ハロウィンイベントの時と同じように、出演者本人による注意事項のアナウンスがあった。アスタリスクの定番の演出なのかはわからないが、人でいっぱいのフロアが歓声で震える。
壁際は取れなかったので、ある程度壁に近くて人もまばらな場所で4人で喋っていたら、背後から呑気な女の子の声がした。
「見覚えのある顔ですねー」
俺はごくりと唾を飲み込み、とりあえず反応を仲間に譲った。ハドラーが一瞬眉を上げて、しかし声は鎮めて言った。
「まさかの卯月ちゃん。一人なの?」
「アイドルの子と来る予定だったんですけど、急な仕事が入っちゃって。せっかくだし、一人で来てみた感じです」
もちろん嘘だが、説得力はある。他の二人を見ると、美しい牛は緊張のせいか背筋を伸ばして直立し、津軽は誰だろうという顔をしていた。CPから入ったわけではないようだ。
それに気が付いたのか、卯月ちゃんが柔らかく笑って手を差し出した。
「初めまして、島村卯月です」
「あっ、お名前は! 聞いたことが! りーなちゃん担当の津軽です!」
津軽がカクカクと首を振って卯月ちゃんの手を握った。次は俺の番だと、「蘇我です」と名乗りながら手を差し出すと、それはそれは冷たい目で見られた。
「あっ、そういうの無理なんで」
「冷たい!」
俺が目を丸くすると、卯月ちゃんがくすくすと笑った。
ハドラーが良かったら一緒にどうかと声をかける。担当の割に余裕そうなのは、やはりまだ卯月ちゃんがそれほどの知名度ではなく、身近なアイドルという感じがするからだろう。これが美穂ちゃんと美穂ちゃんのファンだったら、この作戦は使えなかった。
卯月ちゃんは「それも楽しそうですねぇ」とまず肯定してから、残念そうにため息をついた。
「事務所の人に怒られちゃいますから、すぐ後ろで見てますね。私の存在を感じながらライブを楽しんでください」
「むっちゃ気になるんで、せめて横に!」
美しい牛が両手を合わせる。卯月ちゃんはふふっと笑った。
「津軽さんならいいですよ。女性だし、私やニュージェネのファンってわけじゃないですし」
「前に未央ちゃんに、キミは私のファンじゃないだろうって言われたことがある」
俺がため息をつくと、卯月ちゃんは「それですね」と笑った。
「推しに見られながら他のアイドルに声援を送るとか、これは拷問か?」
ハドラーが唸る。まったく同感だが、卯月ちゃんはむしろいたずらな瞳で言った。
「二人とも私の単推しだったはずなのに、他のアイドルの現場にいるのがおかしいんです。これは罰ですね。どうぞ、思う存分みくちゃんと李衣菜ちゃんに声援を送ってください」
卯月ちゃんの意地悪に、ハドラーが悲鳴を上げた。
偶然を装ってこのグループに入るという、卯月ちゃんの妥協案。ただ、あまりファンサービスになるといけないので、少しだけ距離を置く。アイドルとファンの立場でしか会話はしないが、俺と一緒に観られる、文字通り妥協案だ。個人的には、それはそれで面白い。
もっとも、彼女の前で友達に声援を送るのと、ファンの立場で、推しアイドルの前で他のアイドルに声援を送るのとでは、ニュアンスが全然違う。ハドラーではないが、その点では俺も針のむしろだ。
結局前に男3人、後ろに卯月ちゃんと津軽という、いわゆるホーリーウォールで開演を迎えた。かなり守備力の高い陣形なので、卯月ちゃんも安心だろう。俺はもちろん、ハドラーや美しい牛も、せっかくの卯月ちゃんをみんなと共有したいと思うほど天使ではない。自分だけが特別というのは嬉しいものだ。
ステージがパッと明るくなって、軽快な曲が始まる。1曲目は『Starry-Go-Round』。ライブのタイトルに相応しい、パーティーやパレードを彷彿させる曲だ。オリジナルメンバーにみくちゃんも入っているので予習はしていたが、俺の予想セットリストからは外れていた。
MC無しで、2曲目の『Flip Flop』が始まる。大きなどよめきは予想外の証だ。
パッション曲というわけではないが、茜ちゃんと藍子ちゃんが歌っていることで、ポジティブパッションの曲という印象が強い。もちろんみくちゃんも李衣菜ちゃんも入っていない。CPは誰も入っていないが、ポジパ繋がりで未央ちゃんが歌うことも多く、ニュージェネでも何度かやっている。俺も好きな曲だ。
「すでに神セトリだ」
曲の後、ハドラーが悟りを開いた表情で首を振った。まったく同感である。背後からの視線にヒリヒリしながら次の『OωOver!!』も全力で歓声を送って、ようやく挨拶が始まった。
「3曲続けて歌ったにゃ。曲名はライブの後、誰かがツイッターに書いてくれると思うから、それを見るにゃ」
「他力本願だね」
「『Play toy on May』にようこそ。シリアス担当の前川みくと、四字熟語担当のー?」
「そんなの、担当してないし! 全然シリアスじゃないし!」
「ツッコミ担当のー?」
「もういいよ。多田李衣菜です」
「ただの李衣菜ちゃん? 今日は特別な李衣菜ちゃんが良かったにゃ」
「ちょっと静かにして、猫耳」
「にゃー! 猫耳って呼んだ! 怒髪衝天にゃ!」
「四字熟語は私の担当だから。空気読んでよ」
「さっき担当じゃないって言ったにゃ! 一口両舌にゃ!」
「朝令暮改だね。四字熟語しりとりする?」
「異口同音」
「みく、しりとりが下手だね」
「弱いって言って。しりとりが下手とか、初めて言われた」
いきなりフルスロットルで掛け合いが続く。いつものアスタリスクだ。
笑いが止まらない漫才のようなトークを10分ほど繰り広げてから、「そろそろ歌おうか」と言って李衣菜ちゃんがマイクを置いた。
「みくたちは歌も歌えるお笑いコンビにゃ」
楽しそうにみくちゃんがそう言って、李衣菜ちゃんと背中を合わせる。掛け合いが延長されるかと思ったが、スタッフからの指示なのか、李衣菜ちゃんはやれやれと首を振っただけだった。
4曲目は『Unlock Starbeat』。かなり新しい曲だが、李衣菜ちゃんが歌っているので事前にチェックしていた。続けて『Jet to the Future』を歌い、このブロックは李衣菜ちゃんメインのステージになった。
その後は、卯月ちゃんたち同様、ボイスドラマがあったが、こちらは台本を見ずに漫才のようなノリで行われた。暗記したのか、多くがアドリブだったのかはわからないが、女子高生と転校生の男の子の笑いあり涙なしのドラマは面白かった。
ここで1部が終了となる。着替えのために二人がステージから下がって、MVが流れた。この間にトイレに行くファンもいて、フロアがざわつく。
「卯月ちゃんは、他のアイドルの子のライブとかは、どんな感じなの?」
そう抽象的な質問をしたのはハドラーだった。卯月ちゃんは意味もなくペンライトを振りながら微笑んだ。
「客席にいる時はお客さんの心境です。でも、レッスンは見てるから、あれがこれだったんだみたいな、答え合わせの楽しさはありますね」
「卯月ちゃん、よくライブは観に来るの?」
これは美しい牛。少しでも卯月ちゃんと喋りたい思いと、今後もこういうチャンスがあるかを探っているようだ。
卯月ちゃんは小さく首を横に振った。
「あんまりないです。おかげさまで、結構忙しいんですよ」
この流れは、俺も何か声をかけないと逆に不自然だろう。今日はライブまでは仕事をしていたのか聞くと、卯月ちゃんは先程と同じトーンで、「収録です」と答えた。何の収録で誰と一緒だったかも知っているので、ボロが出ないよう、OAが楽しみだと無難な感想を伝えて、発言を他の人に譲る。
一応MV上映の最中なので、話は程々で切り上げて、第2部の開始を待った。
映像の終了とともに、二人が新しい衣装で現れる。第1部はヒラヒラとリボンと飾りの多い、パレード系の衣装だったが、第2部も同様に遊園地で踊れそうな衣装だった。みくちゃんが赤、李衣菜ちゃんが青。カラーも同じだが、スカートだった前半と違い、第2部はショートパンツだ。
曲は『イリュージョニスタ!』で、これもテーマとマッチしている。二人ともオリジナルメンバーではなく、CPでは未央ちゃんと、確か新田さんが入っていたはずだが、ニュージェネでもやったことはなく、ライブで聴くのは初めてだった。
続けてCPのライブでも定番の『ゴキゲンParty Night』。これはもちろんやると予想していたし、1曲目ということはないだろうと思っていたから、順当な曲順だ。
拍手が鳴り止むと、李衣菜ちゃんがステージ中央に立って腕を振り上げた。
「さあ、第2部! 今日は第8部まであるけど、みんなついてこれるー?」
李衣菜ちゃんの声に、観客が「おー!」と野太い声を上げた。もちろん、黄色い声も上がる。津軽もそうだが、李衣菜ちゃんは女性ファンも多い。
そんな李衣菜ちゃんの隣で、みくちゃんが真顔で相方を見つめ、李衣菜ちゃんが唇を尖らせた。
「突っ込んでよ。8部もないから」
「李衣菜ちゃん、今日はボケを担当するにゃ?」
「担当とかないし。さあ、これからまだまだアゲてくよー!」
李衣菜ちゃんが声を張ると、ファンが応える前にみくちゃんが「なんでやねん」と突っ込んだ。
李衣菜ちゃんが驚いたように目を丸くして、困ったように手を下ろした。
「えっ? 何?」
「突っ込んだにゃ」
「何に?」
「わかんないけど」
しばらく二人が無言で見つめ合い、フロアが笑いに包まれた。相変わらず、どこまでが打ち合わせなのかさっぱりわからない。
それからしばらく新しい衣装の話をしてから2曲歌う。『夕映えプレゼント』の後に、まさかの『おねがい!シンデレラ』で、フロアがどよめいた。
何故なら、ニュージェネのライブではやらなかったからだ。昔はアンコール曲の定番だったが、最近はマンネリ打破なのか、あまり歌われない。そして、ニュージェネのライブでやらなかったということは、今回のCPのライブではどのユニットもやらないのだろうと勝手にそう思っていた。
「ということで、おねシンもらったにゃ」
曲の後、みくちゃんがいたずらっぽくそう言って、大きな拍手が起きた。李衣菜ちゃんが念のためというように解説する。
「この春、シンデレラプロジェクトの全ユニットがライブをしてて、曲は1曲もかぶらないようになってるの。だから、おねシンはやるのかやらないのか、やるならどのユニットがやるのかって、私たちの中でも話題になってたんだよね」
「そうそう。それで、曲が少ないみくたちがやることになったにゃ」
「そんなネガティブな理由じゃないから! シンデレラの顔とも言えるアスタリスクに是非歌って欲しいって、プロデューサーさんも言ってたよね?」
「そんなこと言ってないにゃ。それっぽい嘘つくの、やめて欲しいにゃ」
「ボケだから」
「わかりにくいボケはただの嘘にゃ。そんなわけで、楽しい時間もあっという間で、次が最後の曲にゃ」
みくちゃんが寂しそうにそう言うと、俺たちが「えーっ」と言う前に、李衣菜ちゃんが全力で手を振った。
「いや、最後じゃないし」
「もっと上手に突っ込んで。じゃあ、最後のブロックの前に、みくが突っ込み方を教えるにゃ。みんなもみくに続いてやってねー」
みくちゃんがフロアに手を振ると、ファンが歓声を上げた。俺もペンライトを振って応える。
みくちゃんが咳払いをしてから、ピシッと鋭く手を横に動かした。
「にゃんでやねん」
「にゃんでやねん」
李衣菜ちゃんの声とファンの声が重なる。そこは素直にやるのかと、一部で笑いが起きた。
「ちゃうにゃ」
「ちゃうにゃ」
「りーにゃちゃん」
「にゃんでやねん」
李衣菜ちゃんがピシッと突っ込んで、何とも言えない拍手が起きた。
いよいよ最後のブロック。曲は『Absolute NIne』と『Wonder goes on!!』、そして最後に挨拶をしてから『EVERMORE』。神セトリだと、ハドラーが満足そうに頷く。後ろを見ると、津軽が号泣しながらアンコールの手拍子をしていた。今の『EVERMORE』は俺もうるっと来たから、李衣菜ちゃん推しの津軽には込み上げてくるものがあったのだろう。
その隣で、卯月ちゃんが楽しそうに肩をすくめた。結局ライブ中はほとんどまったく絡めなかったけれど、その笑顔がいかにも秘密を共有している仲間のそれだったから、俺は満足した。
思っていた形とは違ったけれど、卯月ちゃんと一緒にライブを見ることができて良かった。