乾杯の掛け声で、飲み放題のジュースを掲げる。夜のカラオケに4人。親愛なる彼女と、アスタリスクの二人だ。
ライブの打ち上げを速やかに行いたいと、少し時間は遅いがライブの終わった3日後に集まった。
あの後、アンコールの『GOIN'!!!』を聴く前に、卯月ちゃんは楽屋に行くと言って俺たちの輪から抜けた。
握手会に参加した後はハドラー、美しい牛、津軽の他に、大暗黒チームの何人かも合流して打ち上げに行った。会場で一緒にいなかったメンバーとは喋っただけだが、ハドラーら3人とはLINEを交換した。
させられたと言うべきだろう。出来ればあまりファン同士の交流は深めたくないのだが、せっかくの誘いを断りすぎて、悪い方に目立つのはもっと良くないと卯月ちゃんから言われている。
打ち上げは津軽が卯月ちゃんと一緒に観た話をしたことで、卯月ちゃんの話が多くなってしまった。俺はもちろん、卯月ちゃんやニュージェネのファンであるハドラーや美しい牛は敢えて口にしなかったのだが、津軽は女友達と観たような感覚だったのだろう。
この件については、卯月ちゃんの社交性が高すぎたと、翌日電話で叱ったら、そもそもハドラーに見つかった俺が悪いと、3倍くらい反撃された。
今日の打ち上げがライブ当日の夜には決まっていたので、卯月ちゃんともライブの話はしていない。さすがに当日の熱は冷めてしまったが、話したいことは山ほどある。
「二人はみくたちがあげたチケットで観たから、感想を報告する義務があるにゃ」
背もたれに優雅にもたれて、みくちゃんがにゃふふと笑った。歌うつもりはないので、機械の音量はオフにしてある。せっかくなので1曲歌って欲しいところだが、俺からは言いづらいので自主的に歌ってくれたら嬉しい。
「相変わらず掛け合いが面白いなって思って観てました。そう言えば、津軽さんっていう李衣菜ちゃん推しの人と観てたんですけど、知ってます?」
「もちろん。女性は珍しいからね」
卯月ちゃんの問いかけに、李衣菜ちゃんがパッと表情を明るくした。CPの中では李衣菜ちゃんは女性ファンが多い方だと思うが、そう言うと李衣菜ちゃんは「それでも」と首を振った。
「やっぱりアイドルの現場ってそもそも女子が少ないし、ましてや握手会ともなるとね。結構かかるし」
「346の握手会は少し高いにゃ」
みくちゃんがもっとたくさんのファンと握手がしたいとぼやいた。ライブによって異なるが、今回はマフラータオル2つ買っても足りない程度には握手会参加の敷居が高かった。
もっとも、響子ちゃんが出演した『LIVE CARNIVAL -SO CUTE 12STARS-』は、何を買っても握手してもらえたし、長めに話せたし、CDにはサインももらえた。人気の高いゆかりちゃんや有香ちゃんも同じだったので、本当にメンバーよりライブの規模と内容で決まるらしい。
「選曲が神がかってたね。おもちゃ箱っぽい、楽しい曲が並んでたのは伝わってきた」
俺も無難な感想を述べると、みくちゃんが満足そうに頷いた。
「でしょでしょ。みくも楽しいセットリストだなって思ったにゃ。練習は大変だったけど」
「二人で考えたんじゃないの?」
不思議に思って聞くと、李衣菜ちゃんが明るい瞳で首を左右に振った。
「事務所の人だね。少しはリクエストしたけど」
「今回、全ユニット別の曲を歌うから、スタッフさんが決めました」
卯月ちゃんが補足する。確かに、各ユニットで希望曲を並べると、CPの人気曲はかぶりまくるだろう。おねシンはその代表曲だ。
曲としては最初の2曲が特に良かったし、『Flip Flop』は意外性があった。後は『EVERMORE』がやはり好きなのと、津軽が泣いていた話なんかをすると、みくちゃんと李衣菜ちゃんが、それぞれの曲の裏話なんかを話してくれた。
漫才パートについて聞いてみると、四字熟語のくだりは決めていたそうだ。
「あんなスラスラ、四字熟語出て来ないにゃ」
「じゃあ、やっぱりトークも練習の成果ってこと?」
「でも、李衣菜ちゃんの8部まである話とか、不意打ちだったにゃ。試されてる」
みくちゃんがジトっとした目で李衣菜ちゃんを見ると、本人はあははと笑ってポテトをつまんだ。
「適度なボケって難しいね。事実じゃないことを並べればいいだけじゃないし」
「当たり前にゃ。想定解は用意した上で、少なくともそのツッコミが返ってきたら面白いと思えるのがボケだから」
「咄嗟には難しいよ」
「だから漫才はちゃんと練習しないとダメにゃ。でも、大喜利とか、咄嗟に面白いこと言うから、みくたちも精進するにゃ」
「私、そこは目指してないんだけど」
李衣菜ちゃんが呆れたよう笑う。相変わらず面白いと、卯月ちゃんがくすっと笑い声を立てた。
「卯月ちゃんは、ファンと観るのはどうだった? だいぶギリギリを攻めたなって思ったにゃ」
みくちゃんが少し前のめりになって、卯月ちゃんの顔を覗き込む。アイドルだって、ステージの下では普通の女の子だ。みくちゃんだって、ファンと一緒にコンテンツを楽しみたい気持ちがあるし、それが俺と仲良くしている理由の一つでもある。
卯月ちゃんは困ったように頬を掻いてから、非難げに俺に視線を送った。
「したくてああしたわけじゃないから。この人がハドラーさんに捕まるから」
「捕まえたハドラーを非難してくれ」
「綺麗な女性と一緒にいたのに、ぼっちの○○さんにわざわざ声をかけてくれる優しい人ですね。牛さんも」
「本当に、前に卯月ちゃんが言ってた通り、変装が必要なのは俺の方になってきた」
げんなりしながらため息をつく。
今日もカラオケを選んだのは個室だからだ。別に1対1ではないし、アイドルの女の子たちが男といたところを目撃されたとしても、それほど問題にはならない。ただ、それがよくライブの客席にいるファンらしき男となると話は別だ。
「もうアスタリスクの現場とはお別れして、ニュージェネの単推しに戻ろうかな」
冗談混じりにそう呟くと、みくちゃんがわかりやすくバンとテーブルを叩いた。
「どうしてそうなるにゃ! 卯月ちゃんと一緒じゃなかったら、何の問題もないにゃ!」
「二人で来いって言ったの、そっちじゃん」
「それはそれにゃ」
「どれはどれだよ」
呆れたように返すと、隣で卯月ちゃんが笑った。
「まあ、一緒に観る機会ってなかなかないですし、そこまで深刻に考えなくても大丈夫ですよ」
相変わらず能天気だ。みくちゃんも額を押さえて大袈裟に首を振ったが、何も言わなかった。代わりに、李衣菜ちゃんが口を開いた。
「一緒にって言うと、今度の智絵里ちゃんたちのライブ観に行くから、出来たら○○さんも一緒にって思ったけど」
初耳だ。それとなく彼女の様子を窺うと、何とも言えない微笑みを浮かべていた。とても怖く感じるが、いつものように俺の後ろめたさがそう感じさせるだけだろうか。
「もってことは、他にも誰か? みくにゃん?」
「みくにゃんじゃないよ」
「李衣菜ちゃんにみくにゃんって呼ばれるの、ゾワゾワするにゃ」
みくちゃんが両手で体を抱きしめて肩を震わせる。面白い反応だったが、今は李衣菜ちゃんの設置した爆弾処理の方が大事だ。
「じゃあ、智絵里ちゃん」
「智絵里ちゃんはステージにいるから。○○さんと一緒に、に訂正する」
「当日まで秘密はやめてくれ。美穂ちゃんの時、緊張で心臓が一つダメになった」
ニュージェネのライブでみくちゃんが美穂ちゃんを連れてきた時の話をすると、みくちゃんが静かに手を振った。
「まったく緊張してなかったにゃ。あの小日向美穂ちゃんを前に平然としてた」
「私も、その話を聞いて、そういうのもいいなって思ったんだけど」
李衣菜ちゃんが贔屓だと非難げに唇を尖らせた。なんだか可愛い。
「大人気ですね」
卯月ちゃんがストローを咥えながら微笑んだ。なんだか怖い。俺は努めて冷静に言った。
「そもそも、最前列で応援してたし、みくちゃんと美穂ちゃんとは観てないから」
「美穂ちゃんより卯月ちゃんってことだね?」
李衣菜ちゃんがいたずらっぽく笑う。もちろんと頷いて、恩着せがましく卯月ちゃんに視線を送ると、卯月ちゃんは「当たり前です」と済ました顔で退けた。
「さすが卯月ちゃん。あの美穂ちゃんに勝利宣言!」
李衣菜ちゃんが意味もなく拳を握ると、卯月ちゃんは「従兄弟ですから」と困ったように言った。
「勝ち負けとか意識してませんけど、私が美穂ちゃんに勝てるところなんて見当たりません。せめて身内くらい応援してくれないと、メンタルが弱い私はアイドルなんて続けられません」
「シンデレラ一、強メンタルの卯月ちゃんが何か言ってるにゃ」
みくちゃんが首を傾けて耳を触った。俺も今のボケには突っ込みたかったが、本家の後にそれは蛇足だろう。
「みくちゃんと李衣菜ちゃんは、勝ち負けはバチバチ意識して、切磋琢磨してるの?」
話題を卯月ちゃんから逸らすように聞くと、李衣菜ちゃんは首を横に振り、みくちゃんは大きく頷いた。
「バチバチにゃ」
「タイプ違うし、戦ってないでしょ?」
「みくなんて目じゃないってこと?」
「そんなこと言ってないし!」
相変わらず仲良しだ。
それから時間が許す限り喋って過ごし、最後に卯月ちゃんが少し歌おうと言って、リモコンを取った。俺へのサービスか、本当に歌いたかったのかはわからない。俺も一緒に歌わされたが、アイドル3人の歌と踊りを最前列よりも近い場所から見られて、最高の時間だった。
駅でアスタリスクの二人と別れて、卯月ちゃんと二人になる。先程のミニライブを思い出しながら、「特等席だった」と感動に身を震わせると、卯月ちゃんが呆れた顔をしながら俺の手を取った。すべすべしていて気持ちいい。
「李衣菜ちゃんの話、気を付けてくださいね」
「向こうも智絵里ちゃんの一件で懲りてると思うけど」
「みくちゃんが○○さんと美穂ちゃんと一緒にお茶したの、だいぶ羨ましがってましたから」
「不思議な子だ」
喋りながら歩いて、適当なベンチに腰掛ける。人通りもあるので、手を繋いで腕をくっ付けてる程度で我慢していると、卯月ちゃんが「抱き付きたい」と小声で呟いた。
「じゃあ、一瞬だけ」
「そうですね。一瞬だけ」
自分に言い訳するようにそう言って、しばらくギュッと抱きしめ合ってから、もう一度手を握った。卯月ちゃんが軽く俺にもたれかかりながら、どうでも良さそうに言った。
「まあ、とにかく色々気を付けてください」
「雑にまとめたね」
「智絵里ちゃんたちのライブには行けませんから、感想楽しみにしてます。それより、そろそろ二人で遊ぶ計画をしましょう。だいぶ長いこと二人で遊んでなくて、愛が冷めてきました」
「冷めないで」
今回のCPのライブの話が一般に発表される前くらいから、どこにも行けていない。ただ、時間があればお茶しているし、電話は毎日のようにしている。俺としてはそこまで遊んでいない感覚はないが、物足りないと思ってくれるのは嬉しい。
今からその話をするのかと思ったら、卯月ちゃんは周りの状況をシャットアウトするように薄く目を閉じていた。今日はカラオケでたくさん喋ったし、そもそも仕事の後に集まっている。疲れてもいるのだろう。
ライブの後も忙しい日々が続き、卯月ちゃんが望むような時間は取れそうにない。せめて話題のカフェに連れて行くとか、何かいつもとは違うことを考えてみよう。卯月ちゃんが求めているのはそういうことのような気がする。