらしなかったが、春だし未央ちゃんも歌っているし、不思議な選曲ではない。
「これ、難しい曲ですね」
歌い終わった後、卯月ちゃんが疲れたように息を吐いた。凛ちゃんが澄ました顔で首を傾げた。
「歌詞の解釈?」
「歌と踊りです! でも、歌詞も難しげですね。そもそもScreamingってなんですか?」
「そっから!?」
「アイスクリーム的なヤツですか? 今、アイスクリーミングが流行ってるそうです」
「美味しいそうな流行だね」
まったりとトークを繰り広げ、そのまま何事もなかったように、楽しい時間もあっという間コールをされた。お約束の「えーっ!」を送るが、今日のライブは少し短く感じる。実際にはボイスドラマがそれなりに長かったので、いつも通りだろう。それに、この後握手会もある。アイドルのライブは歌を聴いて終わりではない。
最後の2曲は『STORY』と『流れ星キセキ』だった。『流れ星キセキ』は最初か最後だろうと思っていたから、予想通りだ。おねシンをやらなかったのでアンコールだろうと思ったら、ライブTシャツを着て再び現れた後、アンコールで歌ったのは『Shine!!』だった。
マンネリ打破だろう。好きな曲ではあるが、346には他にもいい曲が無数にあるから、いつまでもおねシンに引っ張られることもない。
ステージが終わるとフロアが明るくなり、ガヤガヤと賑やかな声が戻ってきた。スタッフからこの後の握手会の案内があり、その場で待機する。握手券は、物販で一定額を買った人がもらえるので、何周もするファンもいるかもしれない。卯月ちゃんが特定の誰かと何度も握手するのはモヤっとするが、物販の収益はアイドルの給料に直結するので、有り難くもある。
スマホを見ると、美穂ちゃんからメッセージが届いていた。次にやり取りをするのはいつだろうと思っていたが、意外と早かった。
見ると、来ていることが普通にファンに知られたので、会場から遠くの駅で落ち合おうと書かれていた。実は打ち上げはみくちゃんしか来ないのではないかと思っていたが、美穂ちゃんも来るようだ。付き合いのいい子である。
この内容をみくちゃんが送ってこなかったのは、単にみくちゃんがその方が面白いと思ったから、美穂ちゃんに送らせただけだろう。みくちゃんからメッセージが届かないのがその証だ。
ライブの余韻に浸りながら握手会の列に並ぶ。ライブと同じ並びで、卯月ちゃん、未央ちゃん、凛ちゃんの順番だ。
自分の番が来てステージに上がると、卯月ちゃんが俺の手を握ってにこっと微笑んだ。
「お疲れ様でした。どうでした?」
「『Treasure☆』が良かったよ」
「○○さん、好きですもんね。」
「誕生日おめでとう。今日、たくさん言われそうだね」
「言われた数だけ歳を取ります」
「何かの呪いか?」
そこで引き剥がされたので手を離す。未央ちゃんにも、握手をしながらとりあえず同じことを言ってみた。
「未央ちゃんも誕生日おめでとう」
「いや、私は生まれてないから!」
「生まれてないのか。生前だな」
「それ、言葉の使い方が違うし。死んだみたい」
「生きて。今日、未央ちゃん曲が多かったね」
「役得役得」
無意味に得意げに笑う。楽しそうで何よりだ。
最後に凛ちゃんと握手をすると、珍しく凛ちゃんの方から声をかけてきた。
「私のタオルは買ってくれてないの?」
「いきなりどうした? 買ってないけど」
「泣くよ? 買ってよ」
「突然のキャラ変? 頼まれたらしょうがない。買って帰るよ」
「○○さん、チョロいね」
「素直にありがとうって言って!」
手を離すと、凛ちゃんが楽しげにひらひらと手を振った。ライブの後で気分が高揚しているのか、珍しいテンションだ。
昔はしばらく卯月ちゃんを目に焼き付けるように眺めてから会場を出たが、あまり他の男と握手している彼女を見るのは愉快な気分ではないので、速やかにフロアを出た。それに今日は人を待たせている。
もちろん、あの二人は俺などいなくても、いつまででも二人で楽しくお喋りできるだろうが、急ぐに越したことはない。
凛ちゃんと約束したので、物販に寄って凛ちゃんのマフラータオルを買った。卯月ちゃんと凛ちゃんのだけ買って未央ちゃんのを買わないのは、自分の中で気持ちが悪かったので、せっかくだからとみんな揃える。さらにもう少し買えば、また握手券がもらえたが、時間もお金もないのでやめておいた。思わぬ出費だが、こういう地道なファン活動が、凛ちゃんや未央ちゃんの信頼に繋がっていくと信じたい。